第45話 熟練度カンストの観測者

 エルデニンの三部族にしか知られぬ、ガトリング山の祭壇へ向かう道。

 夜が明けようかという時間は、このステップ地帯が冷涼な空気に包まれている。


 前後を守る戦士たちに囲まれ、火の巫女サマラは山裾を見下ろす。

 そこには、キャンプを張った狼と鹿の部族の姿がある。


 戦士の多くはキャンプに残り、やってくるザクサーン教の軍勢を食い止める。

 その間に、祭壇にて祭器を用い、火の精霊王アータルを呼ぶ。

 サマラが鹿の部族の長老に説明された話である。


「剣士様、大巫女様……まだいるのかな……」


「うむ、もちろんだとも。あの優れた力で、必ずや我が部族を守ってくれることだろう」

「いかにも。アータル様が降臨されるその時まで、戦ってくれるとも」


 狼と鹿の部族の長老たちである。

 彼らの思惑は、キャンプの中にいる大巫女とかの戦士も巻き込まれれば、戦わざるを得まいというものだった。


 いかに狼の部族が戦いに秀でた部族であろうと、数と装備で勝るザクサーンの兵士相手に持ちこたえるのは難しい。

 だが、大巫女ともなれば生半可な兵士では歯も立たないだろう。


 そして、大巫女を守る戦士も強い。

 狼の部族一の戦士であるムハバートの息子、ユースフ。彼もまた優れた戦士である。

 そんな彼を歯牙にも掛けぬ強さ。利用しない手はない。


 故に、彼らは気付かない。

 夜明けとともにキャンプを離れていく、小さな二つの影に。


「来たか」


 早朝を過ぎた頃合い。

 恐らく、岩石砂漠に陣を張っていたのだろう。

 眼下にアルマース帝国の旗が翻る。


「なんて数だ」

「みんな、堪えてくれよ……!」

「くそ、ザクサーンの奴らめ……!」


 護衛の戦士たちから、怒りの声が漏れる。

 戦士たちの先頭には、ムハバートとユースフ、弟のタヒル。狼の部族が誇る、最強の戦士の親子がいる。

 彼らは黙々と先を急ぐばかりだ。


 いや、若いユースフやタヒルならば、今すぐに山裾へ取って返し、部族の民を守るために戦いたい気持ちはあろう。

 だが、それはムハバートが許さない。


 ただ、ひたすらに歩みを進める。

 長老たちが定めた目的へ向かって。


「おかしい……」

「どうした、狼の」

「うむ。思っていたほど、戦士たちが持たぬ……」


 歯噛みするような声であった。

 エルデニンの三部族は遊牧民。

 強みは、馬を使った機動性と、それを活かした遊撃戦法にある。


 優れた将軍、戦略などは無いが、ひとりひとりの武勇であればアルマース軍のそれを凌ぐと、長老は自負している。

 だが、今回はこちらは防衛側。

 キャンプを起点とし、ガトリング山へ迫るアルマース軍を食い止める役割である。


 劣勢となるのは理解していたつもりだった。

 だからこそ、手駒として大巫女と、その戦士を留め置いたのだ。

 それが機能していないというのか。


 見えるのは、もみ合う人の群ればかり。

 どこにも、風の精霊が舞うような超常の現象は無く、ただ数の論理が趨勢を決定していく。


「まだ、女子供を逃しておいてよかったか」

「うむ。だがかなりの犠牲は覚悟せねばならんだろうよ」


