第13話 熟練度カンストの入国者

「遅かったね。どうしたの?」


 リュカが待っている森外れまで戻った俺である。

 この間焼かれた村で、何か食べられるものが残っていないかどうか探していたら、ラグナ教徒と見られる物騒な連中に絡まれてしまった。

 人間、余計な事はするものではない。


「食べるものは無かったな」


「でしょう。村じゃ無くなったら、動物たちが入ってくるもの。食べ物はみんな食べられてしまった後でしょ」


「あとは、ラグナ教のノッポとずんぐりに出会った。灰色の剣士とか言うのを聞かれたから、灰色の服は商人みたいな奴が持ってるよって言っておいた」


「へえー。灰色の剣士ってユーマのことでしょ? 目印にされてるのかな。目印って言ったら、私の髪や目の色もそうだけど」


 反射具合で虹色に見える、リュカの髪と瞳は目立つなんてものじゃない。

 唯一無二なんである。

 俺たちは、今までの衣服と引き換えに、火事場泥棒をしていた商人から新しい服を手に入れた。

 だが、課題はリュカの容姿をいかに誤魔化し、東へ向かうという精霊王からのクエストをどうやってこなすかなのだ。


「木の実とか拾っておいたよ。食べよ食べよ」


 まずは腹ごしらえ、となり、リュカが話題を変えた。

 彼女が座っている目の前には、大きな葉っぱが敷かれている。そこには、既に殻を砕かれた木の実が食べられる状態で並べられていた。


「食べ物を探しに行った俺が手ぶらで帰ってきたというのに……済まんのう……」


 ありがたやありがたや、とナムナム拝みながら俺は木の実を食べることにする。

 いわゆるナッツ系だが、乾燥してないから青臭くてもにゅっと言う歯ざわりである。

 もう慣れた。


「しかし……どうしたものかな」


「うん、困ったねえ」


 共に課題は一つ。

 リュカの髪をどうにかしなければ。


「丸刈り」


「いや」


 ですよねー。


「何か、草を使って染めるとか」


「やっぱりそれかなあ……。髪がごわごわして嫌なんだけど」


 俺の中で、豪快系豪腕女子との評価を獲得しているリュカさんであったが、やはり普通に髪のことを気にする女の子であったか。

 だが、背に腹は変えられまい。


 商人から買い取った衣装は、俺がイメージする中世ヨーロッパの村娘、というものだったが、髪の毛を隠すフードなどは付いていない。

 では、髪を染める他あるまいという事になり、


「それじゃあユーマ、青い葉っぱの色で黄色い小さな花をたくさん咲かせてる、こういう草を探してきて。この草の汁が染料になるの」


「手分けだな。よし、任せておけ」


 俺が自信ありげに胸を張ると、リュカが押し黙った。

 じっと俺を見て、


「やっぱり一緒に行く。だってユーマ絶対迷子になるもん」


 人聞きが悪い。だが、的確に俺という人間を理解しているとも言えよう。

 そんな訳で、二人で再び森に分け入る事となる。


 この十日間ほど、森の中でばかり生活しているから、随分自然環境に慣れ親しんだ気がする。

 相変わらず方向感覚は無いし、一人で生き延びられる自信は無いが。


 リュカは俺の隣で、スカートの裾を縛って広がらないようにしている。

 太ももが半ばほどまで見えている。


 彼女の肌は案外強靭なのか、森の中をむき出しで歩いても全く傷がつかない。

 試しに触ってみたいが、年頃の女子に触れるなど俺としては前代未聞の大冒険過ぎるため、こうして舐めるように眺めるばかりである。


「どうしたの? 私の足を見て」


「むちむちしてるなーと……ではなく。森の中でむき出しでも大丈夫なのか?」


「うん、私の手足は、見えないと思うけど、シルフさんたちの守りに包まれてるの。だから、普通に過ごしてるだけだと傷が付いたりしないの」


 薄い風のバリアーみたいなものが張られているという事か。

 すると、素足で道を歩いても平気なのかもしれない。足の裏にもバリアがあるのだろう。

 その割には、俺があげたピンクのスリッパを、今もお気に入りで履き続けている。


「あ、これ? これね、シルフさんたちにも好評なの。表面をさわさわ駆け抜けるのが気持ちいいって」


 トイレスリッパが出世したものだ。

 踵が固定されていない、ピンク色のモコモコで、見事に森を踏破するリュカ。

 彼女に続きながら、俺はくだんの草を探した。


「草はね、ブルーっていう名前なんだけれど。その名の通り、衣類を青く染めるのに使うの。だけど、髪染めに使うと茶色くなるんだって」


 岩場をひょいひょいと飛び越えていくリュカ。

 俺はひいひい言いながら、岩を這い登る。


「こういう水辺に咲いている事が多いんだけど、近くの水は薄く青色に色づいているからすぐ分かるって聞いたの」


 あっという間に岩場を登りきり、しゃがみ込んで俺を待つリュカ。

 スカートが搾られていなければ、絶対領域の奥を拝む事が出来ただろう。

 慣れぬ運動で手足をパンパンにしつつも、俺の脳内をそんなスケベ心が満たす。

 登りきってすぐ、俺は大の字になって倒れた。


「ぐへえ」


 おお、肉体に乳酸が溜まっていくのがよく分かるぞ。

 体が重い。


「おおー、凝ってるね。揉んだげる」


「ああ~」


 手足をマッサージしてもらい、だらしない声を漏らす俺。

 リュカの手つきはぎこちないが、それでもマッサージはなかなか気持ちいい。


「でも不思議」


「何が~」


 いかん、気持ちよさの余り声が間延びしてしまう。

 常日頃からかっこ悪いところを見せ続けている俺だが、これまたかっこ悪い。


「ユーマは、剣を握ればあんなに強いし、汗一つかかないのに。そうだと思ったら、こんな小さい岩場を登るだけでひいひい言ってる」


「面目ない」


「いいのよ。なんでも全部出来たら、私がいらないでしょ。それに頑張っても出来ないことがある人って可愛い」


 なんですと!!

 俺が可愛い!?


 生まれて初めて受ける評価である。


 いや、あるいは、俺が物心もつかぬ幼少の頃であれば、そのように評されていたのかもしれぬ。

 だが、妹が生まれてからこの方、世間の俺への扱いはぞんざいそのもの。

 お邪魔な物体として扱われる事はあっても、肯定的に扱われる事などなかった。


 ゲームの相棒であったアルフォンスすら、俺を頼りになるとは言うが、可愛いとは一言も……いやいや、あれは剣を振っていればよかったゲームの中のことだ。水で腹を下したり、川に流されたりはしなかったからな。

 悶々と考える俺の背中を、リュカがぺちんと叩いた。


「はい、終わり! さあ行こう、ユーマ!」


「お、おう!」


 その勢いに押され、立ち上がる俺。

 手足のだるさがちょっとはましになっていた。


 向かった先の岩場は小さな滝になっており、だばだばと水が落ちる音がする。

 周囲の湿度は高いようだったが、風がよく吹き抜ける環境だからか、不快ではなかった。


 川べりを、リュカに続いて歩いていく。

 時折、水を飲みに来たらしい動物と遭遇した。

 そのどれもが草食動物や、肉食動物であったとしても腹を空かせていない様子のものばかり。


「空腹で、見境無く襲うような動物なら、なおさら私たちの前には出てこないよ。自分が食べられちゃうかもしれないもの。本能で分かると思う」


「ほうほう」


 やはりシルフを従える豪腕系女子には勝てないか。

 あれだけ大きな精霊王とも意思疎通してしまうほどだしな。


 リュカと共にいれば、森の中にて、俺の身は安全である。

 そんな旨の事を言うと、リュカは分かってないなー、などと呟きながら笑った。


「よし、この辺にありそう」


 リュカが立ち止まったのは、川が蛇行して生まれた、水溜りである。

 奥底で川と繋がっているようで、どこからかぼこぼこと気泡が上がって来ている。


 周囲にはみっしりと木々が繁茂しており、陽光を遮ってなかなか暗い。

 さきほど、精霊王らしきスーパーセルがどこかに土砂降りを起こしていたので、そのあおりを受けてまだ空が曇っているせいかもしれない。


「ユーマも探してね。私、こっち行くから」


「おうよ、任せておけ」


 俺は安受けあいした。

 とりあえず、互いの姿が見えるくらいの距離で、きょろきょろと足元を見回しながら歩き回る。


 湿り気のある水場近くに生えるという事だから、水溜りからそれほど離れることは無い。

 そのせいか、目的の草、ブルーはすぐに見つかった。


「あった」


 俺が声を発するとほぼ同時、


「あった!」


 リュカの声もした。

 俺が先に見つけて、この手柄を報告しようと思っていたのだが……。まあ、それだけこの辺りに群生しているという事かもしれない。


 見渡せば、やや暗くなった木々の陰に、幾つもそのような草がある。

 日差しが弱いのに、よく咲くものだ。

 日陰は陽光の少なさゆえにライバルが少ないから、それを見越して咲くのだろうか。


 ふと抱いた疑問だったが、すぐに氷解した。

 どうやら精霊王が運んできた雲が風に散らされたようで、空が晴れ始めてきたのだ。


 差し込んだ日差しは、木々の葉を通って細い矢のように、大地に降り注ぐ。

 ブルーが咲き乱れるそこは、それぞれピンポイントに日差しが差し込む場所だったのだ。


「よく出来ている」


 俺は思わず感心してしまった。


「ん? 何が?」


「ひぇっ」


 後ろからいきなりリュカが声をかけてきたので、俺はひどく驚いた。

 甲高い悲鳴をあげたら、リュカに笑われてしまった。


 彼女は必要なぶんのブルーを確保してこちらに来たようだ。

 手には、千切って来た葉っぱが握り締められている。

 それなりに大した量だが、彼女の話を聞くと、


「全部むしったら枯れちゃうでしょ。下のほうに生えてる古い葉っぱを中心に、満遍まんべんなくもらってきたの」


 エコである。

 それで、この葉っぱをどうやって染色に使用するのか。

 俺には想像もつかない。


 すり潰して草の汁を使う?

 そんな事を考えていたら、目の前でリュカが準備を開始した。


 用意したのは、平たい石である。

 川辺にはそれなりにあるが、まな板代わりになるほど大きな石ともなると数は少ない。


 これは、シルフの助けを借りる事で解決したらしい。

 まな板になる石を探してくれる風の精霊。便利だ。


 リュカはその上に草を並べて、適当な大きさの石を手にしてすり潰し始める。

 ああ、やっぱり潰すのか。草の汁か、と思っていたらだ。


 リュカがひょいっと立ち上がり、川辺に歩いていって何か捕まえてきた。

 ニョロっとした虫である。


「きゃーっ」


 俺は悲鳴をあげた。

 これを石でガンガン。


 うわー、うわー、もう見ていられない。

 だが怖いもの見たさで、俺は顔を隠しつつも目元を覆う指を広げてじっと見ている。


 どうやら、ブルーの近くに生息するこの手の昆虫も、色素を有しているらしい。

 これを混ぜ合わせると、あら不思議。

 ブルーの汁がどろりとした粘度を帯びた。

 色合いも、褐色である。


 臭いはなかなか強烈。青臭い。普段食べている木の実の比ではない。

 リュカはこれを、勢いよく髪に載せた。


「おおーっ」


 俺が感嘆に声をあげる。

 ブルーと昆虫から作った染料を髪の毛全体に馴染ませる。

 他にも、リュカが持っていた薬草の粉を混ぜていたように思う。


「ブルーはね、手順が少なくて、すぐに染料になる優秀な草なの」


 髪の毛を茶色い塊にしたリュカが、解説してくれる。


「こうやって少しの間置いておくと、染料が髪に染み込むから」


 ブルーを髪染めとして使う文化は、リュカの村近辺にしか無いそうである。

 確かに、特徴的な髪色の巫女が生まれてくる土地なら、髪を染める必要も出てくるかもしれない。


 その他の土地での髪染めは、岩や金属から作る顔料を使うのだとか。

 それはそれで頭皮に悪そうだ。


 小一時間ほどたって、リュカは川べりに急いだ。

 頭を水の流れにつけて、さらさらと染料を流す。

 ここでリュカが取り出したのは、また謎の薬草の粉末である。


 一体何種類持っているのだ。


 これを髪に振り掛けたら、水に流れる染料の量が増えた。

 それでも結構な時間をジャブジャブと洗い流していたように思う。

 うわあ、これは一仕事だな。


「ふうーっ……」


 ぐったり疲れた様子で、リュカが寝転がった。

 髪の毛は、もうごちゃっとした塊ではない。

 ややゴワゴワしていたが、そこには普通の茶色い髪の毛が広がっていた。


「おおーっ!」


 見事なものである。

 そして、髪染めにはこれほどの手間がかかるのか。


「お疲れ」


 俺はリュカの肩を揉んでやった。

 柔らかい。


「あははは、なに、やめて、くすぐったい」


 肩こりは無いのか。若さだな。

 とりあえず、髪から水を絞り、痛めないように気を使いながら、シルフが吹かせる風で乾かしていく。


「これをやるとね、髪が荒れるから嫌なのよね」


「分かる。荒れそうだ」


「荒れるのよ」


 すっかり髪が乾いてしまえば、ふんわりライオンヘアになったリュカの姿がある。

 随分イメージが変わるな。


 だが、これなら誰が見ても、あのリュカと同じだとは思うまい。

 瞳の色は問題だが、前髪で目元が隠れるようにすれば解決か。


「それじゃ、行こうか」


 俺が提案すると、リュカも同意した。


「これだけやったんだもん。町の中に入ってやる」


 固い決意を感じる。

 よし、それでは、ラグナ教を奉じる国に真っ向から入国してやろうではないか。

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