群島の海賊剣士編

第48話 熟練度カンストの航海者

 ネフリティス王国へ向かう船は、アルマース帝国北東の港町から出る。


 元々、アルマース帝国は東西の文明が集まる土地で、大変文化がごちゃまぜな雰囲気をしている。

 国土の半分が砂漠で、厳しい気候も多いが、西と東を繋ぐ要衝でもあるため、栄えている街が多いのだ。


「おお、おおお……話には聞いてましたけど、これは凄い……」


「ふひゃー……目移りしちゃうよねえ」


 俺の背後で、頭や体に厳重に衣を纏った女性陣がキョロキョロしている。


 ちっちゃい方は、布の隙間から銀色の髪がこぼれている。髪は反射具合によっては虹色に見えるが、一筋くらいなら見た者も、目の錯覚だと思ってくれるだろう。

 彼女が、風の巫女リュカ。俺がこうして旅をする切っ掛けになった娘だ。

 大変ハートが強い女子だが、時折弱音を吐いたりする。そこが萌える。あと豪腕である。尻も大きめ。


 背が高い方は、リュカよりも落ち着きが無い。体を覆う布の上からでもわかる、メリハリボディで、覆い隠された頭には、炎のように揺らめく輝きを放つ髪がたっぷり収まっている。

 彼女は、火の巫女サマラ。一騒動の後、俺とリュカで彼女を助け出して、成り行きで同行している。

 大変打たれ弱い精神の女子で、恐らくこの一行の中では一番の常識人であろう。


「軍資金はある。飯にしよう」


「そうしよう! 何食べるー?」


「アタシはなんでも良いです! ……っていうか、こんなにのんびりしてていいんですか? ザクサーンの奴らが追ってきたり……」


「しばらくは、アータルの後始末でいっぱいっぱいであろう」


「そ、そうですか……。そうかもしれない……」


 希望的観測ではある。

 だがまあ、当たらずと言えど遠からずだ。

 ディマスタン近辺は被害を受けただろうし、復興に尽力せずに俺たちを追うようなら、アルマース帝国も先は長くないのではないか。


「ふおわ!? ゆ、ユーマ、大変。すっごく美味しそうな匂いがするよ」


 リュカが俺の袖を猛烈に引っ張り始めた。

 なるほど、確かに、何やら香ばしくも濃厚な香りが漂っている。これはチーズが焼ける香りだ。


「ああ……チーズって焼くと美味しいんだよねえ……」


 サマラまで顔が緩んでいる。遊牧民の生まれである彼女は、乳製品の美味しい食べ方を知っているに違いない。


 さて、やってくると店がある。

 俺たちはこの地方の言語に詳しくはない。話している言葉も曖昧だし、文字は全く読めない。

 正直、先程軍資金に変えたアータルの欠片ですら、買い叩かれた可能性がある。


 だが、一つだけわかることがある。

 店から流れるこの匂い。

 ここの料理は美味い。美味いに違いない。


「くださいな!」


 リュカが先陣を切った。

 とりあえず、席は空いているようで、勝手にそこを占拠する。


 給仕のおばさんがやってきた。

 片言ながらエルフェンバインの言葉が喋れるようだ。ディマスタンの辺りは、エルフェンバインと言葉が近かったため、苦労はしなかったのだが。

 また言語の勉強をせねばなるまい。


 とりあえず、おばさんと意思疎通したところ、料理の名前はムサカと言い、分厚いグラタンをぶつ切りにした代物らしい。

 えっ、そんなん美味いに決まってるじゃないですか。


「三人前」


 俺がびしっと指を三本立てて金を置くと、おばちゃんはニコニコした。

 金を回収して奥に引っ込む。

 しばらくすると、もう、堪らんくらいに香ばしいチーズの焼ける香りが漂ってくる。


 サマラが胃の辺りを押さえて切なそうな顔をする。

 うむ、大変よく気持が分かるぞ。

 リュカ、よだれが垂れているぞ。


 俺たちが空腹に呻いているとだ。

 すぐに料理が運ばれてきた。

 この地方の柑橘類の果汁を水で割った飲み物と一緒だ。


「うああ、おおいしいいい」


「ああっ、もうっ、もうっ、このチーズとソースの香ばしさが!」


「うめえ」


 三人でもっしゃもっしゃと飯を食う。

 気づいたのだが、俺たち三人、飯を本気で食っている時は全く会話が無くなる。

 しばし無言で目の前の飯と格闘した。


 相当なボリュームである。食べきって、サマラは早々にご馳走様をした。

 俺とリュカはおかわりをする。

 もう一皿食うと、さすがに腹がくちくなった。


「なんという満足感であろうか」


 俺は呻きながら腹をさすった。


「お腹いっぱい……。アルマースって、食べ物はすっごく美味しいよねえ。エルフェンバインには悪いけど、ちょっとレベルが違う気がする……! 内陸は豆ばっかりって聞いたのに」


