第47話 熟練度カンストの観戦者

 さて、始まりました精霊王ファイト。

 空から降りてきます、かのスーパーセルに姿を似せた存在は風の精霊王ゼフィロス。


 地で待ち受ける、火の精霊王アータル、怒りの表情で天を睨んでおります。

 さあ、崩れ落ちたガトリング山を戦場に、二大精霊王の激突が始まります。


「何をぶつぶつ言ってるんですか?」


「あ、いや、思わずな」


 超弩級の戦いが始まりそうな気配の中、そこから距離を取る俺とサマラである。

 サマラは裸なのだが、寒くは無いらしい。


 だが目の毒なので、ジャージの上に羽織っていた衣を上から被せている。

 うほ! 裸ワイシャツみたいじゃないかこれ。


「ゆ、ユーマ様、その、目がエッチです」


「むうっ、すまん」


 俺はそっぽを向いた。

 おっ、どうやらゼフィロスとアータルが激突したようだ。


 地面が鳴動している。

 地震か何かじゃないかという勢いである。


「ユーマ! サマラ! 無事で良かったー」


 ぺたぺたとリュカが駆けてきた。

 彼女は大変体力があり、しかも健脚である。

 間違いなく、俺たちの着地点を予測して、そこ目指して疾走してきたのだろう。


「ナイスアシストだった、リュカ」


「どういたしまして。あれ、サマラは感じが変わったねえ?」


「あっ、あの大巫女様、本当に助けていただいてありがとうございまっ」


「むー、リュカって呼ぶ」


「あっはい、すみません大巫女様っ……じゃないリュカ様!」


 そんな風景の背後で、咆哮するアータル。

 吹き荒れるゼフィロスの風。

 おお、スーパーセルって体当たりで巨人をひっくり返したり出来るんだなー。


「ほらほら、ここにいたらみんな危ないんだから避難しよ!」


 リュカの先導に従い、この場を離れる俺たちである。

 背後で巻き起こる、あの怪獣プロレスめいた戦いはいつ終わるのだろう。


「ユーマがサマラを助けてくれたでしょ。あれで、アータルが力を無くしてるみたいだよ。放っておいても崩れていって、岩の山になっちゃうと思うんだけど、そうなるまでは暴れると思うんだよね。だから、ゼフィロス様にお手伝いをお願いしちゃった」


 ほう、風の精霊王は気さくなんだな……。

 アータルが咆哮とともにゼフィロスへ襲い掛かるが、風の精霊王は軽々とこれをいなす。


 スーパーセルなんだから掴みどころが無いように感じるんだが、アータルはこれに対して、指先から熱線を放って焼き焦がそうとする。


 ゼフィロスは強烈な風と共に、横殴りのスコールをアータルへと叩き付け、さらには内部で発生したのであろう稲妻を、集中してぶち込んでくる。


 炎一辺倒のアータルと比べて、実にゼフィロスは多芸なのである。

 しかも一発一発の威力がアータル以上だ。


 やはり、コアとなっていたらしいサマラを失い、アータルは本来の能力を発揮できないのだ。

 うーむ。

 しかし、あのゼフィロスが敵ではなくて本当に良かった。


「よーし、やっちゃえ、ゼフィロス様!!」


「あっ、あの、リュカさん? 精霊王様は行使するんじゃないってこの間言っていたような……」


「ゼフィロス様は自主的に頑張ってるんだよ? 巫女として応援するのは当然でしょー」


 サマラ、解せぬ……といった顔になる。


「サマラ、理解しようとしてはいかん。そういうものだと割り切るのだ」


「は、はい……」


 サマラは大変真面目らしい。

 絶対に今後苦労するタイプだ。

 俺のように、諦観と共に生きれば人生色々と楽になるぞ。


「うん、あとはボディブロー二、三発もやればゼフィロス様が勝つね。それじゃあ次はどっちに向かおっか」


 未だ続く精霊王大決戦を横に、リュカが首をかしげた。

 この地域一帯が更地になるんじゃないかという戦いで、現にガトリング山の六割がたが崩れ、原形を留めていない。

 既に戦場はステップから岩石砂漠へ移り、あちこちで大地が砕け、爆発する音がする。


「サマラはこの辺詳しいでしょ? 私、ディアマンテから出たこと無いから……」


「あ、は、はい。あの、いいんですか後ろで大変な事になってますけど……!? そ、その、次なら藍の海を越えたネフリティス王国経由がいいと思います。あっちなら、ザクサーン教もそんな強くないので。古代エルド教がいますけど、随分勢力が弱くなってるそうで……ひゃっ」


