第10話 幸せのステーキ
商業ギルドにて、会議が始まった。
「改めまして、商業ギルド長のアンナ・キーナンです。よろしくお願いいたします。さて、本日お集まりいただいたのは、アクア・フェアバンクス様、チャーリー・スコット様考案のラスクについての提案でございます」
ギルド長と目が合うと、にこやかな笑みを浮かべていたので、こちらも微笑み返す。
するとギルド長は、軽く頷き、言葉を続けた。
「ラスクのレシピを総動員で
ハキハキとしたギルド長の声が、頭にすんなりと入ってきた。わざわざギルド長が商談をしてくれているため、ラスク事業への真剣さが伝わってくる。
こちらも、ラスクのレシピを提供したのだから、誠心誠意対応しなくてはいけないわね。少しの緊張から、息を軽く吐いて、言葉を紡ぐ。
「私は、もうすぐ王城で働き始めるのですが、もし本当にラスク専門店を開くこととなった場合、副業扱いになります。経営を任せられる人材をギルドにお任せしたいのですが、そのようなことは可能なのでしょうか」
「はい。こちらにおりますのが、商業ギルドの職員であり、店長候補のヒルダです。ヒルダは、王都でチュロスを流行らせた仕掛け人です。今現在チュロス専門店を切り盛りしていましたが、この度ラスク専門店が実現しましたら、ヒルダに任せたいと考えております」
ヒルダさんという女性が、立ってこちらにお辞儀をする。とても優しそうな女性だ。このかたが、チュロスを……! 実績もあって、とても良い人材だ。
そしてギルド長が説明を続ける。
「続きまして、こちらはパン職人のフェルモです。チャーリー様は、アクア様の専属シェフということでしたので、もし専門店で働くのが難しい場合、フェルモにラスク専門店シェフを任せたいと思います」
ヒルダさんと同じように、フェルモさんもお辞儀をする。職人のようなお方だ。
そして、話題に上がっていた、チャーリーが返答をする。
「私はあくまでアクアお嬢様の専属シェフですので、もしも専門店を開くとすれば、フェルモさんにお任せします」
「承知しました。フェルモが作った試作のラスクをご用意しましたので、よろしければお召し上がりください」
お皿に盛られたラスクを手に取り、食べる。
サクッとしてるけど、口当たりが滑らか。硬すぎず、パン屑が散らずに、ちょうどいい。なんでだろう?
すると、少し考え込んだ様子のチャーリーが、はっと閃いたように言葉を発した。
「もしかして、ラスク用にパンを作られましたか?」
「はい。水分量を少なめに、もちもちとしたパン生地にしています」
……なるほど。パンがラスク用に作られたから、こんなに滑らかに仕上がっているのね。
こんな短時間で、ここまで用意出来るだなんて凄すぎるわ。商業ギルドの熱量を肌で感じた。
ギルド長が、私たちの試食した様子を伺い、満足げに頷く。
「もし我々にラスク専門店をお任せいただけるのなら、アクア様たちには、最終決定権や運営に関する助言をするオーナーをお願いしたく思います。店舗はギルド保有のクリスタル表通りにあります。ひとまず1年契約で経営状況を見て継続可能か判断します。お二人には、監修料として、売上の15パーセントを報酬として分配させていただこうと思うのですが、いかがでしょうか」
クリスタル表通りは、貴族街の程近くの、平民も利用する場所だ。場所も良い。確か人件費は売上の三割にするといいと言われているから、15パーセントも貰えるのは高待遇だろう。
チャーリーに目をやると、「私は雇われの身ですので、判断はアクアお嬢様に一任いたします」と呟いた。
私は、余りにも良い話なので、不安要素を聞いてみる。
「もしもの話ですが、経営が上手く立ち行かずに、破綻してしまったら、その時の損失は誰が負担するのでしょう」
「そうしないようにするのが我々の仕事ですが、もしも損失が出た場合は、ギルドにて負担します」
「私たちが、新たにお金を支払う必要などは?」
「こちらからラスク専門店の提案をしておりますので、当然お支払いの負担はございません」
なるほど。それならば……。
