第63話 熟練度カンストの海賊

 ネフリティス王国の入り口である、港町ピレアス。

 普段であれば交易船で賑わうこの町が、今は少々変わった様相を呈している。


 町を行き交う姿は、商人が多いのではない。

 革鎧やら、金属の鎧を着込んだいかつい男たちが、それぞれ自慢の得物を持って練り歩いている。


 傭兵や、あるいはネフリティスの戦士団である。

 あるいは、アルマースからやってきた義勇兵であろう。


 最近、ネフリティスは群島海域を荒らし回る、オケアノス海賊団による被害が拡大してきた。

 これは、十年前に海賊団が出現した頃に比べて、最大規模の被害である。


 オケアノス海賊団の頭目、アンブロシア。

 その名は海に携わるものであれば、知らぬ者は無い。


 だが、今回の被害を誘っているのは、アンブロシアのみではない。

 新たに現れた、海賊団の剣士。

 これが被害拡大を助長させている。


 いつからか、海賊剣士と呼ばるようになったこの男の首には、多額の懸賞金が掛けられている。

 スポンサーは、古代エルド教の導き手たちである。


「はぁ? 剣士が海の上を渡ってくる? 小舟でも使ってるのかよ」

「いや、それがよ。剣に乗って海をわたるんだと」

「は? は? いやいや、そんなんあるわけねえだろ。みんな船の上で白昼夢でも見てるのかよ」

「白昼夢だったら……」


 会話をする男たちが振り返る。

 そこには、綺麗に帆柱を切断され、航行不能になった船の姿。


「ああはならないよな」

「なんだよ、あの切り口……。綺麗すぎるだろ」


 滑らかに切断された切り口は、指先でこすってもいささかの突起も無い。

 今は風雨にさらされて僅かに荒れてきているが、人間の業ではありえなかった。


「これをやったのが、賞金首か」

「海賊剣士とやら。まあ、これだけの数がいれば勝てるだろう」

「ばーか。集団で討てば懸賞金がわけられちまうだろうが。独り占めだよ」


 海賊剣士の首にかけられた賞金は巨額である。

 個人であれば、三代に渡って遊んで暮らせるほどの金だ。

 軍隊で分けたとしても、一年は働かずに楽をできるだろう。


 海を渡る。

 帆柱を切断する。

 あるいは、ラグナ教の執行者を退けた。


 幾つかの目撃者による話はあっても、誰もが金に目がくらみ、信じようとはしない。




「海賊剣士……まさか、あの方たちなのでしょうかね?」


 この大捕り物を指揮するのは、ピレアスを拠点とするエルド人の導き手にして大商人、デヴォラ。


「お主が言うあの方が誰かは知らんが、私は灰色の剣士だと言っている!」


 彼女の腰掛ける豪奢なソファの斜め前には、客人用の椅子がある。

 そこには、黒服で背の高い男が座っていた。


 一見して細身に見えるが、その肉体は鋼のごとく鍛え抜かれている。

 今や、金と欲望が支配するようになったこのピレアスにおいて、最も似つかわしくない男。

 ラグナ教の深き信仰者たる、執行者ウィクサール。


 実際、彼が灰色の剣士と呼ぶ男と、生死を賭けて打ち合い、生き延びているほぼ唯一の人物である。


「あのような雑兵どもで、かの恐るべき神敵を打ち倒せると思ってか……!」


「あら、分かりませんわよ。いかにあなたのような執行者と言えど、人であることに変わりはありませんもの。であれば、幾らでも出し抜く方法などありますわ。

 ウィクサール。あなたのお話は荒唐無稽過ぎて、とても信じられませんのよね」


 群島海域を目指し、幾つもの船が出港していく。


 彼らが狙うは、オケアノス海賊団。

 願わくばその首魁、女海賊アンブロシア。

 そして最大の首級となるであろう、海賊剣士。


 意気揚々と旅立った彼らは……。

 変わり果てた姿となって帰ってくる。


 一隻は、船の至る箇所を燃やされ。

 一隻は水底に飲み込まれ、小舟でほうほうの体で。

 一隻は風に煽られて転覆し、やってきた他の船に助けられる始末。


 そして運が悪い一隻は、船そのものを断ち切られ、戦闘経験に優れていたはずの兵士のほとんどを失って戻ってきた。


「あ、あれは……化け物だ……!」


 生き残っていたのは、見張り台にしがみついていた男だけ。

 男たちは幸運にも、海賊剣士と遭遇したのだと言う。

 そして、金に目がくらみ、後先を考えずに襲いかかった。


 己の首を狙う相手に対し、剣士は容赦が無かったと言う。

 虹色の刃を振るう剣士。

 輝きが迸る度、兵士の数は減じていった。


 ただの一太刀で、複数の首が飛ぶ。

 最小限の攻撃で、確実に仕留めてくる。

 二の太刀は無い。


 誰も彼の剣を受けることなど出来ない。

