第5話 男ってのは、いくつになっても
その時、俺の身体の中に彼の意識が入り込んだ。体中に力がみなぎるのを感じ、力が溢れてくる。これなら……やれるっ!!
俺は力を解放した。右腕に力を集め、渾身の力で拳を繰り出す。
「(カッコイイ必殺技名)!!」
「……じいちゃん!!! 勝手に読まないでよ!!」
「おぬし、正気か」
トイレから戻った僕は、急いでPCを閉じた。今さら閉じても手遅れだけど。
つい筆が乗って、ギリギリまでトイレを我慢したのがいけなかった。じいちゃんたちがまだ来ていないからと油断して、PCを開きっぱなしで離席してしまったのだ。
「『身体』か『体』、どっちかに統一しなさい。読者が混乱するじゃろう」
「だから勝手に……」
「力はみなぎるのか、溢れるのか。もしくは、みなぎってから溢れるのか。はっきりしなさい。それから『右腕に集めた力を解放する』ならまだしも、解放した力を右腕に集めるのはおかしくないか? それにあの短文の中に『力』という文字を3つも使っとる」
「じいちゃん、」
「カッコイイ必殺技名とはなんじゃ。叫びながら攻撃するのか。拳を繰り出してから叫んだのでは、殴り終えてからもまだ叫んどることになるぞ。なんとも間抜けではないか」
「そういうのは……みんな、雰囲気で読んでくれるから。そういうもんだから」
「読者の読解力に甘えるでない! 書かれた文章から空想を広げるのは読者の自由であり悦びだが、粗だらけの文章から筋道を読解するのは読者の義務ではないし、迷惑ですらあるのだぞ! こういう細かな違和感が読者を離れさせるのじゃ!」
「うっ……もう、勘弁してください」
僕は机から離れ、ベッドに突っ伏した。恥ずかしくて情けなくて、涙も出ない。勝手に見られたのは腹が立つけど、言われたことは
「文章なんて、後からいくらでも直せる。大切なのは、物語を書きたいという情熱じゃ。今の文章からは、それを感じた。フミヨシ、今度はどんな話を書いているのじゃ?」
僕は突っ伏したまま、迷った。この話は……
「……昨日のことだよ。なつみを襲おうとした犯人達に、僕は何もできなかった。やつらを捕まえたのは、じいちゃんたちだ。だから……強い霊体と合体する感じで、悪者をやっつける話を書きたくて」
「なんじゃ。おぬしは犯人を追いかけて通報したではないか。立派なことだし、我々には出来ないことだ」
「それはそうだけど……昨日のじいちゃんたち、めちゃくちゃカッコ良かったからさ……」
「む? そ……そうか? どんな風に?」
「え?」
「その、なんというか、具体的に、言うてみなさい」
じいちゃん、なんかそわそわしてるな……僕は身を起こし、ベッドの上であぐらをかいた。
「えっと……さゆりんは空飛んで車を見つけてくれたし」
うんうん、とじいちゃんが頷き、先を促す。
「クラクション鳴らして驚かせて……」
じいちゃんが、少し身を乗り出した。口元が期待にもぞもぞ動いている。
「じいちゃんは、車をガタガタってすごい揺らして……カッコ良かった」
あまりに期待に満ちた目で見てくるので、誉めないわけにいかなかった。いや、ほんとにカッコ良かったんだけどさ。
「それに、犯人達を追い詰めて足止めしてた時、すごくおっかなくて……威厳があったよ。すげえ強そうだった」
「うー、オホン。ま、それほどのことは無いがな。たいしたことはしとらん。そりゃぁ多少はポイ……いや、霊力を消費したが、どうということは……ムホン!」
じいちゃん、嬉しそうだ。堪えてるみたいだけど、ヒゲの下で口元がすげえ緩んでる。わかりやすいな、この人。
「ということは、あれか。その強い霊体とおぬしの肉体がこう……アレして、悪をバッタバッタとやっつけるという筋立てか」
「うん……、まぁそんなとこ」
「ふむふむ……なかなか面白そうではないか」
じいちゃん、なんかピョコピョコしてる……PCの方をチラチラ見ながら、つま先立ちでピョコピョコ……
「続きは、書かぬのか? ワシが添削してやっても良いが……なんなら、必殺技の名前を考えてやるぞ?」
もしかして、じいちゃん……
「主人公の『俺』がピンチになると、『たすけてぇ、ブンえも〜ん!』って叫ぶんだ」
「おっ! ほうほう、それで!!」
じいちゃん、めっちゃ身を乗り出してくるじゃん……顔が近いよ……んで、やっぱり自分が登場すると思ってたんだ。そんで、猫形ロボットのお話には詳しくないんだね。なんなら今ちょっと、のび太の物まねしたのに。
ほんとは、主人公は辛い過去を背負った影のある少年、霊体は悪霊になりかけていた所を少年によって救われた青年の霊っていう設定だったんだけど……ちょっとからかっちゃおうかな。
「『ブンえもん』は元々すごく強いんだけどね、主人公と融合するとその強さは数倍になる。わるものや悪霊を退治して行くうちに、どんどん強くなって」
「ほう! ほう、ほう!!」
「……ふたりは強い絆で結ばれて行くんだけど、たまに喧嘩したりも」
「ほ〜ん!」
「綺麗な女性に思いを寄せられたり……」
「なんと!」
なんだこの食い付きは。すごいリアクションいいな……でも。
「……って、こんな話、そこらじゅうにゴロゴロしてるよ」
「だったら何じゃ、面白ければそれでよい!」
「じいちゃん、一昨日言ったことと矛盾してるじゃん……」
「むっ……だがワシは『新しいものや突飛なものだけが創作ではない』とも言った。たしかに言ったぞ! そもそもそれはおぬしの意見だったろうが。さあ、続きを。ワシはどんな活躍をするのか。悪漢どもをなぎ倒し、ちぎっては投げちぎっては投げ……」
僕は黙って立ち上がると、机の上のPCを開いてテキストファイルを消去した。
「これは、没です」
「ああぁっ!!」
じいちゃんは真っ白になった画面を見つめ、呆然としている。そして、両の拳を握りしめた。え、僕、殴られるの?
