第30話 熟練度カンストの散策人

 遠目にも分かる。

 ディマスタンが近い。

 何やら巨大なものが視界に入ってくると、リュカが幌馬車から身を乗り出して叫んだ。


「で、でっかーいっ!!」


「ディマスタン大公の宮殿ねー。あそこにはたくさんの法学者たちも務めているよー。この都はアルマースの第二首都さー。だけど、人の数や商売する人の多さではアルマース一……いや、世界一ね」


 幾つもの道らしきものが、周囲に見えてくる。

 それぞれ別の地域から、ディマスタン目掛けて道が集っているのだ。

 多くの幌馬車が行き来しており、なんというか、全ての道はディマスタンへ通ず、という感じである。


 朝日に浮かび上がる宮殿。

 すごくおおきい。


 玉ねぎのような見た目であるが、周囲にはそれを取り囲む四本の尖塔が立つ。

 真っ白な壁がこの大都市を覆っている。壁はとんでもなく広い範囲に展開されているというのに、全体に繊細な彫刻がされている。


「さあ、入国するさー。ユーマさん、武器は持ってない?」


「ないです」


 今はな。


 門に立つ兵士たちは、一つ一つ幌馬車をあらためていく。

 万に一つも、おかしな者が国に入り込まないようにするためであろう。

 俺とリュカの番がやってくる。


「二人は夫婦か?」


「は、は、はい」


「そ、そ、そうです」


 うわあ、照れる。

 超照れる。


 お互いにチラチラ目線を交わし合う。

 兵士はその様子を見て、


「新婚か……。見せ付ける奴らなんて天罰が下ればいいのに」


 と吐き捨ててオーケーサインを出した。

 そうか、お前独身か……。


 その他、荷物なども検められる。

 ハッサンが何やら包みを、偉そうな兵士に手渡している。

 賄賂であろう。


 それくらいの役得がなければ、一日中外に立って入国者をあらためる仕事などやっておられまい。

 賄賂が効いたのか、俺たちはスムーズに入国することが出来た。


「賄賂じゃないよー! あれは入国税さー」


 失礼しました。

 ちなみに、この場で盗賊の頭は換金した。

 いいお小遣いになった。


「おう、よく捕まえたな。こいつらはな、近隣の農民やら、戦争で食いあぶれた傭兵やらがやる稼業でな。まあ幾ら捕まえても捕まえても、後から後から増えやがる」


 偉そうな兵士いわく。

 農閑期の農民や、仕事がなくなった傭兵がその正体らしい。


 俺がみたところ、武器はそれなりにちゃんとした武器だったから、傭兵の方であろうと思う。

 懐が暖かくなった俺たちは、ここでハッサン一家とお別れである。


「短い間だったけど、護衛ありがとうねー。ユーマさん、たしかにすっごく強かったよー。旅の間、狼や盗賊の被害が全く無いのは珍しかったさー」


 そうだったのか。

 他の商人たちも、俺に一声をかけていく。


 被害に遭う分を計算に入れて、いつも品物を運んでいるそうだ。

 だから、今回はいつもよりも多く儲けが出るのだとか。


「ワタシたちは新市街の大市へ行くねー。家畜はそこで売れるよー」


 門を超えると、大きな通りが、ややグネグネと蛇行しながら続いている。

 道は下るようになっており、すぐ先に、外から見えた大きな宮殿の姿があった。


 そして、通りの突き当りは、海である。

 そこから手が届きそうに見えるような距離に、対岸があった。


 この都市は、こちら側の旧市街と、海を渡った所にある新市街に分かれている。

 ハッサンたちは、大きな筏のような渡し船で商品を運び、新市街の大市に参加するのだ。


「俺はこっちで仕事があるんで、旧市街を見て回りたいなら案内しましょうか」


 アキム登場である。


「旧市街の方が、小さな出店が多いですよ。ディマスタンという都の光と闇が凝縮されていて、実に見ごたえがありますから」


「へえー。じゃあ、私は旧市街を見て回りたいな」


「じゃあ俺も」


 リュカが言うならばそれで良いだろう。

 新市街はここから見ても、キラキラとした新しい町並みが眩しい。

 うむ、あそこに行くと気後れしそうだ。


 ということで、ハッサン一家は去っていった。

 俺たちはこれから、若手商人のアキムと一緒に行動することになる。


「ディマスタンの名物は、古い市です。動物から衣服、小物や果ては家……あるいは、人間まで」


 大通りを歩いていくと、人だかりに出会う。

 そこは、他の出店とはちょっと違う熱気に包まれていた。


 ひときわ高いところがあり、その上に何人かの人影がある。

 周囲を囲む連中は、しきりに腕を振り上げて指を立てている。


「なんだこれ」


「奴隷市です」


 さらりとアキムが言った。

 台の上にいるのは、上等な仕立ての服を着た、中東風の男。

 そしてそいつが連れている、体格のいい男や年を取った男。あるいは若い男だ。


 人だかりの中で腕を振り上げる連中は、この男たちを巡ってっているのだ。

 最も高い値段を付けたものが、この男たちの持ち主となる。


「ディマスタンは、活気ある都です。様々な人が行き交い、新市街も生まれ、どんどんと成長を続けていっている。今はディアマンテ帝国がまだ強い勢力を持っていますが、やがてアルマースがこれに取って代わるでしょう。それはディマスタンの活気を見ればお分かりいただけると思います」


 奴隷市と聞くと、俺はあまり明るい印象が無い。

 なのに、ここはからりと晴れた青空の下、牛馬を買い求めるのと同じように、人間という商品を巡って集まる人々がいる。


「労働力は幾らあっても足りません。戦争で破れた国の兵士や、男や女。そして異教徒たちは、こうして奴隷として取引されるようになります。とは言っても、安からぬ金で買い取られる商品ですからね。彼らは、買い手の財産として大切に扱われるのです」


 高い金を出して買った牛馬を、早速潰して肉にするバカはいない。

 可能な限り長持ちするようにメンテナンスしつつ、そのポテンシャルを充分に生かせるように使うのだ。


「女……」


 俺はちょっと、奴隷の女という所に反応した。

 そしてキョロキョロする。


 男の奴隷しかいない。

 すると、アキムはニンマリ笑ってみせた。


「ははあ、ユーマさんもやはり男性ですね。気になるのは分かります。女性の奴隷は、またちょっと役割や用途が異なりますからね。この市の裏手で専用の競りが行われています」


「ほー」


 うずうずしてきた。

 男たるもの、それは見てみたいなあ。

 と思っていたら、お尻に激痛が走った。


「むー」


「あっ、リュ、リュカさん」


 お尻をつねられてしまった。


「買ったらだめだよ。だめ」


「は、はい。でもちょっと見てみたい……」


「むむーっ」


「ははは、無敵の戦士ユーマさんも、奥様には勝てませんね。まあまあ奥さん、男性とは得てしてちょっと子供な部分を持っているものです。あなたに対する愛情が変わるわけではありませんし、少しくらいは多めに見てあげては」


「あっ、愛情……!!」


「むはー」


 リュカが目を丸くしてちょっと赤くなって絶句して、俺は鼻息を荒くして頭の中が真っ白になった。

 どうも、アルマースの習慣への対策とは言え、こうやって夫婦を模していると調子が狂うな。


「……じゃあ、一回だけ許すね」


「ははーっ」


 俺はリュカをナムナムと拝んだ。

 さて、嬉し恥ずかし奴隷市、女性バージョンである。

 青空市かと思いきや、こちらは屋内である。


 二箇所に分かれて行われているようだ。

 入り口に近い所は、フリーパスで入場できた。

 見ていると、おお、なかなか……。あれは、女性の服を着たゴリラかな?


「女性は基本、屋内の仕事に従事します。あれは女性が住む場所の管理をするための奴隷ですね。体格がいいので、護衛も兼ねているのでしょう。ああ、あちらの初老の女性は家事などを担当します。熟練の腕前を期待して、それなりの値段がつきますね」


 しおしおと期待がしぼんでいく。


「へー。そういう仕事をするのねえ」


「そうなんですよ。この国は、基本的に男性が外で働いています。女性はこの国の者であれば、勝手に外を出歩くことを禁じられていますから、所用などは奴隷を使うことが多いのです。まあ、それが理由にあまり容姿が……ね?」


「なるほど……」


「あ、ユーマさんしょんぼりしていますね。では本番はこれからです。こちらへどうぞ」


 アキムが俺たちを案内していく。

 今度のところは……お? 入り口に扉があり、その前に立っている男が誰も通さぬとばかりの様子である。


 アキムは彼に近づくと、服の中から小さな板を取り出してみせた。

 通行証のようなものらしい。

 で、俺たちを指差して、同伴者だと。


 見張りの男は頷き、扉を開けた。

 中からは、強烈な香りが漂ってくる。お香が焚かれているのだ。

 薄暗く、あちこちに明かりが掲げられていて、なんとも怪しい雰囲気だ。


「ユーマさん、リュカさんを近くに置いておいてください。基本的には安全ですが、まあ場の空気で興奮した男性が……なんてこともありえますから」


「なんですって」


 俺は驚愕して、慌ててリュカを引っ張り寄せた。


「ユーマ、なんかこの部屋、くさーい」


 俺の感覚で言えば、お線香の香りに似ている気がする。

 それが部屋中に充満していた。


 ぼーっと立って辺りを見回していると、お盆を持ったお兄ちゃんが近づいてくる。露出度の高い格好である。なんでお兄ちゃんなのか。

 彼は盆の上に、黒い飲み物を載せている。フリードリンクというわけか。


「カファです。慣れないと苦いものですが、口がさっぱりして、頭が冴えますよ」


 アキムは人数分を受け取り、俺たちに差し出してくる。

 あれっ、この匂いってコーヒーじゃないのか。


「うえー」


 一口啜ったリュカが顔をしかめた。

 俺も一口やってみて、そのとんでもない濃厚さに驚く。


 なんだこの濃いコーヒーは。雑味も強い気がするが、割りといける。底には砕かれたコーヒー豆が沈んでいるな。

 これは、リュカには砂糖とミルクがたっぷり必要かもしれない。


「ああ、ならばあちらのカウンターで、甘味とミルクをくれますよ」


 アキムに言われたので、俺はリュカと一緒に甘味とか言うものとミルクをもらいにやって来た。

 甘味は、甘い汁を出す蔓草から取ったものを、煮詰めたシロップ。ミルクは羊のミルクだそうである。

 これをちょっと多めに入れると、リュカでも飲めるものになった。


「この苦いのがなければ、美味しいのになあ……。なんで苦いの飲めるの?」


「大人だからです」


 俺はちょっとドヤ顔をして、ブラックのカファを煽った。

 カフェインも強めなんじゃないか。なかなかガツンと効いてくる。


「す、すごい」


 リュカが尊敬の目で俺を見てくる。

 ハハハ、もっと尊敬してもいいのだよ。


 そんなやり取りをしていたらだ。

 背後がうるさくなってきた。


 音楽のようなものが鳴り始める。いよいよ、奴隷市が始まるのだ。

 ふと、リュカが振り返った。


「あれ……? 火の精霊がいる……?」


 何やら不穏な事を言った。

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