第20話 熟練度カンストの招致人2
馬の後ろというものは、大変に揺られて、尻が痛い。
俺が振り落とされぬようにしがみつく対象は、甲冑を着込んだ巨漢である。
リュカが辺境伯の館へ招かれ、置いていかれた俺だったが、このダミアンという騎士の従者に実力を認められ、連れて行ってもらえることになった。
だが、この男は馬の操作が実に荒っぽい。
「おうい、ユーマ、しっかりと掴まっているか!?」
「う、うーい」
俺は食いしばった歯の隙間から、声を漏らすので精一杯だ。
これは絶対、喋ったら舌を噛む。
それに、俺は自慢ではないが体力にはあまり自信が無いのだ。
リュカとの旅で随分鍛えられたとは思うが、所詮は現代人の感覚で言う鍛えられた、である。
ナチュラルに馬を乗り回し、荒地を走破したり甲冑を着込んだまま歩き回るこの世界の男ども基準で考えてはいけない。
だが、ダミアンのこの鎧、これでも一応普段用の軽装なのだそうだ。
戦争となった時、一体どれほどの重武装になるというのか。
それはそれで、想像するとワクワクするのは男の子のサガである。
「今しばし待てい! 館までは遠いが、ベルンハルト様には追いつけるだろう!」
ベルンハルトというのは、このダミアンが仕える騎士の名だ。
即座に変装したリュカの身分を見破ったらしい彼は、なかなか凄い奴ではないかと俺は睨んでいる。
そんな事を考えていると、ダミアンの言葉通り、すぐに前方に馬が見えてきた……らしい。
俺は必死にしがみつくばかりで、前を見る余裕など無い。
でかい背中が視界いっぱいに広がるばかりである。
「ベルンハルト様ーっ!!」
「おお? ダミアン、終わったのか?」
「はっ!」
ダミアンがベルンハルトから、少し遅れた位置に馬を止める。
彼は真っ先に馬から下りると、跪いた。
「このダミアン、かの若者の実力を確かめて参りました! こやつの実力、本物かと!」
「ほう。……どうも、馬から下りられずにいるようだが」
馬って高い。
これは下りたら怪我をするのではあるまいか。
いやいや、ここは決意を固めて、ええい、ままよ!
俺は飛び降りた。
そしてぺしゃっとこけた。
「うわー」
「今の声はユーマ?」
傍らにあった、大きな岩の影からリュカがひょこっと顔を出す。
「よ、よー」
俺は彼女に手を振った。
ずっと馬に揺られていたからか、鞍が当たって痺れていたせいか、どうも体の自由が利かない。
リュカは……ふむ、あの気配。トイレだったな。
「本当に来た! ユーマ!」
不安げだった表情がパッと明るくなる。
彼女は、ベルンハルトの他の従者の横をすり抜けると、
「あ、こらっ」
俺のところまで駆けてきて、転がっている俺を上からむぎゅっと押さえつけた。
「もーっ、もう、もう、すごく、ごわがっだーっ!」
不安だったのだろう。そして俺を見て安堵したわけだ。それは分かったから、上からぎゅうぎゅう押すのはおやめなさいリュカさん。あんこが出る。
で、リュカの後ろから慌てて取り押さえようと、従者たちがやって来る。
これを、ベルンハルトは手で制した。
「ふむ、私の目にはまだ、彼の実力とやらがよく分からんのだが……ダミアンが言うならば間違いは無いのだろう。それに、彼は我々に敵対する様子も無いようだ」
「はっ」
「丁重に扱え。辺境伯の元へお連れするまで、彼らは客人だ」
ということで。
俺たちは再び馬上の人となった。
互いに馬には乗れないからな。
ベルンハルトの馬と、ダミアンの馬に分乗することになった。
今度は速度は出さず、ぱっかぽっことのんびり行く。
ダミアンを除く従者たちは、なんでこんな男が、と大変懐疑的な目で俺を見ていらっしゃる。
気持ちは分かる。
この後、野宿で一泊。
従者とお付きの連中も入れると、十人を超える。
プラス、俺とリュカ。
さすがに青天井というわけにもいかないようで、ベルンハルト用にテントが建てられた。
後は、ベルンハルトの言いつけでリュカ用のテントである。
リュカ!
