タケウチは友を売る

「痛みは感じさせない。骨一つ無駄にはしない。立派な墓石を作り、タケウチの名を未来永劫語り継ぐ。誓ってそうする」

「まっ……待って! 待って下さい! じ、時間を下さい!」

「お前に何が出来る」

「ふ、船のことを知ってる! 僕なら、残ってる食料を探し出せます!」

「…………」

「お願いです、時間を下さい!」

 ディディアは険しい顔の裏で思索を巡らせる。カンテラが戻ってくる足音を聞いて、彼はタケウチを解放した。

「カンテラを見張りに付ける。時限は日が落ちるまでだ」


 カンテラと共にタケウチは瓦礫の中へ歩みを進める。出入口は知っていた。タケウチはそこから脱出してきたからだ。

 船内はまるで、鉄塊で作り出された底知れぬ洞窟。

 カンテラは金属の受け皿に火種を乗せた照明で辺りを照らしつつ、慎重にタケウチの後を付いていく。巻き布や防熱の加工は一切なく、熱された金属の持ち手を摘まむ指先には火傷する気配もない。実は、カンテラの目に明かりは寧ろ眩し過ぎる。夜目が効くのだ。

「当てはあるのかい」

 カンテラは暗闇に素顔を隠そうとするタケウチを目で追いかけ、重たい口を開いた。

 彼の声は厳しく問いただすようなものではなかった。探し物を手伝う友人のような声調で、タケウチは少しだけ安心感を覚える。

「……ひ、ひとつだけ」

 タケウチが目指したのは、目覚めた場所だ。そこには、助からなかった友人の遺体が転がっている。

 迷いはしなかった。しかし、あと一つ扉を開ければ辿り着くというところで、良心の呵責がタケウチの体を縛り付ける。頬を伝う涙が止まらない。

「いいよ、タケウチ。なんとなく察しが付いた」

 カンテラはタケウチの様子を見かねて、代わりに歪んだ扉をこじ開ける。飛び込んできた光景は彼の想像通り、酷く凄惨なものだった。

 タケウチが言う食料とは、下半身を潰された男と、槍のように尖った瓦礫で頭部を貫かれた女。

「二人とも、君の知り合いなのかい?」

 タケウチは首を斬り落とされたように頷く。カンテラは眉間を摘まんだ。

「辛かったろう……ありがとうタケウチ。もう十分だ。君は逃げてくれ」

「…………!」

「幼かった頃、俺はディディアに拾われて生き長らえた。きっと、ディディアも本心では君を助けたかった筈だ。誰も好き好んで人間を殺して腹に入れたいなんて思わない」

「でも……でも」

「皆まで言うな、タケウチ。今の俺たちは、間違ったことでしか生きられない……お互いにね」

 カンテラは振り返ってタケウチを見る。揺れる火種が、暗闇にカンテラの顔を浮かび上がらせた。死期を悟った狼のように、肝の据わった目をしていた。

 それがどうしようもなく怖くて、カンテラの優しさが胸に痛くて、あまりにも自分が情けなくて……タケウチはぐちゃぐちゃになった感情を喚き声にしながら外に出た。

「うああ……あああ」

 星空がより一層紅潮している。タケウチの目元も負けるとも劣らない。

 どうせ野垂れ死ぬなら、自分が食べられたらよかった。彼らは救世主ではなく、自分を食料として必要としてくれたではないか。何故、自分は数少ない友を売ってしまったのか。あんなことを少しでも脳裏によぎった自分が憎い。許せない。でも、やっぱり死ぬのは嫌だ。

 タケウチは薄灰色の地面に肘を付けて頭を抱えた。そして小さく小さく、体を丸める。急速に矛盾を繰り返す思考がタケウチの中で渦を巻き、涙袋に分厚い雨雲を作る。

[……少年よ。顔を上げたまえ]

 不可思議な声がタケウチの頭上から聞こえた。どことなく無機質で、言うなれば機械的な声だとタケウチは思う。

 ゆっくりと顔を上げると、漆黒のローブに身を包んだ人物が目の前に佇んでいた。目深にかぶったフードで顔は見えない。包帯が素肌を隠す右手には、紫色の光を放つ杖が握られている。

 その傍らにはライーロが立っていた。

「ニンゲン……じゃなくて、タケウチ……その、ごめんね。元気出して」

 粛々しゅくしゅくと頭を下げるライーロ。タケウチは唖然として返事が出来ない。

 彼が状況を把握するのに時間を要する間、カンテラは必要な人手を集めるために一度船内から出てきた。そして彼は驚きを露わにする。

「吟遊詩人……! 生きていらしたんですね」

 カンテラは目を見開いて口から言葉を漏らした。

[私は腐らない。自らのことで、これ以上は語るに値しないだろう……沈んだ箱舟の話をしよう。幸い、救世主はまだ生きている]

 吟遊詩人はそう言うと、杖でタケウチのことを指し示した。

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