第21話 熟練度カンストの招致人3
「どうした? 私の顔が珍しいか」
「うい……じゃない、ええとその、ゴニョゴニョ」
「おい、この男は何と言っているのだ?」
いきなり俺の言葉の通訳を振られて、ベルンハルトがとても困った顔をした。
彼が、俺とリュカの素性を詳しく、辺境伯へ告げた後の事である。
「ダミアンのお墨付きと言ってもな。あの男、早とちりな所がある。大方、今回も勝手に一人で盛り上がり、この男を連れてきてしまったのだろう」
これがベルンハルトの俺に対するイメージであり、それだけに、辺境伯に対して俺を強くプッシュする理由をもたない。
ところで、一見してリュカよりも幾らか年上というようにしか見えない辺境伯。
そんな彼女が、
俺は再び、まじまじと辺境伯を見てしまう。
「ふむ、私がこのなりで、辺境伯などを勤めている事が疑問か?」
見透かされた。
「うわー、なんだか怖い人だねユーマ」
リュカはリュカで空気が読めていない。風の巫女なのに。
案の定、なかなか怖いもの知らずな発言で、騎士たちがざわざわし始める。
「静まれ。ディアマンテの辺境から出たことも無い田舎の娘であろう。礼儀を知らぬことは特段、珍しくもない」
ぴたりと騎士たちが静かになった。
「そうだな。私が何ゆえ、辺境伯として立場を保っていられるのか。伝えてやっても良いが、貴様がただの小物であれば、それを私が口にする理由にはならん。我がヴァイデンフェラー家として、必要なのは風の巫女だけなのだからな」
「それは困る」
俺はきっぱりと口にした。
「そちらは後から来たのだ。リュカを守るのは俺が先約だ」
「ほう、突然口が回るようになったな。だが、たかが個人が、辺境伯の決定に抗う事は出来んぞ。場合によってはエルフェンバインをも敵に回す事になる。口は慎め」
「誰の決定であろうと」
俺は、久々の長広舌(俺基準)に、ややつっかえながらも、だが一言一言をはっきりと発する。
「俺が決めた役割は変わらん」
「ほお」
辺境伯は目を丸くした。
「気骨のある若人か。はたまた、身の程知らずのばか者か」
「失礼ながら、辺境伯」
騎士の一人が歩み出てきた。
横目でギロリと俺を睨みつける。
「このような無礼者の言葉に耳を貸す必要などありますまい。されど、この男の血で執務室を汚すもよろしくはございません。であれば、練兵所にて、この騎士オーベルトが身の程というものを教えてやりましょうぞ」
「良かろう。この男の物言いが真実か否かを確かめる事にもなる。たまの余興だ。好きにやれ」
「御意」
何を難しい会話をしているのだ。
俺はさっぱり理解できない。
そんな俺の腕を、リュカがニヤニヤしながらちょんちょんつついてくる。
「むふふ。私を守るって、かっこよかったねえユーマ。むふふー」
おっ、なんだこの生き物。可愛いぞ。
「お、おう」
俺もリュカに褒められてニヤニヤしそうだ。だが、精一杯虚勢を張って冷静っぽく答える。
俺たちが辺境伯と、オーベルトとかいう騎士をほったらかしにしていちゃついている(俺的主観)と、ベルンハルトが溜め息をついた。
「厄介ごとを起こしてくれる……。命までは取られんだろうが、腕の一本は覚悟しておけよ」
胃が痛そうな顔をしているじゃないか。
かくして、場が移る。
石造りの家屋に連れて来られた俺たち。
辺境伯と騎士たちが、奥まった場所に陣取って見物と洒落込んでいる。
対するのは、騎士オーベルト。そして、彼の仲間と見える騎士が数人。
俺の背後には、リュカ。そして何故かダミアン。
「おい戦士ユーマ!! お前いきなり辺境伯に喧嘩を売ったんだってな! すげえな! 馬鹿か!? 馬鹿なのか!?」
褒めているのかけなしているのかどっちだ。
リュカはリュカで、ダミアンの横に腰掛けている。
辺境伯がこのイベントを娯楽代わりにするつもりで、座している全員に茶と菓子を差し入れている。
甘い焼き菓子を頬張り、リュカは満面の笑顔だ。
本当に君は食べるのが大好きだな。
「辺境騎士団の試合形式で行なう。参ったと言えば負け。動けなくなっても負けだ」
審判を果たすのは、オーベルトの友人らしき騎士。