 おお、アータルがひっくり返った。

 ゼフィロスの見事な下手投げだな。手がどこにあるのかよく分からんが。

 山くらいのサイズの巨人がひっくり返ると、そりゃもうとんでもない振動が地面を揺らすわけである。


「ほ、ほんとうに大丈夫なんですかぁ」


 サマラが涙目になっている。


「大丈夫大丈夫」


 リュカは鋼のハートだからな。泣き落としは通じんぞ。

 あと、その大丈夫には根拠は無いからな。


「だ、だから、なんとか船に乗るお金を手に入れて、それでネフリティスまで運んでもらえれば……。そっちには、水の精霊王様と水の巫女がいるそうですし、アタシたちと合流できたら心強いかなって」


 風の巫女に火の巫女、そして水の巫女か。こうなったら、土の巫女である辺境伯も連れて行きたい気持ちが芽生えてくる、我がコレクター魂。いや、コレクターじゃないけど。

 まあ、辺境伯は仕事があるから無理だろうな。


「ネフリティスは、まだ歴史と神話が生きている国です。海運と農産物の貿易が主ですし、行き来する船はたくさんあると思います」


「海かー」


 リュカの目がキラキラと輝く。


「ユーマ、私、海って初めてかも知れない」


「うむ、ちなみに俺は泳げんぞ」


「知ってる」


「あ、アタシは相性的に、海に投げ出されたら死ぬ自信があります……」


 サマラは火の巫女だもんな。

 髪と目の色が揺らめく炎の色になった今は、水属性と相性が悪いと言われると納得できる。


「じゃあ、どうやってお金を作ろうか」


「そうですよね……」


「これを売ろう」


 俺はスッとポケットに入れていたものを取り出した。


「あ、それは、アタシが閉じ込められてたアータル様の欠片……」


「これだけ大きいキラキラした石。しかも純度が高そうだ。売れるかもしれん」


「おおー」


 とにかく、虹色の髪と瞳のリュカと、炎色のサマラである。目立って仕方ない。こんな外見では、普通に仕事をして稼ぐのは厳しかろう。

 ザクサーンやラグナ教に見つかったら大変な事になる。


「あ、でも、ネフリティス王国は聖地に向かうラグナの巡礼者の通り道でもありますから……」


「まあ行けばなんとかなるだろう」


 オオオオオオオオ……


 あっ、今アータルが負けた。

 勢いが衰えないゼフィロスに比べ、サマラを失ったアータルは勢いが弱くなるばかりだ。

 しかも、炎の生まれる場所である噴火口から引き離されていたわけだから、既にこの段階で勝負ありだ。


 ゼフィロスがとうとう、稲光を纏っての強烈なぶちかましを決めて、アータルは悲しそうな叫びをあげながら砕け散っていった。

 まあ死んだわけじゃないだろう。


「ああー……半島がめちゃめちゃにぃ……。あ、アタシのせいだあ……」


「気にするな。ディマスタンは逸れた」


 俺はガックリするサマラの肩をぽむ、と叩いた。


「それに、部族の人たちも、あらかじめ逃げてたんでしょ? シルフさんに見てもらったよ。アルマース帝国の軍隊も引き上げていくって」


「そっか……なんとか、戦争は収まったんだ……」


 それはもう、これは戦争どころではあるまい。

 アルマース帝国はしばらくの間、めちゃくちゃになったこの地方の再生に尽力する必要がある。


 とりあえずディマスタンは避けられたから、きっとハッサンは無事だ。

 アブラヒムは、殺しても死ぬような男ではあるまい。


「ゼフィロス様、お疲れ様ー。……あ、もうしばらく出てこないって。風を補給するって言ってるよ」


 リュカが風の精霊王から言伝をもらったようだ。

 そりゃあもう、あれだけの災害がホイホイ起こっては困る。

 精霊王ファイトに勝利したゼフィロスは、しばらくの間、オフシーズンに入るのだろう。


「よし、では行くか」


「おー! ……あ、ユーマ、ピンクのスリッパをサマラに貸してあげて! サマラ裸足じゃん!」


「そういえば」


「えっ、アタシに履物を? う、う、うわあ、なんじゃこれー!? もっこもこで、ふわっふわだー!?」


 かくして、俺たちの次なる道行きが決定する。

 次は海の向こうへ。

 今度こそ、ゆっくりできる事を願いながら、アルマース帝国を後にしたのである。


「あれっ、サマラ服の下裸でしょ! ユーマ、下着! 下着買ってあげなくちゃ!」


「ひっ、ひええーっ!? リュカ様服を引っ張らないで! 破けるーっ!?」


 なんとも締まらんなあ……。



――精霊の守り手編・了  ……群島の海賊剣士編へ

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