第7話 煙にまいたり、父と母の勘違い

「それで、どうだったの?」

「ふむ。最悪の事態は免れたみたいじゃ。だがのぉ……」

「ん〜、まだちょっと不安よねぇ」


 スイーツを持って戻ってきたら、部屋から声を潜めた会話が聞こえる。じいちゃん、来てたんだ。んじゃ、もっかい台所に行って、じいちゃんの分も取ってこよ。


 冷蔵庫から、ホイップクリームがたっぷり乗ったプリンのカップを、もうひとつ。ってかさっき、何の話してたんだろ。


 トントンと階段を駆け上がり部屋へ戻ると、じいちゃんはさゆりんと一緒にベッドに腰掛けていた。



「じいちゃん、今日は遅かったね」

「ん。まあ、野暮用でな」


 期待に目を輝かせてプリンに手を伸ばしながら、じいちゃんが妙に急いた口調で言葉を継ぐ。


「ところでフミヨシ、夏休みの宿題は済んだのか?」

「うっ……うん、まぁ大体ね」

「なんじゃ、まぁだ終わっとらんのか。もう夏休みも終わりじゃろう」

「でも、二学期学校行くかまだわかんないし。オンライン授業かもしれないから」

「そういう問題ではなかろう。期限の決まったものは、ちゃんと期限までに済まさねばならん」


 わかってるけどさ……提出しないかもしれない宿題なんて、やる気になれないよ……


 そう言っても怒られるだけだろうから、僕は黙ってお鈴を鳴らした。


……チーン。


「それにな、学習というものは本来、自分のためにする物じゃ。知識は教養になる」


……チーン。


「少し前に流行った『擬人化』なんてのも、知識あってこそ書けるもの」


……チーン。


「最近じゃ、『ギターパーツの擬人化』なんて話もあるそうじゃないか。面白いかどうかは知らんが」

「だからなんで昨今の創作事情に詳しいんだよっ」


「お、お鈴で返事はやめたのか?」


……チーン。思わず突っ込んじゃったよ、くっそぉ………


「わかったよ。宿題、やりますよ!」

「ふむ。偉いぞフミヨシ」

「そうよ、当たり前のことをちゃんとおやりなさい」


 じいちゃんとさゆりんはプリンを胸元に抱えて目を閉じた。二人とも、次第に幸せそうな微笑みが浮かんでくる。美味しそうでよかったよ、じいちゃん、さゆりん。コンビニスイーツは今日までだけどね。明日からは僕らの手づくりスイーツだ。美味しくできるといいけど。


 僕は机に向かい、やりかけの宿題を開いた。




「フミヨシぃ……まだ終わんないの?」

「まだ」

「暇じゃの。プリンを食べ終えてしもうた。大変美味かった。ときにフミヨシ、ルマ*ドはまだあるかの?」

「静かにしてよ、宿題やってるんだから。ルマ*ドはあるけど、あんま食べると太るよ?」

「ざんね〜ん。ワシらはもう死んどるから、太らんのじゃ〜」


……ムカつくじじぃだな! 誰の金だと思ってんだ。くそっ。


 ルマン*の個包装を開封して机の隅に置いた。さゆりんの分も。これでしばらく静かになるだろう。せっかく宿題に集中してるのに、まったく……





「リーダーの大日如来担当、さ・ゆ・り・ん・でぇす☆ 今日のライブ、最初の真言はぁ……『の~まく さんまんだぼだなん!』逝っくよ〜! あびらうんけ~ん♡」

「そ、そわかぁ……」

「声が小さい! もっとノリノリで!」


……うるせええええ!!



「なぁさゆり、ワシはこういうのはちょっと……フミヨシ、頼む」

「僕、宿題やってるんで。そこのお鈴で『チーン』ってやるらしいよ」


「し・ん・ご・ん・のぉ〜♪ ほんとぉの意味、知ってるぅ〜かい? 知らないのならぁ〜、教えてっ、アゲルぅ〜♪」


 微妙な歌とヘンテコなダンスでノリノリのさゆりん。じいちゃんは机に向かう僕の背後でそわそわ、ウロウロしている。


「ワシはお鈴を鳴らせないんじゃ。お供え物には触れられるが、そのほかの物を動かすには多大なポイ…霊力を、消費せねばならん」

「え。そうなの?! だってこの間、車揺らしたりクラクション鳴らしたりしてたじゃん」


 僕は驚いて振り向いた。じいちゃんは「助かった」という顔で僕を見つめる。


「そりゃ、この前は大ピンチだったからの。霊能力の無い者に姿が見えるようにしたり、物体に干渉したりするには、それなりの霊力を消費するんじゃ」


 そうだったんだ……じいちゃんたち、なつみを助ける為に、すごく頑張ってくれたんだね……わかったよ、じいちゃん。お礼にもならないかもしれないけど……


 機嫌良く歌い、踊っているさゆりん。僕はお鈴を手に、床へ正座した。何故かじいちゃんも、隣に正座。


「あびらうんけ〜ん♡」

「「そわか〜!」」チーン!!



