第51話 熟練度カンストの第三者

「目撃情報が途絶えていたと思った灰色の剣士が、よもやネフリティス王国にいようとは……!! ここで会ったが百年目、ドットリオの仇をって、げえっ、ま、魔女が増えている!!」


「ラグナ教のノッポの人……!」


 リュカが険しい表情になり、身構える。

 彼女が何も言わないというのに、シルフが周囲を渦巻き始めた。


 のっぽが引き連れた黒服のラグナ教徒どもも、臨戦態勢のようだ。

 俺はふーむ、と唸った。


「なあリュカ。誰だっけ」


「ラグナ教の人! 棒を振り回して、すごく強いの!」


「棒……棒……」


 いかん、記憶に無い。

 面識が無いサマラが戸惑っている。

 記憶が無い俺も戸惑う。


「済まないが人違いでは」


「そんなわけがあるか!! 神敵め! そうやって私の兄を殺しておいて、しらばっくれるとは正に悪魔!!」


「記憶にございません」


「おぉぉぉのぉぉぉれぇぇぇ!!」


 何せ、ラグナ教との戦いは、俺は別世界に飛ばされ、そこで地を埋め尽くすほどの分体と延々戦い続けていたのだ。

 その後の戦いなど意識が朦朧としているに決まっているだろう。


「えぇい!!」


 のっぽがどこから取り出したのか、金属の棒を振り回してきた。

 俺は召喚したバルゴーンで受け止める。


「灰色の剣士めええええ!!」


「待て、待て待て待て」


 恨みを向けられる覚えが無い。いや、思えば無数の敵を斬って来た気がするから、正確には恨みを向けられる覚えがありすぎて誰のことだかさっぱり思い至らない。


 突然切り結び始めた俺たちに、周囲も騒然とする。

 遠巻きに俺たちを見つめながら、何か現地の言葉で叫んでいる。兵士でも呼んでるのだろうか。


「ユーマ、やっちゃえ!」


「ユーマ様、頑張って下さい!!」


「いや、やるの? やらなきゃだめ?」


 やってきたばかりの国の、しかも天下の往来でいきなり大立ち回りはどうかと思う。


「アッ、アタシも微力ながらお手伝いしまっす!!」


 ついにサマラまでやる気になる。

 パワーアップした火の巫女の本領発揮である。

 それを、やって来たばかりの国の、しかも天下の往来で(以下略)。


 サマラの長い髪が逆立ち、風に煽られた炎の如くうねる。揺らめく赤い艶が、根本から毛先まで行く筋も流れ、はだけられた胸元が真紅の輝きを放った。

 火口石も別の何かに変わっているようだ。サマラの体を焼くことなく、まるで火の世界と繋がった扉のよう。スムーズにあふれ出す、炎の精霊ヴルカンたち。

 これには、ラグナ教の連中も驚愕したらしい。


「ひっ、火の魔女!?」

「風と火の魔女が揃うなんて!!」

「そういえば、ネフリティスには水の魔女がいて、近海を荒らしまわっているとか……」

「ええい、お前たち鎮まれえーい!! 敵がいかに強大であろうと、神兵である我らに後退は許され……」


 とのっぽがまくし立てたところで、俺の首筋がチリチリする。

 それはのっぽも一緒だったようで、互いに示し合わせたように、得物を離して跳び退る。


 すると、直前まで俺たちがいた場所に、タタタタ、と言う軽やかな音と共に穴が空いた。

 アサルトライフルかな?