 剣を合わせる暇すら与えられること無く、幾度か呼吸をする間に、兵は全滅した。


 次は自分の番か。

 見張り台で震え上がる男だったが、剣士は彼を見上げただけで、そのまま立ち去っていってしまったと言う。


「俺は……俺はもう、絶対に海には出ない……!」


 生き残りが呟いた言葉は、いつもなら怖じ気だと笑い飛ばす海の男たちの背筋すらうすら寒くさせた。


 一方。


 どこまで行っても、海賊と出会えず、無事に交易を終えてしまう船もあった。

 賞金稼ぎたちの船は、交易船も兼ねていたのである。

 彼らはエルド教からの運賃をいただきながら、襲撃してくるであろう海賊を待ち、あわよくば海賊を狩って賞金に換える。


 ハイリスクだが、極めてハイリターン。

 海賊と遭遇しなくても、最低限の運賃はもらえるという美味しい仕事なのであった。


「本当に海賊はいるのか……?」

「全然静かなもんだよな」

「こんな平和な海、なかなか無いだろう」


 こういった情報が集まり、デヴォラは海賊が出現する条件らしきものが存在する事に気付いていた。


「おそらく……彼らは、食料品や衣類よりも、貴重品を運んだ船を狙っていますわね」


「見分ける方法などあるのか?」


 デヴォラの向かいで、この土地の名物である田舎風サラダをもりもりと食らうのは、ウィクサール。

 新鮮な野菜の上に、大きくカットされたチーズの塊が乗り、そこにオリーブオイルがたっぷりかかっている。


「ふむ……ネフリティスも食事が美味いな……。だが、世界では二番目だ」


「あら、では一番はどこですの?」


「ディアマンテだ」


「ああ……。あの土地は縦に長いですものね。郷土料理の豊かさならなかなかのものと聞いていますわ」


 すっかり、デヴォラの食客となってしまったウィクサールである。

 彼の狙いは灰色の剣士ただ一人。

 そのため、巡礼者たちと別れ、この地に残っているのだ。


「それで、どうなのだ」


「何がですの?」


「だから、海賊が船を襲う基準とやらだ。どうやって、奴らは貴重品が運ばれている事を知るのだ? 私の目には、どの船も同じようにしか見えんぞ。言うなれば、帆船とガレー船程度の違いだ」


「そうですわね」


 デヴォラは優雅に腕組みをした。


「ウィクサール。あなたは、貴重品を運ぶ船と、食料や衣類を運ぶ船が同じ作りをしているとお思いかしら?」


「むう。運搬に携わるのだろうが。では変わるまい」


「おばかですわね」


 ふん、とデヴォラは鼻を鳴らした。

 ウィクサールのこめかみに青筋が浮かぶ。


「貴様っ、馬鹿にしているとただではっ」


 抜き放たれた棒と、デヴォラがどこからか取り出した筒が噛み合った。

 筒が火を吹き、ウィクサールの背後の壁に穴を穿つ。


「手が早いですのね。まずはわたくしの話をお聞きなさいな。

 貴重品とは、宝石や細工物の類、或いは貴重な毛皮や彫刻。それ一つで多大な富を生み出しますわ。

 それ故に、薄利多売の食料と比べれば少ない量を積むだけで済みますの。

 衣類は高く売れますけれど、貴重品と比べればそれなり。だからこそ、貴重品を積んだ船には、多くの護衛を雇い入れるのが通例ですわ」


「ふむ……? どういうことだ?」


「脳筋なあなたにも分かるように言いますとね。

 より物々しい装備に身を固めた船は、貴重品を運んでいる可能性が高いと言うことですわ。つまり海賊は、わざと厳重な装備に身を固めた兵たちが乗り込む船を狙っているのではないかと、わたくしは思いますの」


「なんと!? わざわざ厄介な相手の懐へ飛び込んでくると!? いや、待て。灰色の剣士ならばありうる。あの男であれば、私以外の兵士では相手にもなるまい」


「大した自信ですのね」


 デヴォラはくすくすと笑った。


「ならば、わたくしが実行するつもりの案に乗りますか?」


「案……だと?」


「ええ。わたくし、自らが出ますわ。

 たっぷりと船には餌を詰め込んで、選りすぐりの兵士を集めて、そしてかの海賊アンブロシアと海賊剣士を一網打尽にして見せましょう。

 偶然、あと一人までは乗り込むことができるのですけれど」


「私を連れて行け!」


 勢い良くウィクサールは立ち上がった。


「いよいよか! いよいよ、灰色の剣士、お前の年貢の納め時だぞ! このウィクサールが神罰をくれてやる! 首を洗って待っていろ!! わは、わはははははは!!」


「元気ですのねえ」


 そのような訳で……。

 いよいよ、本気になったエルド教が、対海賊用の船団を派遣する事になったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る