女子扱いされているぞ!
良かったな。
「ユーマも泊めていいですか」
「男女が同じテントに泊まるのは……。君たちは夫婦なのか?」
「違います」
きっぱりと否定しやがった。
まあ良かろう。これで肯定などされたら、俺はきっとトキメキで死ぬ。
結局、結婚も婚約もしていない男女が同じテントに泊まるのはいかんというベルンハルトのお達しで、俺はリュカのテントの前でごろ寝することになった。
「飯だぞ」
お付きの一人が、俺とリュカに食事を持って来た。
おお、これは保存食を湯で戻したやつか。
シチューによく似ている。これを木の匙で頂く。
「う、うめえ!」
「おおいしぃぃー!」
俺とリュカ、感激。
塩味がちょっときついが、とろみのあるスープと湯で戻されたたっぷりの具材は美味いな!
俺たちはどうやら貧乏舌らしく、人里の食事ならば何を食っても大体美味い。この食事など、ちょっとしたご馳走だぞ。
「そんなに感激されるとは思ってもいなかった……。お前ら案外苦労してるんだなあ」
お付きに同情されてしまった。
初めは俺とリュカを警戒していた彼らだったが、どう見ても全く危険そうに見えない俺たちの姿に、すっかり毒気を抜かれた印象だった。
俺に至っては利発そうにも見えまい。
自分で言っていてちょっと情けない話ではある。だが、この世界において見た目で侮られる事は、武器になる事もあるように思うのだ。
飯を食い終わると、お付きが椀と匙を回収して行った。
入れ替わりでやって来たのはダミアンだ。
「おう、戦士ユーマ! 飯は美味かったか! わっはっは!」
「美味かった……」
「おお、そうか! 保存食を美味しく食べられるというのは才能だぞ? 案外戦争になっても、お前は困らんかも知れんな」
貧乏舌は才能だった……?
「ユーマ、この人?」
「うむ。俺を連れて来てくれたダミアンだ。俺の剣の腕を認めたそうだ」
「よろしくな!」
「よ、よろしくお願いします」
ダミアンは体も大きければ声も大きい。
リュカは圧倒された様子である。
「これからな、お主たちはヴァイデンフェラー辺境伯の元へ行くことになる。知っているか?」
「知っていない」
俺の返答に、ダミアンはうむうむと頷く。
いきなり問いかけられて、慌てて鸚鵡返しに答えただけなのだが。まあ、知らないのは本当である。
「ヴァイデンフェラー辺境伯は、ディアマンテ国境の守りを任された、エルフェンバイン最強の武闘派貴族よ。質実剛健なお方で、人のなりよりも中身を見る。だが単純なお方ではないぞ。魔窟と言われた首都の政争を経験してもおられる。国王陛下とのパイプもあるそうだからな。とにかく凄い方なのだ」
「ほうほう」
「ほへー」
俺とリュカが間抜けな反応を返しても、気を悪くしないダミアン。
「うむ。ということで、明日には到着するが、お主たちは礼というものをあまり知らんだろう。ならば、変に気取らず、お主たちなりに辺境伯へ敬意を示すがいい」
なるほど、分かり易い。
ダミアンはこの忠告に来てくれたというわけだ。
ありがたやありがたや。
「まあ、これはベルンハルト様からの入れ知恵なのだがな」
なんだ、あの騎士の気遣いか。
「それと、館にはお主たちをよく思わん輩も多くいよう。戦士ユーマ、お主の力を振るう機会も必ず来るぞ」
「ふーむ」
何やらよく分からんが、そう言う事になってしまったらしい。
で、あれば、忠告はありがたく頂いておこう。
辺境伯とやらとのやり取りは、概ね騎士やダミアンにお任せすればよかろう。多分。
「大丈夫。ユーマは強いんだから」
「うむ。戦士ユーマは強い」
おっ、リュカとダミアンが俺をリスペクトしている。
背中がむずがゆくなるな。
