第64話 熟練度カンストの待ち伏せ人
「来たよ。ええと、一つ、二つ、三つ……。全部で五隻。どれも、武装した人たちが乗り込んでるみたい」
「いよいよ本番か」
ここは、群島海域のとある島影。
海賊船を潜ませるにちょうどいい、侵食された岸壁で、俺たちはじっと待機していた。
時折、通りかかる船から特に重武装な連中を狙って襲う。
防備が甘い船は基本スルーだ。
そして襲ってみて分かったのだが、重武装の船ほどよい荷物を積んでいた。
キラキラする宝石類も多量。
なるほど、これは武装した兵士を固めて守りたくもなるだろう。
そんなわけで、
「この手の船を集中して狙おう」
「正気かい!? こういう手合いは、ネフリティス王国が正式にエルドの連中に依頼した交易船ばかりだよ? 余りやりすぎると、国そのものを敵に回すってのと、乗ってる連中が強いからあたしらは避けていたんだがね……?」
「だからこそだ。それに、襲う船に法則性を持たせておけば、頭のいい奴が気づくだろう」
これは撒き餌である。
適当な船に負けた振りをして、オケアノス海賊団を解散してしまう事は容易い。
今や乗組員は、俺とリュカとサマラ、そしてアンブロシアと何故かヨハンの五人だけだ。
船の機動は全て、アンブロシアが水の精霊を使って行なう事が出来る。
リュカとサマラは船の主砲であり、白兵戦は俺一人で事足りる。
後はヨハンが、その他諸々の雑務を担当してくれている。
なんでこいつはここまで付き合いがいいんだろうな。
「いや、あのな、俺が今逃げて、万一俺の顔を知ってる奴がいたらどうする。お前たちは生き残る算段があるようだし、とんでもなく強いんだから、こちらについておくのが確実だろうが」
「なるほど、頭いいな」
俺は大変感心した。
「それで、どうしてユーマは困難なやり方を選んでいるんだ? もっと簡単に負けて逃げ延びることだって出来るだろう」
「おお、そう、それだ」
話が逸れていた。
俺の考えでは、俺たちはなるべく粘って、交易船団に手痛い打撃を与える必要がある。
何故なら、俺たちが粘ってエルド教のみならず、ネフリティスやその他の商人たちから目の敵にされればされるほど、移住した村の連中に注目する輩は減るからだ。
そして、俺たちが交易をする上での大問題となったところで、あちら側の最大戦力とぶつかり、華々しく負ける。
これでしばらく、海域の話題は持ちきりとなるであろうし、海賊を取り締まるような動きが活発になるのではないか。
いつの間にか近隣の島に移住していた、村の人々など注視している余裕は無くなるだろう。
「そ、そうだったのか……!」
ガーン、とショックを受けた顔のアンブロシア。
そしてすぐに目を潤ませて、
「お、お前って奴は……! ちっくしょう、ちゃんとみんなの事を考えててくれたんだなあ。あたしは嬉しくて泣けて来そうだよ」
そのような訳で、俺たちは手加減をするわけにはいかなかった。
船を吹き飛ばしたし、転覆だってさせた。
或いは、見せしめとして兵士を狩ったりもした。
死んだ連中に恨みは無いが、リアリティのためだ。
こちらの本気度を知れば知るだけ、向こうは俺たちの狙いに気付きにくくなる。
まさか、俺たちが負ける為にひたすら仕込みを行なっている等とは思うまい。
俺たちは、いかに強力と言えど所詮は個人戦力である。
対して、エルド教はこの国の経済に根を張る集団である。
集団の怖さは、根絶が難しいところにある。
一度倒したと思っても、隣人が、友人が、敵対していた集団の一員ではないという保証は無い。
それならば、集団の目を騙してしまえというのが、俺の策略であった。
「で、その努力がいよいよ実るわけだ」
俺の呟きに、サマラが緊張した面持ちで頷く。
「ア、アタシはひたすら、ヴルカンを撃ちまくるんですよね?」
「そう。で、俺が合図したらこっちに来て、ヨハンと一緒に行動して」
「はい!」
「アンブロシアは船の管理。で、一定のところであれをよろしく」
「任せておきな!」
「リュカは重要。連絡役だから」
「うん、がんばるよ!」
「ヨハン、調整役頼む。世話をかけてすまんのう」
「何を今更」
「では、行くとしようか。オケアノス海賊団最後の一仕事だ」
「ちょい待ち!」
アンブロシアが突っ込みを入れてきた。
えっ、今いいところだったのになんだよう。
「オケアノス海賊団はあたしが作った組織だよ! 最後の音頭はあたしが取るに決まってるだろう!」
「あっ、はい」
勢いに押されてしまった。
アンブロシアは俺を押しのけて一団の中心に立つ。
「いよいよオケアノス海賊団、最後の大一番だ! 散り際に一花咲かせるよ、お前たち!」
「おー!」「おー!」
おお、女の子たちの反応が良い。
盛り上がっている。
俺とヨハンでほっこりしていたら、
「男どももぼーっとしてんじゃないよ!」
「お、おー」「おおー」
発破をかけられたので慌てて合わせた。
さあ、出陣である。
アンブロシアのコントロールで、海賊船は通常の船を大きく上回る速度で動くことが出来る。
以前はヴォジャノーイの力を使っていたのだろうが、今やウンディーネとオケアノス総動員である。
本気になれば、馬が全力疾走するほどの速さになるらしいが、そうなると船が耐えられずに壊れるのだとか。
おお、向こうさんも俺たちに気付いたようだ。
わいわいと騒ぎ出し、鐘を鳴らしている。