「こらぁ! 文吉! お鈴で遊ぶんじゃない! もう11時過ぎたぞ!」


……階下から父さんに怒られた。そうだった。じいちゃんたちの声は聞こえなくとも、お鈴の音は普通に聞こえるんだった……




「フミヨシ、済まんかった」

「ごめん、フミヨシ」


 お鈴を仏壇に戻して怒られてきた僕に頭を下げ、じいちゃんたちは小さくなっている。


「いいよ、別に。自分でやったことだし……」

「じゃが……」「ねえ」

「大丈夫だって。酷く怒られたわけじゃないから」


 それよりさ、と、ふたりの食べ終えたプリンを手に取る。


「これ、もう父さんと母さんにあげてきていい?」

「いいけど、あたしたちが食べたから、ちょっと味薄いよ?」

「平気、平気。甘さ控えめとか言っときゃわかんないって」

「お前は食べないのか?」

「うん。要らない」


 ここ数日、夜中に甘い物を食べ続けているからか、僕は微妙に太りつつある。自転車伴走の距離を減らして、ジョギング頑張らなきゃ。



 プリンを冷蔵庫に戻していると、両親が揃ってやってきてダイニングテーブルについた。


「文吉、ちょっと座りなさい」


 いつもはウザいくらいおちゃらけがちな父さんが、真面目な顔をしている。並んで座る母さんも、なんだか神妙な顔だ。なんだなんだ、どうした?


「これ、仏壇にあげたやつだけど食べてよ」


 プリンをふたりに差し出すと、ふたりは何とも言えない顔つきで目を見交わした。



「……文吉、お前悩みでもあるのか?」


「はい? ……いや、無いけど」


「どんな些細な悩みでもね、相談してちょうだい。もし母さんに聞かれたくなければ、母さん席外すから」


「えっとぉ……別に、何も無いけど」


「だってお前、最近少しおかしいだろう。夜中に一人で喋ったり騒いだり。最初は友達と電話でもしているのかと思ったけど、今日なんてお鈴鳴らしてたし」

「毎日お仏壇にお供え物なんかしてるし」


 ああ、声が漏れてたかぁ………そりゃ、心配するよな。


「コロナで遊びにも行けないからな。ストレスも堪るだろう。夏休みももうじき終わるし、今のうちに車でどこか行くか?」

「そうよ、ひと気の無いキャンプ場とか、温泉とかなら」


 いやこの歳で親とキャンプやら温泉行って、何が楽しいんだよ。小学生の頃ならまだしも……


「そういえば、昔はよく行ったね。キャンプとか、川で魚釣りとか」


 すぐに断るのもなんだか悪い気がして、ちょっと話を合わせたんだけど……そんなに嬉しそうな顔、するぅ? ただの、ちょっとした想い出話じゃん。


「楽しかったけどさ、今年はもう無理かな。まだ宿題終わってないし」

「そうか……」

「もっと早く切り出すべきだったわよね……」


 いや、そんなガッカリしないでよ……親と旅行なんか、別に行きたくないよ……


「それにさぁ、今年は仏壇移したりして、うちも大変だったじゃん。なんだかんだ忙しかったし、普通に無理でしょ」


「ふむ…それはまぁ」

「そうなんだけど……」


 仏壇スペースを作るのに、わりと大掛かりに模様替えなんかしてたのを知っていた。でもその頃の僕は反抗期真っ盛りだったので、手伝いもしなかったんだよな……


「仏壇移すの、全然手伝わなかったからさ……せめてお供えものでもしようかと思って。それだけだよ」


 模様替え手伝わなくてごめん、って何でここで言えないんだよ、俺……


「仏壇とか家にあるのって、なんか新鮮な気がするし」


 そうじゃないだろ、何言ってんだよ俺は……


「あ、そうだ。俺、そろそろ小遣いが限界だからさ、お供え物を手づくりすることにしたんだ」


「は?」「え?」


「で、明日からなつみに教わりながらお菓子作るから、台所借りるかも」


 テーブルの下で両親が手を握り合ったのがわかった。ものすごーく嫌な予感がする。母さんなんか、目が輝いてるし。


「そうなの、なっちゃんね。やだ、お母さん張り切ってお掃除しなくちゃ! まずはコンロの焦げを」

「別にいいって。向こうのうちでやるかもしれないし」

「まあ! あちらで?! どうしましょお父さん、先方にご挨拶を」

「そうだな、先ずは電話で」

「やだあなた、今日は無理よ。もうこんな時間」


 なんか勘違いしてそうだけど、話が逸れたみたいだからまぁいいか。寝よ。


 あらあらまあまあ言いながら右往左往している両親を残し、僕は歯磨きをして部屋に戻った。じいちゃんとさゆりんはもう居なくなっていて、机の上に開封済みのルマ*ドがふたつ残されていた。これは、あしたの朝に食べよう。

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