第59話 熟練度カンストの引越し屋

 海賊砦と自称していた建造物のある島へと戻ってきた。

 既に、島の住民の多くは外部の島へと引越ししている。

 そのために、入り口に作られていた渦潮の姿は無い。


 相変わらず、自動運転めいて波の動きを無視した挙動のオケアノス海賊船。

 入港して行くと、ガランとした島が一望できる。


「なるほど、確かにこうやって見てみると、暮らしにくそうな島だな」


 俺は頷いた。

 森もある。

 平野もある。


 丘もあるし、町もある。

 だが、どれもそれほど広いわけではない。


 どれもこれも、少人数がそっと暮らす分には問題が無い。

 だが、島の人口が増えてしまった場合、畑を作ったりしても島の面積に限界が出る。


 下手に森を切り開けば、水はけも悪くなるし、野生動物も取れなくなる。

 丘を均せば、家畜が食べる草が消える。

 もう、この島は限界に来ていた。


 エルド人からの締め付けによって、交易が自由に出来なくなればすぐに干上がってしまう。

 信仰に対する意地とか、そういうものではどうにもならないところに来ていたのだ。


「ふん、移住は順調のようだねえ」


 まだちょっとむくれているアンブロシア。

 さっき、みんなから戦場で手出ししたことをフルボッコにされて、まだちょっと機嫌が悪いのだ。


「で、俺たちはどうすればいいんだ?」


「ちょっと面倒なモノがあってねえ。素養がある人間でなければ、持ち運びできないんだよ。そいつを分解するのを手伝って貰いたい訳さ」


「素養がある人間じゃなければ……って、それって、祭器?」


 祭器に詳しい女子、サマラである。

 その言葉に、アンブロシアは頷いた。


「港の水底に沈んでいるそいつと、あたしが指につけているこれ、そして、遠くから船をコントロールしていたアレ。この三つは、本来移動する訳にはいかないんだけどね……」


「何だその反応。厄介なのか」


「厄介だよ。厄介も厄介。あんたや他の巫女がここにやって来たから、これで実行に移せるって思ってさ。それに……あの腕だったらやれるでしょ、多分」


 不穏な事を言っておるな。

 一体、何が待っていると言うのか。


「ウンディーネ! 拾って来な!」


 アンブロシアが命令を出すと、水面で透き通った水で出来た乙女が跳ねる。

 彼女は高速で水中深く潜っていき、底の辺りで何かを動かした。


 すると、水底から、海よりもなお蒼い輝きが生まれる。

 ウンディーネはそれを握りしめると、浮上してきた。


「これが、二つ目の水の祭器。ぶっちゃけ、全部指輪なのさ」


 アンブロシアは、蒼い指輪を受け取ると、空いている指に嵌めた。


「こいつらには意思がある。自分が認めた巫女にしか従わないのさ。あたしが思うに、こいつらは恐らく、古い精霊たちが形になったものなんだ。あたしはこのうちの二つを従えて巫女になった。これはあたしの才能あってのことさ。だけどね」


「あと一個あるのね」


「そういうこと」


 リュカはふーん、と頷いた。


「アンブロシア、その祭器に嫌われてるの?」


「そっ、そんなことないさ! あいつはすっごく気難しくて、今まであいつを従えた巫女なんて、村の歴史でも片手で数えるくらいしかいなかったんだよ!」


「ふむ、で、それは凄い祭器なのか?」


「ああ。あれを身につけられるようになれば、あたしだって、あんたたちみたいにやれるようになる」


 なるほど。

 では、これはその祭器を船に引っ越させる作業であると同時に、アンブロシアを認めさせる作業でもあるという事か。


 だがまあ、祭器を三つ揃えた程度でリュカやサマラに匹敵するというのは、眉唾程度に聞いておこう。

 そもそもリュカとサマラの間にも、更に大きな実力の壁があるように思うしな。


「よし分かった。じゃあ、その祭器を引越しさせに行くとしよう」


 俺は宣言した。




 木造と見えた海賊砦だったが、砦本体である平屋の下には、なんと洞窟が広がっていたのだ。

 降りていくと真っ暗だったため、サマラが手にしていた松明に、胸元から放ったヴルカンを乗り移させる。


「しっかし……なんで火種も無いのに、そうポンポン火の精霊を呼び出せるかね」


「昔はアタシも出来なかったのよ。だけど、今はほら、出来るような体になったから」


 より精霊に近い肉体に変われば、普通ではあり得ないことも出来るようになると。

 色々話を聞いていると、基本的に祭器や媒介なしには、魔法というのは使えないのだそうだ。

 ディアマンテは比較的、魔法を使える人間が多かったようで、祭器のコピーのようなものを用いれば、それなりの素養があるものなら精霊を呼び出せたらしい。


「だけど、アルマースやネフリティスではあまり魔法が発達してないのはどうしてだ?」


「簡単さ。それはね、こうやって直接殴ったほうが早いから」


 シュッシュッと拳を突き出す仕草をするアンブロシア。

 なるほど、道理である。


「アルマースは、元は魔法への造詣が深い国だったんですけどね。ザクサーン教があの国を取り込んでから、割りと唯物論っぽい考え方になってしまいました。まあその、この間のアータル様降臨で、ちょっとは目が醒めたと思うんですけど」


 アータルの辺りで目線を宙に泳がせながらサマラ。

 あれはトラウマであろうなあ。


「えー? シルフさんにお願いするほうが楽じゃない? 攻撃する時って、みんな位置を変えたり動いたり、相手を伺ったりするでしょ。シルフさんに任せておけば、全部やってくれるよ?」


「これだから天才肌は」


「リュカ様、あなたが特別なんです」


 巫女二人が悲しそうな顔をする。

 首を傾げて、よく理解できないという顔をする、生まれつきの巫女、リュカ。


「そうか……俺も魔法を習ってみようかな」


「ユーマだけは魔法よりも、剣で攻撃したほうが早いと思うな……」


 リュカに言われてしまった!

