第53話 熟練度カンストの討伐者

 海域近くには漁村があった。

 そこに立ち寄って補給なのである。


 傭兵たちはいそいそと消えていった。そういう、立ち寄る旅人向けのお店があるらしい。

 俺もソワソワしたが、リュカがお尻をつねってくるので諦めた。


「なにゆえ」


「んんん、なんかいやーなの!」


 我が一行の最高権力者の許可が降りないのでは仕方あるまい。

 俺はサマラも加えた三人で、漁村で飯を食うことにする。


 ブイヤベース的なあれである。

 塩しか使っていないそうだが、煮込まれた魚介から染み出す出汁が、なんとも言えぬ深い味わいをもたらす煮込み料理だった。


「おいしい!」


「うまい!」


「おいしい……!」


 そうボキャブラリーが多くない俺たちは、そのような感想を口にしながら平らげた。

 リュカが現地語を片言で、お店の人に美味しいという言葉を表明している。


 俺とサマラは、リュカに教えてもらって、ネフリティス語で挨拶くらいは出来るようになった。

 言語としては、基本的にエルフェンバインやディアマンテの言葉に近いんだが、文法や単語の読みが違うのだよなあ。

 方言みたいなものなんだろうか。


「ユーマ! ユーマユーマユーマ!」


「なにかね」


 袖をぐいぐい引っ張ってくるリュカである。

 何をそこまで興奮しているのか。


「ここのメニュー、このスープで作ったお粥があるって……!」


「なにぃ!!」


「お、お粥って、このスープをたっぷり吸ってるんですよね!? たっ、食べたい! アタシ食べたいです!」


 俺たちは満場一致で、ブイヤベース粥を注文する。

 麦を汁でふやかしたものだったが、やはり汁物をよく吸った穀物は美味い。

 おお……俺は傭兵たちについていかず、彼女たちと残って良かった……!


 貪るように粥を食べて、その後心地よい満腹感から、しんなりと三人で椅子にもたれていたらだ。

 傭兵たちが帰ってきた。

 スッキリした顔をしているが、だがどこか悲しそうだった。


「どうしたの? ヨハン首を傾げて」


 リュカの言葉に、傭兵たちの中にいたヨハンが重々しく頷いて見せた。


「確かに、男としてスッキリはしたんだ。だが、やはりこういう村のそういうお店というのは、漁師のかみさんやらが小遣い稼ぎでやっててな。やっぱり若い女が恋しいよなって結論になったんだ……」


