第19話 熟練度カンストの招致人

「ありゃなんだ」


 俺は思わず呟いていた。

 それだけ、目の前に現れた連中が俺の常識を超えていたという事であろう。


 この世界は、俺が意識する限りはファンタジー世界だ。

 俺が遊んでいたゲーム、ジ・アライメントの世界に非常によく似ている、中世ヨーロッパ風世界、と言ってもいいかもしれない。


 魔女狩りとかやってた連中の格好は、もうちょっと先進的だった気もするが。

 なので、俺の中で、この世界の文明は中世ヨーロッパくらい、というイメージで固まっていたのだ。

 だが。


「知らないのも無理はないな。あれは、ヴァイデンフェラー辺境伯の騎士団だぜ」


 いやハインツ。

 騎士だってのは分かる。

 だがちょっと待って欲しいのだ。


 騎士の鎧というのは、あんな風に白を基調としていて、鮮やかな色の縁取りがあって、てかてかと明らかに金属ではない光沢を放つものなんだろうか。

 それに、いかにも重武装だというのに、連中の動きは軽やかである。


 馬にまで同じような甲冑を着せているというのに、馬もさしたる重量物を載せていないかのように、軽快に歩いてくる。

 俺はこの違和感を説明できないでいる。


 俺の語彙から、これを表現する言葉が出てこないのだ。

 どうにか説明しようとしても、喉の奥でつっかえたようになる。


「変な鎧だねえ。なんだか、すっごく軽いみたい。紙の鎧を着てるみたいな」


「そう、それ」


 リュカが端的に俺が思っている事を言ってくれた。

 これには、ハインツもなるほど、と得心した顔である。


「ああ、あの鎧はな、首都エルデで作られたケラミスアーマーだ。鉄よりも頑丈で、しかも重さは半分も無いんだぞ」


 ケラミスってのは、ドイツ語でセラミックのことだったはず。つまり、セラミックの鎧ということになる。

 なんだそれは。中世ヨーロッパの文明レベルじゃなかったのか。


「何しに来たんだろう」


「そりゃあ、巡礼者大量死事件の調査だろうな。後ろに文官みたいな奴を連れているだろ。あいつが辺境伯お抱えの学者だ。色々と幅広い知識があるらしいぞ」


 おお、検死官みたいな奴なんだな。

 くるりんとした口ひげを生やした、洒脱な山高帽の男が騎士たちに守られるようにしてやってくる。


「やあ、ヴァイスシュタットの人々よ。町長はどこかね」


 先頭にいた騎士がやってきて、ハインツに気軽に声を掛けた。

 馬上からだが、上から目線というわけではなく、ごくフランクである。


「おう、町長なら屋敷にいなければ、市場じゃありませんかね」

「そうか、ありがとう」


 人間が出来た騎士である。

 大変感じが悪かったディアマンテの司祭どもとは大違いだな。


 騎士は居並ぶ町の人々に向かって、手を挙げて挨拶をした。

 視線がぐるりと巡り、俺とリュカに留まる。


「おや、彼らはこの町の人間ではないな。旅人か?」

「ええ、まあ」


 ハインツが言葉を濁す。

 そうだよな。俺たちを上手く説明する言葉は余り無いだろう。


「ふむ……そこの娘、髪を染めているな?」


「あ、は、はいぃ」


 おっ、リュカが挙動不審になっている。

 騎士は彼女の髪の色が不自然である事にすぐ気付いたようだ。

 それだけではなく、


「もみ上げの髪の色が違うな……。銀色? 虹色……! ふむ」


 ハンスやクラーラ、ハインツの顔がひきつる。