「……いない……。大巫女様、もうあそこにはいない……」


 ただ一人、サマラだけはあの戦場に、大巫女の存在が無いことに気づいていた。

 風の乙女が舞っていない。


 ただ無作為に、自然の風として、風の精霊は働くのみである。

 大巫女がいなければ、自然、彼女に従う剣士もいるはずがない。

 即ち、一人で戦場を支配できるような二人がいないのだ。


 個の武勇を、集団による戦術で押し包み、凌駕する。これがアルマースの近代的な戦法である。

 時代の流れに取り残されたエルデニンの三部族は、今、その術中にはまり、一人、また一人と討ち取られていく。

 そこに、ドラマチックな逆転など無い。


「ああ、また、またアタシの部族が、やられていく……! くそ、ちくしょう、ザクサーン教め……!! 許さない! 絶対に許さない!!」


 サマラは涙を流しながら、叫んだ。

 彼女の胸元で、火口石が熱を持って輝く。


「おお……!」

「祭器も熱を持って……!」


 長老たちが手にしているものもまた、赤く輝いていた。

 それに呼応するように、ガトリング山が低く唸りをあげる。

 周囲一帯に響き渡る音に、一瞬戦場が静まり返った。


 戦場にて、敵も味方もなく、一瞬不安そうに山を見上げる。

 昂ぶった巫女の感情に、山が共鳴しているのだ。


 一行は、ただ、祭壇への道を急ぐ。

 途中、後衛が騒がしくなった。


「長老方! 来ました、奴らです! 我らは少しでも、奴らを食い止めます。先をお急ぎ下さい!!」


 後詰めであった戦士たちが駆けていく。


 祭壇へ向かう山道は細い。

 一度に多くの兵は通ることが出来ないのだ。


 故に、少人数の戦士であろうと、足止めは容易である。

 それが戦闘のセオリー。だが、それもこの戦場の条件を無視できる存在がいなければ、の話である。


「聖戦士を出せ!」

「おおおーっ!!」


 追撃してくるアルマース軍の中から、咆哮があがった。

 兵士たちの頭を飛び越え、壁面を疾走してくる者がいる。

 ザクサーン教が生み出す人間兵器、聖戦士である。


 聖戦士となる者に資格はいらない。ただ、信仰心のみがあれば良い。

 彼らは肉体の限界を超え、痛みを感じず、例え死んだとしても、一定時間は動き回ることが出来る。


 聖戦士として稼働できる時間を過ぎたものは例外なく死ぬが、彼の死を遥かに超えるほどの殺戮を周囲にばら撒く、まさに死神である。

 これの集中運用によって、ラグナ教が誇る執行者ですら仕留めることが出来るのだ。


「でっ、出たな狂戦士っ!! 射てえーっ!!」


 戦士たちが弓を射る。

 遊牧民であり、遊牧の他は狩りを生業とするエルデニンの三部族は、射手としても優秀である。

 放たれた矢は、幾本かが狙い過たず、聖戦士の体を射抜く。だが、狂った戦士は止まらない。


「ぐうおおおっ!!」


 必死に槍を掲げて剣を受けたものが、槍をへし折られて押し倒された。

 聖戦士の武器もひしゃげている。本来は切れ味で攻撃する曲刀である。力ずくで使えるようには出来ていない。だが、鉄塊となったそれを、聖戦士はリミッターの外れた力で、遊牧民の頭に叩きつけた。