「やらんぞ」


 俺は椅子ごと移動して、リュカとサマラへの視線を遮る。


「ああ、少なくとも、あんたとやり合おうなんて男はいないよ。怪物と戦う前に、身内に叩きのめされたら目も当てられん」


 ヨハンの言葉に、傭兵たちはゲラゲラ笑った。

 三人ほどを除いてだ。


 おうおう、何やら俺に憎らしげな視線をぶつけてくる。

 だが夜這いに来たお前たちが悪いのだよ。


「ねえねえ、リュカ様」


「なーに」


「最近、ちょっとユーマ様かっこいいですよね。なんか、守られてるって感じがします。ドキドキします」


「ふふーん、ユーマは元々、けっこうかっこいいのよ? サマラはやっと気づいたか!」


 おっ、嬉しいこと言ってくれるじゃないの。

 ともに何度も生死を潜り抜けてきた仲なので、ちょっと特別な感情は生まれても不思議ではないかもしれない。


 だが諸事情から、俺と彼女たちの間にも、手出し厳禁の法則が働いているのだ。

 傭兵たちを笑ってはおられまい。


「一応、俺たちも情報を集めてきたぜ。シーサーペントは夜に出てくるそうだ。

 この辺りの漁師は、篝火をつけてそれに集まる魚をとる事があるそうでな。結構な実入りがあるんだとか。で、そこをシーサーペントは狙ってくるらしい。

 動きが速くて、一晩に複数の船が襲われることもざらだそうだぞ」


「ほう……」


 では、囮を使って呼び寄せることも容易であろう。

 そういう意味では、難しくはない仕事である。


「大きさは、胴の太さが一抱えくらい……そうだな、リュカの尻回りくらいだそうだ」


「なんで私のお尻を例えにするのー!」


 そうだよな。

 やっぱりリュカは尻だよな。

 しかし、リュカの尻回りくらいだとすると、なかなかの太さだ。それなら全長は20mくらいあるんじゃないだろうか。ちょっとした怪獣だなそれは。


「リュカ様おちついてー!」


「むぎゅー! サマラ抱きつかないでー!! ええい、この胸を押し付けるかー!」


「ひー、そ、そんなところ触らないでくださいー!?」


「おっ!」

「おっ!」

「おっ!」


 傭兵たちが目を見開いて俺の背後をガン見する。

 気持ちは分かる。

 俺も冷静に振り返り、その光景を凝視した。


「なっ、何見てるのー!」


 リュカがシルフを使って皿を飛ばしてきたので、素早くキャッチする俺。


「ささ、続けて」


「続けない!」


 終わってしまった。

 だが良いものを見せてもらった。


 またしばらく頑張れそうである。

 ちなみに、その後リュカが口をきいてくれなくなったので、たくさん謝った。




 夜である。

 傭兵たちの船と、俺たち一行+ヨハンの船に別れて、篝火を焚いて待つ。

 一応、漁の真似事もするのだ。


 シーサーペントは、網にかかった魚を求めてやってくるのかもしれないからな。

 同乗した、若い漁師に教わりつつ、網を放る。

 おお、なかなかの重量。こんなのを幾つも放り込むのか。毎日やってたら絶対腰をやるな。


「ぬうおおおっ、あ、案外重いな!」


「うむ……」


「ひい、わ、私持ち上がりません……!」


 サマラは無理だった。

 一番体格がいいヨハンですら、なかなか大変そうなのだ。

 俺も意地でなんとか持ち上げて、海に放り込むが、これは厳しい。


「みんな、腰を使ったらだめ。全身を使って、こう!」


 リュカが、自分と同じくらいの重さがあるであろう網の塊を手にして、ひょいっと立ち上がる。

 うーむ……本当に豪腕だなこの娘。


 腕力が優れているだけではなく、全身の使い方が上手いのだろう。

 若い漁師も絶賛していた。


「お嬢さん、よかったらうちの漁村の嫁に……」


 とか言うので、俺が一応夫である的なことを伝えておいた。

 ぬう、海に出てからリュカがモテモテだな……。

 そんなこんなで、作業を終えて一休み。


 むしろ、この一休みの待機時間が重要である。

 シーサーペントは最近、頻繁に襲ってくるようになったそうで、危なくて夜の漁に出られなくなったのだそうだ。


 ここの魚は品質が良く、デヴォラが全て買い上げて、翌朝には王国の市に並ぶ。

 馬鹿にならない収益が上がるのだそうだ。


 さらにはここに出没するシーサーペント、昼間は交易船を襲っている。

 主に困るのはこちらなのだが、問題はいつ襲われるのかが分からない。

 ならば、出没する確率が高い手段をとっておびき寄せるのが上策であろう。