 ……とまあ、そんな会話をしながら洞窟を下っていく。


 俺たちが降りているのは、荒く削られた階段状の斜面だ。

 手すりなどは当然無く、片側の壁面に手をつきながら下っていく。

 岩壁が苔むして、しっとりと冷たく湿っている辺り、いやんな感じである。


「ユーマ様、下には水が見えます」


 松明の炎に照らされた下方を見て、サマラが教えてくれた。


「ここはね、ちょうど海が入り込んできてる洞窟なのさ。あたしたち水の巫女が行くときは、わざと海側から入ってくることもある。このウンディーネの指輪があれば、暗くても水さえあれば物が見えるしね」


 アンブロシアの指で、蒼い指輪が輝いていた。


 元々彼女がつけていたのは、白いヴォジャノーイの指輪。

 で、これから取りに行くのは、オケアノスの指輪。

 明らかに精霊王絡みの祭器じゃないか。


「ひゃっ」


 リュカがつるんと滑った。


「わわっ!?」


「うおーっ!」


「あぶなっ!」


 三人で、上下から彼女をがっしりホールド。


「ふいー、ありがとう。すっごく足元滑るんだけど……。危ないねえ。……そうだ!」


 リュカが俺の腕にくっついてきた。

 こ、これはふんわり暖かくて柔らかい。


「リュ、リュカさん一体何を」


「こうすれば安心でしょ。死なばもろとも!」


「な、なにぃ!!」


 では俺は転ばぬようにせねばならない。

 この高さから、暗い水面に落下するなどゾッとしないからな。

 それに水中には、何かおかしな生き物がいるかもしれないし。


 そんな事を考えつつ、慎重に段を下った。

 すぐに終わりがやってくる。

 ここからは、水の流れに沿って歩く、天然の道である。


 とにかく足元が湿って滑る事に違いはない。

 慎重に、慎重に。

 むぎゅっ。


 俺の後ろにくっついて来る者がいる。

 この圧倒的なボリュームは……。


「サマラくん、一体何を」


「あのっ、お、落ちるとアタシ、絶対に命がないと思うんで、くっつかせてくださいっ」


「死活問題……!」


 サマラは松明をアンブロシアに手渡し、かくして俺は背中と片腕を二人にホールドされて歩くことになった。

 くそう、歩く度に柔らかいものが動くから、大変なことになっているではないか。

 落ち着け、落ち着け俺。


 悶々とする心を、深呼吸で落ち着けながら俺は歩く。

 武を志すもの、平常心平常心である。

 そうだ、ヨハンの顔を思い出そう。


 おっ、あの男の巻き込まれ体質な顔を連想していたら、段々と落ち着いてきた。

 奴は基本的に普通の人間なので、この洞窟にはついてこなかった。

 今頃、船で俺たちの帰りを待っている事だろう。


 そもそも、なんであいつはここまで付き合いがいいんだろうな。

 あ、そうか。


 勢いでついてきたけど、あいつ帰る手段が無いじゃないか。

 よく文句言わないな。


「ユーマ、何考えてるの?」


「うむ、ヨハンに給料あげてないなーって」


「あ、忘れてた! ヨハン、傭兵だもんね」


「今度何か商船からもらった時に、分けてあげましょう」


「はいはい、お喋りそこまで!」


 パンパンと手を叩くアンブロシア。

 立ち止まるように指示をしてきた。


 気がつけば、周囲が広くなっている。

 流れ込んできた海水は、どうやら奥の方で泉のようになり、島の下の方へと引き込まれているようだ。


「あれ、なんだかここの雰囲気って」


「うん、ゼフィロス様が降臨する森と一緒だね」


 懐かしい思い出だ。

 リュカと共に、滅ぼされた後の村へ行き、そこでゼフィロスと会った。

 精霊王たちは、皆こういう、特別な場所を持っているのかもしれない。


「へえ、リュカのところもそうなのかい? サマラも?」


「ガトリング山自体が、そういう場所みたいだったけどね」


 今は半分削れてしまったガトリング山か。

 いや、精霊王の本気って凄いよなあ。

 では、ここにも凄い本気を出す精霊王がいると。


 俺はそんな思いと共に、奥に目を向けた。

 アンブロシアは、闇に包まれてよく見えない奥に向かって、手を掲げる。


 その手には指輪が二つ。

 白と蒼。

 これが淡く輝きを放っているが、徐々に光を強めて行っている。


 やがて、光は蛍光灯くらいの明るさまで強くなり、次の瞬間には、まるでビームのように奥に向かい、指向性のある輝きを放った。

 何か、空間の奥に安置されているものと共鳴しているようだ。


 空間の奥は、ぼうっと水色に輝いた。

 ちょうど中間色か。


「来るよ、水の守護者どもが!」


 アンブロシアは警戒の声を発する。

 リュカとサマラの温もりが俺から離れ、身構える気配。


 俺もまた、腰にバルゴーンを呼び出した。

 さて、物騒なお引っ越しの始まりである。

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