第3話 ヒーローなんかじゃない 前編
「ルマ*ドのアレンジレシピをもっと」
「ルマン*、ルマン*ってうるさいな。あたしはもっと別のものがいい。ウチの男どもときたら昔っから食に保守的で……」
部屋に出てくると同時にふたりが喧嘩を始めたので、仕方なく僕らはコンビニを目指して歩いている。先頭に僕、後ろにはじいちゃんとばあちゃんが並んで歩く。
「いやぁ、この辺もすっかり変わって」
「土の道が無いんだねえ。野良犬の一匹も見かけやしない」
夜九時ともなれば、住宅街はひっそりとしている。時たま、開け放した窓からテレビの音や家族の笑い声が聞こえてくるぐらいだ。
ひとけが無いのを良いことに、歩きながら後ろを向いて質問する。闇の中では銀色の半透明がくっきり見えるみたいだ。
「外を歩くのは久しぶりなの?」
「ああ、今までは皆が会いにきてくれとったからな。法事や墓参り、仏壇の前なんかで皆の元気な顔を見られた」
「今はコロナで無理でしょう? だからこっちから出向くのが推奨されたわけ。今回は特別に、延泊も格安でできるし」
それで長居してるのか……ってか延泊って。どういうシステム?
聞こうと思ったけど、さゆりんが先に話し始めた。
「それはそうと、昨日言ってたアイドル活動の話、教えたげる。気になってたでしょ? ネタにしていいよ」
うん、たしかに気にはなってた………
さゆりんの密教系アイドルプロジェクトの全貌は、思いのほか壮大だった。
要約すると、『歌舞にて密教の教えを広め、来世を楽しく生きて最終的に
ゆくゆくは、メンバーを「チーム如来・チーム菩薩・チーム明王」等に分けるらしい。チームによって歌の特色が違うのだとか。一体、何人集める気なのやら……
計画は壮大だが、具体的なことは何も進んでいない。思いついてすぐに着物を衣装へと縫い直し、挨拶のコールを考えたところで、こちらにやってきたのだそうだ。アイドルへの道のりは遠いね、頑張れさゆりん………
「あたしたちって、お経は自分の葬式なんかで耳にしてるし、意味はわからないくせに響きでなんとなく成仏できちゃってるわけじゃない? だからその意味を知ったら、もっと為になるんじゃないかと思うの」
成仏って、そういう仕方なの? なんかありがた味が無いんだけど。まぁ、さゆりんの言うことだから、話半分に聞いておくけど……
「たしかに、お経の意味って知らないな。どんな意味なんですか?」
「ん〜。ものすごくざっくり言うと、『細かいこと気にしすぎないで、気楽にいこうよ〜♪』って感じ☆」
「なんじゃ、その雑なまとめかたは!」
「詳しいことは自分でお調べなさいな♪」
ちょっと興味が沸いてきた。帰ったら調べてみるかな……
「大体、
「酷いわ! あなた……」
パシッと音が響いた。振り返ると、じいちゃんが頬を押さえて目を丸くし、ばあちゃんは涙目でじいちゃんを睨んでいる。幽霊同士って、殴れるんだな……
「これは、この年齢は……16歳はあたしがあなたと、文衛門さまと出会った歳じゃないの! だから、あたし……文衛門さまの、莫迦っ!」
「さ、さゆり……さゆりどの!」
ばあちゃんはミニスカ着物ではなく、普通の着物姿に変わっていた。髪型もツインテールから日本髪に変化している。じいちゃんもいつの間にか若返って、学生風の着物と袴に制帽姿だ。うわー、若〜い。でも、ちゃんと面影があるなぁ。じいちゃん、ちょっと僕に似てる気も……しないでもない。
「さゆりどの……済まなかった。ワシ、いや僕が悪かった」
「文衛門さま、あたしのこと、愛らしいと言ってくれた」
「そうだ。そうだよ、さゆり。これまで目にしたすべてのものの中で、最も愛らしいと、僕は本気で」
夜とはいえ街中で、しかも子孫の前で何やってるんすかね、この人たち。若返ると言葉遣いも変わるんだな……ってか僕、先にコンビニ行っててもいいかな……
「文衛門さまは、やはりこの格好のさゆりがお好きなのね? ミニスカのさゆりんはお嫌いなのね?」
「ち、違う。そうではないよ、さゆり。さゆりはどんな姿でも可愛らしい」
「ほんとう?」
「ほんとうだ。それに、大人しかったさゆりも素晴らしい妻だったが、今の元気で威勢の良いさゆりもなかなか良いと思うぞ」
さゆりさんは再びさゆりんの姿に戻り、にっこり笑った。おじいちゃんも、元の
「さゆり……」
「あなた………」
ふたり微笑み合ったと思った瞬間、さゆりんの表情が変わった。突然の真顔、こえ〜。
「昨日から人のことを若作り呼ばわりしてたけど、あなただってちょっと若ぶってるじゃないの」
「はいっ?」
……はい? どうしたの、ばあちゃん。今までイチャついてたんじゃないの?