「なんということを……! ワシの華麗なる活躍を……」
「いや、あれまだほとんど書いてないから。思いつきでクライマックスシーンをちょこっと書いてみただけで」
「喧しいッ!! おぬしなどもう知らん! このケチクサボウズめ!!」
「はぁぁ?」
じいちゃんはいきなり消えてしまった。
今度は僕が呆然とする番だった。いや、しょっちゅう「帰れ」とは言ってたけどさぁ………まだ、スイーツも食べてないじゃん………
30分後、僕の部屋に再度現れたじいちゃんは、頭を下げて言った。
「さっきは、ワシが悪かった。フミヨシにカッコ良かったと誉められて、さらにフミヨシの小説の中で一緒に大活躍できるのだと思ったら、つい年甲斐も無く浮かれてしまったのだ。おぬしの小説なのだから、おぬしが好きに書くべきだった」
「もういいよ、じいちゃん。それより、一緒に食べようよ」
さっきコンビニまで走って買ってきたティラミスを、じいちゃんに差し出した。おまけに、ルマン*も突き刺してある。
コンビニから帰ってきてすぐ、仏壇のお鈴を大音量でリンリン鳴らしまくってから「おいしいスイーツ買ってきたよ」と報告しておいたのだ。そしたら、10分ほどで戻ってきた。じいちゃんの我慢の限界は10分だった。
「おばあちゃんの分も別にあるから、遠慮せず、どうぞ」
また財布の中身が寂しくなったけど、仕方ない。
じいちゃんは目を閉じると、思わず「ほぉ…」とため息を漏らした。
「この、ほろ苦く芳しい香り……濃厚な甘みの中に感じる微かな酸味……芳醇なあじわい……これはまた、格別じゃぁ」
「ところで、じいちゃん」
次のもぐもぐが始まる前に、気になっていたことを聞かなきゃ。
「今日は、ばあちゃんは?」
「さゆりは今日、空海センセイにアイドル活動の公式認定を貰うための、申請に行っておる。おそらく、もうすぐ来るだろう」
申請とかあるんだ。前から疑問だったけど、天国のシステムって、どうなってるんだろ。
「ときに、フミヨシ。今回の件は、さゆりには黙ってて貰えまいか。あやつに知れると、なんというか……面目が」
「わかってるよ、じいちゃん。ばあちゃんに言うつもりなんて、元々なかったから」
知られたら、思いっきりからかわれそうだもんね。
「恩に着るぞ、フミヨシ」
「じいちゃん、恩に着るのは僕の方だ。じいちゃん達のおかげで、親と前みたいに……とはまだいかないけど、少し普通に話せるようになった。昨日のお礼も、一応言えたし」
「そうか。それは良かった」
平和な空気が流れる。最近は少し慣れてきたとはいえ、ご先祖様とこんなほっこりした会話をしてるなんて、変な感じだ。そういや、初対面のときはびっくりしたなぁ……
「そういえば、じいちゃん。前に延泊がどうとか言ってたけど、天国ってどういう…」
「『たすけてぇ、ブンえもぉ〜〜〜ん!!』 あっはっは! 小説の中で大活躍できなくて、残念だったわねー!!!」
あちゃー………ばあちゃん登場……
「さゆり! どうしてそれを!!」
「申請所での待ち時間に、鏡の間で見てたのよ〜♪ はぁ〜、おもしろかった。まったく男ってのは、いくつになっても……あ、あたしのティラミスは?」
「……取ってきます」
僕はじいちゃんを残して部屋を出て、階段を降りた。
じいちゃん、ごめん。がんばれ……
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