「あら、残念。忌々しいラグナの執行者もまとめて片付けられると思ったのだけれど」


 女の声がした。

 何者だろう。あと、人に銃を向けて撃ってはいけません。


「エルドの導き手か!! 相変わらず品性の下劣な売女め!!」


 のっぽが大変口汚く罵る。

 女は人ごみの中から姿を現した。


 首元に毛皮を巻いて、大変高価そうな衣類に身を包んでいる。

 かと思うと、二の腕や太ももはむき出しである。扇情的なのか、成金趣味なのかよく分からない。


 その手には、長い筒が握られている。

 これがアサルトライフルのように銃弾を吐き出したのだ。


「ねえ、あなたたちご存知? このピレアスは、わたくしたちエルド人が管理させていただいているの。つまり、エルドの土地でもあるのよ? そんなわたくしたちの庭で、好き勝手暴れられては困りますのよ」


 なんだろう。

 ラグナ教やザクサーン教と、全然雰囲気が違う。

 なんというか、宗教的な厳かさが無く、言うなれば俗っぽい。


「あ、あのっ、エルド教に改宗した人間は、エルドの民という区分になるそうです。それで、エルドの民は故郷を持たなくて、世界中に人脈を張り巡らしていて、それを利用して流通や、お金を貸したりという商売をしているとか」


「サマラ詳しいな……」


「うちの部族、情報だけはたくさん集めてましたから」


 つまり、商人や金貸しで食ってる民族で、その民族まるごとエルド教なのか。

 そりゃあ俗な理由も分かる。


「特に、ラグナ教の山猿? あなたがた、わたくしたちが正教会から通行料をもらって、特別にこの国を通してあげていますのよ? それを我が物顔で、しかも往来で大暴れなんて……! ありえませんわ」


 空に向かって、筒をぶっ放した。

 なかなかでかい音がする。

 アサルトライフルと、ライフル切り替えられるのだろうか。


「おー」


 リュカが隣でアホの子みたいな顔をしている。それは、あの筒が欲しい顔だな。俺はそろそろ付き合いが長いからよく分かるぞ。

 思えば、海で戦ったアンブロシアは、この武器を奪って使っていたんだな。


「くっ、しかし、我らラグナ教は神敵を捨て置く事など、神の御名にかけてできぬ……」

「だから、正教会がわざわざわたくしたちにお金を払って、頭を下げて通して下さいって言っていますのよ? 何ですの? 今後、永久にネフリティスを通る聖地巡礼ルートが使えなくなっても構わないって言いますのね? あなたの一存で? 正教会のメンツを潰してまで?」

