第17話 熟練度カンストの不屈者

「随分と楽しそうにやってるじゃねえか。あれだけの事を、ディアマンテでやっておいて」


「……ユーマ、知り合い……? っていうか、間違いなくあっちの人だよね」


「うむ、予想通りと思ってくれていい」


「おいおい、無視するんじゃねえよ。お前の後ろにいるそいつは、あれか? エルフェンバインの現地人……じゃねえな」


 周囲が俺たちに注目する。

 ずんぐりした男の背後にいた、黒服の連中が身構えている。

 おー、この往来でやる気か。


「おい兄ちゃん、その女をこっちに寄越せば、命だけは助けて……」


 よし、やるか。


「やべ。お前ら、退け」


 突然、ずんぐりが後ろに跳んだ。

 おお、あとちょっとそこにいたら真っ二つであった。こいつは勘がいい。

 俺は腰の所に置いていた手を、戻した。


「だが、覚えたぞ。お前たちがここにいるってことはな」


「お、おいあんたらラグナ教の巡礼者だろ? 他所の国で厄介事を起こす気かよ……!」


 勇気ある商店の住人が声をあげた。

 ずんぐりは、へらへら笑いながら、


「へいへい。下手打ったら戦争だもんな。分かってるってばよ。ったく、ウィクサールを連れてこなかっただけでもありがたく思って欲しいぜ」


 連中は退いていく。

 嫌な笑いをこちらに向けるずんぐり。


「もう、ここにはいられないかな……」


 リュカが悲しそうに呟いた。

 これはいかん。


「リュカ」


 俺は決めた。

 即断即決即実行と言う奴である。


 思えば、俺は引きこもると決めた時も決断が早かった。

 ついつい、カッとなって脊椎反射で動いてしまうとも言えるが、行動は早い方だ。

 例えそれが早とちりであったり、致命的な結果になると分かっていても行動は早い。


 だが今回の場合、この判断は正しい気がする。


「奴らを襲撃しよう」


「えっ」


 俺の決断に、リュカは驚き目を丸くした。

 だが考えてみよう。

 まずいのは、待ちの側に回る事だ。襲撃者を恐れて生活するなど、ストレスフルなことこの上ない。


 ならば、真っ先にやるべきは邪魔者の排除であろう。


「でも、だって……その、なんだか上手く言えないけど……そういうのって、ありなの?」


「うむ。俺たちを狙ってきた連中は、まさかノーウェイトで自分たちが襲撃されるとは思っていないだろう」


「でもでも、仕事に遅れちゃう」


「分かった、じゃあ五分で終わらせる」


「はやい!!」


 そういう事になった。

 得てして、他人を傷つけようとする人間は、自分が逆に害されることを想定していない。


 殴りかかってくる瞬間や、挑発をしている瞬間。

 そういう攻撃的になっている時が、一番脆いのだ。


「お、おいあんたたち」


「この布、ください」


「あ、ああ、いいけど……」


 布を売っている店で、灰色の布を買う。

 あまり目立つ気は無い。リュカと共に、身に纏う。これが結構な出費で、俺の金はほとんど尽きてしまった。

 まあ、仕方あるまい。


「シルフさん、お願い」


 リュカがシルフに呼びかけると、俺達の足音が消えた。

 周囲の人々が、驚いた声をあげた。きょろきょろと見回していて、俺たちを視認できなくなったようである。


「周りの風景を写すようにして、姿も消しているの」


「光学迷彩……! シルフって凄い」


 いざ進んで行こうとすると、風の精霊が、俺達を後押ししてくれる。

 常に追い風になっているようなものだ。


 リュカはサポート系の魔法使いだったのだな。

 町を抜けた辺りで、そこに溜まっているラグナ教徒たちに追いつく。


「……!?」


 ずんぐり、何も聞こえていないし見えていないのだろうが、突然目を見開いて地面に全身を投げ出した。

 いい勘である。


「ドットリオ様、一体何を……うぉっ!?」


 既にバルゴーンは抜き放っている。

 最寄りの一人を斬り捨てた。


「あっ、シルフさんが……!」


 リュカの声の通り、風の乙女たちが血の臭いを嫌って俺から離れていく。

 それが良い。

 そのままいたら、シルフまで斬ってしまいそうだ。


「は、灰色の剣士……!!」

「やはりあの男が……!?」


 連中、どれもが首から下げた聖印のようなものをかざす。


「天に在す我らが神よ!! その御力をここに……!!」


 こいつら全員が、この間の司祭のように、でかい天使を召喚できるようだ。

 わらわらと、天使の群れがそこに出現する。


 だが、ちょっと画像が荒いな。ぶれている。

 俺はすたすたと踏み込みながら、バルゴーンをかざす。


「裁きの光を……」


「言いきる前に攻撃余裕でした」


 詠唱がこの間の司祭より遅い。言葉の最中に剣が天使を両断する。消えていく天使を目隠しにしながら、次なる最寄りの天使に近寄って、上半身を斬り飛ばす。


「おいおいおい……!!」


 ずんぐりが俺に向かってナイフを投げつけてきた。

 いや、これは当たらない軌道だな。

 無視していると案の定、俺の前の足元に刺さる。


「話に聞いていた以上の化け物じゃねえか、灰色の剣士……! 見習いとは言え、執行者が呼び出した分体を雑魚扱いかよ……!」


 言葉でこちらの集中力を削ぐタイプだろうか。

 だが、俺的にはああいう荒っぽい話し方をして威嚇してくる奴は好かんのだ。ということで聞かない。


 それから、投げつけてくるナイフ。

 これは絶対、ゲームだと何かの仕掛けである。

 意識しておこう。


 この天使なら片手間で倒せるし。

