第26話 熟練度カンストのボトラー4
「てめえ、どうやって抜け出した!? いや、それ以前にあれだけいた分体と戦い続けたってのかよ……!?」
「うむ」
いきなりずんぐりした男がまくし立ててきたので、俺は重々しく頷いた。
「惰性で長時間戦い続けるのは得意なのだ」
「なっ」
そいつは絶句したようだった。
そもそも、トイレにも立たぬ廃人たるもの、ボトルを股間に押し当てながら、いつ終わるとも知れぬ戦いを繰り広げるなど日常茶飯事である。
昨今のボトラー事情に合わせ、VRディスプレイ対応型の片手用コントローラーも発売されている。
俺も愛用していたものだ。
片手が空くので、ボトルの用意などが容易なのである。
おっ、用意と容易でかかったな。上手い。
「ユーマぁー!!」
懐かしい声がする。
振り返ると、よたよたと駆け寄ってくるリュカの姿。
おお、今朝会っているはずだというのに懐かしい。
リュカよ、俺は帰ってきたぞ!
今はとにかく、何か飯を食いたい。
だが、あれである。
俺を求める女子を抱きとめるだけのパワーは残っているぜハニー。
「死ね、灰色の剣士!! 神敵必殺!」
「うわあ、邪魔だなあ」
何やら後ろから、びゅうっと走ってきたのっぽが殴りかかってきたので、後ろ手に抜いたバルゴーンで迎撃する。
今のバルゴーンは、取り回しがし易い小剣型である。
こいつは状況に応じて、俺の使いやすように形状を変えることが出来るのだ。
むしろ、それがこの剣の本来の能力だ。他は壊れにくいだけで、普通の剣と大差無い。
というわけで、もっとも手近な相手の腕をポンッと切り落としてやった。
「ぐわああああ! わ、私の腕がああああ!!」
「ウィクサール!! 野郎、振り返りもしないでウィクサールをあしらうだと!?」
俺は片腕で、ふらふらっと倒れ込んできたリュカを抱きとめると、ちょっと重みでよろけた。
うむ、俺も大概体力的には参っているな。
振り返ると、切り離された腕を持って、ノッポが撤退するところだ。
駆け寄ったずんぐりが何か唱えると、のっぽの腕を切り口に押し当てた。
繋がった。
なんであろうか、あれは。
「ふう……切り口が尖すぎるお陰で助かったぜ。だが、ウィクサール、この場は退け」
「ドットリオ! 奴は神に仇成す敵! この機会を逃しては……!!」
「だから、俺がやるんだよ。責任って奴だ。お前はまた機会を伺え」
ずんぐりが出てきた。
思えば、こいつが来たせいで、俺とリュカは町でののんびりライフを満喫出来なくなったのである。
ということは、こいつは俺とリュカにとってのある意味仇である。
「邪魔をするな。俺たちは東へ行きたいだけだ」
「東方だと!? ラグナもザクサーンも届かない魔境じゃねえか……! そんな所に逃げられたら、見つけ出すのも一苦労だぜ……!」
ずんぐりが、黒いローブめいた服の前を開く。
そこからギラギラと、無数のナイフがぶら下がる。
全てが紐で繋がっているのだ。
「俺は司祭としては不良もいいところだが、一応は神を信じてもいてな。何より、神を信じれば大多数の人間は幸福に暮らせる。機嫌を損ねりゃ災害を起こして、人をあっけなく殺しちまう精霊なんかとは違うんだよ。人間は皆、神を信じるべきだ」
「思想は他人の自由だろう」
「自由にさせちゃいけねえ奴がいるだろうが! どれだけ俺たち人間は、精霊どもに弄ばれてきたと思っている! その女をなあ! 放ったままにしていたら、いつまでも俺たち人間の時代は来ねえんだよ! そいつは、古い時代の象徴なんだ!! ここで殺さなきゃ駄目なんだよ!!」
「そんな事は知らん」
ヒートアップするずんぐりを前に、俺はリュカから離れる。
「人を、原始の頃に巻き戻すつもりか……!! お前は本当に、神敵なのかっ……!!」
「お前の言う事は理解した」
俺はリュカに視線を送る。
彼女も視線を繰り返してくる。そこには俺への信頼を感じる。
「だが、させん」
「灰色の剣士ッ……!!」
ずんぐりの怒号であった。
奴の全身から、銀色の光が放たれる。その全てがナイフだ。
俺はバルゴーンを変化させた。
手の中にある、虹色の刃が質量を増す。
大剣である。
盾のように構えてナイフを防ぎつつ、タイミングを合わせてぐるりと回転させる。
それで、放たれた刃を全て弾き落とした。
さらに俺は、大剣をどっかりと地面に下ろし、引き摺るようにして早足。
ずんぐりの背後からは、複数の聖堂騎士が飛び出してくる。
こいつらの動きがなかなか鋭い。
まあ強いんじゃないだろうか。
繰り出してくる、何本もの槍。その軌道を見切って、穂先の間に踏み込みつつ、俺は大地を踏みしめて回転する。
