第44話 熟練度カンストの出立者2

「わーっ、ユーマお酒くさーい!」


「ヒェッ、ごめんなさいリュカさん!」


 俺はリュカにぺしっと蹴り出されてしまった。

 アルコールはいかん。いかんなあ……。

 未だに頭がふわふわとしているし、俺はとにかく酒が駄目なようだ。下戸なのかもしれん。


 しばらく外で、ひんやりとした風に当たっている。

 すると、ちょっとしてからリュカが顔を出した。


「ちゃんと離れて寝るなら入っていいよ」


「本当っすか!!」


 寒空の下で寝るのは勘弁である。

 俺は彼女の寛大な措置に感激し、いそいそと中に入った。


 ここは、俺たち用のテントなのであるが、テントと言うには規模が大きい。

 羊毛を編んで作られた天蓋と、壁。その中には、これまた羊毛や土が詰まっていて、外の気温を遮断する。


 床も、ただのテントのようなビニール一枚ではない。

 地面から距離を離し、直接的な冷気が来ないようにやや高くなっているのだ。

 この上に布を敷いて寝る。


 広さもなかなか。四畳半くらいある。


「お水飲んでね」


「はい」


 差し出された水袋から、水を飲む。

 薬の味がする。リュカが煎じた薬草であろう。

 多分、酔い覚まし的な効果があるのではないか。


「なんでお酒飲んでたの?」


「うむ、付き合いというか何というか」


「ユーマ、今まで全然飲んでなかったでしょ。お酒好きなの?」


「嫌いだな」


「ふーん……お付き合いって大変なのね。ムハバートさんでしょ」


「うむ」


 リュカはもこもこした寝間着を着込み、既に寝る体勢だ。

 俺と会話しながら、今日織ってきた布をいじっている。それは大変飾り気がなく、ごわごわとした頑丈そうな布だった。大変リュカらしい。


「何のお話したの?」


「ザクサーンの軍隊がこっちに向かってるんだと」


「ふぅん。ヴァイスシュタットとおんなじね。なんか……どこに行っても、みんなやってることはおんなじだなあ……」


 リュカはため息を吐いた。

 気持ちは分かる。


 行く先々、どこに行っても何かしら騒動がある。人間ってのは様々な営みをしているもので、ヴァイスシュタットのような日常生活や、ヴァイデンフェラー辺境領のような戦争に備え続ける生活、ディマスタン的な裏で人が売り買いされる生活などもあった。

 彼女は少々、くたびれているのかもしれない。


「疲れたか?」


 俺はそういう感情を秘めておくほど、人間が出来ていない。

 なので直接聞く。


「ううん。だって、まだまだディアマンテからちょっとだけ東に来ただけだもんね。これから、ずーっと東に行かなくちゃいけないんだから」


「そうだな。俺たちの旅はまだ始まったばかりだ」


 自分で口にしながら、一昔前の打ち切り少年漫画のようであると思う。


「サマラはどうするのかな? 部族に帰ってきたから、このままこっちで暮らすのかな」


「ここもあいつの部族では無いからな。あいつの故郷は既に無い」


「そっか、私と同じだったもんね。じゃあ、どうするのかなあ……」


 そろそろ、リュカの口調があやふやになってきた。

 もう眠いのだろう。

 うとうとして、頭に浮かんでくることをぼんやり呟いている。


 こりゃあ寝るな、寝るなと思ったら、やっぱり寝てしまった。

 まだまだ子供である。

 そして俺も、アルコールが作る眠気に負けてしまい、そのまま突っ伏して意識を失った。




 ふと意識を取り戻したのは、夜も終わりに近づいた頃合いであろうか。


「おっとっと……! 油断していた。まさか、あなたが酩酊していたとしても隙をつけぬ御仁であったとは……!」


 俺は抜き放ったバルゴーンをぶら下げ、テントの外に立ち尽くしている。

 周囲には、散らばった人の手足や首。


「アキム……アブラヒムか」


「然り。我がザクサーンはその手の長き教えであってね。例え敵対する少部族中と言えど、息がかかった者など幾らでもいる。この度は、彼の手引を得てあなたに会いにやってきたのだが、挨拶代わりの暗殺者がこうも容易く蹴散らされる……」


