第60話 熟練度カンストの引越し屋2
「どれ」
俺が先陣を切る。
「あ、こら、何が来るか分からないんだから、後ろに下がってな!」
「大丈夫。そういう時に一番強いのがユーマだから」
「ユーマ様の対応力は異常ですよね。状況が致命的なほど強いです。反面……日常的な事に対しては非常にアレですけど……」
俺の評判が高いのか低いのか。
まあ深く考えずに行ってみようじゃないか。
水色の輝きが広がる空間へ、足を踏み込む。
おっ、首筋にヒヤッと来たな。
俺は抜き打ちに、片手剣を振り上げた。俺の顔の両脇を、水流が走り抜ける。
上手いこと断ち割れたようである。
「ぎゃっ、何、今の!? ……てか、あれを回避するとかどういう反応速度してるのさ。人間が反応できる速さじゃないだろう……!?」
「うむ。大体来る所が分かるだろう。そこを断つのだ。割りと練習すれば誰でも出来る」
「出来ないだろそんなの!?」
「いや、気配を察して予め刃先を必要な角度で置くんだ。こう」
また水流を切断。重ねて放たれた二撃目も、来る方向を把握して刃を寝かせてあるから、これにて切断。
「な?」
「な? じゃないよ!! あんた、前々から異常な腕前だと思ってたけど、それ、腕が立つとか言う次元じゃなくない!? そもそもその攻撃、初見でしょ!?」
「初見返しが一番相手に効くんだぞ?」
「知らないよ!? ってか初見返しって何よ!? なんで返せるのよ!?」
アンブロシアが女の子的な言葉遣いになっている。
何を動揺しているのか。
俺は幾度めかの水流を断ち割る。
「えっ、ユーマっておかしかったんだ……。私、あれがフツー何だと思ってた」
「いやいやいや、リュカ様、あの人おかしいですから。その……アータル様に向かって、物怖じせずに飛び込んでくる人なんて、ただのバカかそれとも……お伽噺の英雄様じゃきゃ……!」
「サマラ顔赤い? あ、来るよ」
「そんなことっ!? えっと、ヴルカン!!」
吹き上がった炎が、後ろへ流れた水流を瞬時に蒸発させる。
「ほい、じゃあどんどん前に進んでいこう」
俺の声掛けで、そういう流れになる。
次々に放たれる水流を、最前線の俺が捌き、漏れたものをサマラが蒸発させる。
本来なら、これは水の精霊を使って放たれる攻撃だから、指輪の使い手たる巫女が御するとかそういう試練なのではないだろうか。
まあ、この水流、まともに受けたら死ぬレベルである。
悠長に御する努力をする暇など無い。
つまりは、巫女の才能があれば突破できるようなセキュリティ、と。
チラッとアンブロシアを見た。
「何さ?」
「いや、なんでもない。指輪をゲットして御せる自信は?」
「ある!」
その根拠がない自信はどこから湧き上がってくるのだろうか。
まあ、後のことは後で考えようではないか。
強行突破で部屋の中央まで進むと、次はこの空間の周囲を流れる海水が、ぶくぶくと泡立った。
何か出て来るな。
果たして、そこから巨大な腕が伸び、起き上がってくるのは大型のヴォジャノーイである。
一見してカッパでも、これほど大きいと中々迫力がある。
奴らは、カパーッとでも言うような咆哮をあげると、俺たち目掛けて迫ってきた。
俺は水流の迎撃から、ヴォジャノーイへの攻撃スタイルへと変更する。
武器は片手剣から、大剣へチェンジだ。
「うーん、風が吹けば戦えるんだけど……!」
リュカが悔しそうである。
ふーむ、と俺は考える。
一歩退きながら、ヴォジャノーイが繰り出す水の拳を縦に裂く。
本当に、リュカは閉鎖空間では能力を使えないのだろうか。
こうして、俺の頭上を迸る炎を見て考えるのだ。火種が無くとも、サマラは火の精霊を操る。
体内に火種を有しているからなのだが、ならば生来の巫女であるリュカは、体内に風を有していたりしないのだろうか。
「ということで、使ってみよう、リュカ」
「ええっ!? 体の中に風が!?」
リュカが目を丸くした。
「うむ。っと、ほい、ほい」
リュカが抱いた疑問に肯定を返しつつ、大剣を振るいながらヴォジャノーイの腕や足を払う。すぐにもとに戻ってしまうが、再生する際に力の流れが発する。
不自然な水の流れを辿り、どの辺りに水の精霊がいるかと確認した。
「おお、いたいた」
大剣を立てると、勢い良くこれを駆け上がる。
跳躍の際に、大剣を手にして引き抜いた。空中で体を回転させ、刃をヴォジャノーイの肩口目掛けて袈裟懸けに。
カパーッと悲鳴があがった。
ヴォジャノーイの背中の中央辺り、そこに精霊が集まっていたのである。
複数の精霊がまとめてこいつを操作しているのだな。
俺の一撃で、そいつらが散り散りになる。
精霊というのは、どうやら自然環境を動かしているシステムのような連中で、破壊することは出来るのだが、割りと無尽蔵に補給できる。
恐らくこの巨大ヴォジャノーイも、すぐに元通りであろう。
着地した俺の横に、リュカが並んだ。
「うん、やってみる。体の中に、風……」
「アタシは、火口石が元々火を生むものだったので、そこから炎が湧き上がるイメージで……こう、ヴルカン!!」
螺旋を描く炎が噴射される。
これがヴォジャノーイを直撃し、巨体をぶっ飛ばす。
大変豪快である。
「はぁ!? 屋内で風!? い、いや、炎を生み出している奴がいるわけだから、無理ってわけじゃ……」