「ごぶっ」


 一度四肢が痙攣し、それで遊牧民の戦士は事切れる。

 常識を外れた聖戦士の機動力と戦闘力は、戦場のセオリーを容易に覆しうる。


 さらに何人もが壁面を駆けていく。

 時折崖下へ転げ落ちる者がいるが、誰も気にはしない。気にする能力など、既に失っている。


「く、くそぉっ……! 守れ、守れーっ!!」


 必死の形相で、矢を射る遊牧民たち。

 だが、ザクサーンとて必死である。この戦いは、彼らの背後に住まう民たちの命がかかっていると聞く。


 ラグナで起こった、超常の戦いの噂は伝え聞いていた。

 さらに、不可視の盗賊が昼間堂々と、ディマスタン宮殿の宝物庫から祭器を盗み出している。


 何か、今までありえなかった事態が起こっている事だけは確かだった。

 聖戦士でなければ、己に出来る事など一つである。

 目の前の敵を倒すだけだ。


「聖戦士に続けーっ!! 突破せよ! 儀式を行わせてはならない!!」

「うおおーっ!!」


 戦う者たちの叫びが響き渡る。

 長老たちは、引き連れた戦士を次々と戦場へ向かわせる。

 最悪、巫女と自分たちだけでも祭壇へ到着できればいいのだ。


 女子供は既に逃してある。

 そこに、少しでも残った男が合流すれば、一族はいつか再建出来る。


 非情な選択である。

 だが、ザクサーン教と敵対し、いよいよこうして正面からの激突を避けられなくなった彼らに、選べる道は他に無い。


「うううっ……みんな、みんな死んでいく……! みんな、みんな……! いやだ、こんなのいやだよ……!!」


「落ち着け、火の巫女よ! お主がアータル様を降臨させれば、何もかも上手くいくのだ!」

「うむ。半島に巣食うザクサーンの奴ばらどもを、尽く灰燼に帰さしめてやれば、我らを追ってこようという気にはなるまい」


 長老たちが、サマラをあやすように言う。

 だが、とサマラは思うのだ。


 長老たちの言うとおりになったとして、それは、本当に平和になるやり方なのか。

 火の精霊王アータルの力がそれほどのものだとして、半島を焼くことになれば、一体どれだけの人間が死ぬことになるだろう。


 それは本当に、仕方がない死なのか?

 そしてこんな感傷を抱く自分に、アータルを蘇らせるような大役など務まると言うのか。


 サマラの胸の中に去来するのは、二人の面影だ。

 過ごした日はまだ少ない。

 だが、濃厚な日々だった。


 大巫女リュカ。巫女の守り人ユーマ。

 彼らと会うことは、もう無いのだろうか。


「祭壇が見えて来たぞ!」


 ムハバートが叫んだ。


「よし、急げ!」

「最期の輝きが増しておる……! いよいよ、アータル様が降臨されるのだ!!」


 長老たちも、馬を急がせる。

 細い道だ。

 僅かずつしか進むことは出来ない。


 だが、着実に、彼らは祭壇への道を進んでいく。

 果たして、道の先に広がっていた光景は、驚くべきものだった。

 そこで、山頂へと向かう山壁は真っ二つに割れている。


 巨大な亀裂だ。

 亀裂の根本にあるのは、鈍色に輝く金属の舞台。

 まるで、踊るためにあるような、場違いな舞台だった。


 これが、今、赤く輝いている。

 舞台の背後、亀裂が走った山壁の中では、さらに赤く、熱いものが煮えたぎっている。


 マグマだ。

 ガトリング山が今、その活動を始めようとしているのだ。


「これで、儀式を行える!!」

「おうとも! アータル様さえ降臨してしまえば、ザクサーンなど物の数ではないわ! さあ巫女よ! お主が役割を果たす時がやってきたぞ!」

「鷹の部族の恨み、ここで晴らすが良い!」


「鷹の……部族……!」


 それは、サマラの心に火をつける魔法の……いや、呪いの言葉だ。

 彼女の心に、たちまち復讐心が燃え上がる。

 サマラが手にした祭器、長老が手にした祭器が、赤く輝く。


「よし、今こそっ……」


 鹿の長老が言葉を途中で止めた。

 言い切ることが出来なかった。


 その首に、槍が突き刺さっていたのだ。

 長老は口からごぼごぼと血の泡を吹くと、崩れ落ちた。


「ちっ、父上!?」


 ユースフが目を剥く。

 槍を放ったのは、彼の父ムハバート。


「済まんが、ザクサーンとの約束なのだ。儀式は行わせぬ。巫女は確保する。だがその代わり、女子供の命は見逃す。二度と半島の地を踏むことは許されぬだろうが、それでも部族は存続する」

「ちっ、血迷ったか父上!!」


 ユースフが繰り出す槍。

 これをムハバートは僅かに下がって避け、柄を手で握ってみせた。


「感情が技に出ているぞ。未熟だなユースフ」

「くっ……!」


 槍を小脇に挟んだムハバート。彼の膂力に、ユースフは振り回され、得物を手放してしまう。

 タヒルはどうしたらいいか分からず、短剣を手に呆然と佇む。


「ムハバート……! お主、ザクサーンめと繋がっておったのか……!!」

「おかしいとは思われなかったのか、長老。鷹の部族がいかに、巫女を継承する一族とは言え、たかだか傭兵どもに滅ぼされるとは。ご安心めされよ。部族の女や子供は、全て逃してある。だが、巫女の系譜だけは残すこと能わず。

