第18話 熟練度カンストの傍観者
俺たちは早速決断し、ハンスの店まで行き、事情をかいつまんで話した。
具体的には、俺たちはラグナ教徒といざこざを持っており、彼らが来た以上はここにいられないということである。
言ってしまえば、ハンス一家もラグナ教徒である。
この周辺の国々は、ラグナ教一色に染まっているらしい。
その総本山がディアマンテ帝国であり、各地方にその国家の本教会が存在している。
分派というわけだ。
で、分派は必ずしも総本山に従うわけではない。
現に、ディアマンテと国境を隣接するエルフェンバインは、強固な城壁で自由な行き来が出来ないように妨げている。
だから、あの程度のラグナ教徒しかこちらにやってこれていないのだ。
「うーむ、事情があるんだとは思っていたが、案外面倒くさい事になっていたんだなあ……」
ハンスが唸った。
「ええっ……リュカ、まだ子供なのに、そんな大変な目に……!」
クラーラが目を潤ませて、むぎゅっとリュカを抱きしめる。
ほう、目の保養になりますな。
見れば、ハインツも同じ顔をしてそれを眺めている。
この男と俺は、もしや魂でつながっているかも知れぬ。
さて、そんな話を店先でやっていると、いつもの常連が集まってくるではないか。
「どうしたどうした」
「もう営業時間なんじゃねえのか」
「ビールくれー」
「おいおい、待て待てお前ら。今家族会議の真っ最中なんだ」
ハンスが彼らをなだめた。
「家族会議だと?」
「どうしたどうした」
「ビールー!」
「もしやクラーラちゃんが嫁に行くのか? どこの馬の骨だ、ぶん殴ってやる」
「お前もう酔っ払ってんのか」
どんどん増えてきやがったぞ。
「まあいいや。入れ入れ。酒も料理も出してやるから」
ハンスに招かれて、男どもはドヤドヤと店に入ってきた。
「奢りか?」
「馬鹿言え。金は払え」
「ちぇっ」
しっかりしている。
ということで、渦中であるはずの俺は何故か配膳と盛り付けに回り、ハインツがせっせと料理をし始めた。
「何故俺たちが蚊帳の外に……! いや、ユーマ、なんでお前は甲斐甲斐しく皿を運ぶ役割をやってるんだ」
「さあ……」
あっという間に役割が決定されていた。
男どもの中で、クラーラと並んで座るリュカである。
遠い。
果てしなく遠い。
何を話してるんだ。
「さあさああんたたち! 無駄話をしてないでさっさと働いた働いた」
「ういー」
おかみさんであるカミラが、俺たちをせっつく。
何やら、大の男たちが親身になってリュカの話を聞いているなあ、などと思いながら、俺は仕事を続けるのである。
「ほええ、リュカちゃんは、古い神様の巫女様だったのかい!」
「古い神様は、爺さんの爺さんくらいの年で、みんないなくなってしまっと思ったんだがなあ」
「俺、ガキの頃に寝物語で聞かされたなあ。エルフェンバインには、土の神様がいるんだと。ディアマンテは風の神様で、アルマースには火の神様。海の向こうのネフリティス王国には、水の神様がいるんだと」
「ほー! お前物知りだなあ」
「死んだママが色々知っててさあ」
何やらしんみりしてきたな。
普段の酒場とは雰囲気も違う。
「男ってのはな、たまにセンチメンタルになるもんなんだよ」
「なるほど……」
ハインツの言葉に頷く。
この男の言葉は一々クサイのだが、厨二から抜け出す前に社会からドロップ・アウトした俺のハートには、よく響く。
「ってことは、だ」
「リュカちゃんは、伝説の風の神様の巫女か……!!」
「うおおお、お伽噺の中の人物じゃないか!」
「盛り上がってまいりました」
本当に盛り上がってきたぞ。
なんだなんだ。
「酒が回って来たんだろう」
「なるほど……」
「おーい、酒が切れたぞ! ビールばんばん持って来い!」
「うい」
俺は必死にジョッキを受け取り、ビールを注ぐ。
最初は慣れない動作で、溢してしまうこともあったが、数えるのも嫌になるくらい繰り返せば身についてくる。
ほう、このタイミングか……!!
俺は、陶器のジョッキでビールを注ぐやり方をマスターしつつあるぞ。
こうして、酒場がいつにない、謎の盛り上がりを見せているとだ。
「おーい、大変だ!!」
飛び込んできた男がいる。
そいつは汗だくで、全力疾走してきたらしく、膝をついてぜいぜい言っている。
俺はどうしよう、という目でハインツを見た。
「ビールを呑ませてやろう。もちろん、金は取る」
「うい」
俺は溢さないようによちよち歩いていき、ビールを無言で差し出した。
こういう時、なんて言えばいいか分からないの。
「おお、す、すまんな! んっ、んっ、んっ……! ぶはぁっ、生き返るーっ!!」
ビールはそんなの美味いものなのか……。
「いや、それどころじゃない。みんな、大変だ! 町の外れに、山ほどの死体だ! ラグナ教団の連中が、バラバラになって死んでやがる!! ありゃやべえぞ! とんでもない奴がこの辺りをうろついてる!」
「なんだって!」
「バラバラとはエグいことをしやがる」
「だが、ラグナの連中、自国で魔女狩りとかメチャクチャやってるらしいじゃねえか」
「おう、ならこれこそ天罰だな」
「わっはっは、上手いこと言いおる」
もう出来上がっている酔っぱらい共である。
だが、この国の男たちは酔っても自分を失わぬらしく、どれだけベロンベロンになってもきちんと己の足で自宅まで帰るのである。
アルコール分解能力が高いのであろう。
振り返ると、リュカが何か言いたそうな顔をしていた。
俺は、お口チャックの仕草で黙っているように告げる。
リュカは慌てて、自分の口を両手で抑えた。
あれは絶対に、色々話してしまった後だな。
だが、比較的好意的に彼女は受け入れられたようだった。
なんというか、ディアマンテ帝国はラグナ教原理主義的なところがあったからな。
俺が知るかぎり、この世界の一神教は多神教を駆逐して、多神教の神々を悪魔に貶めることで神の威光を守っている宗教である。
リュカの一族が信じていた精霊信仰なんて、まんま多神教であろう。
それはもう、滅ぼされる。
信仰の対象が複数いるなんてのは受け入れられないし、自然を信仰するなんてのもありえないのだ。
自然は征服し、克服するもの。
それが彼らのスタイルである。
だが……俺が知るかぎり、ディアマンテは豊かな土地だった。
一神教にすがるばかりでなく、自然を信仰しながらでも暮らしていくことは出来るだろう。
あの狂信的なまでのラグナ教のあり方は、不自然に感じる。
……感じるのだが、俺はそれを説明する言葉を持たないのである。
人前で話すのとか苦手だし。
ということで、ココロの中にスッと仕舞っておく。
結局その日は、一大決心をしていた俺たちだったのだが、何やら有耶無耶のうちに終わってしまった。
「悪いようにはしないからさ。今日は二人で、いつもの屋根裏で寝ておきな」
クラーラに言われて、俺たちは従うことにした。
人の良い彼らと別れることが惜しかったのもあるが、この賄い付きの食生活が、大変魅力的だったからでもある。
案の定、
「朝ごはんに卵!? ひええ、お、おっきい卵だ……!」
リュカが物凄い大きさに目を見開いて、ガクガク震えている。
卵である。
目玉焼きである。
大きさは、鶏卵よりもやや大きい程度。
なかなかのボリュームだと俺も思うが、何故そうまで衝撃をうけるのか。
「ユーマ……! 村じゃ、卵なんて特別なときにしか食べられなかったんだよ……! それが、こんなに大きい卵……! 野鳥のじゃないんですよね?」
「そんなに感激されるとは思わなかったな……。これはな、ヴァイスシュタットでは割りとよく飼われてる、ドンチョウの卵で……」
「はふ~! 白身がぷるぷる……! 黄身がとろとろ……! しあわせ……!」
「むうっ」
俺も一口食って唸りをあげた。
