第46話 熟練度カンストの救出者
「あー……。なんか大変なことになったねえ」
「ゼフィロス様とかを呼ぶっていうのは、ああ言う事になるのだ」
「わかってますよーだ。でも、サマラ大丈夫かな?」
「大丈夫では無かろう」
「あ、こっち見た」
「なあ、リュカ。あれの胸元の辺り、あそこの音を拾ったり出来るか?」
「やれるよ? シルフさん、お願い……。あれ、どうしたのユーマ? 何が分かったの?」
「うむ、約束したことは守らないといかんよなあ……」
「ああー。ユーマ、そうだよね。変に約束とか、守ろうとするもんねえ。そこがいいとこなんだけど。じゃあ、行ってらっしゃい。シルフさん、お願い。ユーマを届けて」
「おう、行ってくる」
戦場を風が吹き抜けた。
否、これは既に戦場ですら無い。
焼き払われた大地、灼熱が炙った岩と砂はガラスのように照り輝き、生きとし生けるものは、絶望の声すらあげることが敵わない。
放たれた熱線を、光の塊を集めて防いだアブラヒムは、その男が空を駆けるのを見た。
風が彼を飛ばしていく。背負った大きな虹色は、大剣か。幅広い刃で風を受けて、ただ一直線に炎の巨人を目指す。
「やる気か。正気か……? そこまでやる理由はあなたには無いだろうが」
ザクサーン教を統括し、合理を旨とするアブラヒムには、ユーマという男が理解できない。
だが、必ずや敵として相対することになるであろうあの男が、嫌いではないと感じるのだ。
エルデニンの三部族は、女たち、子どもたちだけが逃れ、ガトリング山から遠く離れている。
女たちの中でも腕が立つものが護衛となっているが、それでも、ザクサーンの手勢が追ってくれば助かるまい。
追っ手が未だ無いことを考えれば、男たちはしっかりと囮の役割を果たしてくれているようだった。
「ねえ、虹が……!」
年端もいかない幼児が、天を指差す。
空は、精霊王アータルが出現してより後、暗くかき曇っている。
噴煙がアータルを包み込むように昇り、もう朝だというのに、空をまるで黄昏時のように染め上げる。
時折、噴煙から放たれる稲光は、まるでこの世の終わりのような光景だ。
それだからこそ、暗がりとアータルの炎だけが支配する世界で、天を切り裂く七色の輝きは目についた。
「あれはなに?」
母親に尋ねる幼子。
だが、誰もそれに対する答えを持たない。
誰もが歩みを止め、一直線に巨人目掛け伸びていく虹の軌跡を見守る。
ふと、気のせいか、一瞬巨人がたじろいだように見えた。
そして、アータルはその口を大きく開く。
オオオオオオオオオオ
叫びが轟いた。
放たれるのは、真紅の熱線。
虹を燃やし、消し去らんと放たれる強烈な破壊の奔流だ。
次の瞬間。
「あっ」
幼子が口を開けた。
虹が、天を焼き尽くすばかりの赤い熱線を、二つに裂いたのだ。
次々に送られる熱線を切り裂きながら、軌跡が真っ直ぐに伸びていく。
火の精霊王、アータル目掛けて。
「うわー、あぶねえ。駄目かと思った」
俺は呟いていた。
嫌な予感を感じて、マスト代わりにしていたバルゴーンの刃を赤くてでかい奴に向けたのだ。
風が邪魔をして、簡単には姿勢を変えられなかったので、俺の体を刃の後ろへと潜り込ませた。
そんなこんなで、バルゴーンが熱線を切り裂く。
かつてゲームの中で、ドラゴンの炎に対してやった方法だ。
これでラグナの分体ビームを切り裂くことも出来たから、こっちもやれるんじゃないか? という軽い気持ちだったが、まあ成功してよかった。失敗してたら消滅してたな。
うむ、多分あれ、精霊王アータルとかいう奴だな。
見た目はゼフィロスよりも人間に近いが、ゼフィロスと比べて全く話が通じ無さそうだ。
さて……助けてやると約束したものの、どうしたものか。
こういうのは、パターンとして、一箇所だけ色が違う場所に囚われていたりするんだよな。
ほら、いた。
「…………!!」
サマラはまるで囚われのお姫様とでも言うような有様だ。
オレンジ色のクリアパーツみたいな牢獄の中で、彼女はポカンと口を開けて俺を見ている。
今からそこに突っ込むので、どいていただきたい。
理解したようで、慌ててサマラが下がっていった。
俺は剣のサイズを変化させる。分厚く、叩きつけるタイプの重剣へ。
そして、風の勢いに任せて空中で一回転しながら……打撃を檻に叩き込む。そいつが、粉々に砕け散った。これ、一見すると脆そうだが、岩の中に含まれている貴金属を溶かして形成された檻だな。結構な硬度だぞ。
で、俺は着地する。
どうやらこの場所は、なかなかの温度のようだ。
だが、気にはならない。
何故なら俺は完全装備だからだ。
足元には、もこもこのピンクのトイレスリッパ。
汚れどころか、熱までシャットアウトとは恐れ入った。
そして体には馴染んだ灰色のだるだるジャージ。
「助けに来たぞ」
俺が声をかけると、サマラはぼうっとして、すぐにハッと我に返ったようだ。
「ユーマ様……!! アタシ……!」
この部屋は、巫女を閉じ込める独房かと思ったが、そうではないらしい。
言うなれば、この精霊王のコクピットとかエンジンルームみたいなものだな。
流石にこれだけでかい奴を、この剣で仕留められるとは考えていない。
いや、出来るのかもしれないが、どうやればいいかちょっと想像できない。
部屋は全体が薄くオレンジに輝いている。
サマラはその中で、うわっ、一糸まとわぬ全裸じゃないですかっ!!
