タケウチは気が付いてしまう

 紅い紅い星空の下、荒野に描かれた地平線の上を三人の旅人が歩く。

 内二人は行く先も知らずに。

「吟遊詩人も、流星を見てこちらに?」

 カンテラの問いかけに吟遊詩人は頷いた。

 仕草には何処となく高揚しているような雰囲気がある。顔色は相も変わらず窺えないが、それでもタケウチがそう感じる程に、大きな動作で。

[私の役目も終わりが近い。長かった……実に長かった]

 言い終えたところで、吟遊詩人は足を止めた。そして杖を振るい、先端は左手の方向。指し示す方角には、移動する巨大な陰影の群れ。

 カンテラは目を細めて呟く。

「ジュラーフの群れだ……」

 付け加えるように吟遊詩人の声が続く。

[私は今、箱舟に向かう道中を引き返している。あれは数時間前もここを通っていた。動きが不規則過ぎる……急ぐぞ]

 足元を見やる吟遊詩人。二人も釣られて同じ動作をする。目の前には、クレーターを思わせる猛獣の足跡があった。

 幾重にもそれが重なっているということは、ここを幾度も往来しているということだ。

「あの、ジュラーフってその、もしかして、首が長くて黄色い草食動物ですか……?」

 加速する吟遊詩人を必死で追いかけながら、タケウチは聞いた。

 カンテラは眉を潜めて答える。

「首が長いこと以外当てはまらないな。体は紫色で赤い斑点模様がある。そして獰猛な雑食動物だ。固い土以外なんでも食べる。なんでもね」

 最後の言葉を強調しながら、カンテラは親指で自分を、それから人差し指でタケウチを指さした。タケウチは、結局のところ食べられるかもしれないのかと身震いした。

 

 数時間か数十分か、一歩でも先へと急かされるまま歩き続け、タケウチが息を切らしたところで吟遊詩人は足を止める。

 三人の目の前には正方形の建造物。見上げる程に大きなものだが、陥没した一帯の中心に存在するため遠目からでは確認出来ない。

 まるで砂場に捨ておかれた遊具のようにそれは埋もれ、荒涼としている。

[廃墟というには相応しくない程の価値が有り、オアシスと呼ぶには余りにも人を寄せ付けない。これが過去の遺物だ、救世主よ]

 吟遊詩人はそう言うと、タケウチの背中に右手をあてがい、入り口らしき扉の前へ案内する。カンテラも後に続く。

[よく見たまえ。これが君の欲していた答えだ]

 カンテラを促した吟遊詩人は、手元がよく見えるように体を傾けつつ、左手で扉に触れた。しかし何も起こらない。

 それからタケウチの左手を握り、扉に触れさせる。するとどうか、未知の建造物に彫られている模様が光輝いて、扉がひとりでに道を開けた。

 まるで救世主の到来を報せるかのように、建造物から青白い光線が星空に向けて放たれる。

「す、すごい……」

 カンテラが感嘆の声を漏らした。

 タケウチは信じられないと言いたげに口を開き、光の柱を見上げている。

[救援が来たことを報せる為の信号弾だ。感傷に浸りたいところだが、生憎時間がない]

 吟遊詩人は建造物に勇んで足を踏み入れる。

 中は灯りが点いていて明るい。カンテラは眩しそうに片手で目元を覆っている。

 吟遊詩人が確固たる足取りで向かった部屋の入り口には、Storageの表記。

 ゆっくりと吟遊詩人の後を付いていくタケウチは、眉を潜めて右を向いたり、左を向いたり、かと思えば一点を注意深く観察したり。

 明らかに様子がおかしいとカンテラは気が付く。

「どうしたんだ、タケウチ」

「い、いえ……その、なんでもありません」

「そっか……言いたくないならいいんだ」

 酷く怯えたような、それでいて悲嘆に暮れるようなタケウチの面持ちを見て、カンテラは深く追及することをやめた。そうすることが、今は賢い判断だと思えた。

[救世主よ。やはり私にはアクセス権限がない。開けてくれないか]

 吟遊詩人に呼ばれて、タケウチは部屋の入り口に向かう。恐る恐る、タケウチは自ら操作パネルに手を触れた。

 扉は開いた。

 カンテラは驚きつつ吟遊詩人に問う。

「中には何が?」

[望みのものだ]

 覗き込んだカンテラの目に飛び込んできたものは、棚に陳列された物品の数々。特殊な容器に入った透明な液体は白い冷気を帯びていた。それらを持ち運ぶのに適した鞄もある。

 見慣れないものばかりに目を丸くするカンテラ。彼は吟遊詩人の意図を察して、期待に満ちた言葉を吐く。

「これは水に、食料ですか……?」

 共に確認する吟遊詩人は、淡々と言葉を紡ぐ。

[それらは保存食だ。施設の電力は優先的にこの部屋に回されていた。救世主が訪れるまで、不要な消費はしないように、これらの貴重な物資を守り続けていたのだ]

「すごいぞ、タケウチ。見たことないものばかりだけど……これだけあれば、皆助かるぞ!」

 カンテラはありったけの食料と水を鞄の中に詰め込んでいく。喜びのあまり昂るカンテラを他所に、タケウチは沈痛な面持ちで吟遊詩人の方を向いた。

「あの、これ」

 タケウチは部屋の外から、施設内に常備されていた一枚の薄型液晶パネルを持ってきた。電子タブロイドと呼ばれる冊子である。

 一匹の動物が、タブロイドに表示された動画の中で元気に跳ね回っている。

「イリオモテヤマネコという動物です。僕の好きな……大好きな動物です」

[……そうか]

「僕の故郷は、地球と呼ばれる星でした。イリオモテヤマネコは、僕が知る限り地球にしか生息していません」

 頷いて聞く吟遊詩人。タケウチは間を置いて続ける。

「この建物は、大昔からここにあったもの……で、合ってますか?」

[そうだ]

「じゃあ、ここは、この星は!」

[生命が維持できる惑星は、広大な銀河でも未だ他に見つかっていない]

 明言はせずとも、吟遊詩人の返答は紛れもない真実となってタケウチの鼓膜に届いた。

 タケウチの食いしばった歯が震えて、口の中に涙が溜まる。

「な……なんでこんな。こんなこと……ぼ、僕は、コロニー内で、感染症の疑いで冷凍睡眠されて、それから……一体……」

[私には事象と状況を数値でしか判断できない。だが……心中を察する]

「カンテラさんや、ほかの皆は……もう、知っているんですか……?」

[いいや。彼らはこの星をパーガトリーと呼ぶ。私がそう教えた]

「どうして?」

[希望が人を生かす。そう教え諭され、プログラムされた。この星がかの地球だと知っている者は、私と救世主。いや……もうじき君だけになる]

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