実に久方ぶりの卵だったからというのもある。
日本では珍しくもなくなっている卵だが、やはり長い間粗食をしていると、この完全栄養食品の凄さと言うものを思い知るのだ。
一口ごとに全身に滋養が染み渡るこの感覚……。
俺は無言で、リュカは一口ごとにグルメレポーターのような感想をもらしながら、おかわりまでした。
いやあ……ここに残って良かった。
「二人とも、食べながらでいいから聞いてくれ」
卵を調理し終わったハンスが、どっかりと俺たちの向かいに座る。
「知ってるかもしれんが、エルフェンバインは、ディアマンテとはそう仲が良くなくてな。だが、互いに交易を行っていて、その慣習からこの国境線だけが開放されている」
幸せそうに卵を噛みしめるリュカ。明らかに話を聞いていないようだったので、俺が代わりにふんふんと頷いておいた。
「でな。まあ、向こうから巡礼者がうちを通って金を落としていくし、こちらから商人が向こうに渡る時、うちを通って金を落としていく。こうして、ヴァイスシュタットは栄えてきたわけだ。一応な、この町はエルフェンバインの守りを司る要衝でもある」
クラーラがリュカの顔を拭いている。
黄身でベトベトである。
「だからな、俺たちとしては、いつでもディアマンテとやりあう覚悟はできてる。ってことでだ。身内が二人増えるくらいなら、大したことじゃないってことだ」
「お、それは、つまり」
俺はハッとした。
なんと男気のある男であろうか。
ハンスにちょっと惚れそうだ。
「リュカ、聞いたか」
なので、リュカに同意を求めるような勢いで振り返った。
すると、彼女は難しい顔をしている。
いや、卵があまりに美味しかったせいか、まだちょっと口元は緩んでいる。
「すみません」
彼女の口から出たのは、謝罪の言葉だった。
「私は、東を目指して旅をしないといけないんです」
リュカが話すのは、かなり流暢になったエルフェンバイン語である。
給仕として働いた毎日が、彼女の言語能力を鍛えたのだなあ。
おっと。
私は、と言ったな。
それは、俺を意図的に外したということだ。
ちょっと焦ってリュカを見ると、彼女は少しだけ悲しそうな目をした。
「俺たちは東を目指す、だ」
俺はリュカの言葉を訂正した。
すると、彼女は唇をむにゅむにゅと動かしてから、半泣きのような、笑顔のような、そんな表情を作った。
「おおーっ」
「おおおーっ」
クラーラとハインツが声を出す。
なんだ、その感心したような声は。
ハンスもカミラも、ちょっとびっくりした顔で俺たちを見たが、すぐに笑顔になった。
「そうか。気持ちは硬いのか? だったら、止められないな」
「あと何日かしたら、アルマースへ向かう行商が来るから、混ぜてもらえるように言っておくよ」
おお、そこまで口利きを。
ありがたい。
しかし、思っていたよりもこの町は、物騒な状況下にあったのだな。
町に暮らす人々が、大変マイペースでゆったりと生活していたので、俺はそんな印象を全く抱いていなかった。
ともあれ、あと数日はここで働ける。
働いたら負けという言葉が、ニートたちの間にはある。
だが、俺はここでする労働なら、あとちょっとはやってもいいかなと思えた。
リュカも同じ気持ちのようだった。
だが、そう思っていられたもほんの数日間のことだった。
行商が来るまでの平穏は、不意に破られた。
あのずんぐりが来たわけではない。あいつは恐らく、国境を超えてまたディアマンテへ戻ったんだろう。
来たのは、逆側からだ。
巡礼者の大量死を調べにやって来たのは、この周囲一帯を管理する貴族。
ヴァイデンフェラー辺境伯の手の者だったのだ。
俺とリュカの運命が、またややこしい方向に動き出す。
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