第29話 熟練度カンストの牛追い
アルマース帝国は広大な国なのだそうだ。
国土の中に森や草原、岩石砂漠にいわゆる砂漠、臨海地域など多様な気候を有しており、今俺たちがいるのは、草原の辺り。
この辺りは、牛や山羊、馬を歩かせながら草を食わせてやれる。
そのため、移動は実にのんびりである。
それでも落ち着いて草を食えないため、獣どもは徐々に痩せていくのだそうだ。
痩せきる前に、アルマース最大の都、ディマスタンへ到着せねばならない。
ここで、牛や山羊は競りにかけられ、売れ残ったものは肉に加工して売るのだそうだ。
「美味しいお肉におなりね」
牛の首を撫でながら、優しい声で言うリュカ。
その口元からよだれがちょっと出ているのを見逃す俺ではない。
動物に懐かれ易い様子があり、動物たちを愛する彼女だが、食欲はそんな動物愛に勝るらしい。
「お前はどこが美味しいんだろうねえ」
撫で撫でしながら、徐々に背中や肩へと移動していく。
怖い怖い。
心なしか、牛も大人しい気がする。
「リュカ。その牛、食べるとは限らなくて売るかも」
「ええーっ! この子、一番お肉がついてて美味しそ……ううん、立派なのに」
「モ、モォー」
牛が怯えている。
あまり獣にストレスを与えてはいかんのだ。
ちなみに俺と接した獣も、最初は強烈なストレスを感じるようだが、すぐに何か諦めの境地に達して大人しくなり、逆にリラックスするようだ。
ほら、現に今も狼らしき群れがこっちにやってくるというのに、山羊どもは静かに草を食んでいる。
狼!?
「バルゴーン!」
俺は慌てて駆け出す。
虹色の剣を抜き、とりあえず見えるように大きくして振り回す。
狼どもはこちらに向かって来るかと思いきや、俺を確認するとピタッと止まった。
くるりと踵を返して逃げていく。
なんだなんだ。
「本当に、ユーマはいるだけで狼避けになるよねえ。でも、ここから先には狼よりも大きなトラっていう獣がいるらしいから、気をつけないとね」
「虎までいるのか……」
だんだんオリエンタルな雰囲気になってきたぞ。
俺のイメージでは、虎と言えば中国やインドである。
エルフェンバインがドイツやらヨーロッパっぽかったから、アルマースはトルコや中東の国家というイメージだろうか。
「あっ! ユーマ、そろそろ戻ってきなだって!」
リュカが遠目で、幌馬車から手を振る娘さんを見つけたようだ。
俺たちは牛と山羊を追い、戻っていく。
狼なんかが出るのだなあ、と感心しつつ夕飯にありつくのである。
ディマスタンへ到着するまでは、ヴァイスシュタットで仕入れてきた食料を口にすることになる。
すっかり食べ慣れた腸詰め肉と、乾燥肉、それから葉野菜の漬物である。
乾燥肉などは塩分が多いので、このまま湯をかけて即席スープにしたりなどする。これがまた、肉の出汁が出ていて美味いのだ。
こちらの世界にやってきて、すっかり質素な食事に慣れてしまった俺である。
「アルマースでは、お肉類もあるけど、一番多いのは豆料理ねー」
「豆とな」
「土地が乾燥してるところが多くなるから、荒れ地でも育つ豆類を食べるところが増えるよー。海沿いでは魚ねー。豚の類は、ザクス法で禁じられてるよー。育てるのにたくさんの水や飼料がいるからさー」
「ほうほう」
他にも、土の中で育てた野菜、いわゆる芋や根菜類などを使うこともあるようである。
ハッサンの説明をついで、娘さんが話し出す。
「一番お料理が豊富なのはディアマンテよね。エルフェンバインは内陸だし、ちょっと乾いて寒いところだからお野菜の類は多くないし。アルマースは逆に暑くて乾いてるから、どうしても豆中心かなあ」
「村にいた時は、確かに色々食べてたなあ」
ふーむ、と唸るリュカ。
食いしん坊たる彼女にとって、食事の話題は大変重要である。
そして、今後も町ばかりでなく、人気を避けながら山野を突っ切ることも多かろう。
生物の植生に馴染みがなければ、それは大変難易度が上がることになる。
「ディマスタンで色々調べなくちゃ」
「うむ」
彼女は勉強熱心である。
俺も彼女に合わせて重々しく頷きながら、スープを啜った。
飯も終わり、荷物の隙間でいつものスペースを作り、歯も磨いてさあ寝るか、とリュカと向かい合うポジションに付いた時だ。
何やら外が騒がしくなったように思った。
「音がする」
「そお?」
気づかない程度の音だったのか。
リュカには分からないようだ。
「でも、ユーマが言うならそうなのかも。シルフさん」
リュカの呼びかけに応えて、透明な妖精が姿を現す。
妖精は小さく頷くと、ぴゅーっと飛んでいく。
そして、十も数えないうちに戻ってきた。
シルフはこの世界には無数にいるらしく、伝言ゲームで近場の情報なら伝え合えるのだとか。
「ユーマ、盗賊が出たって。後ろの馬車が襲われてるみたい」
「そうか」
俺は立ち上がった。
ハッサンがうむむ、と唸る。
「後ろがやられてるなら、置いておいて逃げるのもありだけどねー。今はもう暗くなってるし、危ないさー」
「まあ、一応」
キャラバンの最後尾は、若手の商人が担当する事が多い。
幌馬車も小さく、護衛を雇えていないことも多かろう。
俺はそいつに同情するというわけではないが、助けられる可能性があるものを放置するのも寝覚めが悪い。
ストッと外へ降り立った。