あからさまに俺に対し、馬鹿にしたような目線を向ける。
不正ジャッジをするつもりではあるまいか。
最初から審判が買収されているようなものだ。
ベルンハルトが審判を名乗り出たのだが、何故か彼は俺の側だと決め付けられてしまったらしい。
直後、ベルンハルトが胃の辺りを押さえて出て行った。
ダミアンが気の毒そうに彼を見送った。
「ベルンハルト様は薬をもらいに行ったんだろう。あの人胃が弱いからな」
そうか、胃弱は大変だな。
俺は、与えられた得物の木剣を振る。
なかなか重い。俺の体格なら、普通は剣の重さに持っていかれ、振るたびに体が流れてしまう代物だ。
これは久々に、重量のある剣を振るうスタイルにしたほうが良いだろう。
「両者、構え!」
オーベルトが剣を大上段に構える。
いきなりやる気である。木剣とは言え、この重量の剣を頭に叩き付ければ、下手をすると死ぬ。
殺す気か。
──面白い。
俺は、剣を構えた。
刃を担ぐように構えて、低く、低く体勢を変化させる。
先刻まで、半笑いで試合場を見ていた騎士たちが、一斉に押し黙った。
俺の左足は弓のように引き絞られ、右足は今にも床を蹴り出さんと力を込める。
「ぬう……!」
オーベルトの構えが変わる。
青眼。
真正面に剣を持ってくる、オールマイティな構えである。
「尋常に……」
審判の声が響く。
俺は思い出す。
ジ・アライメントで、まだ俺が駆け出しの戦士だった頃。
サービスは始まったばかり。誰もが駆け出しだった。冒険は新鮮で、VRは己が思い描く、あらゆる動きを再現してくれた。
武器は多彩で、俺はここぞとばかりに、ありとあらゆる剣を使ったものだ。
これもまた、その一つ。
重く、長大な剣を扱う為の構え。
俺はこいつを分かり易く、こう名づけていた。
”アクセル”
「始め!!」
「おおおおおーっ!!」
オーベルトが咆哮をあげて突っ込んで来る。
奴の目には、もはや俺を見下す光は無い。真剣勝負に向かう戦士の目である。
「ジャッ……!!」
俺は吐き捨てるように、鋭く呼気を漏らす。
吐いた息を置き去りに、俺の肉体が加速する。
オーベルトの膝ほどの高さに、俺の頭がある。
前に、前に。倒れこむような勢いでの高速疾走だ。振り切られたオーベルトの木剣が、床を叩く。俺の背後を。
既に懐に、俺がいる。担いでいた剣を、倒れこむように、自重を乗せて叩き付ける。
肉を打つ音が、重く、鈍く、だが確かに周囲一体に響き渡る。
「うげえっ」
オーベルトが血反吐を吐きながら吹き飛んだ。
今のは剣の平で殴った。斬った訳ではないから、衝撃は分散されたはずだ。それでも、並の人間なら鎖骨から肋骨まで、まとめて数本へし折れているはず。
だがなかなかどうして。
オーベルトという男は、並ならぬ鍛え方をしていたらしい。
口元を拭いながら立ち上がる。
そして構えるのは、剣を片手で握り、やや下方に突き出したフェンシングのような体勢だ。
俺のアクセル対策であろう。
それを一瞬で判断しつつ、俺は真横に床を蹴った。
「なっ!?」
オーベルトの側面へと体を投げ出しながら、斜めに着地する。
そのまま走った。
軌道を無理やり、オーベルト目掛けて変更する。床との摩擦で靴底を削り取る、ドリフトするような疾走だ。
剣は再び、担ぐ姿勢。
慌ててオーベルトが、剣を平にして構えた。守りの体勢である。
俺は視界に迫った木剣の腹目掛けて飛び込んだ。
今度は刃を立てて、オーベルトの木剣を真っ二つにへし折る。
さらに動きは止まらない。
剣を振り切った動きのまま、俺の全身は宙を舞う。こうして一回転すると……あら不思議、振り切ったはずの剣が、既に振り上げられた体勢である。
「だああああああっ!!」
俺の喉から叫びが漏れた。
振り下ろされる剣は、腹をオーベルトに向け、だが加速する。
空気を切り裂く轟音がした。
鈍く、しかし響き渡る打撃音と同時に、騎士は床に叩きつけられた。
俺が手にした木剣もまた、俺の動きに耐えられなかったのだろう。
根本から、ボキリと折れた。
……うむ。
やはり、性能の劣る武器で戦うのは楽しいな……!
