第8話 スコーンとクロテッドクリーム


 タウンハウスに先触れを送って貰っているので、孤児院を出てから早速向かう。

 教会から距離があるようなので、また手をあげて、乗合馬車を停車させ、乗り込んだ。


 乗合馬車は、主に平民が利用するので、貴族街の中は、ルートに入っていないらしい。なので、貴族街入口付近で降りる。

 すると、高級そうな馬車で道が賑わっていた。王都は階段が多いから、馬車の乗り換えが必要だったりするけど。貴族街は、個人の馬車で移動するのが主流みたい。


 私は運動がてら、貴族街の街並みを堪能する。いかにも高級そうなお店が立ち並んでいて、オーダーメイドのドレスショップや、煌びやかなコスメが置いているお店。ドレスコードがあるレストランに、あっ! あれはレイリンが言っていたブレンドティー専門店だわ。帰りに寄って行こうかしら。


 しばらく歩みを進めていくと、住宅街に入ってきた。豪邸がひしめく光景は、圧巻だ。

 一軒一軒に、各貴族の紋章の旗が立てられていて、風で揺らめく。


 ようやっと、フェアバンクス伯爵家の紋章である、スミレとモルフォ蝶の旗を見つけた。門番である当家の騎士さんのもとへ向かい、身分を保証する紋章が刻まれたカメオネックレスを見せる。


「初めまして、お疲れ様。アクア・フェアバンクスよ。爺やに会いたいのだけど、通していただけるかしら」

「はっ! アクアお嬢様、どうぞお通りください」


 恭しく敬礼をして、門を通してくれる。王都にあるタウンハウスは、社交シーズンに両親と兄が使っている。私は社交を得意としていなかった。だからフェアバンクス島で、のんびりと過ごしてきた。なので、ここに来るのは物心ついてからは初めてだ。


 門から、用意してくれていた馬車に乗り、屋敷の玄関までわざわざゆっくりと走らせてくれた。仰々しくて恐縮だけど、体力の温存が出来て、ありがたいわ。

 屋敷の玄関に到着すると、馬車の扉が開く。私兵である騎士さんに手を差し出されたので、遠慮なく支えに使わせてもらう。ずらっと使用人達が並んでいて、いっせいにお辞儀をしてくれた。


「皆、お出迎えをありがとう。どうぞ顔をあげてちょうだい」


 そういうと、皆の顔が見えるようになった。そして爺やが一歩前に出てきた。


「アクアお嬢様。よくタウンハウスへいらしてくださいました。どうぞこちらへ」

「爺や、案内をお願いするわね」


 中へ入っていくと、フェアバンクス家のカラーである、アクアマリン色を基調にしたセンスの良いインテリアになっていた。アパートメントから少し遠いけど、休日はここに帰ってくるのも良いかもしれないと思うほど、素敵な屋敷だった。


 爺やによって、豪華な庭園が見えるリビングルームへ案内され、ソファに座る。

 ローテーブルには、3段のプレートスタンドが用意されていて、サンドイッチや、スコーン、ケーキなどが食べやすいサイズで盛られていた。なんて贅沢な軽食なの……!


「まずは移動の疲れをお癒しください」

「爺や、おもてなしをありがとう」


 ちょうど昼食の時間だったし、嬉しすぎるわ。美味しそう……!

 急に空腹感を自覚して、早速紅茶を飲んで、きゅうりのサンドイッチから食べ始める。シンプルだけど、上品に作られていて美味しい。

 続いて、スコーンを上下に割って、そこにクロテッドクリームを塗る。一口齧ると、外はサクサクしていて中がふわふわ。クロテッドクリームが濃厚だけど軽やかに、スコーンをより美味しくさせる。島にあるカントリーハウスと同じ味に、懐かしさを覚える。