「あたしが死んだ後、すぐにしょぼくれたじいさんになってハゲ散らかしたくせに」
「んなっ!」
ばあちゃん、それは……酷いよ。あまりに酷い言い草だよ、じいちゃん、ワナワナしてるじゃん……
「そこまで……そこまで禿げてはおらん! たしかにちょっと薄くはなったが…」
じいちゃん、劣勢です。がんばれ。
「自分だって一番輝いてたときの格好してるくせに、人のことを揶揄してばかり」
「それは……ワシだって! ワシだって、さゆりが元気だった最後の時期、あの頃の姿でいたかったんじゃ!」
「あ……あなたぁっ!!!」
うん、先に行ってるねー。
ピンポ〜ン、と間抜けな音がして、自動扉が開いた。
若い男性店員が「らっしゃ〜せ〜」と声をかける……が、誰も入ってこない。店員はギョッとして凍り付いたまま、ドアを見つめている。
ごめん、店員さん。見えないだろうけど、うちのじいちゃんとばあちゃんです。
じいちゃんとさゆりんは手を繋ぎながら、キョロキョロと楽しそうに店内を物色し始めた。ウキウキで手を繋ぐ、老人とミニスカ着物少女。端から見るとヤバいなこれ。他の人に見えなくて良かった。嬉しそうに駆け寄って来なくていいから……
既にカゴに入っている物の他に、ふたりが興味を示した物を片っ端から入れて行く。カゴはすぐに一杯になってしまった。会計が怖い。
「タピオカって、もう無いの?」
「
「マリトッツォは?」
「売り切れみたい。ってかなんでそんなにコンビニスイーツ詳しいの……」
さゆりんにだけ聞こえる囁き声で会話しつつ、レジに並ぶ。じいちゃんは酒の棚の前で動かなくなっていた。じいちゃん、僕まだ酒は買えないよ!
会計を終え無事にコンビニを出て、家へ向かう。財布はだいぶ軽くなったけど、ふたりともすごく嬉しそうだ。
ふいに、ポケットの中のスマホが鳴った。スマホって、いつだってふいに鳴るものだと思うんだけど、何故かつい、「ふいに」って使っちゃうよな……と思いながら画面を確認。近所に住む同学年の女子、大山なつみだ。何だろう。こんな時間に。
「よお、久しぶり。どうした?」
電話から震える息遣いが聞こえ、少し歩調を緩める。何かあったのか?
「モンキチ、悪いんだけど、今からちょっと出て来られる?」
「今ちょうど外だけど」
えっ、と息をのむ気配。ちなみに、モンキチというのは彼女だけが呼ぶ僕のあだ名だ。文吉だから、モンキチ。
「どこ?!」
囁くような声は、泣きそうだった。
「コンビニの近く。どうした?」
「夜のジョギング中なんだけど、なんか変な男に付けられてる気がして……」
「えぇ、気のせいじゃない?」
そう答えた瞬間、両側から罵倒された。
「正気かおぬし、すぐに行け」
「このへなちょこのバカたれが!」
だって彼女、多分俺より強いし。テニス部だし、空手習ってるし……わかったよ。行くから、そんなに睨まないでよ。
「今どこ? すぐ行く」
電話を繋いだまま、僕は走り出した。彼女の居るところからコンビニまでの道を、なるべく広い道路を通るよう誘導する。はっ、はっ、と彼女の息づかいが聞こえる。恐怖のせいなのか、呼吸が浅く、早い。
「きゃっ」という小さな叫び声と共に、大きな雑音が耳元で鳴った。堪らず、一瞬電話を遠ざける。急いでもう一度電話を耳に当てると、通話は切られていた。
「くそっ!!」
なつみが、危ない!
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