献花に美しき星空を

アンガス・ベーコン

タケウチは墓場を見つける

 イリオモテ・タケウチは遭難そうなんした。

 タケウチは頭上の遥か彼方、息を呑むほど美しい星空を眺める。

「……空が見える。紅い空が。この星には、大気の層があるんだ」

 淡いコバルトブルーが混在する鮮やかな紅色べにいろの空は、幼き頃に地球で見た天の川を彼に想わせた。まるで一滴の血涙をそこに零したようだと。

「これに看取られるなら……死ぬのも悪くないと思えるよ」

 タケウチはスペースコロニーで過ごした毒にも薬にもならない〝誰でもない〟学生生活を思い出す。彼が地球の代わりに生活していた第二の故郷は、初恋の相手と数少ない友人もろとも鉄屑の塊と化した。それは彼の隣にうやうやしく死体と瓦礫の山を作り出している。

 タケウチの悲しみや不安、恐怖……彼が抱いた全ての感傷は、視界がホワイトアウトした一瞬の内に全てそこに置き去りにされている。未だに事態を飲み込めていない。

 墜落の原因も、タケウチだけが生き残った原因も彼には分からない。日常の崩壊はあまりにも唐突で瞬く間の出来事。ただ、そこに特別な意味があるとも思えなかった。

「この星に名前を付けるとしたら、僕の墓かな。そうだ……この星は未知の惑星なんかじゃない。イリオモテ・タケウチの墓だ」

 タケウチは薄灰色の地面に大の字で寝そべる。破損したヘルメットを宇宙服から取り外し、タケウチは肌寒さに身を委ねながら目を瞑ろうとした。不思議と息苦しさは感じなかった。

 だが、彼の瞼が視界を覆う前に、青白い肌の少女が頭頂部の方から逆さの顔を覗かせる。

「う……うおわ!」

 タケウチは叫んだ。枯れかけていた感傷が余りにも予想外な出来事を前に蘇る。

「ニンゲン……ニンゲンだ!」

 少女も叫んだ。少女は困惑するタケウチの手を握り、彼の体を軽々と引き起こす。

「一緒に来て、新しいニンゲンさん」

 タケウチは誘われるがまま少女の行く先に連れて行かれる。そこで彼が目にした光景は、懸命に生き続ける者たちの集落だった。墓場に眠る屍とは程遠い存在が大勢。彼らはタケウチを見て感嘆の声を上げている。

「私たち、アナタみたいなニンゲンが必要なの」

 少女のその一言は、奇しくもタケウチが一生をかけて聞きたかった言葉だった。混乱の底で期待と歓喜が湧き上がる。それが言葉の裏に隠された恐ろしい真意を覆い隠しているとは、この時の彼には知る由もなかった。

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