かくして翌日。
昼を過ぎた頃に、館に到着した。
なるほど、これは館である。
城ではない。
かなりの大きさがあり、塀で囲まれた中には、町のようなものまである。
この館一つで、小さな都市としての機能を有しているようだった。
従者を伴った騎士が帰ってくると、注目は彼に集まる。
そして、彼が後ろに乗せているリュカに集まる。
さぞや、居心地が悪かろう。
俺はあれだ。
この間布屋で買った灰色の布を被って、連行される容疑者状態である。
「戦士ユーマ、何故隠れるのだ?」
「人の目が苦手なんだ……」
好奇の視線に晒されるというのは、なかなかにプレッシャーを感じるものである。
馬は館の入り口に到着し、そこでようやく下馬を許される。
いやあ、鞍が擦れて股間が痛いこと痛いこと。
俺は二度と馬には乗らんぞ。
そして着いたはいいが、騎士がリュカを会わせようとしていた辺境伯。
首都から使者が来ているとかで、俺たちはそのまま夕方まで待たされた。
通されたのは、木造のやたら豪華な一室だ。
館は一見すると、石造りに見える。
だが、近づくと分かるのだが、これは木造の建屋と古い石造りの建屋、そしてセラミックの新しい建屋を繋いだものなのだ。
俺たちが待機しているのは、比較的新しい木造の屋敷の中である。
石造りは兵舎や厩舎、セラミックの方は辺境伯の家や執務室があるのだとか。
「よし、通せ」
おっ、ようやく出番かな。
すっかり退屈し、出されるお茶を何杯もお代わりし、付いてくる焼き菓子をたらふく食べて、せっかく広い屋敷の中なのでお貴族様ごっこを始めてついに物語は佳境に……! という感じで割りと退屈を満喫していた俺とリュカ。
お貴族様ごっこを見られた気恥ずかしさを感じつつ、案内されるままに道を進んだ。
木造の廊下が、途中から不思議な材質のものに変わる。
床は木のままなのだが、壁面はセラミックが使われているようだ。
本当になんなんだろうな、これ。セラミックにしては応用でき過ぎじゃないか。
立派な作りの扉が出現する。
その前には、騎士ベルンハルトが立っていた。
俺たちを従えて入室するつもりのようだ。
「ベルンハルトであります」
「入室を許す」
「はっ」
扉が向こう側から開いていく。
俺の想像では、そこは王宮の謁見の間的な空間であるはずだった。
だが、そこは何のことは無い。
だだっ広いが、床には絨毯が敷かれ、数々の調度品が壁際に置かれた一室である。いわゆる執務室というやつだ。
最も奥まった窓際には、豪華な机がある。
そこに座しているのが、どうやら辺境伯らしい。
彼を守るように、両側にはずらりと騎士が並んでいる。
「風の巫女を連れて参りました」
「ご苦労」
なんですと。
リュカの素性を、そこまで正確に把握していたのか。
リュカも驚き、焼き菓子の粉がついた口元をぽかんと開けている。
「わが国が風の巫女を確保できたという事は、彼奴ら狂信者どもに対して、大きな切り札となりえる事だろう。貴様の貢献、真に大義である。後ほど褒賞を与えよう」
「ありがたき幸せにございます」
そしてまあ、俺もぽかんとした。
そいつは、目の前にいる辺境伯が思ったよりも可愛い声をしていたからであり、辺境伯の背丈が俺よりも少し低いくらいだったからでもあり、顔立ちが大変な美形であったからでもある。
つまりだ。
ヴァイデンフェラー辺境伯は、女だったのだ……!
「……それで、先ほどから私の顔を見て呆けている、あの小男は何者だ……?」
うーむ。
ああいう自己主張が強そうな美女は、苦手だ。
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