 気付かれた! っていう顔である。分かり易過ぎる。


「その娘を参考人として、辺境伯の館へ招きたいがよろしいか」

「あ、いや、それは……」


 断る理由を探し出せないハンス。

 クラーラもおろおろしている。フランクとは言え騎士だからな。地位としては彼らよりも随分上だろう。


 リュカは彼らに、心配ないよ、という風に手振りをしてみせる。

 健気な娘である。


「分かりました。行きます」


 多分こうやって、自分を犠牲にして場を収めるということに抵抗が無いのだろう。

 魔女として火刑にかけられていた時に、落ち着いているようだったリュカである。

 彼女はきっと、自分が辛いことより、親しい人たちが苦しむことを嫌がる。


 それでまた、ハンスたちもお人よしなのである。

 そのような罪悪感に満ちた目でこちらを見なくてもよろしい。


 騎士が、リュカに後ろに乗るように示す。

 手を差し出し、リュカがそれに従った。

 なので、俺も自然と前に出る。


 俺は元来、空気を読むのが苦手だ。

 こういう、どうしよう、的な空気が漂っていても、それを読むことをしないのが俺である。


「俺はどこに乗れば」


 騎士がビクッとした。

 石のように黙っていた俺の存在を、半ば意識の外に置いていたのだろう。


「お前は、なんだ……?」


「リュカを守る戦士だ」


 言葉は、端的に分かり易く。

 俺は会話において、言葉を飾るようなセンスが無い。


 だから一言で述べた。


 ハンスたち、ヴァイスシュタットの連中が激震する。


「ユーマ、お前戦士だったのか……!?」

「やだ、似てない弟だと思ってた!」

「だけどちょっとかっこよかったぞ」

「昔はハンスもあれくらいかっこいいことを言ってたのよ」


 カミラ、どさくさに紛れて惚気るんじゃない。

 俺の言葉を受けて、騎士はフーム、と考え込んだ。


 俺の身なりは、どこからどう見ても貧相な皿洗いの男である。

 戦士などには見えまい。


「この娘を守りたいのは分かるが、無関係な者を連れて行くわけにはいかん」


「関係者だ」


 ノーウェイトで答えた。


 俺は退かない。

 基本的に退き時というものを知らん。


 ヴァイスシュタットの連中がどよめく。

 空気読め! とか、騎士に向かっていい度胸すぎるだろう! という声。


 おっ、騎士も困った顔をしている。

 こんな対応をされたことが無いのだろう。

 そこへ、従者らしきでかい男がやってきた。


「ベルンハルト様。このような男の戯言に関わっている暇が惜しいですぞ。ここは、この勇敢だが身の程知らずな若者に現実を教えてやればよろしい。どうか、このダミアンに一任していただけまいか」

「うむ、いいだろう。では、我らは先に行く」


「ユーマ!」


 馬が走り出す。

 リュカが俺を振り返っている。


 彼女は騎士の後ろに乗っていて、飛び降りると怪我をしてしまいそうだ。

 俺は、そのままでいいとジェスチャーする。


「すぐに行く!」


 それだけを告げた。

 というか他に何を言えばいいのだ。

 だが、この俺の仕草にダミアンという巨漢の従者、えらく感じ入ったようであった。


「おう、小僧、お主なかなか男だな。俺はお主のような勇敢な男は好きだぞ。だがな、事は急を要するのだ。エドヴィン先生が死体を検分している間に、ベルンハルト様は成さねばならぬ事がある。その邪魔立てはさせられんのだ」