 夜闇の中。

 こちらの船から随分離れた所に、もう幾つかの篝火が集まっている。

 あれが向こうの船。


 あちらさんも、網の投下が終わったようだ。

 このまま待ち伏せて、静かな時間が経過する……と思った矢先。

 向こうの船がうるさくなってきた。


「リュカ、音を」


「はーい。シルフさん、お願い」


 リュカの呼びかけに応えて、シルフは向こうで発生した音を、迅速にこちらに伝えてくる。


『うわ、なんだこいつは!』

『シーサーペントだ! くっそう、ヌルヌルして刃が通らねえ!』

『ぐわああ』

『ヤコビッチー!! ちくしょう、ヤコビッチが海に放り投げられた!』

『蛇野郎出てこい!!』

『ぐわーっ』

『い、いつの間に後ろから!?』


 大混乱である。

 シーサーペント、縦横無尽に暴れまわっているな。

 蛇のくせに神出鬼没とかこれいかに。

 複数の蛇が、一度に船を襲っているのではないか。


「よし、俺たちも注意を……」


 呼びかけたところで、ズドンと来た。 

 船に何か重量物がぶつかって、波とは全く違う強烈な揺れを送り込んでくる。


「ひえええええっ!? たた、助けてええ!」


 サマラがずるずるーっと傾いた船尾に転げ落ちていくところだったので、慌てて駆け寄った。

 彼女をがっしりと抱え込んで、引っ張り上げる。


「ひいい、た、助かりましたあ……!」


 真っ青になって抱きついてくる。

 そんなサマラの足元で、ニョロニョロっとしたものが蠢いていた。

 うわあ、危ないところだったんじゃないか。


 しかも、火の巫女であるサマラはたくさんの水が大変苦手らしい。

 長時間全身が浸かっていると、死んでしまうこともあるとか本人が言っていたので、死活問題だ。


 いや、そこまで相性が悪いなら、なぜ船に乗ってるんだと俺はハッと気付く。

 だがまあ、抱きついてきたサマラの色々けしからん柔らかさで帳消しにしておこう。


「出たぞ!」


 体にロープをくくりつけて、ヨハンが船尾に走る。


「たあっ!」


 手にしているのサーベルだ。

 不安定な船上で、重い武器など基本ナンセンスである。


 肉を打つ音。

 サーベルはシーサーペントの体を斬ることが出来ず、表面で弾かれたらしい。


「くそっ、ヌルヌルする!」


「シルフさん!」


 リュカが風を起こした。

 猛烈な突風が、のたうつシーサーペントを叩く。

 そいつは悲鳴もあげずにふっ飛ばされ、船の外へ。


 一瞬篝火に照らされたそれを見て、俺はふと疑問を抱いた。

 ……いや、あれ蛇じゃないだろ。

 触手だよ、絶対。


 俺はこういうエロいモンスターに詳しいんだ。

 で、蛇ではなく触手だということは……あれは本体ではなく、つまりは何本も存在するということで……。


「後ろか……!」


 俺はサマラを抱いたまま、バルゴーンを抜き放って振り向きざまに切りつけた。


「ひゃひぃっ!?」


 振り回されて、サマラが悲鳴を上げる。

 もう、本当にだめな子だよお前は。

 だが、彼女の重量が重しになって、揺れる船の上でも重心が安定する。


 払われた切っ先は、一瞬ぬめっとしたものと接触し、見事に先端を切り飛ばした。

 飛び散る謎の汁。

 しょっぱい!


 ……だがいける。どこかで味わったことがあるような……。

 俺に傷つけられた触手が、慌てて引っ込んでいった。


 途端に、海はまた静寂に支配される。

 サマラは腰が抜けたようで、へなへなと俺の足元に崩れ落ちた。


「な、なんかお尻の下がべっとりします……」


 なんてエッチな事を言う娘だろうと思ったら、サマラが何かに座り込んでいるではないか。

 これは、俺がさっき切断した触手である。

 拾い上げてみると、先端だけだと言うのに元気よく蠢いていた。


 うむ、絶対に蛇じゃない。

 これは……この触手っぷりは……。

 イカか……?


 俺の予想を裏付けるように、二つの船の間で水面が猛烈に盛り上がり始める。

 向こうの船でも、何かしら叫んでいる。

 この触手の主がお出ましか。


 篝火の明かりを照り返す、巨大な目玉。

 それがギョロリと意思を持って、俺を睨んだ。

 胴の長さがちょっとした漁船ほどもある、超巨大なイカ。


 即ち、クラーケンが姿を見せたのである。

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