第11話 ブルームーン
爺やと合流し、孤児院へと入り、院長室へと案内される。
中に入ると、サディ院長と、緊張した面持ちの少女と少年がいた。
「ごきげんよう、サディ院長」
「女神の御加護がありますように。ようこそ、いらっしゃいました」
爺やに院長のサディさんを紹介し、少女と少年も口を開く。
「アクア様、初めまして。僕はドニと申します」
「私はネラと申します。よろしくお願いします」
15、6才だろうか。私よりも少し若い様子だ。ドニは目を引く美少年。ネラは愛嬌のある笑顔が可愛らしい少女だった。
「この子達を、下働きへ推薦したく連れてきました」
「ありがとうございます。座ってゆっくりとお話しましょうか」
ソファに皆、腰掛けて、サディ院長が語り始める。なんでも、文字の読み書きが出来て、素行が良い子たちだそうだ。
続いて、爺やが、下働きの仕事内容を詳しく説明して、どのようなことが出来て、何が出来ないか一つ一つ明確にした。
そして、私が二人の意思を確認する。
「ネラ、ドニ。下働きで雇っても、今後はメイドや執事に育てていきたいと考えているの。もし他の場所で働くことになっても、充分に生きていけるようにするためよ。
貴方達には学んでもらうことが多いけれど、頑張れそうかしら?」
「はい。お世話をすることが好きなので、メイドを目指して頑張りたいです!」
「僕も執事として働けるよう勉強に努めます」
サディ院長は二人の立派な様子を見て、目元をハンカチでぬぐっていた。愛情たっぷり子供達を育てていることが伝わってくる。
双方の条件が一致したので、私たちは、雇用契約を結び、晴れてネラとドニは、アパートメントの下働きとして働いてくれることになった。研修は大変だろうけど、一生懸命頑張って欲しいわ。
早速翌日から、研修がタウンハウスで始まり、真面目に働いてくれていると知らせが届いてホッとする。
そして、ラスクの儲け分を爺やに預け、来年度からは二人の雇用費を予算に組み込む事を指示した。
◇◆◇
今日は、貴族街の程近くにあるクリスタル通りに来た。
ゆったりと歩いていると、ひときわ賑わっているお店がある。それは、ラスク専門店『ブルームーン』
そう! たった数日で、監修していたラスク専門店が、オープンしたのだ!
ライトブルーを基調にした店内。店員達は、水色のワンピースに白いフリルがあしらわれたエプロンを制服として身につけている。
甘いラスクは『シュガーラスク』、しょっぱいラスクは『ガーリックラスク』と命名された。シュガーラスだけのものと、ガーリックラスクのみのもの、二種類入ったものを販売している。
連日行列が出来ているけれど、そこは商業ギルド直営なだけあって、見事に回転させているようだ。
表から様子を見て、裏口に入る。すると、経営を任せている店長のヒルダさんが書類仕事をしていた。
「ヒルダさんお疲れ様。順調みたいで安心したわ」
「あ! アクア様。お疲れ様です」
「クリスタル通りを歩いてみたのだけど、ブルームーンのラスクを食べ歩いている人を沢山見かけたわ」
「思い切って、食べ歩き用のラスクを販売して正解でしたね」
取扱商品を決める時、箱入りのラスクの他に、食べ歩き限定のラスクも提案してみた。
出来上がったのは、お洒落な店のロゴをプリントした紙コップにホットチョコレートを入れて、その中にラスクを挿すスイーツだ。ロゴが入ってるので宣伝にもなる。
本当はアイスクリームにラスクを添えたものを売りたかったけど、流石に間に合わないという話になり、チュロスを参考にしてホットチョコレートになった。
この国ではスイーツ類を食べ歩きする文化がないけど、王都ではお酒を飲み歩きしている人が多い。なので、もしかしたら流行るかなぁと思って提案したけど、違和感なく受け入れられて良かった。
「ギルド長も先ほどいらして、売上が好調で良い笑顔でしたよ」
「ふふっ。それは良かったわ」
「シュガーラスクと、ガーリックラスクどちらも人気で、いい勝負です」
「え? どちらも人気なの? 貴族にはガーリックは好まれないから、シュガーラスクが圧勝かと思ったけれど」
「それが、貴族の方にも水面下でガーリックを食べるようになってきているようなんです」
予想外の事にビックリとする。この調子でガーリックが貴族でも一般的になれば嬉しい。スタミナつくしね。
「そうだ。シェフのチャーリーとメロンパンを作ったの。良かったらみんなで食べて頂戴」
「メロンパンですか……?」
「えぇ。ふわっとしたパンにクッキー生地を乗っけて、メロンの模様をつけたものよ」
皆が食べやすいように、小さめのメロンパンを用意していた。この世界ではまだ無いようなので、喜んでもらえるといいな。
店長のヒルダさんが、メロンパンを目の前で食べ始めてくれた。すると、ふわっとヒルダさんが笑顔になった。
「なんですかこれは……! クッキー部分がサクサクで甘くて、パンがふわふわで口の中が幸せすぎます!」
「それは良かったわ」
前世の知識をフル活用しているだけなのだけれど、こんなに喜んでもらえるなら、作った甲斐があるわ。こちらまで笑顔になる。
日本人の時は、パンの中でメロンパンが一番好きだったのよね。その次はカレーパン。カレー食べたいけど、存在するのかな? 嗚呼、なんだか無性に食べたくなってきた。でもスパイスから作ったことは無いのよね。なんて考えていると、ヒルダさんがそっと呟いた。
「アクア様は、まるで南西の聖女みたいですね」
「南西の聖女……?」
「はい。レストランサクラはご存知ですか? 南西の島国料理を楽しめるのですが、その珍しくも美味しい料理は、その国の聖女が生み出したものだそうですよ」
あの日本食は、聖女という人が作ったものだったのか。もしかして、私と同じように、前世が日本人だった……?
「その聖女は、ご健在なのでしょうか。あのような素晴らしい料理を生み出すかたに是非お会いしてみたいですわ」
「すみません。そこまで詳しくは……。サクラの店主が南西の島国のご出身なので、ご存知かもしれません」
またサクラに行った時に聞いてみようかしら。もしかしたらカレーの作り方も分かるかもしれない。
◇◆◇
王城に働くまでの一週間。
飲みに行ったり、下働きを雇いたくてラスクを作ったら専門店が出来たり、目まぐるしい毎日だったと思い返す。
お父様に、「王都では暮らしやすいよう好きにしなさい」と言われていたけど、ちょっとやりすぎてしまったかしら。
いよいよ明日から、王城で働く事になる。
少しでも働きやすい世の中になるために、文官として全力で勤めていこう。
疲れたら、美味しい食事をとって、休む事を忘れないように決意し、すっかり慣れたベッドで、横になった。
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