振り上げられるバルゴーンの刃。
ずんぐりが必死に後退する。
聖堂騎士は残らず、間に合わない。
何人いたかは数えていないが、まとめて上半身と下半身が泣き別れである。
俺は振り切った大剣の勢いに任せ、体をわざと泳がせてやや後方に位置を取る。
そして、幅広な刃を起こすと、そこにまた放たれていたナイフが何本もぶち当たった。
「灰色のっ……」
「戦士ユーマだ」
俺は自分の空腹具合から、ガス欠が近いことを察する。
VRディスプレイでゲームをしているのではない、実戦なのだ。エネルギーの消費量が違う。
勝負を決めるため、俺は動いた。
大剣を変化させ、再び小剣に。
刀身が小さくなって視界が広がると同時に、ずんぐり目掛けて踏み込む。
「しっ、ねえぇぇ!!」
ずんぐりが頭上にナイフを投げようとした。
知っている。
雨のように、空からナイフを降り注がせる技である。
それは見た。
既にずんぐりが挙動に入ると同時、俺も手にしていたものを思い切り放り投げる。
たっぷりと詰まった水袋である。
「なにっ、水!?」
投げられたナイフが、水袋に突き刺さる。
その瞬間、詰め込まれた俺の、金色のサムシングが噴出した。
「ぐっ、ぐわあああああ!? こ、これはあああ!!」
俺は間合いを詰めていく。
なに、この臭気には慣れている。親や市役所の方から来た連中との戦いで、幾度もばら撒いてきた臭いだ。
「てっ、てめえ、あの戦いの中で小便をしてやがったのかっ……!! ど、どこまで人を馬鹿にした……!」
「俺はボトラーだからな……!」
小剣が、ずんぐりの胸に突き刺さる。そのまま、向かって右へ抜いた。
筋肉の方向や、骨、あるいは心臓が切っ先の動く途上にあっても、バルゴーンは物ともしない。
まるでよく煮込まれたすじ肉を裂くように、ずんぐりの胸は鋭く切り裂かれた。
「ドッ、ドットリオォォォォ!!」
ずんぐりは何も答えられない。
そりゃそうだろう。心臓を破壊されている。
奴は俺を怒りの形相で睨み付けた顔のまま、後ろへぶっ倒れた。
地面に、黒いものが広がる。
すっかり周囲が暗いから分からんが、血だろう。
ずんぐりは死んだ。
なんか、ノッポがだばーっと涙を流して狂乱している。
俺に向かって曲がった棒を構えて、今にも殴りかかろうとしてくる。
やれやれ、と思いつつ、俺はノッポ目掛けて刃を走らせた。
その時だ。
俺とノッポの間。
ちょうど、エルフェンバイン軍とディアマンテ軍を分けるように、光の壁が現れた。
俺の剣は、それに弾かれる。
むう、腹が減って力が出ない。
『退却せよ! 早急に退却せよ! これは命令である!』
頭上から降り注ぐ声。
見上げると、そこにはでかい顔。
金髪を肩のところで切った男の顔で、割とイケメンであろう。
この髪型、海外の坊さんヘアだな。
「フッ、フランチェスコ様ぁぁぁ!?」
『教皇聖下、並びに皇帝陛下からの勅命である。エルフェンバインは同じ神を奉じる友邦。剣を向けることまかりならぬ。早急に剣を収め、争いを止めよ』
「し、しかしドットリオが……」
『勅命である』
フランチェスコとやらはそう口にすると、頭上で大きく手を振りかぶった。
直後、光はディアマンテ目掛けて後退して行く。
軍人連中も光に押されて、国境まで押し戻されていっているようだ。
頭上にあるフランチェスコの姿。
あれは立体映像だろうな。
この世界にもあるんだな、VR。
奴は最後に、俺をジロリと見た。
『如何に汝が拒もうと、抗おうと、神の御世は必ず来る。神が愛した人の子が創る、新たなる時代が。汝等に、先は無い』
「ほうほう」
もう、腹が減ってどうでもよくて、俺はぞんざいな相槌を打った。
「ユーマ、あーん」
リュカが後ろからやって来て、何かを差し出した。
あーんと口を開ける。
放り込まれたものを咀嚼すると、なんとも懐かしい、青臭い味がするではないか。
うわあ、あの木の実か。
そんな事をしている間に、フランチェスコとか言う奴の姿は消えていた。
そこは既に戦場ではない。
あちこち死屍累々だが、完全に戦場跡になっていた。
俺はようやく、その場所に座り込んだ。
「あー……疲れた……」
「うん、疲れたねえ……」
背中にもたれてくる重みはリュカであろう。
彼女も木の実を口にしているようだったが、食い気よりも眠気。
言葉尻が眠そうで仕方ない。
とりあえず、さっさと帰ってひとっ風呂浴びたいところである。
未だ、誰もが突然の終戦に戸惑っているであろう中、俺はそう思うのであった。
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