タケウチは立ち上がる

「救世主……」

 呟いたのはカンテラだ。

「貴方の瞳には淀みがない。いつも分け隔てなく事実を観測し、正しい判断と知恵を授けて下さった。詳しく聞かせて下さいませんか」

 おごそかに、そして敬意を払った問いを口にしながら、カンテラは吟遊詩人の側へ歩み寄った。

[過去の遺物を呼び起こせるのは、私と彼だけなのだ。しかし彼ならば、私よりも多くのものを復活させられるだろう]

「なにか根拠があるのですね」

 タケウチとライーロは息を潜め、会話する二人を見つめている。

[彼は私と同じ世代を生きている。スーツと船を一眼見て確信した。故に救世主たり得るのだ]

 吟遊詩人は杖の先を瓦礫の山へ向けたあと、再びタケウチの方へと動かした。

「具体的には、どういう……?」

[その目で確かめたほうが早い]

 淡々と事実を口にした吟遊詩人は、カンテラに背を向けて歩き出す。

 そしてライーロの方を向き、頭を下げて一言。

[案内ご苦労だった]

 ゆっくりと姿勢を正し、悠々と歩き去る吟遊詩人。

 タケウチは呆然とし、膝立ちの姿勢で吟遊詩人の背中を見送っている。

 カンテラは決意を込めて頷くと、その場で片膝を付いた。そしてタケウチの肩に手を乗せる。

 カンテラの澄んだコバルトブルーの瞳が、タケウチの黒い虹彩に飛び込む。

「ついて行こう、タケウチ。きっと、君が何者なのか……あの人は知っている」

「え……でも、僕はただの……」

「謝らせてほしい。君の事を遭難者だと報告したのは俺だ……早計だったよ。すまなかった」

「いえ、違うんです! 本当のことなんです。僕はただの……遭難者なんです」

「自分に何が出来るのか、案外自分が一番よく分かっていないものさ。俺もそうだったから」

 それでも首を横に振るタケウチに、カンテラは囁き声で言う。

「なあ、タケウチ。たとえ微かな望みでも、賭けてみないか。お互い助かったら、友達の墓をちゃんと作ってやろう。その時は俺も手伝うからさ」

 カンテラは微笑むと、タケウチの背中を優しく叩いて立ち上がる。

「ライーロはディディアの所に戻って、こう伝えてくれないか。俺とタケウチは、吟遊詩人と行動を共にしていると」

「分かったよ! 任せて!」

 大声で返事をしたライーロは、元気よく集落の方へと走っていった。

 ライーロが向かう反対の方向に、荒野に向かって小さくなる吟遊詩人の背中がある。カンテラはそれを足早に追いかけた。

 タケウチは涙と鼻水を何度も拭い取って、ようやく立ち上がる。

 カンテラと吟遊詩人は足を止めてタケウチが追い付くのを待った。

「……もう一回頑張ってみるよ。ヒビキさん、ナギサさん」

 口にした名は、彼の側で永い眠りについた者達の名前だ。

 互いの孤独を理解しあった、数少ない仲間達の名前だった。

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