何故かリュカもついてくる。
じっと見ると、彼女はムフーと鼻息を荒くした。
「私も行く。シルフさんがいれば、暗いところでも困らないよ」
「なるほどー」
納得した。
彼女をナビゲーションとして従え、後ろの馬車へ急ぐ俺たち。
シルフは、風の通り方で地形や人、馬車や動物の位置を教えてくれる。
それをリュカが俺に伝え、上手く回避しながら目的地まで向かうのだ。
俺たちは、結構な速さで移動し、事が起こっているであろうキャラバン最後尾まで到達した。
「ほええ、思ったよりいっぱいいる……!」
リュカはざっと賊の人数を数えつつ、後ろに下がっていく。適当な馬車の影に隠れて、シルフを使って俺に情報を伝えるのだろう。
この馬車は家畜をつれていなかったらしいのが幸いである。家畜が怯えて暴れていたら、大騒ぎだった。
今は、馬車から荷物を運び出そうとしている賊ばかり。
「い、命だけは勘弁してくれえ」
「ハァ? おめえ、荷物も金も馬車もなくして、そんで生きながらえてどうするつもりだよ? 俺たちハゲタカ盗賊団はなぁ、無駄な事をしねえし残さねえんだ。身代金が取れない奴は邪魔だから殺す事になってるんだよ」
「そうだそうだ。こっちだって仕事なんだからな。おめえみたいな若造商人なんか、連れて行っても無駄飯をくうばっかりだからな」
「そんなー」
商人が大変な状況のようである。
俺は声がする側にトコトコと向かった。
シルフのナビゲートは正確である。
すぐさま、盗賊たちの背後にやって来た。
バルゴーンは虹色に光るため、大変目立つ。ということで、今回は使わない。
俺は手近にやってきた盗賊に近づくと、
「お、なんだおめえ」
そいつが腰に差していた剣を、俺は当たり前のような顔をして抜く。
「え?」
びっくりした顔のまま、盗賊の首筋から血飛沫が飛ぶ。
おお、こっちの剣って曲刀なんじゃないか。重さで斬るわけじゃないから、切れ味命だな。これは何人か斬る度に新しいものに交換しなくては。
首の半ばまでは深く切り裂かれて、声も上げられずに絶命する盗賊。そいつは倒れ込んでいく。
ばさり、と荷物ごと転がる音がする前に、俺はもう一人の盗賊に近づいている。
背後から近づいて、剣の柄を握り、盗賊を追い抜くように歩きながらそいつの剣を抜いて、くるっと一回転した。
体捌きに合わせて剣を振ると、刃が盗賊の首をまた半ばまで切り裂く。
よし、今度は二刀流で行くか。
俺が血しぶきの範囲から抜け出した辺りで、二人の盗賊が倒れる音が周囲に響いた。
「おい、なんだ今の音は? ちょっと見てこい」
「へい。お前ら行くぞ!」
声を掛け合っている。
その間に、俺はちょっと大回りで次なる盗賊に接近して、前後から挟むように刃を振るって首を飛ばす。
切れ味が落ちた一本を捨て、倒した盗賊の剣を頂戴した。
次の盗賊へ向かう。
うーむ。
盗賊たるもの、不用心すぎではあるまいか。
襲撃されることを警戒していない。
俺は難しい顔をしながら、得物を頂戴しつつ五名ほどの盗賊を斬り捨てる。
「か、頭ーっ!! 二人殺されてます!!」
「なな、なんだとーっ!? おい、おめえら、この辺りに賊がいるぞ!」
「賊はお前らだろうに」
俺は呟きながら、若い商人を押さえつけている男の背後に迫る。
「おめえら、返事をしろ! なんで答えねえ!? おい、おめえら!!」
そろそろ静かに動く意味もあるまい。
「バルゴーン」
俺は虹色の剣を抜いた。
抜くと同時に、商人を押さえつける盗賊を三枚におろす。
「そ、その光はぁーっ!?」
おお、見えた見えた。あれが盗賊の頭であろう。
歩きながら、動きを止めた残る盗賊を上下泣き別れにし、血糊を振り捨てて刃を構えた。
「降参するのだ」
「な、何を言ってやがる! おめえら! おいー! 何をしてるおめえらー!!」
死体を見に行った男は、どうやら逃げてしまったらしい。
そいつと連れて行った部下以外は、もうこの盗賊の頭以外生きてはいない。
「いひぃー!?」
若い商人が悲鳴を上げた。
自分を抑えていた男がいつの間にか死んでいて、しかも大変スプラッタな状況になっている事に気づいたのであろう。
「ま、参った……!!」
盗賊の頭ゲットだぜ。
「明後日にはディマスタンにつくさー。頭はあそこの兵務局につきだせば、お小遣いになるよー」
「なるほど」
とりあえず、こいつが金になるわけだな。
俺はふん縛った盗賊の頭を見た。
大変情けない顔をしている。
「いやあ、助かりました。何が起こったのか全くサッパリ分からないんですが、この恩は返させてもらいますよ」
俺が助けた商人は、アキムという若者である。
どうもアルマース近辺の男たちは、皆髭を蓄えているので年齢がよく分からないが、肌が若い気がする。
「おお、それはいいねー。アキムは商人だけど、学者もやってる人よー。色々教えてもらうといいねー」
「わっ、それって助かるー! よろしくね!」
おお、こういうのは縁なのだなあ。
リュカが勉強をするきっかけが出来た。
ディマスタンでも、アキムに色々案内を頼むといいのかもしれん。
「いいでしょう。俺がお二人を案内しますよ。ディマスタンはいいところですよー」
ということで、俺たちに案内人が出来たのだった。
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