リュカが映し出す遠方の様子を見ると、兵士が甲板に総出である。
おや、あれはなんだ。
巨大なスプーンのようなものが運び出されてきた。
それにロープが括り付けられている。
「あれなに」
「投石器だな。船のバランスが崩れるから、余り搭載はしないが……エルドの導き手の投石器だ。常識に囚われるのは危険だぞ」
ヨハン詳しい。
流石に石は搭載して来れないだろうし、投げてくるとしたら……樽かな。
油を詰めた樽。
エルド教は明らかに、技術力が他の宗教と段違いだから、着弾と同時に発火するかも。
海に火をつけるくらいはしそう。
俺は想像力を働かせる。
元々、それなりに妄想力は豊かな方である。
「確かに有り得る! ユーマはなんだ。そういう将軍としての教育でも受けてきたのか?」
「将軍の采配を近くで見る機会が多かったと言うか」
戦っていると、作戦やら何やら、ログやダイレクトメールで流れて来たからな。
ゲームをしていた時代、ギルドは魔境であった。
各ギルドのギルド長は、いつ日常生活をしてるんだってくらい権謀術策を戦わせ続けていたな。
「では、俺は行く。樽が飛んできたら、いい具合に迎撃して」
「はーい」
リュカが元気良く返事した。
彼女に任せておけば間違いあるまい。
「じゃあ、押すよユーマ! シルフさん、思いっきりお願い!」
俺の背後から、強烈な風が押し寄せてくる。
バルゴーンを召喚し、大剣の形に変えて背負う。
そのまま甲板を疾走し、風に乗って跳躍である。
とんでもない風量の追い風で、走り幅跳びとは思えないほどの飛距離が出た。
数百メートルを飛び越えながら、着水の瞬間に大剣の腹を海面へ叩き付けた。
「海賊剣士が出たぞ!」
「海賊剣士だ!」
「賞金首だ!」
うむうむ、順調に有名になってきているみたいね。
船べりから、俺目掛けて矢を放つ連中がいる。
俺はジグザグに海面を突っ走り、攻撃を回避する。
おっ、小船も降りてきたじゃないか。
ちょうどいい足場である。
それでは暴れるとしよう。
「その首、もらうぞ!!」
「やらんぞ」
小船に乗って襲い掛かってきた奴の剣を躱しつつ、飛び上がる。
剣を小剣に変えながら、船の中に着地だ。
「野郎、乗り込んできやがった!」
「やっちまえぐわーっ」
一人をサクッと刻んで海に蹴り落とす。
不安定な足場で、上手く動けないあちらさんを、次々に剣で刻みつつ、
「はい次」
海に落として進行ルートを確保する。
側面から飛んでくる矢は、こう、ベクトルを弄ってやるとだな。
「うわあーっ、矢、矢が俺の肩にーっ!」
「やめろ、射つなー!!」
「うるせえ! そこで固まっている間に諸共だ!」
なんとコンビネーションが出来ていない連中であろうか。
そこでわいわい騒いで、矢を降らせるだのやめろだの言っているうちに、海賊船が近づいてきている。
そろそろ来るぞ。
「ヴルカン!!」
サマラの声が響く。
舳先にいる彼女の胸元が大きく開かれており、明々と輝く。
もう少しで見えそうな豊かな胸に、男たちちょっと目線が釘付け。
危ないぞ。
直後、サマラの胸の中央に光のゲートが開く。
そこから、人一人から生まれ出たとは思えないほどの、炎の奔流があふれ出した。
それに合わせて、リュカが油の詰まった瓶を飛ばしている。
瓶は真っ先にあちらの甲板に落ちると割れ、油を撒き散らす。
そこへヴルカンが降り注げば……。
「うわああああ、か、火事だあーっ!!」
「くっそ、あっちにも油を投げ込め!」
「デヴォラさん特性の炸裂弾だぞ!」
炸裂弾とな。
これはいかん。
「リュカ、投げ返せ」
「はーい!」
俺の言葉を、リュカは常にシルフを使って拾っている。
すぐに彼女の返答が帰ってきて、船団から勢い良く投擲された樽が、強烈な風によって押し返されていった。
どよめき。
そしてそれはすぐに悲鳴に変わった。
船の上じゃ逃げ場なんて無いもんなあ。
爆発する船。
ただでさえ、ヴルカンで炎上していたのが、自家製炸裂弾でさらに被害を拡大した形だ。
半壊どころか全壊になり、竜骨を残して無数の木片が海域に浮かぶようになる。
こりゃいい。
ちょうど足場が出来たぞ。
「やはり私が出ねばならんようだな! 待たせたな灰色の剣士!!」
聞き覚えのある声がした。
振り返ると、のっぽがいる。
うわー、お前まで来たのか。
「ふはははは!! ここで決着をつけてやろう! 覚悟ぉ!!」
のっぽは棒を取り出すと、そいつをヒュンと一回転。すると棒の長さがぐんと伸びた。
回転する棒に巻き込まれ、何人かの兵士が悲鳴をあげて吹っ飛ばされる。
「ええい、お前たち邪魔だ! 私と灰色の剣士の決闘に入ってくるな!」
「俺はあまり付き合う気は無いぞ」
浮かぶ木片の上を飛びながら、のっぽから距離を取る。
相している間にも、他の船団の船が近づいてくる。
どれも投石器の用意をしているようだ。
その中で一隻だけ、他とは違う動きをしているものがある。
「あら」
もう一つ、聞き覚えのある声だ。
「灰色の剣士とは、あなたでしたの。音沙汰が無いから、てっきり死んだのだと思っていましたわ」
俺を見下ろすのは、エルド教の導き手デヴォラ。
おや……その、弾丸を撃つ筒が束ねられた謎の武器はなんですかね……?
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