 それがあの男との約定だ」

「一族の仲間を売ったと言うのか……!」

「時代は変わったのだ、長老。我ら小さな部族が、胸を張り生きていける時代では無くなった。強き者に頭を垂れ、従う事をせねば、これから先を生きていくことは出来まい」

「ぬううう……」

「では、さらばだ。古き時代の象徴よ」


 放られた短剣が、狼の長老の目に突き刺さる。

 カッと残された目を見開いたまま、長老は事切れた。


「あ……」


「に、逃げろサマラ……!」


 火の巫女は混乱の極致にある。

 震えながら、祭器を握りしめたまま、何も考える事が出来ない。


 背後では、叫び声が変わっている。

 遊牧民たちの声ではない。

 アルマース軍の兵があげる、鬨の声だ。


「逃げろ……!!」


 ユースフの声が、耳に入ってこない。

 ただ、ただサマラの中で、混乱と、長老たちが呼び起こした復讐の炎が混ざり合い、燃え上がる。


「さあ、火の巫女よ。祭器を手放せ。そうすることで、部族は残る。これは必要な犠牲だったのだ……」


 言うムハバートの目は、汚らしい裏切り者のそれでは無かった。

 むしろ、悲しみを湛えている。


 だからこそ、サマラは分からなかった。

 こんな、不幸な選択をせねばならない世界。


 自分が親しんだ人々が、同じ血を分かった人々が、苦しまねばならぬ世界。

 この世界など、何の価値があるのか。

 もう、何も分からなかった。


「アータル様……」


 故にこそ、彼女はすがった。

 握りしめた祭器から感じる、その気配に。


 長老たちの手から祭器が浮かび上がる。

 それはサマラの手にした祭器に近づき、融合し、一つとなる。


「いかん……!!」


 ムハバートが血相を変えた。

 彼は腰に佩いた剣を抜き放つ。それは、ザクサーン教が使う曲刀であった。


「さ、させんぞ父上!!」


 ユースフが前に立ちはだかった。

 その腹に、深々と刀が食い込む。


「ユッ、ユースフッ!!」


 サマラの口から絶叫が漏れた。


「サマラ……お、俺の、子を……」


 ユースフが崩れ落ちていく。

 ムハバートは、感情を見せない。


 だが、一瞬動揺した。一族を売ってなお、己が選んだ道に迷いを見せなかった男は、我が子を手に掛け、動揺したのだ。

 それが決め手となった。

 もう間に合わない。




 山の割れ目から、マグマが溢れ出す。

 それは液体ではなく、一つの見知った形を作り上げた。

 巨大な腕だ。


 割れ目に指先がかかると、バリバリと薄皮を引き裂くように、ガトリング山を崩していく。

 のっそりと立ち上がる気配。


「おお……おおおおお……」


 それに気づいた兵士が、呆然と立ち尽くした。


「何を……え? ええ?」


 気づいた者たちは、戦いを止める。否。

 この威容に呑まれて、我を失う他無い。


 山が、山が削れ、そこに信じられないほど巨大な、人の形をした炎が出現している。

 炎の胸元に当たる部分に、オレンジ色の輝きが灯っている。


 ちょうど、火の巫女の火口石に当たる部分なのだが、そんな事など彼らには知る由も無い。

 輝きは、一直線に、下方に向けて光を放った。


 目が良いものは見えたかもしれない。

 光の中を、一人の少女が昇っていく。

 やがて、少女を内に取り込んだ巨人は、体を起こした。


 オ

 オオオオオ

 オオオオオオオオオオ


 咆哮が響き渡る。

 戦場だけではない。

 このマスィール半島全土に響き渡るような、咆哮だ。


 火の精霊王、アータル。

 それは、火山が行う、地を割り、山を砕き、海を干上がらせて島とする権能の権化である。


 アータルが腕を振り上げる。

 収束されたマグマの熱が、溶岩としてではない。

 赤い熱線となって、地に突き立った。それは、一瞬で眼下のキャンプを焼き払うと、一直線に奔った。


