第13話 通報

 

 文官の仕事も慣れてきた、ある日の事。

 商業ギルドに設置してある、匿名で通報できるポストに一通の書面が投入されたという。


 この国の商売を取りまとめる団体である商業ギルドは、通報制度が存在している。

 通報を受けると、その商会へ、立ち入り調査することが可能となる。


 通報書面は、紛失や盗難を防ぐため、文官が直接取りに行く決まりだ。

 そのため、私と、先輩であるフェリックス様は、商業ギルドへ出向き、直接書面を確認しに行くことになった。


「アクア嬢は初めて業務で王城を出るんじゃないかい?」

「はい。少し緊張しますね」


 ラスクの専門店でよく訪れる商業ギルドに、宮廷制服を来て入るだなんて、不思議な気分だ。

 商業ギルドのカウンターへ行くと、裏からギルド長が自らこちらへやってきた。


「フェリックス様、アクア様、ご足労いただきありがとうございます」

「とんでもございません。ギルド長、知らせていただいた書状を見たいのですが……」

「はい、フェリックス様。会議室をご用意しておりますので、どうぞこちらへ」

「ありがとうございます」


 アンナギルド長は、文官としての私の立場を考慮して対応してくださっている。新人なので特別待遇をしないで頂いて、とても有難い。


 会議室へ着くと、副ギルド長がいらっしゃったので、会釈をする。

 皆が座ると、すぐに会議が始まった。


「この度はお集まり下さいましてありがとうございます。副ギルド長のブルーノです。通報内容から、まずは少人数で動いた方が良いと考えたため、4人で対応を考えたく思います」


 副ギルド長はいつも陽気に対応してくださるが、緊張した面持ちだ。

 ……そんなに深刻な問題なのだろうか。


「投函箱に入っていたのは、こちらの領収書です」

「これは、魔道具工場の受領サインがありますね」

「はい。ここをよく見てください」


 思わず息を飲む。品目に書かれていたのは、『家畜』という文字。

 魔道具工場に、家畜だなんて不必要なはず。


「……まさか、奴隷を……?」

「我々はそのように考えております」

「確かに『家畜』というのは、奴隷の隠語に使われますね」


 この国では、遥か昔に奴隷制度は違法として、法律で定められている。


「近頃、北の国で奴隷の売買が盛んのようです。北の国は魔力が高い人間が多いと言われています。もし本当に奴隷を買っていたとしたら、魔道具作りに働かせているかもしれません」


 前世の日本でも、このグリーンネス王国でも、奴隷制度がないから、人を売り買いするだなんて、嫌悪感を感じる。

 状況証拠があれば調査もしやすいわよね……。


「この領収書が発行された日時から、生産数や利益が増えたりしていますか?」

「こちらがこの魔道具工場を管理している商会の毎月提出される報告書です。確かに先月から、生産数や売上が増えていますね」


 フェリックス様は、数字を見て首をかしげる。


「見比べてみると、先月の報告書だけ筆跡が違いますね」

「本当ですね。先月から生産数など増えた報告をしているので、もしかして、通報してくださった方が、報告書を……? 先々月までは虚偽の報告をしていた可能性も考えられますね」


 そして、腕を組んだフェリックス様が、言葉を紡ぐ。


「どちらにせよ、立ち入り調査をしないといけませんね。上に報告をして承認をもらってきます」

「承知しました。早急な対応が必要だと思いますので、何卒よろしくお願いいたしますわ」

「はい。許可取れ次第、速達で書面を送ります」


 必要な書面を受け取った私たちは、商業ギルド長、副ギルド長と別れ、王城への帰路につく。馬車へと乗り込むと、フェリックス様が心配そうに、顔を覗き込んできた。


「さて、初めての通報案件が大ごとになりそうだね。アクア嬢、大丈夫かい?」

「はい。私は大丈夫でしたが、とても吃驚しました。推測通りにならないと良いのですが……」

「リュカ法務副大臣から承認が得られたら、明朝にも立ち入り調査となるでしょう。もしそうなっても、安全のため、騎士とペアで動くことになります。なので安心してくださいね」


 立ち入り調査の初任務を気遣ってくださるだなんて、本当に優しい先輩……! 社交界の貴公子と言われるのも納得な方だわ。


 王城に戻って、リュカ法務副大臣へ報告し、すぐに承認が通った。軍部にも協力要請を出しに行くことになった。


「フェリックス様、質問よろしいでしょうか」

「なんだい?」

「何故、警備を担当する第三騎士団ではなく、第二騎士団への要請なのですか」


 第一騎士団は近衛、第二騎士団は軍部、第三騎士団は警備、魔法騎士団は魔物討伐を担当している。

 ここでは、第三騎士団に要請するのが相応しいかと思っていたのだけれど……。


「あぁ、アクア嬢の考えは間違っていないよ。通常であれば、第三騎士団への要請になる。ただ今回は北の国の人間がいるかもしれない。国際問題に発展しかねない事案だから、第二騎士団への依頼と、リュカ副大臣は判断なされたんだ」

「詳しくありがとうございます。勉強になりました」


 騎士塔へ足を踏み入れると、直ぐに見慣れたアプリコット色の髪の毛が目に入る。


「よう、アクアじゃないか。こんな所でどうしたんだ?」

「ケネス第二騎士団副団長。第二騎士団に至急の依頼があってきたのよ」


 一応職場なので、敬称を付けて呼びかけると、ケネスは苦虫を噛み潰したような顔をした。

 失礼ね。そんな顔しなくてもいいじゃない……!


「お疲れ様です。第二騎士団副団長、ただ今お時間よろしいですか」

「フェリックス、久しぶりだな。詳しくは執務室で聞こう」


 フェリックス様から、ケネスに正式に出動要請をし、明朝に魔道具工場へ立ち入り調査をすることとなった。

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