だが、不思議と今は、エロスよりも神秘的な印象が勝っている。
というのも、サマラはすっかり、その姿が変わっていたからだ。
赤毛だった髪は、炎のような揺らめく光を宿すオレンジ色に。その瞳の色も同じだ。
胸の火口石とやらが表に浮き出していて、そいつから電子回路のように、金色のラインが全身のあちこちに伸びている。
サマラも、リュカと同じような存在になったのだろう。
「アタシ、人間じゃ無くなっちゃったよ……。どうすれば、いいのかな……」
「知らん。脱出するぞ」
「えっ」
なんかうじうじと悩んでいそうだったので、一刀のもとにそんな悩みは切り捨てる。
そうなったらそうなったで、それなりに生きれば良いのだ。
俺を見ろ。
人間の間ですら、コミュニケーションが苦痛で仕方がなくて、大変生き辛いぞ。
俺は彼女の手を握った。
「あっ」
おっ、体温高いですな。
だが、この熱はどうやらジャージが中和してくれているようだ。
凄いな、トイレスリッパとジャージ。
俺はサマラを引き寄せようとしたが、途中で止まってしまう。
サマラの背中から、コードのようなものが伸びている。
それは、ずっと背後の空間に、ぼうっと浮かび上がる祭器と一体化しているようである。
「あれか、邪魔をするのは」
俺はぬうう、と唸った。
その耳元に、リュカの声がする。
『ユーマ、ゼフィロス様が来るよ。だから早く逃げて』
「呼んだのか」
『うん。これは仕方ないよね』
「あの、大巫女様……!?」
『もう! 大巫女様っていうのは、もう無しにしよ。リュカって呼びなさい』
「は、はい!」
俺はサマラの背中に、ナイフサイズに縮めたバルゴーンを伸ばすと、繋ぎ止めるコードに宛がう。
おお、さすがは神秘の力で作られたコードだ。簡単には切れんな。
ならば……何度か押しながら引いて切断するだけだ。正しい刃物の使い方である。
ぶつっと切れた。
その瞬間、俺たちが入っているアータルが絶叫をあげる。
「あっ、なんだか、頭がスーッとしました」
サマラが憑き物の落ちたような顔をする。
彼女の胸元に走っていた、金色の回路が消えていく。
火口石の輝きも薄れ、弱いものに変わっていった。まあ、髪と目の色は変わらんな。
すると、突如部屋に強烈な振動が走る。
アータルが暴れだしたらしい。
俺はサマラを抱き寄せながら、入ってきた場所に向かって跳躍する。
逆手に持ったバルゴーンを、今度は小剣サイズに。二人が飛び出せる程度に、最小限拡張する。
「と、飛び出して無事に降りられるんですか!?」
「ノープランなのだ」
「いやああああああああ!?」
耳元で叫ぶのはおやめなさい。
俺は別に、自暴自棄になってはいない。
こういうフォローはリュカの役目なのだ。
案の定、ふわりとシルフの力が俺たちの落下速度を緩める。
そんな頭上で、今まさに、急速に雲が湧き出してくる。
火山が生み出した噴煙すら、風の力でバラバラに引き裂きながら、超巨大積乱雲が発生し始めているのだ。
これこそ、スーパーセルの力を権能として有する風の精霊王、ゼフィロス。
二大精霊王の激突である。
こりゃあ大スペクタクルだな。
すっかり見物モードになっていた俺である。
「あ、アータル様……!」
サマラの声で気付く。
アータルが、俺たちを見ている。
怒りに燃えた目だ。
いや、こいつは、常に怒ったような顔をしているな。
まっすぐ、巨大な腕を伸ばしてくる。
俺たちを捕まえようというのだ。
ゼフィロスも間に合うまい。無論、これほどの大質量。シルフでは防ぐことなど不可能だ。
「サマラ、俺の腰辺り、抱きしめてろ」
「は、はいぃっ!!」
俺はバルゴーンを、通常の形状へ変化させる。
片手剣である。
鞘が腰に出現する。
シルフが支える風を足場とし、サマラを錘にして、俺は剣を鞘へと収め……。
伸ばされてくる腕。
接触の瞬間、俺は全身をひねりながら抜刀する。
一閃。
さらに戻す刃で、縦に一閃。
オオオオオオオオオオ
一度目の手応えで、アータルを構成する岩の筋を見切ることが出来た。
後はそれにそって、刃を通すだけだ。
縦に振り抜かれたバルゴーンの向こう、アータルの巨大な腕が、縦に裂けていく。
俺が切り裂いた岩が、連鎖を起こして剥離していくのだ。
そう、アータルはサマラを失い、その熱量を減じつつある。
既に炎の巨人は、冷えつつある溶岩の巨人になっていた。
そして、降り立つゼフィロスの豪風。
「やべえ! サマラくっつけ!」
「ひゃ、ひゃいぃっ!!」
二人でくっつき、なるべく表面積を小さくして風をやり過ごす。
転がるように、山肌に着地した。
おや、何やら見知った顔がある。
「なんてことだ……いや、まさか……ははは。伝説だぞ。絶対の神秘だ。それに、ただの人間が抗えるのか……!」
砂埃に塗れている。
ムハバートだ。
奴の息子二人もいる。ユースフの方は意識が無いようだ。
「さっさとここを離れろ。もうすぐ消し飛ぶぞ」
俺はそれだけ伝えると、サマラを抱きかかえて崖を駆け下りていく。
いやあ、エアーバック代わりのシルフがいなければ、とても出来ん事だな。
リュカ様様だ。
あと、サマラは大変柔らかかったです。
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