第14話 熟練度カンストの入国者2
ディアマンテ帝国と、エルフェンバイン王国の国境付近にやってきた。
国境とは言えど、全域を城壁で覆い隠すというわけにはいかない。
自然と、人が行き来しやすい街道や平地に壁が築かれることになる。
俺たちは、ラグナ教が盛んなディアマンテから、ちょっとラグナ教への解釈が緩いエルフェンバインへと抜けるところである。
国境線を渡るには、その土地の領主が発行した通行手形が必要で、しかも通行税がかかる。
俺たちはもちろん、無一文である。
手形などもらえるはずもない。
リュカはお尋ね者である。
ということで……。
「まってえ」
俺が悲しい声をあげると、リュカが立ち止まって待っていてくれる。
「がんばれユーマ、がんばれー」
応援してくれるが、手は貸してくれない。
彼女は彼女で周囲に気を配っているのだろう。
ここは、ディアマンテとエルフェンバインの中間に鎮座する、大きな山。常に霧がかかり、半ばから上はむき出しの岩肌。
天を突く頂上はまるで槍のような鋭さで、登山など出来ないような恐ろしい山である。
その名も、霊峰ネーベル。
ここを、抜ける。
ハハハ、そんなむちゃくちゃな。
「ぐわー」
俺はごろごろ転がり落ちた。
「ううっ、な、泣かないっ」
なんとか立ち上がる。
周囲は大変荒々しい様子の岩肌であり、コケくらいしか植物が生えていない。
実に肌寒く、下界とは温度が十度くらい違うのではあるまいか。
眼下に、平野を突っ切る長大な城壁が見て取れた。
そろそろ、城壁の位置を越える辺りだ。
えっちらおっちら、岩を登っていく。
足場も怪しいし、ちょっとした窪みに指を引っ掛けて、そこに体重を預けねばならない。
無理である。
「ひいー」
ついに一歩も動けなくなって悲しい叫びをあげていると、リュカが見かねて駆け寄ってきた。
「ユーマ、ファイト!」
手を伸ばしてくる。
「い、いっぱつ!」
俺は答えながら彼女の手を握った。
リュカの手はふんわり柔らかくて暖かい……わけではなく、割とがっしりしていた。
うむ、豪腕系女子。
まあ、自然の薬草を採取したり、自分で染料を作ったりする人だからな……。
そして、ぐいっとなかなか凄いパワーで俺を引き上げる。
わあ頼もしい。
俺がへばって、ぜいぜいと肩で息をしていると、俺の腕をぽんぽん、と彼女が叩いた。
「見て、ユーマ。ここまで登ってきたんだよ。頑張ったね」
振り返れば、崖に森、遠目に蠢く人間が見えるが、小さすぎてハッキリとはしない。
大変な高度であった。
この俺、生まれてこのかた登山などやったことがない。やる気も無かった。
まさか、必要に迫られて、いきなりこんな岩山をフリークライミングする事態になるとは。
森歩きで鍛えたと思っていた体力だったが、まだまだ甘かったようだ。
「ひ、人が、小さく見える。人がゴミのようだ、ふ、ふはは」
一度言ってみたかったセリフである。
「ここはね、国境越えをしようとする人は、誰でも通ろうとするみたい。でも、みんな山裾の森を抜けようとするんだって。山を越えるのはすごく体力がいるし、何よりも危険な怪物が住み着いてるからって。だけど、森はいつも見回りの人たちがいるから」
「怪物とな」
聞き捨てならぬ言葉を聞いた気がした。
噂をすれば影が差すという。
こういう場合、フラグが立ったとも言えよう。
俺はいやーな気配を感じ始めていた。
『もがー』
ほら出た!!
山を転げ落ちるように、こちらに向かって丸いものがやってくる。
一体、あんな巨大なものが山のどこにいたんだと疑問を感じるほどだ。
「うひー」
体力的にボロボロな俺だが、荒事は俺の担当である。
立ち上がり、身構える。
「こ、虹彩剣バルゴーン……」
俺の腰に、相棒が出現する。
転がってくるものは、どうやら俺たちを押しつぶすつもりである。
出来れば距離が遠いうちにやってしまいたいが、俺の武器は剣なのだ。
この切っ先が届く範囲でしか攻撃ができない。
相手が飛び道具を使ってくれば、反射してやるんだが。
「ユーマ、がんばれー!」
リュカは俺の後ろに隠れて、力強く応援している。
そうだな。このルートを通ったという事は、俺を信頼しているからだろう。
ならば逃げたり弱音を吐くわけにはいかない。
俺は力が入らず、震える指先を柄にかけた。
握力が無いから、これは力ずくでやるのは避けた方がいい。
バルゴーンの鋭さだけを使って……。
『もがー』
丸いものが、今まさに俺たちを押しつぶそうと、押し迫った瞬間だ。
俺は抜刀する。
刃が丸いものに食い込み、俺が意図した形にそれを切り裂いていく。
『もっ、もがー!?』
丸いものの三割ほどを削り取るようにして、バルゴーンが駆け抜けた。
相手は回転を維持できず、崩れた形のままどう、と倒れこんだ。
今の手ごたえは、どうも岩を斬ったような……。
「やったね!」
リュカが俺の肩を後ろからぺちぺち叩いてくる。
ねぎらいだろうか。
超テンションが上がる。
「だろ?」
俺、会心のドヤ顔である。
「あ、でもユーマ」
リュカが肩越しに指差す。
俺もそちらを見る。
倒れこんでいるのは、どうみても岩の塊だった。
その中央部から、にょろにょろと何か不思議なものが現れる。
それは、たくさんの触手を生やした目玉であった。
『も、もがー』
目玉は倒れた衝撃で目を回しているらしく、ふらふらしている。
こいつがあの大きな丸いものの中に入っていたのか。