 飛んできた天使のビームを、手間を省くために反射する。

 上手いタイミングで刀身に当てて、こう、跳ね上げると角度を狙って反射できるのだ。


 これは、天使を呼び出したラグナ教の連中に当たるように反射するパターン。


「ぐわーっ!?」

「裁きの光が、我らにーっ!!」

「体が、体が燃えるーっ!!」

「い、いかん! 裁きの光を奴に撃つなーっ!!」

「ああーっ、てめえら自爆してんじゃねえ!」


 ずんぐりが怒りの声をあげながら、ナイフを放り投げる。

 また、俺のつま先ギリギリに突き刺さる。

 おっ、そろそろ来そうな気がする。


 俺は身につけた灰色の布を跳ね上げた。広がった布で、一瞬だけ俺の姿が曖昧になるはずだ。


「ちっ!! 初見で気づきやがったか!?」


 降り注ぐのはナイフの雨である。

 こいつ、よく分からん能力の使い手のようだ。

 俺の周囲に突き刺さったナイフに、降り注ぐナイフが当たり、反射する。


 それは、一瞬前まで俺がいた場所目掛けて襲い掛かってくる。

 ナイフによる跳弾の使い手か。

 数が多いだけであれば、どうということはない。


 だが……。


「ふむ……」


 一発を弾くと、次の一発が既に迫っている。

 リズミカルではない。

 だが、確実にこちらの呼吸の間を狙うようにして襲いかかる。それら全てが、目や首、手足の腱といった急所を狙ってきているのが分かる。


 全てが必殺。

 油断できる攻撃ではない。


「これだよこれ」


 俺はバルゴーンを回転させ、足を狙う一撃と首を狙う一撃を弾きながら呟いた。

 手首のひねりで剣を構え直しつつ、その途中の挙動で手首を狙う一撃を弾き落とす。


「技術のぶつかり合いこそが醍醐味だ」


 奴は相当なナイフスキルの持ち主と見た。

 いや、これは現実の世界っぽいから、スキルとかは無いのか。


 おっ、俺の脇からリュカを狙おうとした奴がいて、反射したナイフの射程に割り込んで死んだ。

 バカだなー。

 この範囲は、どこにも通り抜けられる隙間など無いぞ。


「わはは、強化した俺のナイフをここまで防ぎ続けるとか、本当に化け物だなお前! こりゃ、ウィクサールを連れてこなきゃ話にならん! そらよっ!!」


 おっ、ずんぐりがまともにナイフを投げつけてきた。

 俺はこれを切り払い……と思ったがこれはあからさますぎるだろう。ひょいっと身を屈めて回避した。


 すると、ナイフは俺の後ろに着弾し、爆発した。

 ほら、やっぱりな。

 一瞬、俺が爆発に気を取られた隙である。


 ずんぐりは背中を向けて脱兎のごとく逃げ出していた。

 引き際を知っている男である。


 準備が整うまで、当分襲ってこないかもしれない。

 でまあ、引き際を知らん連中もいるわけである。


「くっ、ドットリオ殿が灰色の剣士の足を止めたのだ! 最後は我らが!!」


 何が最後なのか。

 俺はバルゴーンの切っ先を連中に突きつけると、呟いた。


DIEダーイ


 一瞬後は死の荒野。

 いやあ、町の人間に見られていなければいいのだが。


「終わった?」


 リュカがひょこっと顔を出した。

 今までマントにくるまって、半分姿を隠しながらじっとしていたのだ。

 流石に天使を呼び出すラグナ教徒たちの中には、姿を隠しても見つけることが出来る者がいるようだ。


 何人かはリュカを確保に動いていた。

 だが、大半はずんぐりのナイフにフレンドリーファイアで仕留められ、残る僅かな連中も俺が仕留めた。


「一人逃げちゃったねえ」


「うむ。多分準備をしてからやってくる。すぐには来ないと思う」


 手勢を残らず片付けたのだ。

 単身で俺にかかってくるようなタイプでは無いだろう。

 以前に一緒にいた、あのノッポを引き連れて来そうな気がする。


 あのノッポは見境が無さそうだったからな。町を巻き込んで戦いを始めかねない。

 さて、どうしたものだろうか。

 すると、リュカも俺と同じ事を考えていたらしい。


 何かを決断した目をして、口を開いた。


「あのねえ、私は思うんだけど。ちゃんとお話して、酒場のみんなとお別れするべきじゃないかなと」


「ふむむ……。だけど、リュカはあの店で働くの、楽しいんだろう?」


「うん。でもね、きっと私がいたら、また私の村みたいになっちゃう気がして。それはちょっと、いやだなって」


「むむむ」


 なんと心優しい娘であろうか。

 彼女が生まれた村が、ラグナ教徒によって滅ぼされたであろう事は俺にも見当がつく。

 それはトラウマものの出来事であろう。


 リュカは、自分がこの町で安らぎを得るよりも、自分を追ってくるラグナ教徒が、この町をあの村のように変えてしまう事を恐れているのだ。


 そうなれば、俺が彼女を説得する理由もない。

 むしろ、俺にとってのすべての理由は、彼女の中にある。


 思い返せば十日ほど。

 俺の生まれて初めての労働であった。

 終わりがないかのように感じた皿洗い。


 地獄のような水汲み。

 見つからぬよう気配を殺した覗き。

 俺が失った青春の一欠片が、そこにあったような気もする。


 楽しくもあり、寂しくもあり。


「ユーマ?」


 リュカが俺の顔を覗き込んできた。

 俺は難しい顔をして頷くと、


「分かった。では俺もリュカに付き合おう。きちんと話をするとしようじゃないか」


 決断したのである。

 だが、恐らく雇い主に喋るのはリュカの役割であろう。

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