「ぐ、ぐう」


 のっぽがぐうの音も出ない……いや、ぐうとしか言えない位、口でやりこめられた。

 教会のメンツを人質にされているのだ。いかにこの男であろうと、それを押して俺たちに敵対する事は難しかろう。


「お、覚えていろ灰色の剣士! 私はまた帰ってくる! そして貴様を地獄に叩き落す!」


「ほう」


 のっぽは俺を指差して口上を述べると、憤然と歩いていった。

 その後に、黒服たちも慌ててついていく。


 俺は腕組みしながら、彼らを見送った。

 ……あののっぽ、一体誰だったっけなあ……。


「それから、あなたたち!」


「うい?」


 俺はエルド人だというその女に振り向いた。

 大人の女性である。豪華な衣装だが露出度も高いので、見えそうで見えない際どい印象である。

 彼女が話すのは流暢なエルフェンバインの言葉……いや、これはディアマンテ語だな。故に分かり易い。


「あなたが連れている女たちは、アンブロシアの手の者ですの? そのような力を持った魔女が現れたなど、聞いていませんわよ!」


 筒を向けてくる。

 人ごみの中にも、この女の手勢が隠れているだろう。

 敵意を感じる。


「ちょっと違う」


 俺は答えた。


「どう違いますの!? ちょっと? 曖昧な表現はしないでいただきたいですわ!」


「うーむ……。アンブロシア、海賊。リュカ、サマラ、海賊違う。俺、二人、一緒、エルフェンバインから来た」


「……どうして片言になりますの……? ふーむ。ちょっと理解できませんわね……! うちの事務所まで付いて来てもらいますわ!」


「えー」


「いやー」


 俺とリュカが露骨に嫌そうな顔をする。サマラは、そんな俺たちを見て、「な、なんでそんな相手を刺激するような事ばかり言うんですかぁ」と泣きそうだ。


「少しならお茶とお菓子を出しますわよ」


「行こうユーマ!」


「あっ、はい」


 我が一行の最高権力者と俺が目するリュカが言うなら仕方ない。行こう。

 サマラは露骨にホッとした顔をしている。


 さて、事務所とやらへやって来た。

 なんと、裏手が教会ではないか。ラグナ教のそれとは違い、土と石で作られた質素な作りだ。


「わたくしはエルドの導き手。即ち、この地域の宗教的指導者でもありますの。副業で貿易商と貸金業をやっておりますわ」


 大変生臭い。

 俺たちは、豪華な絨毯が敷かれた部屋に案内される。


「あっ、この絨毯、うちの部族で作ったものですよ」


 サマラが嬉しそうに言った。


「エルデニン製の敷物は、刺繍や折込が大変細やかで、重宝しておりますわ。今度一族の方にお会いしたら、是非直接取引をしたいとお伝え願えますかしら」


「あ、は、はい」


 この女、色々な意味で出来る。


「適当にお掛け下さいな」


 と促され、これまた豪華なソファに座る。

 うおお、体が沈む。


「ひゃあああ、や、やわらかーい」


「ひえええ、立てなくなりそうです!!」


 リュカやサマラが驚愕の声をあげている。

 そこへ畳み掛けるように、大変良い香りのするお茶が出てきた。


「あまーい!!」


「全然雑味が無い甘さです……。とても品質のいい砂糖を使ってるとしか……」


「ほう」


 俺は甘さに関してはよく分からん。甘いならいいんじゃないか。


「さて、まずは名乗らせていただきますわね」


 女は俺たちの対面に腰掛けた。

 ゆったりと足を組む。足の奥が見えてしまいそうなアングルである。

 俺はマジマジと目を見開いて見ているが、リュカもサマラも、甘いお茶とお菓子に夢中で気付いていない。


 うーむ。

 なんたる。

 けしからん。


「わたくしは、エルドの導き手デヴォラと申しますの。あなた方は?」


「戦士ユーマだ」


「リュカ」


「サマラです」


「なるほど……一つ、提案があるのですけれど、よろしいかしら?」


「どうぞどうぞ」


 俺は促した。

 なんとも紳士的な人だ。

 俗世間と関わりが深いせいか、やり取りが大変普通っぽくてよろしい。


「お三方、エルド教に改宗なさるおつもりはございませんこと?」


「なんですと」


 いきなり凄い提案をされた。


「わたくしたち、エルドの民は、元は生まれも育ちも異なる、様々な人種から成っておりますの。唯一つ、絶対の繋がりは、エルド教を信じていること。エルドの民は、ただ、エルドの教えを信じることで結ばれた選ばれた民族なのですわ」


「ほうほう」


「エルドではない民は、真の教えを知らぬ愚かな子羊。これを教え導き、やがてはエルドへと恭順させることが、我らエルドの民の使命ですの」


 この女、デヴォラは本気である。

 俺たちを改宗させようと言うのは、能力を持った人間を身内に引き入れる事がエルド人とやらの利益になるからだろう。

 で、エルド人ではない人間は劣った存在であると明言している。


「うーむ」


「どうですの? エルドの民となれば、あちこちの町で様々な便宜を得られるようになりますわよ?」


「うーむ、難しいので、前向きに検討を」


「あら、そうですの? 悪くない話だと思いますのに。わたくしたち、あなた方を経済的に締め上げて言う事をきかせることも出来ますのよ?」


 ちょっと脅しをかけてきた。

 そして、デヴォラはお菓子を貪るリュカと、お茶をちびちび飲むサマラ、そしてぼーっとしている俺を見て、


「経済的に何かしても、あなたがたには効かない気がしてきましたわ」


 正しい。


「では、どうですかしら。わたくしたちの仕事を手伝ってもらい、エルド教の素晴らしさを知っていただきますわ! それでエルド教に改宗されるならよし、されなくても、その場合は報酬を減らすだけ。どうですの?」


 なんかアンフェアな事言ってない?

 だが、仕事を探すつもりではあったのだ。


 あちらからそれがもらえるならありがたい。

 リュカとサマラがお茶とお菓子で戦闘不能なため、俺は独断で返答した。


「じゃあ、それで」


 そう言う事になったのである。

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