「よく覚えていないな」


「条件反射にすら、あなたの剣技は行き届いているということでしょう。おっと! 切っ先を向けないで頂きたい! 既に俺にはあなたに対する敵意など無い」


 へらへら笑いながら語るアブラヒム。

 酔いの残る頭には、よく響く。


「黙れ。頭痛がする」


「二日酔いでしょう。いやはや、毒すら入れていたと言うのに、どうしてそれがあなたには通用していないのか?」


「リュカの水を飲んだ」


「巫女が毒消しを作っていたとは……! いやはや……運すらも、あなたの味方をすると見える。では、交渉をしよう」


 唐突である。

 アブラヒムはゆるりとその場にあぐらをかいた。


「刺客をやるだけなら、俺が来る必要もあるまい。だが、この程度の刺客などあなたに対しては余興よ。

 毒にやられていれば、万一にも最大の障害を排除できるとは思ったがな。本題は、あなたと取引したい事がある」


 ぼんやりする頭で、こいつを手引した男が誰なのか理解した。

 ムハバート。

 奴が、アブラヒムと繋がっている間者なのである。


 なるほど、俺を殺そうと思うなら、酒に毒でも混ぜれば二重に効く。

 実に効果的な殺し方だった。

 あの男、実力も確かなのだろうが、頭の方も切れるらしい。


「ザクサーンは、部族を滅ぼすつもりでいる。この事は明言しておこう。

 だが、ザクサーンは寛大だ。改宗する者は、その場で洗礼を与えてこれを許そう。巫女もまた、夫となる者を与えて、その異能を奪う」


「ふむ。ザクサーン教は改宗にこだわるな。滅ぼす理由は何だ」


「以前も話した通り。

 ザクサーンとは、厳しき大地で生きるための教え。人々のモラルの寄る辺となる、背骨なのだ。より多くの人々をこの教えに従わせることで、人類の意志は一つとなろう。さすれば、文明の進化はより理想的に、早く行うことが出来る。

 そして、滅ぼす理由も明快だよ。

 彼ら、エルデニンの三部族は、とても危険な部族なのだ」


「ほう」


「それぞれが分割し、祭器を有しているだろう。

 我らが鷹の部族を襲わせ、この祭器を奪ったことには大義がある。それは、世界の滅びを防ぐためである。祭器が合わさり、資格ある巫女がこれを手にすれば、マスィール半島に根を張る破壊システム、アータルが目覚めるのだ」


「厨二な話になってきたな」


「資格ある巫女がいなければ、ザクサーンも小部族が存在することを黙認していたさ。

 だが、彼らが我らを脅威と認識し、アータルを起動させるならばこれを座して待つ謂れは無かろう」


「確かに」


 つまり、鷹と狼と鹿の部族たちは、アブラヒムが管理するザクサーン教と戦うために、半島を滅ぼしかねない化け物を復活させると。

 その力を持っているのが祭器で、サマラはこれを管理するわけだ。


「だが、どうして今なんだ」


「これまでの巫女は、祭器を扱う資格者としては弱かった。ただそれだけだ。だが、風の巫女の誕生に共鳴してか、現存する巫女たちの力が強くなっていると報告を受けている。

 力の放棄を宣言した土の巫女、未だエルド教と戦い続ける水の巫女。どれもがだ。

 そして、風の巫女はただあるだけで、ザクサーンのみならずラグナ、エルドを脅かすほどの力を持つ。

 本来ならば、排除したいのだよ」


「うむ。させんがな」


「そういうことだ。これは俺からの最大の譲歩だ。ここは、立ち去ってくれないかね?

 夜明けともなれば、俺が襲撃したことに部族は気付くだろう。いや、既に彼らの長老連中は、取り巻きと巫女を連れてガトリング山に向かったようだ。部族内に姿が無い」


「ほう」


「俺は既に追っ手を向かわせている。そして一行の中には内通者もいる。戦いにはなろうが、勝負は早く付くだろう。ただし」


 アブラヒムは目を細めて、ガトリング山を睨んだ。


「アータルは動くかもしれん」


「俺たちは逃げていいと」


「ああ、その代わり、手出しをするな。かの火の精霊を討ち、未だ我らに恭順を躊躇う多くの部族に、ザクサーンの力を見せつける機会でもあるのだ。

 あなたがエルデニンの三部族に味方するというのならば……」


「ないない。義理が無いもの」


「あなたが話の分かる方で良かった」


 アブラヒムは微笑みを浮かべる。


「では、発たれるが良い。既に、風の巫女は目を醒ましているようだ」


「おお」


 テントの中でごそごそする気配を感じる。


 そうだな。

 必要な物資を頂戴して、立ち去るとしようか。

 では、最後に。


「一つだけいいか?」


「何か質問が?」


「あの時、俺を止めていれば祭器は集まらなかった。こうなると分かっていて何故許可を出した?」


「あなたが話の分かる男だからだ。そして、あなたが存在する以上、我らがこの流れを止める手段は他に無かった。多くの人間が死ぬだろうが、被害を可能な限り抑え、ザクサーンの力をさらに広める一助とするさ」


「買い被りのような」


「謙遜も過ぎれば嫌味となる」


 アブラヒムは笑った。

 夜が明けようとしていた。

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