 って、何のんびりと軽食を楽しんでいるの私! そもそもタウンハウスに来たのは、爺やに大切なお話があったからで……! しっかりと仕事をしなくちゃ。

 残り上段のケーキというところで、爺や以外の使用人には下がって貰って、二人でお話することにした。


「爺や。いつも王都の家令として、働いてくれて、本当に感謝しているわ」

「フェアバンクス家に仕えることが、私の生き甲斐ですから。むしろ隠居しつつも、少しは働きたいという希望を通してくださって、こちらが感謝しております。

 ところで、アクアお嬢様のシェフとして派遣した、孫のチャーリーは、きちんとご満足いただける働きをしていますか?」

「ええ! 流石は、爺やのお孫さんね。本当に良くして貰っているわ。勿論、アパートメントの使用人にもね。二人で手分けをして、隅々まで完璧にお仕事をしてくれているの」

「さようでございますか。それは何よりです」


 爺やはニコニコと話してくれている。爺やみたいな存在がいてくれて、フェアバンクス家は恵まれているとつくづく思う。だからこそ、爺やの仕事に口を挟むような真似はしたくない。でも私のわがままは通したい。傲慢な考えかもしれないけれど。


「それでね、二人は、週に一度しかお休みがないでしょう? しっかり働いてくれてるから、私のわがままなのだけど、褒美として、今後週に2回は、休暇を与えたいの」

「承知しました。そこまで喜んでいただけたとは安心しました。二人の増えた休暇によって、足りなくなる人手は、タウンハウスの使用人を派遣させましょうか」

「それも良いのだけど、提案があるから、爺やに聞いてもらいたいのだけど、いいかしら」

「はい。勿論でございます」


 成人したての私の要望にも、嫌な顔せず、耳を傾けてくれる爺やに、理解して貰えるよう、言葉を紡ぐ。


「この間、王城で王太子殿下にお会いしたのだけど、その時にね、孤児院の子供達の就職先が見つかりにくいと聞いたの。なので、働く意欲のある子を二人程、孤児院から下働きとして、採用出来たらなと思って。ゆくゆくはメイドと執事に育てていきたいのよ」

「孤児院ですか。勿論社会貢献になりますし、アクアお嬢様のご提案は、よろしいかと存じます。しかし、人員予算と、仕事に必要な知識が不足している問題は、どういたしましょう」

「まず予算についてね。今年度分は、私が出すから予備費を使わなくていいわ。来年度からは予算案を出すときに、計上して欲しいわ。

 仕事に必要な知識については、タウンハウスの使用人から、専任の教育係を用意して、働き始めに研修期間を設けるのはどうかしら。研修の間の給金は下げて、最低限知識が着いたら、正規の給金で雇うの」

「確かに、それなら無理なくアクアお嬢様のお考え通りに事が進むかと。今の時期、タウンハウスは、フェアバンクス家の方の利用が中々ないので、教育係を作るのは難しくないかと。

 ……アクアお嬢様、本当にご立派になられましたね。爺やは心の底から賛成いたします」


 爺やに、分かって貰えてよかった。少し緊張していたから、肩の力が抜けるのが分かった。

 ついでに、もう一個、聞いておこう。


「ちなみに、タウンハウスの使用人達のお休みは、どれくらいになっているの?」

「業種によりますが、週に1〜2回程でしょうか。週に2回の休暇を、月に一度は取り入れるようにしています」

「詳しくありがとう。今後、可能な限り、週に2回の休暇を取れるようにしてもらえたらと思うわ。しっかり休んだほうが、その分働けると思うし。勿論、爺やにも休む時はきちんと休んで欲しいのよ。

 ……急に来て、自分勝手にわがままを言ってごめんなさい。皆が働きすぎて身体を壊してしまうことが何よりも心配なの」

「アクアお嬢様は、お優しく成長なされた。家臣として誠に喜ばしく思います」


 ◇◆◇


 それから、爺やと、二日後に教会の孤児院へ訪問する約束をして、フェアバンクス家の馬車で、アパートメントまで帰った。


 シェフのチャーリーから、商業ギルドで、レシピの代行登録が完了をしてくれたと報告を受ける。仕事が早くて助かるわ。書類に目を通して、問題なくて一安心する。


 帰り際にパンを沢山買ったので、またシェフのチャーリーと、ラスクを大量生産して、明日ケネスへ託して、騎士団に宣伝してもらう事にした。

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