 岩石砂漠を焼く。岩が、砂がガラス質に溶ける。

 途上にある野を焼き焦がし、ディマスタンへと到達。

 その鼻先を消滅させながら、海に至った。



 遠きディマスタンからも、それは確認することが出来た。

 その日は、ガトリング山が見えるほどくっきりと晴れ渡った日。

 ハッサンは息子が指差した先を見つめ、あんぐりと口を開けた。


「な……何さ、あれはー」


 それは、アルマースに暮らす人々皆の代弁であった。




「これほどの、ものとは……!」


 ムハバートは、崩れ行く山にしがみつき、アータルを見上げている。

 アータルは山に左手を載せ、右手を振り上げながら、熱線を放っている。


 マスィール半島が、火の精霊の王によって、燃やされていく。

 ムハバートの頭上には、タヒルが。そして、腕の中にはまだ息があるユースフがいる。


「なあ、教えてくれ……」


 ムハバートは誰にともなく呟く。


「俺は、どうしたら良かったと言うのだ……!」




「火の精霊王アータル……。データで見たゼフィロスもそうだったが、精霊王という連中は駄目だ。危険すぎる」


 苛立たしげに呟きながら、ザクサーン教を束ねる者、アブラヒムは手を掲げる。


「仕方ない。システムの負荷が不味いことになるが、今は俺の全力であれを止める他無い。なに、せいぜい百年、こちらに手を出せなくなる程度だ」


 言いながらも、彼の顔には余裕の色が無い。

 アブラヒムの頭上に、光が集る。

 それは、全身に光を纏った飛行体の群れである。


「第二管理官としての権能を持って命じる……!」


 アブラヒムが命令を下そうとする。




「ああ……」


 火の精霊王の胸元に、御座がある。

 そこに、力なくへたり込みながら、サマラは嘆いた。


「みんな……みんな焼けていく……。アータル様が、お怒りになって……何もかも焼いていく」


 ぽろぽろと涙が溢れる。

 だが、涙は溢れた先から蒸発していった。


 胸の火口石が、今までに無いほど熱を放っている。

 火の精霊王と共鳴しているのだ。

 サマラは、己の肉体もまた、アータルと親しいものに変容していくのを感じていた。


「終わりだ……。何もかも、終わりだよ。何も残らない。アタシには、もう、何も残らない……」


 サマラの心を絶望が支配する。

 投げやりな気持ちが浮かんでくる。


 いっそ、何もかもなくなってしまえ。


 そんな気持ちだ。

 そしてアータルは、己と同化しかけている彼女の気持ちを吸い上げ、実行する。

 また一つ、山が消えた。


「あああ……」


 どうしてこうなってしまったのだろう。

 初めから、運命で決まっていた事なのだろうか。


 アタシは、こうなるしか無かったのか。

 ねえ、教えてください、誰か……。


 大巫女様。

 剣士様……。


(まあ、あれだ)


 サマラはぼうっとした頭で思い出す。

 あの、最後のやりとりを。


 それは、大したこともないようなやりとりだった。

 彼は、剣士ユーマはこう言ったはずだ。


(これ以上、自分ではどうにもならんと思ったら、)


 アータルの目が見たものが、サマラの瞳に映し出される。

 ガトリング山から見渡せるどこかの野で、立ち止まりこちらを見ている二人。


 灰色の衣を靡かせて、いつもの掴みどころの無い表情で、平然とこちらを見上げている、その男。

 常に大巫女の傍らに寄り添う剣士。


(これ以上、自分ではどうにもならんと思ったら、俺を呼べ)


「剣士様……。ユーマ様……! 助けて……!!」


 アータルの目が捉えた、剣士の口元が確かに、こう動いたように見えた。


「分かった」

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