第12話 熟練度カンストの通行人

 ラグナ教の本教会は、二人の刺客を派遣した。

 ウィクサールとドットリオ。ラグナ教でも名高いビアジーニ兄弟である。

 数々の異端者を血祭りにあげ、篤き信仰は強力な分体を召喚するに至る、教団でも五指に数えられる執行者。


 例え執行者を倒したとは言え未だ無名である、灰色の剣士に差し向けられる刺客としては、破格のものであった。


 ウィクサール・ビアジーニは背が高く痩せぎす。背中にはとても長い棒を背負っている。

 ドットリオ・ビアジーニは小柄でずんぐり。いつもお手玉のように、ナイフを幾つも放り上げては遊んでいる。

 彼らはロバと車を調達し、旅に出た。


 ロバの足は遅いが、着実に歩みを進めていく。

 彼らは街道を真っ直ぐに北上し、周囲に油断なく気を配った。

 途中、何度か荷馬車とすれ違った。


 ウィクサールは慎重である。

 全ての馬車を呼び止めると、検分を行った。

 荷物をかき分け、相乗りしている人間を見定め、標的の魔女と灰色の剣士ではないことを確認する。


 ドットリオは細かいことを気にせぬ性質である。

 ウィクサールのやりたいままに任せ、本人は昼寝ばかりしていた。


 しばらく行くと、くだんの焼き払われた村に到着した。

 なるほど、既に人気ひとけも無い。

 野盗が発生しても、盗んでいくものすら無い。

 村であったここはこのまま捨て置かれ、森に飲み込まれていくことであろう。


「精霊信仰のシンボルか」


 風の乙女を象ったらしい、木彫りの細工を見つけてウィクサールは不快げに眉を寄せる。

 ぽいっと地面に投げ捨てると、踏みつけた。

 細工が砕ける。


「神はただ一人。何故に精霊などという邪悪なものを崇め奉るのか。邪教を信じる輩は理解しがたい」

「まあ色々あるんじゃねえの」


 ドットリオの言葉に、ウィクサールは憤慨した。

 見た目に似合わず、ウィクサールは激情家である。

 すぐに激高する。


「ドットリオ!! 幾ら兄弟とは言え、その暴言は見逃せぬぞ!! 我らの成す事や口にする言葉は、全て神がご覧になっておられるのだ!!」

「いくら全知全能の神だって、そこまで暇じゃねえだろう。多少は気を抜かねえとすりきれるぞウィクサール」

「ドットリオ!!」


 このような喧嘩は日常茶飯事であった。

 基本的に考え方が違いすぎるが故に、仲の悪い兄弟なのであった。

 だが、標的を追い詰め、仕留める時は抜群の連携を発揮する。


「分かった分かった。では、俺はその神が気に入るように仕事を果たすとしよう」


 ウィクサールをなだめるのが、兄であるドットリオの役割となる。

 いつもこうだ。


 ドットリオはジャグリングしていたナイフの一つをキャッチすると、空高く放り投げた。

 すると、ナイフが鳩に変わる。

 それは、初めから鳩だったものをナイフと見せかけていたのか。それとも、ナイフを鳩に変えてしまう魔法なのか。


 鳩は翼をはためかせ、上空を旋回した。


「探してこい。灰色の剣士はともかく、魔女は目立つだろう」


 鳩が頷いたように見えた。

 それは凄まじい速度で視界から消える。


 元来、鳩とは高速で飛行できる鳥である。

 長距離飛行、高速飛行など、多彩な飛行能力を持っている。

 これを手足のごとく扱い、耳目のごとくそれが見聞きする全てを感じ取られるとするなら、あまねく地上の情報は、容易く手に入るようになるだろう。


「おお、ナイフが鳩に」


 突然横で声がして、ドットリオはギョッとした。

 真横にぬぼーっとした男が立っている。


 一見すると、野良着を身に着けた農夫のようだ。

 やけにのっぺりした顔をしていて、都会の人間とは人種が違って見えた。


「なんだ、驚かせやがって」


「驚いた? そりゃごめん」


 一瞬敵かと思ったが、余りにも殺気や緊張感と言ったものがない。

 ドットリオは警戒しつつも、身構えていた体勢を緩めた。


「どうしたのだドットリオ。その男はなんだ?」

「さあな。近くの百姓か何かかもしれん。おい、お前、聞きたいことがある」


「なんだい」


 長身で痩せぎす、威圧感たっぷりのウィクサールが来ても、男は動じた様子が無い。


「灰色のだぶっとした衣服の男を見なかったか?」


「あー」


 男は困った顔をした。


「灰色の服は、行商人が買い取っていったみたいだけど」


 おかしなニュアンスである。


「行商人が? そいつはどこにいる」


 男は道の先を指差した。

 なるほど、よくよく見ればわだちが続いている。

 この先に馬車が行ったらしい。


「そうか、ありがとうよ。それからな」


 ドットリオは念を押す。


「今見た事は忘れろよ。悪い事は言わねえ。言ったらお前、死ぬぜ」

「何を甘いことを言っている。目撃されたなら殺せばいいだろう」


 ウィクサールが憤然とした。

 そればかりではなく、気が早い彼は、男を撲殺すべく棒を取り出しているではないか。

 おいおい、とドットリオは彼を止めた。


「そこまでする事は無いだろう。こいつはまあ、純朴でバカってやつだ」


 それに、とドットリオは内心で続ける。

 ウィクサールの好きにさせてはいけないような、嫌な予感がする。


「ほら、さっさと行っちまえ」


「はあ、どうも」


 ふらふらと男は去っていく。

 それを見送った後、二人の刺客は先を急ぐことにした。


「このまま行けば、魔女を捕らえた村だな。あの村の者どもは精霊信仰などという邪教に深く入れ込んでいたため、司祭が一人残らず魔女として処断したと報告を受けている」

「うへえ。物騒だねえ。そんな事ばかりやってるから、ラグナには敵が多いんだ」

「ドットリオ! 我らが信仰のためには、邪教は敵であるぞ!? 改宗しないというなら、滅ぼさなくてどうする」


 そのようなやり取りを繰り返しつつ、また数日行ったところである。


「ああ、やべえ」


 ドットリオが顔をしかめた。


「どうしたドットリオ」

「鳩がやられた。なんだこの風は。冗談みたいに強い風が吹いてきやがったぜ」


 上空に目を向ける。

 ウィクサールもそれに従った。

 視線の先で、森の上空にもくもくと湧き上がる雲がある。


 積乱雲というのではない。

 まるで天を覆い尽くさんばかりに巨大な独楽のおもちゃ。そのような姿をした、気が遠くなるほどのスケールの雲が湧き上がっている。

 ところどころから稲光が走り、雲と接する空は黄土色に染まり、徐々に周囲も暗くなっていく。


「おっそろしい雲だ。やべえ、一雨来るぞ」


 ドットリオの言葉通り、土砂降りの雨がやって来た。

 触れるものを皆叩き潰さんとする、強烈な雨である。

 二人の刺客は森の中に逃げ込み、雨をやり過ごした。


 少しして雨が上がると、あの異常な雲はどこかに行ってしまったようである。

 旅を再開してすぐ、荷馬車が壊れて転がっている風景にでくわした。

 あの雨でやられたようだ。


 馬はどこかに逃げ去ってしまっている。

 商人はぶっ倒れており、気絶しているのかピクリとも動かない。


「これが件の行商人と言う事か……? こんな辺鄙な田舎まで、何をしにやってきたのだか」

「聞いたことがあるけどな。俺たちラグナ教団が滅ぼした村々へ、売れそうな物を求めて仕入れにやって来る商人がいるとか」

「火事場泥棒ではないか」

「同じだろ」


 荷馬車を改める。

 すると、だるだるとした灰色の衣服が見つかった。

 なんとも不思議な生地で出来ている。


「これは……灰色の剣士の服か。なんて柔らかい布だ。これは不思議なもんだな」

「ふむ、行商人が買い取ったということは、これを売った灰色の剣士が近くにいるということか」


 ウィクサールが緊張感を高める。

 倒れている行商人は放っておく事にした。

 どちらにせよ、このままならば狼の餌食であろう。


 刺客たちは行商人が来たであろう、先にある村を目指した。

 ロバでゆったりと進む旅路に見えて、彼らは周囲に気を配っている。

 少しでも隠れて、道を行こうとするものがいれば見逃すはずが無い。


「でもな、魔女が森を突っ切るようなクレイジーな奴だったら見逃すよな」

「そ、そういえば……」


 ドットリオの物言いに、ウィクサールがたらりと汗をかいた。

 その想定はしていなかったようである。

 二人は嫌な予感を抱えつつ、翌日、魔女が生まれた村に到着した。


 村は静まり返っている。

 それもそのはず。村で生きていた者は皆、殺されるか、連行されて処刑されるかしている。

 ここはまさしく、死の村なのであった。


「おーい、ウィクサール。こいつは、出迎えが無いと思ったら……」


 先行していたドットリオが、ウィクサールを呼んだ。

 そこには、全裸で転がっている真っ二つになった男の死体。


 あちこち、獣に食い散らかされている。

 だが、残った面影から、この男の素性を見誤りはしない。


「前任の司祭が残した連絡役だな。こんな無人の村で、長いこと網を張っていたらしい。ご苦労なことだぜ」


 一応は司祭の資格を持つドットリオ。

 死んだ連絡役の男のために、祈りを捧げている。

 だが内心、どうせこいつは地獄行きだろう、などと考えてもいるのだ。


 ドットリオは皮肉屋の男である。

 弟のウィクサールほど、ラグナ教を盲信することは出来ない。


 教団は、神の名のもとに非道な行為を行っている。

 そんな彼らが、神を信じるものは天国という、神の園に導かれるとうたうのだ。


 異教徒を滅ぼした殺戮者たちが集う神の園。

 それは、理想郷などではない、まさしく地獄なのではないか。


「この男も、敬虔な神の使徒であった」


 ウィクサールが厳かな口調で言う。

 とんだ茶番だ、とドットリオは思う。

 しばし、形式的な祈りを、死んだ連絡役のために捧げた。


「さてと、だ」


 ドットリオが立ち上がる。

 見つめるのは、村の奥に茂る、森である。

 村では、精霊の王ゼフィロスが降り立つ森と言われていたようだ。


「どうやら灰色の剣士は逃げちまった後らしいな。もちろん、魔女もだ」

「やはり、森を通っていったのか……」


 気落ちするウィクサール。


「魔女を見逃してしまうとは、このウィクサール、なんという失態だ……」

「そう気に病むな。俺たち二人で、この広大な森と街道から二人の人間を探そうってのがなかなか難しい」


 だからな、とドットリオは続けた。


「土産はせめて持って帰ろうや」


 ドットリオは、身を包む司祭服を開く。

 司祭服の内側には、幾重にも革のベルトが仕込まれ、無数のナイフが吊り下がっていた。

 ウィクサールも背負っていた棒を構える。

 二人は森に向かって並び、身構えた。


「天に在す我らが神よ。忠実なる信徒、ビアジーニ兄弟が乞い願い奉る。御身のお力を、今、ここに」


 言葉とともに、ドットリオは一瞬で、無数のナイフを投擲してみせる。

 ウィクサールは棒を、激しく振るった。空中に、ラグナリングの形を描き出す。

 生まれたのは、眩い光である。


 光は放たれたダガーに追いつき、ナイフと一体となると、よりその輝きをまして加速した。

 ラグナリングの形状をした輝きが、森にぶち当たる。

 低く鳴動する音。


 森は、燃え上がることも許されず、急速に炭化し、朽ちていく。


「おぞましい精霊王とやらの森か。うむ、これならば報告はできよう……」


 ウィクサールが頷いた。

 侵入した兵士が、毒を吸ったかのような症状を起こして、死に至ったという森である。


 ラグナ教徒は足を踏み入れる事ができなかった。

 調べられぬものなら、滅ぼしてしまえば良い。

 これで、刺客たちは土産となる成果を手に入れたわけだ。


「おっ」


 ドットリオが天を見上げた。

 鳩が飛んでくる。

 先日、彼が飛ばした鳩である。意識の疎通が途切れたから死んだのだとばかり思っていたが、どうやら風にやられて気絶していたらしい。


 それはドットリオの腕に乗ると、すぐにその形をナイフへ変えた。

 磨き抜かれた刀身に、鳩が見てきた光景が映し出される。


「ほぉ……。まさか……あの男が、ねえ」


 ドットリオは目を細めた。

 その瞳の色は、標的を見つけた刺客のそれである。


「ウィクサール、追うぞ」

「どうしたのだ? まさか、見つけたのか、灰色の剣士を」

「おう、それよ。まさか、あの男が俺たちの標的だったとはな」


 ナイフが映し出したのは、商人と出会う前に彼らが接触した、冴えない男。

 さては、あの時ウィクサールを止めたのは正解であったかと、ドットリオは思い返す。


 フランチェスコが語る灰色の剣士。その実力が真実なら、準備を万端に整えたビアジーニ兄弟で当たるべきであろう。


 滅びた村と、朽ちゆく森。

 二人の刺客が去った今、またこの地はいつ途切れるとも知れぬ、深い静寂に包まれて行った。

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