「…………!!」
審判は、目を見開き呆然としている。
見物していたはずの騎士たち。数人は膝立ちになり、腰の剣に手を当てていた。だが、連中、一様に顔が青ざめている。
ダミアンも、口をあんぐりと開けて固まったまま。
リュカだけが無邪気に、手を叩いて大喜びだ。
「すごい! ユーマが勝った!」
「しょ、勝負あり!! 勝者……ええと、勝者……?」
「戦士ユーマだ」
「勝者、戦士ユーマ!!」
「見事」
辺境伯は唇の端に笑みをたたえ、そう言った。
結果から言うと、俺は認められた。
あの後、我も我もという騎士数人と試合をさせられたのだが、いやあ、堪能した。
刺突剣、曲刀、小剣、短剣、大剣。
一通り手をつけて、昔の感覚を思い出した。
やはり体で覚えた動きは、なかなか忘れないものである。
ここは即興で設けられた、宴の席。
騎士たちの厚意であった。
目の前に並ぶ騎士たちは、みな、打撲や打ち身で布を巻いている。
うむ、怪我の原因は全て俺だ。正直済まんかった。
「ユーマ殿の腕前は、凄まじいな……! さぞや、名のある戦士の教えを受けたのであろう」
オーベルトが俺の杯に酒を注ぐ。
酒だと!?
「いや、我流で……」
「我流!? 我流であれほどの腕前をか! 一体、何をどうすればあのような技を身につけることが叶うのか!」
「うむうむ、俺も聞きたいぞ!」
「我らにも一手御教授願いたいものですな!」
「いやあ……やる事なくて……ずっと剣ばかり振っていたからな……」
俺が、何万時間剣を振っていたのか。
よく分からない。
ただ、鍛治を齧った時は、十時間ほどで投げ出したのは覚えている。ネーミングセンスも無かったしな。
あれ以降俺は、浮気はやめて剣術スキル一本に絞ったのだ。
しかしこの騎士たちの変わりようである。
なんだこいつら。強い戦士相手には愛想が良くなるのか。
恐ろしい戦闘狂どもである。
「辺境は、いつ戦になるか分からぬからな。私はこやつらを呼び集めたのではない。自然と集まったのだ。誰もが、エルフェンバインの平時に、真っ当に生きられぬあぶれ者よ」
ニヒルに笑い、酒を飲む辺境伯。
可愛い女の子に見えていたが、こうしていると、遥かに年上と感じる。
「では、話して聞かせよう。私のなりが珍しいのだろう?」
そう言えばそういう話だったように思う。
体を動かしたら、頭の中にあったものが綺麗サッパリ消し飛んでしまっていた。
「そうですね。辺境伯様、すごく若く見えます。私と同じくらい」
リュカの年齢はよく知らないが、まあそれくらいに見えることは見える。
「そうさな。風の巫女。貴様は見た目どおりの年齢か?」
「?」
リュカが首をかしげた。
質問返しにあって、よく内容が理解できないようだ。
「リュカの年を聞いているのだ」
「おー」
俺がサポートしたら理解した。
もしやリュカはアホの子なのだろうか。
「十五です」
「なるほどな」
「えっ」
辺境伯は頷き、俺は驚き過ぎて座ったまま飛び上がった。
てっきり、ハイティーンになるかと思っていたのに……!
こ、これは、事案ものの年齢差である。
「では、私の年齢を教えよう」
辺境伯も凄く若かったら俺は立ち直れないかもしれぬ。
だが、彼女はもったいぶるでもなく、サラリと言ってのけた。
「私は四十三歳だ。土の精霊女王と一体となってより、この肉体は齢を重ねる事をやめた」
「凄く年上だった」
「ユーマ静かにして! ええっと、土の精霊女王様、ということは、もしかして、あなたは……」
「その通り」
辺境伯は答えた。
「私は土の巫女。いや、かつて土の巫女だった女だ。エルフェンバインの守りであり、ケラミスの恵みをもたらし、しかし忌み嫌われる存在」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます