第7話 熟練度カンストのおくりびと
終わってみれば、呆気ないものである。
かつて遊んでいた『ジ・アライメント』に例えるならば、初めてすぐに始まる、初心者用メインクエストの中盤レベルであろうか。
最後の稲妻だけはなかなかだった。
威力もきっと高い事だろう。
まあ、あれだけ出すのがバレバレならば、軸をずらして回避する事も容易い。
剣で跳ね返すまでも無い。
「みんな焼けているねえ」
リュカが周囲を見回しながら言った。
そこは、村であっただろう形跡を残してはいる。
だが、あの司祭っぽい男が呼び出した天使っぽい巨人が、何やらビームを放って目ぼしい建物も、人も家畜も焼き尽くしてしまっている。
若干焼け残っている家畜があるから、あれは今夜のご飯にしよう。
実に凄惨な光景である。
であるのだが、俺は至って平然としていた。
これはどういったことであろうか。
余りにも他人と接触してこなかったために、感性が鈍化しているのかもしれん。
そう言えば、作業のように敵を処理してしまった気もする。
その事に対して、リュカは何ら感想を抱いていないようだった。
人を殺すなんて最低! みたいな事を言うわけでもなく、
「やっぱりユーマは頼りになるね。ありがとう。精霊さんたちが救われたよ」
万事めでたしめでたし、と言った口調である。
彼女的には、精霊の方が大事なのだろうか。
「でも、たくさんの人たちが死んでしまった。ねえユーマ。私、ここでみんなを弔ってから行きたいんだけど、いい?」
「無論だ」
少しホッとした。
彼女はやはり人間であったのだ。
それを少しでも疑ってしまうとは……。この俺のばかばかばか!! などと自分を責めても絵面的に気持ち悪いだけなのでやめておく。
「おお、おおお……」
いきなり人の声がしたので、俺はビクっとした。
基本、人との接触にはデリケートなタイプなのである。
人と触れ合うならばディスプレイ越し、さらにはゲームのキャラクターを通してが良い。距離感としても最適であろう。
「皆、皆死んでしまった……。だが、どうしたことじゃ。ラグナの信者たちも、皆死んでしまっている」
それは、杖を突いた老婆である。
だが、背筋はしゃんとしていて、腕や足は俺より太そうだ。
多分腕相撲をやったら俺が負ける。
彼女の後ろには、年端もいかない子供たちが何人もくっついており、老婆を盾にして俺とリュカをチラチラ見ている。
「ラグナの者たちを倒したのは、あなた様がたですか」
「はい、私のユーマが戦いました」
私の!!
リュカの返答に、俺の心臓は高鳴った。
さらりと発言された言葉を耳聡く聞き取り、即座に鼓動のボルテージを上げる辺り、俺の童貞力とでも呼ぶべきものは大変高い。
「おお……そして、あなた様は、その髪色、瞳の色……。はて、その桃色の鮮やかな履き物は?」
「ユーマからもらったの。いいでしょう」
ピンクでもこもこのトイレスリッパを履きつつ、くるりと回ってみせるリュカ。
それはトイレで履くものなんだよ、とはもう言えない。
まあ、可愛いから良かろう。
気を取り直して、老婆。
「あなた様は、精霊の巫女様であらせられますな……?」
「はい。風の乙女シルフを友とし、風の王ゼフィロスの寵愛を賜った最後の巫女、リュカです」
「おおおーっ……!! 最後の巫女が、我が村に……! ということは、言い伝えは本当じゃったのか……!」
ははーっと、五体投地でもするのか思えるほど、平伏する老婆。
子供たちも面白がって真似をし始めた。
「リュカ、言い伝えとは何だ?」
「うん、言い伝えって言うのは、精霊を信仰する人々の間で、最後の巫女が降り立つ時、人と精霊の時代が終わり、人の時代が始まるといわれているものなの。同時に、それは世界の終わりへ一歩近づく時なんだって。ええと、それはつまり、時が流れて時代が変われば、世界は終わりに向かっていくでしょ。終わりになることは自然なことで……うーんと、うーんと……」
「予言か。今がまさに、その時代ということか」
「うん、それ! 私も言い伝えに従って、人が私に課そうとした刑を受けるつもりだったの。ゼフィロス様は、人間に時代を譲れって仰ってたから。それで、世界は次の時代に移ると思っていたから」
なんたることであろうか。
年若い少女であるリュカが、達観し、こうして運命という業火に身をくべようとしていたのだ。
それは世界の損失である。
助けられて本当に良かった。
「私は、助かるはずじゃなかった。だから、運命という大きな流れも、今日みたいに私の死という結末を生み出して、時代を移り変わらせようとするの。でもね、運命の力を撥ね退ける、ユーマという戦士の名前は言い伝えのどこにも無いんだよ」
「俺の名前がそんな大それた記録に残っていたら、俺のほうが腰を抜かすな」
偽らぬ俺の気持ちであった。
それよりも聞き捨てならぬのは、運命がリュカを死なそうとしているということだ。
おのれ運命め。
美少女の価値を分からんというのか。
ならば俺は、その運命とやらと戦ってやろうではないか。
俺は大変不純な動機で、この世界を巻き込む事になる大きな流れに、真っ向から喧嘩を売ることを決めた。
「ラグナの神の使いを退けた剣士……確かに、尋常な存在ではありませんのう……とと」
老婆は背中に背負っていたものを、ジャキーンと装備した。
おお、でかいスコップである。
太い棒に、鉄の曲がった板が取り付けられている。
「わしは、皆の墓を掘らねばならぬのです。巫女様、どうか、死した者たちが精霊と共にあることを祈って下さらぬか」
「もちろんそうするよ。だけど、私たちもお墓を作るのを手伝うからね」
「おお……勿体無いお心遣い」
「掘れー」
「掘れー」
「掘れー」
子供たちも、ちっちゃいスコップを持って土を掘り始める。
何やらみんなで一箇所しか掘っていないので、墓穴は一つでいいのかとリュカに聞いてみた。
「そうだよ。人をそれぞれ埋めるのは、ラグナ教の教え。死んだ人間はみんな精霊と一つになるから、一緒にして埋めてしまうの。そうした方が、みんな一緒に精霊になれるから。本当なら、先に死んで精霊になった者は、このお墓で待っていて、後から精霊になった者を導く役割もあるんだけど……」
だが、墓はラグナ教徒によって焼き払われてしまったらしい。
ということで新しい墓なのだ。
だが、死者の数は多い。
そして、どうやら死んだラグナ教の兵士どもも埋めるようではないか。
ラグナ式の弔いではなく、精霊式の弔いで送られる辺りが彼らにとっては最高のあてつけではないか。
それにしても老婆はパワフルに地面を掘るが、子供が戦力になっていない。
スコップを手にしたリュカも奮闘するが、手が足りない。
俺は非力と来た。
うーむ、これは、ちょっと変わったやり方で墓を掘らせてもらう方が良いのではないだろうか。
「このままでは日が暮れてしまう。俺がやるがいいか?」
「ユーマが掘ってくれるの? でも、大きいスコップ重くてもてないでしょ」
「スコップではなく、剣ならやれる。リュカ、掘り方というのは決まっているのか?」
リュカが老婆を振り返ると、彼女はふるふると首を振った。
多分否定の意味だ。
ならば話が早い。
「おうい、子供たち」
俺は子供たちに呼びかけた。
うむ、こいつら相手なら緊張も何も無いな。
「なにー」
「なになにー」
「俺が持っているような、こういう剣を集めて来てくれ」
「はーい」
「はいはーい」
わーっと子供たちが散っていく。
すぐに、剣が集まった。
半ばから折れた……というか俺が切り捨てたものを入れて、百本を超えるだろう。
「ユーマユーマ、なにすんのー」
「なにすんのー」
おお、馴れ馴れしく俺のジャージを引っ張る子供たち。
ハハハ、やめなさい、布地が伸びる。
「少し離れていろ」
「やだー」
「ユーマの服やわらかーい」
「リュカ」
「うん?」
「こ、子供をちょっと離して」
「うふふ、はーい。ほらほら、みんな、ちょっと離れててね」
子供の扱いはリュカに任せよう。
俺には無理だ。
うむ、俺に出来ないことがまた一つ判明したな。
ということでだ。
老婆と子供たち、リュカが見守る前で、俺はしゃがみ込んで集められた剣の一本を手に取った。
既に、墓を掘る範囲は聞いている。
手にした一本を、そのギリギリの境界目掛けて投げた。
狙い通り、僅かなズレもなく地面へ突き刺さる。
もう一本。逆側の地面へ突き立てる。
さらに一本、もう一本。
次々に投げていく。
それは墓となる範囲を包み込む、金属の柵となった。
「わっ、綺麗に並んでる」
「すごーい」
「すげー」
「ユーマやるじゃーん」
俺はリュカと子供たちに手を振って応えつつ、バルゴーンを抜いた。
そして、手前に突き刺した一本の中で最も短いものを、掬い上げるように打った。
これは、剣と剣の共鳴と反動を利用して、離れたものを動かす技だ。
突き刺さった剣は、俺が加えた力で土を掬い上げるように跳ね上がり、その剣の挙動で隣り合う剣が衝撃を受けて跳ね上がる。さらに隣の剣も衝撃を受けて跳ね上がり……。
鈍い金属音が響き渡る。
次々と空に舞い上がる剣。
剣が跳ね上げる土砂。
落下してくる剣は、俺が予定している位置に次々とやってくる。
これを、魔剣で打つ。
一本を打てば、それが別の二本を打ち、それがまた違う四本を打つ。
土を掘り起こしながら、剣が打ち上がり、そして落下しては俺がそれをまた打ち上げる。
見た目は、剣を使った遠隔ジャグリングという感じだろうか。
ジ・アライメントのバグ技で、俺はよくこれを利用して穴を掘って遊んだものだ。
まさかこっちでも再現できるとはな。
これにて、直径が15m、深さ2mほどの大きな穴が完成する。
これだけあれば、五百人以上中に入れることが出来るだろう。
穴の対岸に、吹き飛ばした土砂が次々に落ちた。
「な……」
老婆が目を丸くしていた。
「なんじゃ、これは……? ま、魔法、かのう?」
「いや、俺は魔法使えないクラスなので」
俺は何と言えばいいか分からなかったので、とりあえず俺的に分かりやすい言葉を端的に発した。
これは、剣の性質とバルゴーンの力、そしてゲームのバグを熟知していれば出来る作業である。
戦闘に応用すれば、ギルド戦で複数の相手の武器を一度に跳ね飛ばす事もできる。
ただまあ、相手の武器の熟練度で成功率が変わるからな。
その点、土には熟練度が無いから楽なものである。
「尋常ではない、どころか。剣の技のみで魔法の域に達した戦士など、聞いた事も無い……! あなた様なら或いは……言い伝えにある運命を、変えられるのかもしれん……!」
老婆がダダダッと近寄ってきて、俺の腕をガシッと掴んだ。
痛い痛い。
パワー凄い。
ともかくだ。
死体を運ぶのばかりは、剣でホイホイというわけにはいかない。
老婆がどこからか持って来た、手押し車。
これに死んでる連中を可能な限り載せて、穴にどさどさ落とす。
破片になってる連中も拾い集めて、穴に落としていく。
死体は長いこと放置していると、良くない精霊が取り憑いて食屍鬼……グールになる事があるんだとか。
まあ、老婆曰く、ここまで黒こげや粉々なら、悪い事も起こりようはずが無いとかなんとか。
「おお、すごい顔だ」
最後に司祭であった灰を運ぶ時はおどろいた。
盛り上がった灰が、半分崩れた司祭の顔の形だったのだ。
一種のデスマスクであろうか。しかし、カッと目を見開いた無念そうな表情である。
持ち上げたら崩れるかと思えば、案外強固で形を保っている。
見れば見るほど、実に凄い顔だ。長く見ていると夢に見そうだったので、さっさと運んで穴に落とした。
土を上から掛けて、ぺたぺた固める。
「苗を植えるのか」
「そう。オークの木が根付いて、ここにいつか、大きな森が出来るように祈りながら埋めるの。次の年には、新しいお墓をつくるから、本当なら周りの地面は掘り起こし易いようにしておくんだけど、今回はこんなにたくさんの人が死んだからね」
オークの木は、年経ればエントという樹木の精霊に変じると言われているらしい。
確かに、この木が精霊になれば、糧になった死んだ連中も精霊になったと言えるかもしれん。
苗の前に、老婆と子供たちが並ぶ。
老婆は子供たちと共に、山に行っていたらしい。
それで助かったわけだ。
つまり、ここにいるこいつら以外、村の生き残りはいない。
「巫女様の精霊送りが始まりますぞ」
老婆の言葉を受けて、俺は苗の方向を向いた。
リュカが祈るように手を組み合わせて、
「遍く風の王ゼフィロス。今、人の子らが新たに、あなたの風の一筋へと加わります。彼らを迎え入れ、祝福をくださいますよう」
言葉の終わりに、風が生まれた。
それは、墓を四方から包む四つのつむじ風である。
自然に生まれた現象であるわけがない。
巫女の祈りに応えて、精霊が作り出したつむじ風なのだ。
風は空に向かって高く高く伸びる。
見上げると、頭上で雲が渦巻いた。
ぽつり、ぽつりと雫が落ちる。
雨だ。
そこだけが曇り、周囲は晴れている。
天気雨である。狐の嫁入りである。
リュカは俺たちに振り返った。
「ゼフィロスは新たなる子らをお迎えになりました」
「おお……!」
老婆、なんか顔をぐしゃぐしゃにして泣いている。
子供たちは、すげえものを見た、という興奮ではしゃいでいる。
こいつらが、自分の親兄弟が死んだということを理解するのはいつになるのだろうな。
今後、老婆と子供たちは、山奥へ引っ込んで細々と畑を作って暮らしていくらしい。
なんとか生き延びて欲しいものだ。
「剣士様」
最後に老婆が声を掛けてきた。
なんであろうか。
「巫女様を、お願いいたします。あなた様が巫女様を守る事で、きっと何かが……何かが変わると思うのです。人と精霊の時代が間違っているとは、わしは思いません。なのに、なし崩しに時代が、人間だけの時代に変わっていくという言い伝えは、それこそ間違っておる……! どうか、どうか……!」
「よく分からんが、引き受けた」
俺は安請け合いした。
かくして、何やら色々背負った気がしつつも、俺たちはさらに山奥、リュカの村へと向かうのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます