第27話 熟練度カンストの出立者

 俺たちはヴァイスシュタットの人々に大歓待された後、泥のように眠り、起き上がって飯を食い、水を浴びて垢を落とし、さらに眠って起きた。気付くと大宴会が始まっていた。


 山のような腸詰め肉と、煮た肉と、漬物野菜と、パイなんかを食った。

 苦手な酒も飲まされてべろべろに酔って、また寝た。

 騎士たちも混じっていたが、その数はだいぶ減っていた。


「七割は死にましたな」


 ベルンハルトがビールを口にしながら言う。

 冷やす技術が無いから大して冷たくないのだろうが、なんとも美味そうに呑む。

 俺は近くにいた騎士を見回す。


 オーベルトとダミアンは生きている。

 だが、俺の技を盗もうと血眼になってガン見してきていた騎士や、俺から刺突剣の技を盗んだ、まだ若い騎士などの姿は無かった。


「七割と言えば、普通は全滅ですが……我らヴァイデンフェラー騎士団はもとより死兵。帰るところとて無い者ばかり。得意と言えば、戦うことばかりです」


 こいつはすっかり、俺に対して敬語になっている。

 辺境伯の副官なんだそうで、準男爵くらいの爵位は持っているらしい。だが宿舎暮らしだとか。


「いや、戦場で死ねた者たちは幸福でした」


「ふむふむ」


 俺はそんな話を聞きながら、果汁で思い切り薄めたビールをちびちび口にする。

 向こうでは、女たちがかしましく騒いでいる。

 中心にいるのはリュカだ。

 賑やかな状況の中心にいるという事に慣れていないためか、大変挙動不審になっている。

 気が付けば、髪を染めていた赤い染料はすっかり落ち、見慣れた銀色の髪だ。光の反射で、虹色に輝く。


「ああ、風の巫女様は大活躍でした。彼女の魔法が無ければ、我々はユーマ殿が戻ってくるよりも早く、全滅していたことでしょう。まさか本教会が、あれほどの兵力を差し向けてくるとは……」


 騎士団はほぼ壊滅に近い打撃を受けた。

 騎士の七割、従者の半分、兵士の三割余りを失ったとか。


 騎士の損耗率が最も高いのが、短い付き合いではあったがあいつららしいと思う。

 しかし、彼らとリュカが囮になったお陰で、町にはほとんど被害が出ていないという。


 この状況において、宴で敬されるべきは俺とリュカばかりではなく、騎士たち。そして前線で体を張って戦った辺境伯であろう。

 辺境伯の姿はどこにも無いのだが。


「あのお方はご自分を律されておいでですからね。今は、本国へ報告を送るべく、執務室に篭っていることでしょう」


「ほほう、訳有りなのですな」


「訳有りな方なのですよ」


 そんな話をしていたら、片腕を布で吊ったオーベルトと、すっかり出来上がっているダミアンがやってきた。

 野郎め、酒樽を抱えてやがる。また俺を潰す気か。


 俺は慌てて逃げようとした。

 すると、向こうからもリュカがてくてくとやってくるではないか。


「ユーマ助けてー」


「おお、俺も助けて欲しかったところだ」


 互いに、飲み物と食べ物は両手いっぱいに確保している辺りよく似ている。

 俺たちは共にコミュ障なのかもしれんな。


 他の連中も空気を読んでか、酒場を退出する俺たちを追っては来ない。二人きりにしてくれるようだ。

 俺たちはハンスの店の軒下に腰掛けて、腸詰めを齧った。


「もうねえ。クラーラや町の女の人が、私の髪の毛が珍しいって触ってくるの。大変だったー。ぼさぼさになっちゃうー」


「虹色の髪って滅多に無いからな」


「そうそう。シルフさんの力をたくさん借りてたら、色が落ちちゃった。いざとなったら、ゼフィロス様を呼ぶことも考えたんだけど……そうするとヴァイスシュタットが無くなっちゃう」


 隠し玉があったのか。

 こうやって飯を食える場所が残っていたのは大変良いことであった。


「ユーマは大丈夫だった? 一人でずーっと、別のところで戦ってたんでしょう」


「うむ……くたびれた」


 感想はただただそれだけである。

 分体とやらの戦い方は覚えたから、次からはもっと楽にはなるだろう。


 だが、同じシチュエーションで戦うのはもう御免だ。

 腹が減るし、出すものは出さねばならないし、あやうく垂れラーになるところであった。

 今度は次元を斬り裂く技なんてのを練習しておく必要があるのではないか。


「そっか」


 リュカはニコニコして頷くと、椀に盛られたアイスバイン的なものを「むしゃあっ」と食べた。


「で、いつ行く?」


「んー」


 もぐもぐしながらリュカ。

 視線が空を見る。太陽の位置を確かめて、東の方向を向く。


「もうちょっと休んだら行こっか」


「よし」


 ベルンハルトやハンスの話では、俺たちの活躍は辺境伯の報告によって、エルフェンバイン本国へ届くだろうということだった。

 隠しておこうにも、発生した戦いの情報は、ディアマンテ、エルフェンバイン、アルマースと言った近隣諸国に伝わってしまっているとか。


 つまり、俺たちの存在も明らかになっている可能性があるということだ。

 この辺境伯領は俺たちに友好的ではあるものの、エルフェンバインもまたラグナ教を奉じる国家である。

 リュカの存在とは相容れまい。


 ってことで、東方にあるアルマースに抜けようと。

 まずはそういう話になっている。


 そうだ。


 戦場であのずんぐりを斬った時、あいつはどういう訳か、俺のジャージを持っていたのだ。

 俺はこれを回収している。

 近々着る機会がやってくるかもしれない。



 翌日である。

 町は普段どおりの動きを取り戻している。

 当分の間、ディアマンテからの巡礼者の数は減る事だろう。


 ヴァイスシュタットは景気が悪くなるだろうが、ここの連中であればなんとか乗り切るに違いない。

 俺たちはいつものように店で働き、昼飯時が終わると賄いを食って、それから出立する事にした。


「おう、なんか中途半端な時間に出て行くんだなあ」


 ハンスがしみじみと言う。


「もっといたらいいのに。町の人はみんな、あんたたちに感謝してるんだからさ」

「そうだぜ。俺はお前がそんなすげえ奴だとは知らなくてな。英雄様がいてくれるぶんには、いつまでだって構わないんだぜ」

「これ、お弁当だよ。今夜食べなね」


 ハンス一家のお見送りであった。

 他、町の連中も俺たちに気付くと手を振ってくる。

 なんと気のいい連中であろうか。


 俺はこういう対応に慣れていないので、引きつった笑顔を返すだけである。

 俺たちが向かうのは、食堂に来ていた行商人の馬車であった。

 こいつらはあちこちを巡り歩いて、地方の名産品を買い取り、別の町で売る仕事をしている。


 このキャラバンに潜り込むのだ。

 護衛、兼、客。

 今度の旅路は随分楽かもしれない。


 リュカがクラーラやカミラとむぎゅっと抱き合っていた。

 女子はいいですなあ。

 ハインツがチラッと俺を見たが、俺はそのような趣味など無いので知らぬ振りをする。


 少しすれば、旅立ちの時である。

 既に、辺境伯の軍勢は姿が無い。

 みな館に帰っていったのだろう。


 俺たちがいなくなってしまった事について、辺境伯は上手く上へ報告するだろう。


「それじゃ、行こっか!」


 苛烈な旅の中にあっても、汚れ一つつかないピンクのスリッパを履いたリュカが、元気に声を張り上げる。


「うむ」


 俺は頷いた。

 東へ向かう旅を再開するのである。

 今度は、厄介ごとに巻き込まれないとありがたいのだが。



 ──灰色の剣士編・了  ……精霊の守り手編へ

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