第4話 ヒーローなんかじゃない 後編
「くそっ!」
僕は全力で走りながら、電話をかけた。大山なつみに、ではなく、自宅へ。
「かあさん! 助けて!」
電話に出た母親に、開口一番そう叫ぶ。
「父さんと一緒にコンビニへ向かって!! スマホ持って!!」
聞き返すことも無く、母は父に電話の内容を伝えてくれている。ありがとう、母さん!!
「なっちゃんがジョギング中に襲われたっぽい。うちからコンビニまでの間に居るはずなんだ。俺もいま向かってる」
わかった、あんたも気をつけなさい! その言葉を聞き終わる前に電話を切った。全力で家までの道をひた走る。
「なつみー! どこだ!!」
「フミヨシ、あっち! 脇道に車が!」
空中高くに浮かんださゆりんが細い脇道を指差している。さすが幽霊、サンキューさゆりん!!
脇道へ飛び込むと、車と塀の隙間に人影が見えた。そして、車の後ろにも。
「おいお前、何してる!!」
男が車のドアを開けるところだった。僕は急いで飛びつき、車のキーを奪おうとした。相手も必死だ。数秒間、無言で揉み合う。と、車の後ろに踞っていた男が立ち上がった。その向こうには、倒れている大山なつみが見える。まずい、1対2だ……
その時、車のクラクションが鳴り響いた。まだ車のドアは開いていない。なのに……
さゆりんだ。霊体なのに! 顔をしかめ、渾身の力でクラクションを押してくれている! そして、車自体がガタガタと揺れ始めた。地震でもないのに、ガタガタと……じいちゃん!! 車揺らしてる!! すげえ!! さゆりんは車からすぅっと飛び出すと、車の回りを飛び回りながら、車体をバンバン叩きまくる。
暴漢がビビった隙にキーをもぎ取り、僕はそれを思いっきり遠くへ放り投げた。キーはどこかの家の庭に吸い込まれて行った。よし、足は奪った!
暴漢二人組は這うように車を離れ、そして後ろも見ずに逃げ出した。咄嗟に追いかけようとしたが…なつみだ!
「大丈夫か、なつみ!」
大山なつみは苦しそうに呼吸をしながら、目を開けた。どうやら無事みたいだ。
「……ありがとう。ちょっと、首、締められて……一瞬落ちた」
「わかった。今警察呼ぶから、もう喋るな」
バタバタと足音が近づいてきた。家の方角から……父さん、母さん!!
「なっちゃんを頼む。あと、警察呼んで」
「お前は」
「追いかける!!」
僕は奴らの去った方向へ駆け出した。
さゆりんが、走る僕の前を滑空している。
「今、足止めしてる。こっちよ」
指差す方向に角を曲がった瞬間、ものすごい冷気が身体を包んだ。じいちゃんだ! 少し先で、じいちゃんがふたりに多い被さるように立っている。その姿はまるで、阿修羅像の様だ。じいちゃん、体格がいいからすごい迫力。暴漢達のひとりは腰を抜かして失禁し、もうひとりは頭を抱えてうずくまり震えている。僕は奴らの姿をスマホに納めた。
「警察がこっちへ向かってる。逃げるなよ」
「ひぃぃぃっ……」
声を掛けると、腰を抜かしていた方が失神した。白目を剥いて仰向けに倒れ、うずくまって居る方の背中にもたれる形で止まった。
不思議に思って振り返ると、ばあちゃんが老婆の姿で(って言うのもおかしいけど)奴らを睨みつけていた。髪はぼさぼさ、服もボロボロ。それはそれは恐ろしい形相で、僕まで失禁しそうになった……
大山なつみは無事だった。
彼女は僕に電話をかける少し前に、うちの前を走っていたらしい。その時僕の部屋の灯りがついていたのを思い出して、咄嗟に電話をしてきたのだそうだ。なかなかの機転だったと思う。
少し声がかすれ気味だったけど、しばらく経つとそれも治った。そして何故か、毎晩のジョギングを一緒に走ることになっていた。
「何で俺が……」
「いいじゃない。どうせ暇なんでしょ?」
「暇っちゃ暇だけどさぁ……」
「お願い、ふみよし君」
え、となつみの顔を見ると、少し頬を赤くしている。
「助けてくれた恩人を、もうモンキチなんて呼べないよ……」
「………しょうがねえな。ジョギング、付き合うよ。夜道は危ないしな」
じいちゃんとさゆりんが、ものすごくニマニマしながらこっちを見ている。こ、これは、そういうんじゃないから! なつみは部活も空手もすごく頑張ってて、俺は親から聞いてそれを知ってるから、だから仕方なく……いいから、さっさとスイーツ喰って帰れ!!!