 エドヴィンというのが、あの学者の名前なのだろう。

 気付けばもう姿が消えている。


「だが、ただ同行はならぬと伝えたところで、お主は納得するまい。故にこのダミアン、条件を一つつけてやろう。これをこなせば、お主をあの娘の下に連れて行ってやる」


「ふむ、条件とは」


「俺を倒して見せよ」


「良かろう」


「わっはっは、ちと無理な条件だったかな、お主のような小兵がこの俺を……って、なに!? やるのか!?」


「約束をしたからな」


「おお……!」


 うお。

 何を目を潤ませているのだダミアン。


「お主は男だなあ」


 俺は、俺を必要とした人間を裏切らない主義なだけだ。


 ダミアンが、俺に向かって得物を放ってくる。

 ショートソードか。

 確かに、ロングソードは俺の体格では持て余すように見えるだろう。


「これを使え。そして、俺に一太刀浴びせて見せよ。そうすればお前を一人前の男と認めて、このダミアンが従者の誇りに掛けて連れて行ってやる」


「おう」


 俺はショートソードを手にする。

 鞘から抜くと、分厚い刃が露になった。見た目よりも軽い。


 これもセラミックの剣というわけか。

 ということは、金属の重さで相手にダメージを与えるのではなく、鋭さで切り裂く事を重視している可能性がある。


 注意せねばな。俺もダミアンは、嫌いじゃないタイプだ。

 斬りたくは無い。


「お……。お前、剣を抜いた途端に雰囲気が変わったな……?」


 ダミアン、油断無く構える。

 こいつも、俺と同じショートソードを構える。

 条件をフェアにする辺りは大変紳士的である。だが、俺に対して気を抜くつもりは一切無いと来た。


「ユーマ! 無茶をするなー!」

「殺されちまうぞー!」

「やめてー!」

「ハンスも昔はあれくらいの男気を……」


 むしろ心配して絶叫しているのはハンスファミリーである。

 俺は彼らをBGMに、無造作に歩みを進めた。


「いい気迫だ。だが、戦とは気迫だけでやるものではないぞ! 気ばかりでなく、肉体も、技も使う! 俺のような大きい相手は、それだけでお前の脅威になるぞ! それっ!」


 ダミアン、踏み出しながら容赦なく打ちかかってくる。

 おお、剣の腹を俺に叩きつけるのか。優しい奴だ。


 では、俺はそれに対して技で返礼しよう。

 俺はダミアンの剣に、こちらからも剣の腹を叩き付ける。

 握りは軽く。インパクトの瞬間に力を加減し、剣と剣の衝撃が、刃にのみ行き渡るように……。


「おおおっ!?」

「おおーっ!?」


 俺を除く誰もが、驚きの声をあげる。

 恐らくは、かなりの剛性を持っているであろう、セラミックの剣が粉々に砕け散ったのだ。


 それも、二本同時に。

 澄んだ高い音色が周囲に鳴り響く。


「ケッ……ケラミスの剣が砕けた……! 鋼より強い強化ケラミスで作られているのだぞ……!?」


 驚きに呻くダミアン。

 俺が見るところ、この男は無能ではない。


 むしろ、腕前に自信がある方だろう。だからこそ、見誤る事は無い。

 これが、偶然起こった出来事だとは考えないのだ。


「お……お主、狙ったな……!? ケラミスの剣を、恐らくは初めて手にして、この剣の特性を見抜いて双方を砕いた……!」


「うむ」


 俺は認めた。

 ダミアンの顔が驚愕に彩られ、すぐに笑顔に変わった。


「す、凄いなお前!! ただの一合の打ち合いであったが、このダミアンの目はガラス玉ではないぞ。お主が並ならぬ腕を持っていることが分かった。間違いない! 間違いなく、お主は戦士だ! お主、お主……」

「こいつはユーマだよ」

「おお! ユーマ! 戦士ユーマ! 俺は約束は違えんぞ! お主をベルンハルト様のところに連れて行ってやろう! いや、辺境伯ですらお主に会いたがるに違いない! おおー!! 楽しみになってきたぞ!」


 何やら一人で盛り上がり始めたぞ。

 ダミアン以外にも、辺境伯の手勢らしい兵士がいるのだが、彼らは状況が理解できないようで首をかしげている。

 だが、ダミアンに馬を用意するように言われると、キビキビと動き出した。


 えっ。

 馬に乗るの。


 わっ、大きい。

 わっ、鼻息すごい。

 超怖いんだけど。


「おっ、なんだ、お主は馬に乗れぬのか。いいぞいいぞ。男には一つくらい欠点があった方が良いものよ。このダミアンが後ろに乗せてやろう!」


 俺はひょい、とダミアンに摘み上げられ、馬の尻に乗った。

 かくして……俺の初めてのニケツの相手は、むくつけき巨漢となったのだった。

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