第2話 アイドルになりたいさゆりん
「ルマ*ドのアレンジレシピとやらが食べたいのじゃ」
……開口一番が、それですか。
「昨日聞いてから気になっての……気になって気になって気になって気になって、このままじゃ成仏できん」
「成仏は、もうしてるでしょ! お盆だから、ってうちに来たんじゃないですか」
「食べるまで帰らん」
「いや、帰ってよ。とっくにお盆は過ぎてますよ」
「食べるまで、帰らん!」
「あたしも食べたーい!」
「えっ、誰?!」
耳慣れぬ声に振り向くと、背後に少女が立ってる。え、何その格好。袖の無いミニスカ状態の着物にニーハイソックス?! ツインテールの美少女って……ほんとにダレぇー?!
「どどどどちらさまですかっ!」
半透明の美少女が後ろに手を組むあざといポーズで首をちょっと傾げ、微笑む。
あ、おじいちゃんで慣れてて言い忘れたけど、この人も幽霊みたいです。銀色っぽい半透明だから。
「どちらさまって……ご先祖サマに決まってるでショ☆」
ショ☆ って、目の横で横ピースされても! そんなポップなご先祖様、知りません!!
「ハーイ! 密教系アイドル
「あびらうんけ〜ん」と言いながら、胸の前でゆるく合掌して両方の人差し指の第一関節を軽く曲げて合わせ、その手を前へ突き出している。何ソレ。
「いや、ノリが悪いな。ほら、あんたも『そわか〜♡』って」
「やりませんよ!! 何なんですか、それ!」
「見たらわかるでショ☆ 手印だよ♪」
「わかりませんて! でもなんか、バチ当たりな気はする! すごく!」
「バチ当たりどころか、ありがたい真言のアレンジよ?」
「だからそのアレンジがまずいんですよっ!」
「なんでよ、言ったら返してよ。あびらうんけ〜ん♡ 、はい、『そわか〜♡』」
「そわか〜♡」と言いながら、突き出した両腕を戻し顔の前で斜めに構えている。
「 絶っっっ対 や ら ね え 」
さゆりんはベッドの上に飛び乗ると、仁王立ちした。片手を腰に当て、逆の腕を伸ばしてビッと部屋の中央を指差す。
「さあっ、みんな逝くよぉーっ! 右の
(そわか〜!)と口パクで言いながら、先ほどのポーズを繰り返す。
「次は左! あびらうんけ〜ん♡」
(そわか〜!)
「みんな一緒にぃー! あび」「いい加減にしなさい、さゆり!」
文衛門じいちゃんが一喝した。さすがのさゆりんも、口をつぐむ。
「寝台に登るなどはしたない。それに何だその格好は。裸も同然ではないか!」
いいぞじいちゃん、もっと言ってやれ!
さゆりんはいかにも渋々といった様子ながら、膝を揃えてベッドに腰掛けた。
「だってさゆりん、密教系アイドルだもん。センターだもん」
唇を尖らせているさゆりんを眺め、はぁ〜っ、と大仰なため息をつくおじいちゃん。気持ちはわかる。何だよ、密教系アイドルって……
「さゆりん、じゃないだろう? さゆり。お前は全く、いい歳して……」
「いい歳って何よぉ。女の子は、永遠の乙女なんだゾ☆」
文衛門じいちゃんはとうとう両手で顔を覆ってしまった。普段は口うるさいじいちゃんけど、さすがに可哀想になってきた。
「享年61歳で、何が乙女じゃ……」
ですよねぇ、じいちゃ…ええええっ!! ろくじゅういっ歳?!
「女の歳をバラすんじゃないわよっ!!」
さゆりんが、いや、さゆりさんがキッと僕を睨んだ。目がめっちゃ怖い。さっきのぶりっ子どこ行った?!