「お? なんじゃフミヨシ、その顔は。お? お?」
「なつみちゃん、可愛い子じゃないの。フミヨシもカッコ良かったよ?」
じいちゃんはかなり、そしてばあちゃんはめちゃくちゃ怖かったよ! でもありがとう。だから、そのニヤニヤはやめて。
「男子たるもの、常におなごを護らねばならん! よくやったぞ」
「女子だって、我が子のためなら身を挺してでも護るわ。自分より弱いものを護るのが、大人の役目」
「そのとおり」
なつみには見えも聞こえもしないので、ふたりは遠慮なしに話し続ける。人前では僕が言い返せないのをいいことに……
そこへ、大人たちが4人階段を上がってくる足音が聞こえた。開けっ放しのドアから母さんが顔を覗かせる。
「警察の方達、お帰りになったわ。もう家に帰ってもいいそうなんだけど……良かったら、これ、食べてからにしない?」
母の持つお盆の上には、僕が買ったコンビニのお菓子……をアレンジしたスイーツがいくつか載っていた。
「文吉が走って振り回したから形は崩れちゃったんだけど、汚れたわけじゃないし、もったいないしね。あれこれ組み合わせたら、わりと美味しそうに出来たのよ。なっちゃん、どう?」
「わあ、嬉しい。いただきます!」
なつみは目をキラキラさせてスイーツを選んでいる。ついさっき怖い思いをしたばかりなのに、スイーツを目の前にしたらその笑顔か……女の子って、変なの。まぁ、何も無く済んだからこそだけど。
そう思ったところで、どっと安堵感が押し寄せた。そうだよ、何事も無く済んで、ほんとうに良かった。じいちゃんとさゆりんのおかげだ。
「ほら、アンタはどれにする?」
「俺は別に」
じいちゃんとさゆりんが、大きく手を振って僕に指示を出している。わかったよ、これだね。
「えっと、このエクレアとフランボワーズムースのやつにする。でも、まずはそれ、仏壇に上げて欲しいんだ」
「お仏壇に?」
「うん。さっき、じいちゃんとさゆ…ばあちゃんたちが、助けてくれた……ような気がして」
ほんとはガッツリ助けてもらったんだけどね。それ言うと、いろいろややこしくなりそうだから。
じいちゃんとさゆりんはそれを聞くと、嬉しそうな顔で消えた。きっと仏壇に先回りしたんだ。食いしんぼうめ。
そして、ドアの外に立っていたなつみの両親が、何やら感動の面持ちで僕を眺めている。
「今どきの子にしては、なんて先祖想いな……」
「感心な若者だ。こんな子、最近なかなか見ないぞ」
……なんか、盛大に勘違いされている気がする……どうしよう……
最近ろくに口をきいていなかった母さんは目を潤ませて階段を降りて行ったし、同じく避けていた父さんも、ドアの所でこっそり目元を拭っている。
なんだよ。たしかに反抗期だったよ。無視とかしてて悪かったよ……
あの時僕が真っ先に頼ったのは、警察でも友達でもなく、両親だった。そして両親共、反抗期真っ最中だった僕の電話に問いただすこともなく、無条件に動いてくれたんだ。お礼、言わなきゃな……なんだか恥ずかしいな……後で。後で、ちゃんと言おう。言えるかな……
「なつ……えっと、なっちゃん」
小学校からの付き合いとはいえ、ご両親の前で呼び捨てはまずいよな。
「なつみでいいよ。いつもみたいに」
おいばかやろう、変な言い方するなよ! なに照れてんだよ! オヤ見てんだぞ……えーい、しょうがない。
「なつみ、それ、下に持ってってみんなで食べない? この部屋、狭いし」
なつみが僕を見上げて、嬉しそうに頷いた。何がそんなに嬉しいんだ?
「そうだね。みんなで食べた方が美味しいね!」
そんなキラキラとした目で僕を見上げるの、ほんとやめて。キミを救ったのは、じいちゃんとさゆりんなんだ。僕が助けたわけじゃないんだって………
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