「それは、砂漠が多いですから。海や川沿いは農業も出来ますから、色々な作物が育ってますよ。ネフリティスからは毎日、豊富な果実が運ばれてくるっていいますし」


「ネフリティスは果物がたくさんある国なの!? うわー、すっごく楽しみかもしれない……」


 今さっきたらふく食ったばかりだと言うのに、リュカの顔が今にもよだれを垂らさんばかりに緩む。


「リュカ様、お体の割には食べますよね……」


「リュカは育ち盛りだからな」


「そのリュカ様と同じ量を食べるユーマ様も、どこにそんなにたくさん入るんですか」


 分からん。


 だが、この世界に来てから体を動かすようになったせいか、何を食っても美味いのだ。

 もう、幾らでも食べられそうな気がする。

 おっと、あの青臭い木の実だけは勘弁な。


 デザートで運ばれてきた、果実の盛り合わせをつつきながら、俺たちはしばしまったり。

 夕方近くに、ネフリティスへ行く船が出る。


 王国はこの港から見えるくらいの近さで、水平線の向こうにぼんやりと島影が伺える。

 島は緑色である。


 ぼんやりしていたら、追加で果汁を絞った水が出てきた。

 随分サービスがいいな……。

 と思ったら、どうやら俺が支払った金額、大層なものであったらしい。


 他のテーブルの客が払う金を見ると、俺が払ったものよりも明らかに一桁少ない。

 なるほど、おばちゃんが上機嫌になるはずだ……。

 果汁を飲み干す。


 さて、そろそろ時間だと立ち上がった。


「行くか」


「はーい!」


「ちょ、ちょっと待ってください」


 サマラが料理を包んでもらっていた。

 それは夕飯に食うとしよう。


 二人を引き連れて、海が見える方向にずんずん行く。

 すると船着場が見えてきた。

 船の旅費は、船長が詰めていると言う事務所らしきところで支払うらしい。


「うわー! 船の先に女の人の彫刻がついてるよ!? すごい、これ! これに乗ろうユーマ!」


「うい」


 リュカが大変テンションが高いので、彼女の思いつきに従う事にした。

 特に俺には異論は無い。


「あっ、あの、すっごく高そうなんですけど、この船……!」


 あわわわ、とでも言いそうな顔でサマラ。

 全く小心者である。


「お金には限りがあるんですから、節約、節約をしたほうが……」


 とても貨幣経済が発達していない部族から来たとは思えぬ発言である。


「宵越しの金は持たぬ主義だ」


「意味は分からないですけど、アタシ、ユーマ様が良くない事を言ってるってのは分かります!」


 察しのいい娘だ。

 だが、悲しいかな。

 我が一行の最高権力者はリュカである。サマラは彼女に逆らえないし、俺は俺で特にこれといったこだわりが無い。


 ということで、この船に乗ることに決まった。

 船長に会うことになる。


 そこは、木造の掘っ立て小屋である。

 中にはそれなりにちゃんとした衣服を身につけた、中年の男がいる。


「その言葉、エルフェンバインの人間かい」


「うむ」


「あそこは、一夫一妻でやってたと思うが……お前さん、ザクサーンを信仰してるのか?」


「うむ」


「そうかそうか。可愛らしくて若い嫁さん二人だな。悪い男に狙われ易いから気をつけてくれよ。で、うちの船賃だが……」


 フランクな感じで商談は進む。

 彼は色々俺の身を詮索してくる。流暢なエルフェンバイン語を使える辺り、教養がある男なのだろう。

 ちなみに、船長が直々に客の相手をするのがこの世界流らしい。


 船長の目で、乗せていい客かどうかを見極めるらしい。

 しかも、この船は船長の持ち物である。

 船長と言うのは資産家でもあるのだ。


「旅は一泊二日。出した金によって部屋のランクが変わるぞ。もっとも、お前さんには選択肢は無いだろうが」


「うむ」


 俺はぺいっと金を出した。

 船長、深く頷く。


「一等客室を用意しよう。翡翠の女神号へようこそ! 良い旅を!」


 いきなり物凄く笑顔になり、俺に握手を求めてくる。

 俺も無表情で握手を返した。


 現金な男である。

 ザ・商人って奴だな。


「なんか感じが悪い人でしたね。足元を見てくるような印象があって、だからアタシ、アルマース人って嫌いです!」


 サマラが憤然としている。

 彼女は基本的に、アルマースと言う国と、ザクサーン教が大嫌いである。

 だが確かに、彼女の好き嫌いを除いても態度がいい男では無かったな。


 まあ、船の上では船長が何を置いても一番偉い。

 決まった人間の指示に従って運行しなければ、あるいは船は沈んでしまう事もあるわけだ。

 船で一番偉い人間が威張っているのは、ある意味健全とも言えよう。


 ……なんて事を、ちょこちょことサマラに話していたら、大変な時間が経過してしまっていた。

 時間は夕刻近く。直に出航の時間である。

 やはり話すのは苦手である。美味く説明出来んな。


「ユーマ! サマラ! こっちこっち!!」


 リュカが桟橋の上で飛び跳ねている。

 元気である。

 水夫たちはそんなリュカを、ほっこりした目で見て……いや、あれは女を見る目だな。


 このロリコンどもめーっ。

 ……人のことは言えんか。

 俺はサマラを連れて、リュカと合流。桟橋から乗船する。


 この世界、客船というものは無い。

 基本的には荷物を運ぶ船であり、そこに人間を乗せられるスペースを設けてあるのだ。


「よーしお前ら! こちらの方は一等客室にお泊まりになるんだからな! 一泊お前らの給料の半年分だぞ! 粗相が無いようにしろよ!」

「一等客室に!?」

「すげえ、セレブだ。そう見えないのに」

「俺、あのお客のちっちゃい奥さんエロい目で見ちゃったよ」

「奥さん二人いるのか! これだから金持ちアルマース人は! あ、色々サービスするんでチップください!!」


 なんという連中であろうか。

 かくして俺たちは客室へ向かう。


 船底は漕ぎ手たちの寝床と、倉庫。

 甲板の真下が水夫の寝床と三等客室。この三等客室は壁が無い大部屋で、治安もよろしくないそうだ。


 で、甲板の上に、二等客室が二つ。それぞれ個室だ。

 一等客室は一つしか無く、船長室の隣にある。

 つまり、この船で一番豪華な部屋だ。


「あああ、こ、こんな豪勢な部屋に泊まって……! お金が、お金が……!」


「サマラ、余り気にしていると老けるぞ」


 おっと、巫女は年をとらないのであった。

 では心配し放題だな。

 あまりお得という感じがしない。


 さて、ここから先はのんびりだ。

 サマラが包んでもらった飯をみんなで囲みつつ、まったりと船で揺られる。


「うっ」


「ううっ」


 あっ、リュカとサマラが酔った。


 俺は平気である。

 何せ、VRディスプレイをつけて遊んでいると、視界がぐらぐら揺れたりすることなど日常茶飯事である。

 あの無重力空間での戦いは実に骨が折れた。


「ぎぼぢわるい……」


「あああ、頭が、くらくらしますぅ……」


 やれやれ、この有様では先が思いやられる。

 こんな時に、海で恒例のイベント、海賊でもやってきたら大変ではないか。

 なんて思いながら、余りにもベタな発想に俺はちょっと笑ってしまった。


 さて、二人を外に連れて行って、げろげろっとしそうなら背中をさすってやろうか。

 そう思って立ち上がったときだ。


「海賊が出たぞーっ!!」


 突如、水夫の叫びが響いた。

 えっ。

 フラグ回収早すぎじゃないか。

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