「フミヨシ、今聞いたことは忘れなさい。さゆりんは、永遠の16歳。いいね?」
あわわわ……眼光が…鋭い!! 蛇に睨まれた蛙って、こういうこと……
「返事はっ!」
「ハイッ!!」
思わず直立不動で叫んでいた。すごい迫力……
「生前のさゆりは、こんなじゃなかった……貞淑で優しい妻だったのに」
そうだったんだね、じいちゃん。オンナは変わるってよく聞くけど、何が彼女を変えたのか……って、え。妻?! このふたり、夫婦だったの?! さゆりん、どう見ても僕と同年代……
「生きてる間ずっと夢みさせてあげたんだから、充分でショ☆ それにあたしは、今だって貞淑なままよ。アイドルやってるけど、愛してるのは貴方だけだもの」
顔を覆っていたじいちゃんの手が、だらりと下がった。見開かれた目が、みるみる潤んでいく。
「さ、さゆり……っ」
「あなた……」
じいちゃんがさゆりさんに歩み寄り、さゆりさんはベッドを降りて立ち上がった。ふたりは寄り添い手を取り合って……さゆりさんはじいちゃんの胸にそっと頬を寄せ、目を閉じた。
心底馬鹿馬鹿しくなって、僕は階段を下りてアイスを取りに行った。
「で、おばあちゃんは何で」
「さゆりん」
「……何でアイドルなんか」
「さゆりん!」
ふたりは並んで僕のベッドに腰掛け、じっと目を閉じている。
砕いたルマ*ドをたっぷりふりかけたバニラアイスを手に、さゆりんは僕の質問を遮った。隣をちらりと見れば、じいちゃんもアイスが入ったガラスの器を両手で抱えて目を閉じ、ゆっくりともぐもぐしている。相変わらず幸せそうだな。全く、もう……
「さゆりんは、何でアイドルやってるの?」
さゆりんが、目を閉じたまま満足げに微笑んだ。
「天国って、つまんないのよ。っていうか、娯楽が少ないのよね。みんなわりと幸せに暮らしてるから、べつにいいんだけど」
「へええ。じゃあ、娯楽を提供するために?」
「そうなんだけど、それだけでもないの。真言を歌に乗せたら、楽しく広められるんじゃないかと思って……そしたら、生まれ変わってからも、みんな幸せに生きられるかな〜、なんて」
そんな真面目な思いがあったとは……
「メンバー集めて、曲もたくさん作って、空海センセイに公式認定もらおうと頑張ってるんだけどね」
「メンバー、今は何人居るんですか?」
「あたしだけ」
「えっ」
「だって2〜3日前に思いついたんだもん」
さゆりんのアイドルプロジェクトとは。
仏さまそれぞれの持ちネタ(真言)に添った曲を、その仏の担当が歌う。他の仏の担当はバックコーラスとダンスに回り、歌担当のメンバーを盛り上げる。曲の間、
歌の最後には、仏像と同じ格好で決めポーズ! だそうだ。
う〜ん……斬新すぎて、ちょっと………
「じゃあ、今のところさゆりさ…さゆりんだけが、そのイタい格好でウロウロしてるわけですね?」
「イタくないもん! 可愛いでショ☆ 憧れてたのよね、今の若い子たちの格好。あたしの時代は、あんなキラキラした服なかったもの」
そりゃ、そうでしょうけど……
「もっともっと、可愛くデコるつもり。ラノベボーイのフミヨシだって、どうせこういう格好が好きなんでしょ? 頑張って、うんとポイント貯めなくちゃ」
「ラノベボーイってw まぁ、たしかに嫌いではないけど……ん? ポイント?」
ゴホ、ゴホン! と大きな咳払いをしたのは、じいちゃんだ。
「冷たいものを食べて、喉が冷えてしまったみたいじゃ。ひんやりと甘く、美味しかったのぉ……さゆりもほら、喋ってばかりいないで早く食べなさい」
「まぁ〜、相変わらずうるさいジジイだこと。ハイハイ、いただきますよ」
「誰がうるさいジジイじゃ! おまえのようなのを『ロリババア』というんじゃ! のぉ、フミヨシ」
「僕に振らないでよ。ってか、おじいちゃん、なんでそんなにネット語に詳しいわけ?!」
黙ってルマン*載せアイスを堪能しているさゆりんの隣で、じいちゃんが胸を張る。
「日々、勉強じゃ。人はいくつになろうが、死んでいようが、学ぼうと思えば学べるのじゃ」
その言葉を聞いて、僕は思い出した。昨日じいちゃんに言われたこと。アレンジレシピおねだりからのさゆりん登場という怒涛の流れで、すっかり忘れてたけど。
「おじいちゃん、僕ね、昨日言われたことをよく考えてみたんだ」
「ほう、拝聴しよう」
僕は思わず姿勢を正した。拝聴、なんて言われたら、ちょっと緊張しちゃうよ。でも、きちんと話を聞いてもらえるのって嬉しいな……
「昨日僕が言ったこと、間違っているとは思わない」
「新しさや奇抜さを求めるばかりが創作ではない、というやつじゃな」
わぁ、じいちゃん、ちゃんと憶えててくれたんだ……
「そう。でもさ、新しいことや奇抜なことを考えるのも、やっぱり楽しいし……すごく大切なことかもしれない」
「そうじゃな」
「みんなが求めている物を書けば、それなりに反応してもらえる。誉めてもらえたりもする。でも、それに満足してるだけじゃなくて、新しいこと、書いてみたいと思ったんだ。読んだ人がびっくりするような、面白い話……」
「そうじゃな。難しいことじゃが……ときにフミヨシ、古今東西、作家の自殺率の高さを知っておるか?」
「……おじいちゃん………」
「子供のやる気に水を差すんじゃないよ、この耄碌じじい」
アイスを食べ終えたさゆりんが、じろりとじいちゃんを睨んでいた。怖い。
「あ、いや……創作というのはそれほど大変なことだと」
「フミヨシ、精一杯頑張りなさい。あたしは応援するよ」
さゆりんはじいちゃんの腕を引っぱって立たせると、僕にウインクしてみせた。パチンと音をたてそうな、綺麗なウインクだ。
「書くことに困ったら、さゆりんのアイドル活動のことを書いたらいいよ。あした色々教えて ア・ゲ・ル ☆」
さゆりんとじいちゃんはすぅっと消えて行った。じいちゃんはまだ喋りたそうだったけど………ってか、やっぱあしたも来るんだね。
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