俺は駆け寄って、
「ていっ」
剣の腹で叩いた。
『もっ、もがー』
目玉がころんと転倒する。
じたばたしている。
この触手は歩くのには向かないようだ。
しかし、こんな小さなものがあの巨大な岩の塊を操っていたのだなあ。
大きさは、人の頭ほど。触手の長さをあわせれば、3mほどになるだろうか。
なかなか見た目はキモイのだが、このじたばたする様はそれなりに可愛い気がする。
「どうする?」
「うーん」
判断を委ねてみたら、リュカも首をかしげた。
恐らくはこれが、山にいる怪物である。
こいつがいるせいで、山越えが容易には出来ないようになっている。
つまり、こいつをここで排除すれば、少しでも国境を抜けられる人間が増える事になる。
ということは……。
「よし、放っておこう」
俺は決断した。
基本的に俺はひねくれ者なのである。
「ユーマがそうするなら、私はいいと思うな」
リュカも賛成。
俺たちは
今度は、エルフェンバイン側の土地へ降りていくのである。
しばらくすれば怪物も意識を取り戻し、また元気に山の主として君臨することだろう。
登山も大変であったが、下山もまた大仕事である。
話によると、降りるときが本番であり、プロのアルピニストたちは下山時にこそ気を配るのだとか。下山で命を落とすものの方が多い……らしい。
「がんばれユーマ、がんばれー」
「ひいー」
今回もリュカに応援されつつ、俺はうんとこやっとこ、岩肌を下っていく。
バルゴーンを使って、手の引っ掛かりに利用しようと考えたのだが、すぐにそれが無理だと判明した。
剣が鋭すぎて、易々と山肌を切り裂き、するっと抜けてしまうのだ。むしろこれを使ったほうが危ない。
「も、もうすぐ、もうすぐ……!」
汗をダラダラ流しつつ、俺は一歩一歩着実に下山していく。
しかし、どうしてリュカが選ぶルートはこれほど厳しいフリークライミングルートなのだろう。
もっと道みたいなのとか無いのか。
「無いよ」
そうかー。無いかー。
山越えが難しいのは、あの怪物ばかりでなく、物理的に難しいからだよな、これは絶対。
結局、俺は途中で力尽き、ポトッと落ちたところを下で待ち構えていたリュカにキャッチされた。
「何かあったときのために、シルフさんに待機してもらっていたの」
「おお……シルフさん万能……!」
俺がこの世界にやって来た時、落下速度を緩めたのと同じ要領なのだろう。
「でしょ。でも出来ない事もたくさんあるんだからね。その時は、ユーマを頼りにしてるから」
「任せろ」
散々リュカに助けられつつも悪びれない俺。
元ニートとして、人の世話になる事にかけては誰にも負けない自信がある。
一応自立心らしいものが身についてきて、世話をされたら感謝する気持ちはあるぞ。
かくして、俺たちは霊峰ネーベルの脇を掠めて移動し、国境を突破。
エルフェンバイン王国へと到達したのである。
ディアマンテ帝国は、海沿いの巨大な半島に存在する国家だったらしい。それに対して、エルフェンバイン王国は内陸の国家になる。
そのせいか、空気が少し乾燥している気がした。
ちょっと肌寒くもある。
心なしか土は赤っぽい。
ひとまず、国境の町へゴーである。
「おや、あんたたち、どうしたんだい? まさか国境を……?」
「商人さんと一緒に来てたんですけど、はぐれたんです」
旅人の一団に見つかった。
よくそんなにさらりと言葉が出てくるものだ。
俺なら挙動不審になっていたな。
「そうかー。確かに、あんたとそっちのヒョロっとしたのじゃ、国境破りなんて無理だわな」
わっはっはと旅人さんが笑う。
彼にはどうやら、俺がまだ年若い子供のように見えているらしい。
確かに、ニートライフで表情筋を動かさずに生きてきた俺は、顔にシワなどが全く無い。
日に当たっていなかったから染みも無い。
リュカはリュカで、年齢を聞いたことは無いが、多分リアルにかなり若い。
ということで、旅人一行は俺たちを警戒する気にならないようだった。
それに、染色してボサボサになった茶髪で目が隠れたリュカは、実にいけてない。
変な気も起こしづらかろう。
さらには、俺たちはなんと手ぶらである。
手ぶらで国境破りをするばか者はなかなかおるまい。
一応、リュカがポーチを身につけていて、各種の薬草がそこに詰まって入るのだが。
「よし、子供を放っておいたんじゃ寝覚めが悪いわな。一緒に来るか?」
「はい、行きます。ね、ユー……じゃなかった、お兄ちゃん」
「お兄ちゃん……!? う、うむ、妹よ」
不意討ちであった。
俺の下山で疲れきっていたはずのハートが、途端に激しいビートを刻みだす。
なんということだ。
実の妹持ちである俺は、女兄弟というものに一切の幻想を抱いていない。
いかに妹という存在が、リアルで、鬱陶しく、こちらを気遣わぬものであるか知っているからだ。
だが、どうだろう。
ややぎこちなく俺を「お兄ちゃん」と呼ぶリュカ。
俺を頼りにするリュカ。
危なくなれば俺を助けてくれるリュカ。
持ちつ持たれつ、これは理想的な兄妹関係である。
「? 大丈夫かい? お兄さん、調子が悪いようだけど」
「だ、大丈夫だと思います」
リュカが誤魔化す後ろで、俺は天を仰ぎつつ、内心で咆哮をあげていた。
……こんな妹が欲しかった……!
俺は、こんな妹が欲しかったのだ……!
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