タケウチは家畜になる

 タケウチは驚いた。未知の惑星で出会った住人の言葉が理解できる事実に。

 英語だ。コロニー内で公用語だったとは言え、高校生のタケウチがリスニングできる程度の英語だ。

 様々な疑問、驚嘆が交差し、彼の口から震えた声となって飛び出す。

「ちょっと待って……! 色々説明してくれよ」

 少女はニコニコ笑みを浮かべながらスキップして先を行く。彼女は見るからに話を聞いていない。

「私はパパに、褒っめらっれる~」

 上機嫌な少女の口ずさみに続いて、集落の住人が歓迎の声を上げ始める。

「あれが吟遊詩人の話で聞いた救世主じゃないか?」

「我々のライーロが導き手だったんだ!」

「世界の夜明けだ……!」

 ボロボロの布で身を包んだ住人たちが一斉にタケウチを囲み始めた。全員肌が青白い。

 喧騒を聞きつけたのか、最も大きなテントの垂れ幕をめくって、如何にも統率者らしき大男が大衆の中に歩み出る。途端に住人たちが静まり返った。

「皆、落ち着け。彼が困惑しているということが分からないのか」

 住人の中でも一際年老いた男がディディアに状況を説明する。

「ディディア。ライーロが彼を連れてきたんだ。あの白い恰好を見ろ。吟遊詩人の言ったとおりじゃないか」

「……詳しく話を聞かせてもらおう」

 大男はディディアと呼ばれている。そして少女の名はライーロ。

 タケウチはディディアのテントに連れていかれた。

「二人きりで話がしたい」

 ディディアがそう言うと、手伝い係の男が物音一つ立てずに出ていく。静かで重苦しく、乾いた空気が焦げ茶色のテントを満たしていく。

「名前はあるのか? 言葉はわかるのか?」

 ディディアの問いかけに対し、タケウチは頷いた。

「イリオモテ・タケウチといいます。皆さんの言葉は分かります。英語ですよね」

「確かにそう呼ばれているものだ……不思議だな。文化も知識も何もかも、過去の遺物が使えなければ相容れない銀河の果てで、我々は言葉が通じ合っている。互いに正体を知らぬというのに」

 どこかいぶかしげにディディアはそう言うと、両手を床に下ろし、深く深くこうべを垂れる。マントがめくれて露わとなった背面には、鍛え上げられた強靭な筋肉と無数の傷跡があった。

「君を引っ張ってきたのは私の娘だ。住人達も飢えと渇きで正常な判断が出来ていない。どうか先ほどの無礼を許してほしい」

「いや、そんな……頭をあげて下さい」

 ディディアはゆっくりと体を起こし、いた真摯しんしな眼差しを向ける。

「我々は夜空を斬り裂く流星を見てここを目指してきた。言い伝えには、救世主が箱舟と共に舞い降りてくる合図だと……」

「きゅ、救世主」

 タケウチは固唾を飲み込む。彼の喉元には「自分はただの遭難者です」という言葉が出かかった。しかし、発声を押しとどめたのはディディアのすがるような表情だ。

「どうか、哀れな我々を救い出してはくれないか。所有地を野盗に追われ、生きるために方々ほうぼうを歩き回っては狩りと自衛を繰り返してきた。しかし、ここ最近は獲物も水も確保できていない。二日も飲まず食わずで、若者も老者ろうしゃも限界が近づいてきている。このままでは、今晩私の娘が……ライーロが食卓に並んでしまうのだ」

「あ、あの子が……どうして子供が」

「先導者である私が犠牲を払えば波風が立たずに済む。ライーロは育ち盛りで大食い、そして健康なのだ。合理的な判断だが……誰しもそんなことを本心から望んではいない。苦渋の決断だった」

「え、えっと、その……一つ確認したいんですけど、皆さんは、地球人なんですか?」

「…………?」

 ディディアの眉間にしわが寄る。それは大きな谷間となる。

「船に乗って、どこかからこの星にやってきたとか……」

 タケウチがこのタイミングで疑問を吐き出したのは、彼らが自分と同じ遭難者ではなかろうかと考えたからだ。もしそうなら、自分の実情も幾分か明かしやすくなる。

「いいや。我々はこの星で生まれ育った」

「…………!」

「もう一度問う。タケウチ、君はこの星の救世主なのか?」

「っ…………」

 縋るような表情は一変し、刺し通すような眼光がタケウチを貫く。気まずい沈黙で凍てついた一瞬を、テントの入り口をめくる音が溶かした。

「ディディア! 聞いてくれ!」

 若い男が差し迫るような剣幕を覗かせる。男の燃え上がるように赤い頭髪がなびく。

「どうしたカンテラ」

「ライーロに聞いて、箱舟を探していたんだ。見つけたんだよ。でも……」

 カンテラの表情が憂いに満ちた。タケウチの顔は青ざめていく。

「ガラクタになってた……きっと不時着したんだ。俺たちはこの星から出られない。そいつも救世主なんかじゃない。ただの遭難者だ」

「……そうか。よくわかった」

「あ、あの、すいません。言い出すタイミングがなくて」

「いや、そんなことはどうでもいいことだ。一方的に話を進めたのは私だ。カンテラ、調理係を呼んで来い。それと力のある者を」

「わかりました」

 カンテラは颯爽とテントを出ていく。冷静で淀みのない指示を聞いて、タケウチはぞっとした。

 恐怖に駆られて逃げ出そうとした刹那、ディディアの太く逞しい腕がタケウチを捕らえる。タケウチが全身に目一杯力を込めても、ディディアはびくともしない。立ち上がる暇すら与えられなかった。

「悪く思うな、タケウチ。これが我々の最善なんだ」

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