第43話 熟練度カンストのお客人2

 なんであろうか。

 こう、ちくちくと刺さるような視線を感じる。


 先日、勝負を挑まれたので、この部族の若き戦士みたいなのをつるっと撫でてやった次第である。

 ひたすら鼻をへし折るのもかわいそうなので、後半はちょっと見せ場をあげた。

 だが途中で飽きたので終わりにした。


 今思うと悪いことをしたかもしれない。

 だが、彼も悪いのだよ。

 俺がこれで終わり終わり、という気分でいるのに、馬まで持ち出してきてまだだー! なんてやるのだ。


 そりゃあ、温厚な俺でも少しムッとする。

 思わずバルゴーンを召喚したら、場が冷えっ冷えになった。

 冷たい空気の中で暮らすのは実家で慣れているため、俺としては特に気にならなかった。


 その後、リュカと用意された飯をたらふく食った次第である。

 羊の乳とチーズと肉がメインだったが美味かった。


 こんなものばかり食っていれば、ここの遊牧民たちがむきむきになるのも分かる気がするな。

 という訳で、俺とリュカは狼の部族とやらに世話になることになった。


「感じが悪いのう」


 俺はおやつの干し肉をかじりながら思う。

 癖がある羊肉の干し肉である。


 だがディアマンテで食ったあのひどい木の実よりは随分ましである。

 いやいや、肉であるだけ別次元で良い。

 だからガツガツと齧る。


「ほんとだね。辺境伯さんのところだったら、みんなもっと良くしてくれたのに」


 リュカは不思議でならないらしい。

 ヴァイデンフェラー辺境伯領では、俺が実力を見せると、戦闘狂である騎士どもが俺を一斉にリスペクトし始めた。

 あれはあれで、毎日剣を教えたり勝負をしたりで休む暇も無くて忙しかった。


 だが、こんな風にいやーな視線を常に向けられる状況ではなかったぞ。

 ここの部族は、なんというか陰湿だな。

 余所者嫌いというか。


「剣士様!」


 どたばたと走ってサマラがやってきた。

 地元に帰ってきたのだが、部族が違うというので落ち着かなげな火の巫女である。走ると胸が揺れるな。よろしい。


「鹿の部族がやって参りました。これで、祭器が揃う事になります」


「ほうほう」


 そういえば、それぞれの部族が祭器を持っていて、これを合体させて正式な祭器にするような話だった気がする。

 それを俺に報告してどうしようというのかねサマラさん。


「祭器を扱うのが巫女の仕事なので、しばらく忙しくなります。大巫女様にも挨拶をしようと思ったんですけど」


「リュカは部族の娘さんたちから織物を教えてもらっている」


 そう、この部族は自分たちで糸を作り、織物を作る。

 そこに美しい刺繍を施して、自分たちの身を飾るのである。

 彼らは三つの部族で完結しているわけではなく、もっと東方に幾つもの遊牧民が存在し、彼らの間で布はやり取りされるのだとか。


 ちなみに貨幣はないそうだ。

 リュカが、服の替えや今後のことも考えて、手に職をつけておいたほうがいいと主張するので、部族の娘さんたちへの弟子入りを許可したのが三日ほど前。

 それ以来、リュカは朝飯が終わると、夕飯の時間まで娘さんたちと織物をしている。


 昨日持って来た初の作品は、そりゃあひどいものであった。

 果たしてあれは上達できるのであろうか。

 ちょっとハラハラする。


 親の気分である。


 そして、俺は脚の回復を待つべく、こうしてまったりだ。

 時々散歩に行ったり、羊の毛をもふりに出かける。

 俺が行くと、羊を追う役目の犬や、牧童の役割を持った連中がひどく怯えるのだが、意味が分からない。


 羊はあんなにも俺を受け入れてくれるではないか。

 決して逃げる事なく、ひたすら俺が満足するまでじっと黙ってもふらせてくれる。

 ……自然な状態の羊と戯れてみたいな……。


「剣士様もゆっくりされてるみたいで。本当に、ここに来るまでお世話になって、なんていっていいか分からないんですけど」


「いやいや」


 俺は手を振った。


「サマラも優しい顔になった。復讐復讐言ってた時は恐ろしかったからな」


「そんな、そうでした? アタシ、怖い顔してました? そうですね……今は、ちょっと落ち着いてます。やっぱり知ってる人がたくさんいるからですかね。でも、死んだみんなは戻ってこないし、ザクサーンを憎む気持ちはあります。だけどそれをそのまま返して、ザクサーンと戦争なんかしても、今度はここにいるみんなが死ぬかもしれないし、そうしたら、いつそういう戦いが終わるのかなんて考えちゃって……」


 色々考えているものである。

 俺は人の話を聞く分には苦ではない。

 なので、のんびりとサマラが語るままに任せる。


「大巫女様は、おられた村がやっぱり滅ぼされたのに、復讐をしなかったんですよね?」


「うむ。まあ、リュカは世俗離れしてるところがあるからな」


「それは剣士様もです。あなたからは、普通にあるべき欲とか、暗い部分を感じません。なんていうか掴みどころがないっていうか。大巫女様も一緒なんですけど、お二人と旅をしてたら、復讐するとか、戦うとか、その……なんだか、小さなことなのかなって考えるようになってきてしまって……。部族のみんなには、本当に悪いんですけど……」


 悩んでいるようである。

 思春期だなあ、と俺は彼女を眺める。


 お、ちょっと遠くから、ユースフとか言うこの間撫でてやった若い戦士がこっちを睨んでいる。

 何故俺はあいつの恨みを買っているのだろうな?


 まあいいか。

 他人から憎まれたり疎まれたりするのは、慣れていると言えば慣れている。


「だから、その……。アタシ、もっと、部族が生き残る為に出来ることは他にたくさんあるんじゃないかなって思うんです。それを、長老様たちと話してきます。あと、アタシと祭器が揃ったから、アータル様を呼ぶ儀式が出来るんじゃないかって、そういう話にもなってるんで!」


 火の精霊王とやらを呼ぶわけだな。

 それは、さぞや派手な見世物になるのだろう。

 まあ、そういうのに嫌な予感を感じるのは常というものだ。フラグである。


「まあ、あれだ」


 しばらくの別れになる気がしたので、俺は思いついたことを口にした。


「これ以上、自分ではどうにもならんと思ったら、俺を呼べ」


 この言葉を聞いて、サマラは少しだけ黙っていた。

 考え込んでいたのかもしれない。


「……はい。確かに、剣士様をお呼びします」


「おう。この切っ先が届く範囲でなら、仕事をする」


「ええ、知ってます」


 それだけ言うと、サマラは去っていった。

 遠くにいたはずのユースフの姿も消えていた。

 俺だけが残される。


 ここ数日、まったりしていたお陰か、足の調子が良くなってきている。

 どれ、またこの辺りをぶらつくとしよう。

 干し肉にも飽きてきたので、チーズをもらいに行く。


 最近毎日通っている、牧童たちが集うところだ。

 俺がふらりと姿を見せると、牧羊犬がハッとした顔をした。

 牧童たちから離れてこちらにそそくさとやってくると、スッと仰向けになって腹を見せた。


 服従のポーズである。

 何故だ……。

 だが、可愛いので腹を撫でてやる。


「あ、ユーマ殿」

「今日もお散歩ですかな」


「うむ」


 俺は頷く。

 こいつらはある程度俺から距離を保って、踏み込んでこない。

 このベタベタしないドライな関係、なかなかよろしい。


「干し肉に飽きてきてな」


「ではチーズをどうぞ」


「ありがとう」


 俺はチーズを袋いっぱいにもらうと、ぶらぶらと羊たちの群れに向かっていった。

 羊たちはよく躾けられているようで、俺が近づくと動きを止めて大人しくなる。


 もふる。

 おう、ごわごわしておる。


 これが部族の連中が纏っているような衣装になるのだな。織物とは凄い。

 俺は不器用なので、ハンカチほどの大きさの布すら作る事ができない自信がある。

 五分ほど羊を撫でたら飽きた。


 俺は場所を移動することにする。

 何故、牧童たちはホッとした顔をしているのか。

 解せぬ。


 俺の背後で、一斉に羊たちが草を食べ始める。

 この草をある程度食ったところで、別の土地へ移動するのだ。

 狼の部族は今、ここにキャンプを張っている。


 あちこちに見える肉まんのようなものが、彼らが張ったテントである。

 俺とリュカ用にも一つ進呈されている。


 本来なら、リュカ用に一つ、俺は青天井だったのだが、リュカが強硬に俺を同室にするよう主張した。果ては、俺を外に出すならここにゼフィロスを呼んで何もかも吹き飛ばすぞと脅迫したわけである。