「うん、やってみる! えっと……風、風のイメージ……! 吹くモノっていうと、息、息から風が生まれる……」
リュカの吐息。
これが、彼女の言葉とともに渦巻く。
体内にある風と聞き、すぐに吐息へと発想を結びつける辺り、なかなかリュカは非凡なのではないか。
「シルフさん……!」
吐息の中に、俺は風の乙女の姿を見る。
迫ってきていたヴォジャノーイが、全身を渦巻く風に煽られてよろけた。
「いけた! まだ上手く行かないけど」
よろけたところを、風がどんどんと侵食していき、やがては螺旋形にバラバラな形に砕いてしまう。
これで上手く行っていませんかー。
「よっし! 道が開いた!」
目ざといのはアンブロシアである。
この場に、通り抜けられる空間が生まれたことを把握し、一気に歩みを進める。
彼女は松明を持ったまま、戦う様子は見せなかった。
他力本願でいられる間は、それを利用させてもらう心づもりなのだろう。
アンブロシアが海賊ルックを脱ぎ捨てると、空間を疾走する。
こうして後ろ姿を見ると、普通の女の子である。長い金髪を大雑把に背中で纏めている様子が、大変惜しい。
「オケアノスの、指輪っ!!」
あったか。
岩の壁に何かが埋め込まれていたようである。
アンブロシアが手を伸ばした。
「ぐぬぬぬぬっ、離れろ! 離れろぉっ!!」
めきめきと音を立てる。
そんな力尽くで抜こうとして、大丈夫なのだろうか。
「ヴォジャノーイは頼む」
俺は二人に後を任せ、アンブロシアの後に続く。
念のために、剣のサイズを変える。これは双剣。防御の型だ。
「ちょっ、お前何をしに」
「抜けないんだろう。手伝う」
アンブロシアが握っている手を離させ、剣を突き立てる。
先端で指輪の中を引っ掛け、梃子の原理で……抜けないな。
「アンブロシア、上から引っ張れ。恐らくこいつ、抜くには資格も必要なんだろう」
「や、そんなところ抜いたら指が吹っ飛ぶだろ!?」
「大丈夫だ。そんなヘマはしない」
こと、剣に掛けては間違いなど犯す事などありえない。
「き、気をつけてよ。あたしはまだ、体を壊す訳に行かないんだから!」
文句を言いながら、アンブロシアは指輪の頭に手をかけた。
俺が力を込めると、彼女もまた指輪を引っ張る。
刃の先端を指輪の広がった部分に当て、上に滑らないようにしながら力を込める。
こいつは恐らく、資格者がここに辿り着けば抜けるものだ。
さもなきゃ、抜こうとしている間にヴォジャノーイに殺されてしまう。
大体、この巨大なカッパどもを従える条件とはなんだ。
離れたところから、どうやって資格があると確認する。
先代の優れた巫女とやらは、どうやって、こいつらを抜けて指輪を手にした?
俺の予想はごく単純。
あの水流を水流で迎撃して、そのまま駆け抜けたのでは無いか。
そして、この指輪を抜いた。
つまり必要なのはフィジカルだ。
アンブロシアは、フィジカル面ではリュカよりもサマラに近い。
つまり、普通の人間の域を出ない。
きっと先代の巫女の中に、リュカのような肉体的に優れた奴がいたのだろう。
で、この指輪が抜けないのは……。
「ぬ、抜ける……!」
やっぱりだ。
苔やらが絡まって、固くなっていただけだ。
「うううんっ……とおっ!!」
何やら可愛らしい気合の声と共に、水色の指輪がすっぽ抜けた。
「きゃっ」
なんて言いながら尻餅を突こうとするアンブロシア。
俺は彼女の背後に回って、体で受け止めた。
もちろん、双剣は構えたままだ。
だが、どうやら心配のしすぎだったようである。
すぐに、巨大ヴォジャノーイは動きを止めた。
俺たちを振り返り、傅く姿勢を取る。
「よし、仕事は終了だな。お疲れ!」
「お疲れ様!」
「お疲れ様です」
リュカとサマラも無事らしい。
二人は背中合わせになって戦っていたようだ。
いいコンビかもしれんな。
「お、おい! いつまであたしにくっついてる気だ! こ、子供が出来たらどうしてくれる!」
「いたい!」
俺の胸に背中を預けていたアンブロシア、何やら裏返った声でそんな事を言い、肘をぶつけてきた。
スッと体を離すことにする。
「アンブロシア、子供ってどうやって出来るか知ってる?」
「しししし知ってるよ! 今のは言葉のあやってやつだよ! っていうかあたしからエッチな言葉を引き出しかねない質問をするな!?」
むっ、こ、こやつ、ちょっと可愛いかもしれない。
なんて思ってしまった。
姉御口調だと、全くグッと来ないんだが、普通の女の子っぽい仕草はやめていただきたい。
俺が反応していると、リュカさんが怖いのだ。
幸い、彼女は向こうでサマラとハイタッチしている。
目覚めた新な能力の具合が良好なのだろう。
吐息から風の精霊の魔法を使う、ねえ。
精霊というのは、一体何なのだろうな。
「よし、それじゃあ、ずらかるよ!」
アンブロシア、この場ではオケアノスの指輪を嵌めること無く、撤退を宣言する。
何か、他の指輪と違うとでも言うのだろうか。
まあ、それは外に行ってから考えようではないか。
これにて、祭器の引越し作業は完了。
俺たちは島を後にするのである。
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