「承知しました。オーナーになるには条件があります。
一つ目は、平民の方にも手が届く価格帯であること。二つ目は、労働環境についてです。ラスク専門店に関わる全ての従業員は、最低週休二日は休むこと。三つ目は、労働や商業に関する法律を遵守すること。これらをお約束いただけるのならば、契約いたしましょう」
「ええ。必ず守ることをお約束しましょう。これから宜しくお願いいたします」
「こちらこそ宜しくお願いいたします」
ギルド長から手を差し出されたので、握手をする。
やると決めたからには、全力で取り組もうと、強く決意した。
その後は詳しい契約を書面で交わした。早速急いで開店準備にかかるそうだ。
◇◆◇
商業ギルドを出る頃には、お昼過ぎになっていた。この後、爺やと孤児院へ行くから、お昼ご飯をどこかで取りたいのだけれど。
「チャーリー、お腹空いた?」
「難しい話したので、ペコペコですよー」
力なくヘラッと笑ったチャーリーを見て、同じような表情をしてしまう。
チャーリーを巻き込んでしまった事を、僅かに申し訳なく思う。
「もしよかったら、どこかで一緒にお昼を食べない?」
「いいですね! この近くだとお勧めがありますよ。カジュアルなお店ですが大丈夫でしょうか?」
「もちろん大丈夫よ」
馬車を借りずに、商業ギルドから、徒歩で十分ほど進むと、食欲をそそる良い香りがしてきた。
「アクアお嬢様、こちらです」
チャーリーが指を刺した建物の看板に店名が書いてある。
えーっと……。
「幸せのステーキってお店?」
「はい。肉が柔らかくて美味しいんですよ」
「いいわね! 入りましょう」
愛想の良い店員さんが、にこやかに座席へ案内してくれる。そこに向かい合うようチャーリーと座ると、メニューを渡された。
「チャーリーのお勧めは?」
「店名にもある幸せのステーキですよ。その日のお勧めの肉を出してくれるんです」
「じゃあ、それにしようかしら」
「何グラムにしますか?」
「ええと、200グラムくらいにしておくわ。焼き加減はお勧めで」
そして、チャーリーが慣れたように店員さんに注文をする。
私は改めて、チャーリーに思っていた事を告げる。
「チャーリー。ラスクの件、巻き込んでしまって申し訳なかったわ」
「え!? いえ全然。むしろいい経験になっていますよ。まさか専門店の話が出るとまでとは思いませんでしたが」
「私も未だに信じられないわ。監修料は、きっちり半分わけましょう」
「そうですね。勉強がてら、きちんと関わりたいので、今回は有り難く頂戴します」
また、分け前を受け取ってくれると言ってもらえて、ホッとした。
良かったと思っていると、じゅうじゅうと焼ける音が近づいてきた。
「お待たせしました。幸せのステーキです」
「わあ!」
「ごゆっくりどうぞ」
幸せのステーキは、一人用の鉄板の上に、肉厚ビーフステーキが湯気をたてて提供された。
添え野菜は、クレソンにジャガイモ、ブロッコリー。あとはパンが添えてある。
「では食べましょう」
「はい!」
付属のタレを肉にかけると、湯気が一気に広がる。
ナイフをステーキに入れると、柔らかでスッと切れる。一口大のステーキを頬張ると、肉汁が吹き出て、顎が疲れない程の歯応えだ。
(まさに、幸せになるステーキだわっ!)
夢中で食べ進める。チャーリーも無言で味わっているから、丁度いい。
少しはしたないけれど、鉄板に流れた肉汁をパンにつけて食べても絶品だった。
あっという間に食べ終えてしまった。口元をナプキンで拭くと、ふうと、満足のため息をつく。
同じく食べ終わったチャーリーも、満足げな顔をしていた。
「美味しかったわね。教えてくれてありがとう」
「はい。タレが特に美味しくて研究中なんです」
「ふふっ。楽しみにしているわ」
お会計はもちろん私がして、出入り口にあった、『ステーキの匂いが取れる魔法のスプレー』をかけて、チャーリーと解散した。
私は、爺やとの待ち合わせ場所に向かう。
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