 いやあ、あれは参った。


 それから、何故か部族で一人だけ、ムハバートという戦士のおっさんだけは俺に好意的である。

 ほら、今も前から歩いてきた。


「ユーマ殿! 足の具合は随分良いようですな!」


 彼がかざしているのは、中身がたっぷりと詰まった水袋である。

 偶蹄類の胃袋を加工して作るのだとかで、乳を詰めて放置しているとチーズになったりするのだとか。


 今はあの中に、羊の乳から作った酒が入っているはずだ。

 俺はちょっとあれが苦手である。


「色々と話を仕入れてきましたぞ。こいつを肴に呑みましょう」


「は、はあ」


 何やら、こいつと呑む事になってしまった。

 俺はこの乳酒がどうにも受け付けないので、これを羊の乳でさらに割って薄めて呑む。

 うーむ……。


 微妙。

 アルコールの味というのはよく分からん。

 酒の肴は、やけにしょっぱく味付けされた燻製チーズである。


「ザクサーンの奴ばらが動き出したようでしてな」


「ほう」


 アルコールで顔が熱くなってくる。

 俺は大変酒に弱いようである。


「あなた方に責任を押し付けるわけではないが、恐らくは祭器を取り返しに来るのだろう。鷹の部族がやられたのは、あれをザクサーンが手に入れる為だったのではないかとわしは考えている。

 果たして、彼らの信じる神以外に奉じない連中が、どうして火の精霊王を呼び出す祭器を狙うのか……見当もつかん。だが、確かにいえる事は、恐らく戦が始まるということだ。アルマース帝国の軍勢は、ディマスタン一つ分と言えど強大だ。わしが言ってはいかんのだろうが、勝てはせんだろうな」


 ムハバートは乳酒を袋から直接飲んだ。


「鷹の部族も大人しくやられた訳ではないだろう。あれには、わしが教えた戦士たちがいたはずだ。だが、やられた。それもアルマースの本隊ではない。たかだか傭兵どもによ。

 これはな、思うに、時代が変わって行っておるのだろうよ。わしらは戦い方を磨き、受け継ぎ、伝えてきた。だが、世界はそれよりも早く、新しいやり方に、新しい戦い方に変わって行きつつある。大きな流れだ……」


「ふーむ」


「わしらがどうこう抗おうと、変える事が出来るものではない。個人の力では抗えぬ時代の流れという奴だな。そして、今度はあの狂戦士を使うアルマースが来る。戦うなど正気の沙汰では無かろうよ」


「戦うのか」


「お分かりか」


 ムハバートは笑った。


「長老がたは残るおつもりだ。何を考えているのかは知らぬが、守るべき者が残るなら、己も残って戦うのが我ら戦士の務め」


「で、どうしたい?」


「分かってしまわれるか。単刀直入に申し上げる。ユーマ殿は、大巫女様をお連れして早急にこの地を離れられるが良い。部族の意地と誇りがかかった戦に、部外の者を巻き込む事はない。さもなくば、長老がたは大巫女様をも戦力として数えてしまうだろう。いや、もうその算段を整えているかもしれぬ」


 俺はそれを聞きながら、チーズを齧った。

 燻製チーズはやはり美味いな。これは元の世界よりも美味いかもしれない。


「分かった」


 俺はムハバートの頼みを了承した。

 元より、サマラ以外の部族の民に思い入れがあるわけでもない。

 それならば、ムハバートの忠告どおり、事が起こる前にこの地を離れる。それが得策であろう。


 リュカも、あれはあれでドライなところがある。

 話せば分かるだろう。

 かくして、俺は脚の具合もほどよくなったところで、この地を離れる気になったわけだが……。


 乗馬のやり方を聞いておけば良かったかも知れんな、などと思った。

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