第7話 街歩き

 時計台の夕刻の鐘が、王都中に響き渡る。

 今日も、アパートメントの一階にあるラウンジで、ケネスを待つ。紅茶をまったりと飲みながら、本を読みながら過ごす。


 半分くらい本を読み終えた時、ここ数日で聞き慣れた足音が近づいてきた。


「よう、アクア。待たせたな」

「いえ。お仕事お疲れ様。約束のラスクを作って持ってきたわよ」

「おぉ、助かる。早速食べてもいいか?」


 ケネスは、私の隣に座り、ラッピングしたラスクを丁寧に開け、手で直接持った。

 ラスクを頬張るとケネスの表情が段々と和らいでくる。


「これは美味うめえな!! 酒が飲みたくなる」

「ふふっ。口にあったようで良かったわ。商業ギルドにこのラスクのレシピを登録しようと思っているのよ」

「そりゃあ良い。古いパンがこんなに美味うまい料理になるんだったら、皆レシピを買っていくだろうな」


 あっという間に全部食べ終わったケネスは、少し悲しそうな顔をする。ケネスは強面なのに、しょんぼりした大型犬みたいだわ。


「そんなに気に入ったなら、またいくらでも作るわよ」

「!!」


 その一言で、ケネスの顔が一気にきらめく。私は、そのめまぐるしい表情の変化に笑いが堪えられなくなった。


「そんなに笑うな」


 すんっとそっぽを向くケネスの耳は、ほんのりと赤く染まっていた。


「今度、俺が所属してる第二騎士団にラスクの宣伝するから、よかったら差し入れしてくれ。連中も喜ぶ」

「ふふっ。わかったわ。そうだ、ケネス。ウォード家って懇意にしている教会ってある?」

「あぁ。王都にある教会に毎年寄付してる。俺もたまに孤児院へ剣を教えに行ってるからな」

「そうなの! 我が家は領内の教会しか支援してなかったから、ケネスの紹介状をいただけないかしら」

「別に構わないが、孤児院に行くのか?」

「はい」

「わかった。後で届ける」


 教会は誰でも入れるけれど、孤児院には、子供の誘拐を避けるため紹介状が必要になっている。その昔、孤児院の子供を誘拐するという事件が横行していたからだ。


 ケネスから紹介状を貰えそうで安心する。私たちは、少し話してから、各自の家へ戻った。



 ◇◆◇



 翌日。シンプルなワンピースにジャケットを羽織ると、王都の街へ出かける。


 乗合馬車に乗り込み乗車席に座った。ケネスに聞いたのだけど、この乗合馬車は、馬車の停車場所は一箇所しか決まっていないが、アパートメントに程近い場所にあった。乗合馬車には、時刻表などはないが、常にぐるぐると、左回りに、一周しているらしい。


 だから、降りたいところが近づいたらベルを鳴らすと止まってくれるようだ。逆に走ってる乗合馬車に乗りたい時は、片手をあげると止まってくれるみたい。運賃は一律料金で銅貨1枚。前世の感覚でいうと、大体100円くらいだ。前回ケネス様と乗った時は、気がつかぬ間に払ってくれていたという。


 もうすぐ降りる位置に着くので、天井からぶら下がっている紐を手に持ち、大きく降ると、乗合馬車が止まってくれる。運賃箱に銅貨を入れて、馬車をおりる。そこには、ステンドグラスが美しい教会がそびえ建っていた。


 教会に入ると、礼拝をする人達が多数、中にいた。私も手を祈るように重ねて、女神へとご挨拶をする。ステンドグラスから光が入り、とても神々しく、美しい女神像だった。


 その後は、一番近くにいたシスターへ話しかける。


「ごきげんよう。少しよろしいかしら」

「女神の御加護がありますように。本日はいかがなさいましたか」

「孤児院へと取り次いでいただきたいのです。就職先が増えずにお困りであると人づて聞きました。もしよろしければ、少しでもお力になりたいのです」

「お心を寄せていただき、感謝申し上げます。ご紹介状はお持ちでしょうか」

「はい。こちらに」


 ケネスにお願いをした紹介状を渡すと、すぐに孤児院へ案内して下さった。

 まずは院長のもとへ行って詳しいお話を、ということで、院長室へ向かうことに。


「女神の御加護がありますように。私は院長のサディと申します」

「ごきげんよう。アクア・フェアバンクスです」

「よろしければ、こちらにお座りになってください」

「はい。失礼します」


 椅子へ座ると、私はすぐに本題を切り出した。


「先程のシスターにもお伝えしたのですが、孤児院では就職先が増えずに困っていらしていると伺いましたの。ちょうど、我が家が管理しているアパートメントに、下働きを男女一名ずつ雇いと思っておりまして。ゆくゆくは、下働きから、執事やメイドへとスキルアップしていくよう大切に育てていくつもりですわ」

「まぁ、そのように我が孤児院へ寄り添ってくださりありがとうございます。就職先を探している子達に意思を聞いてみます。しかし申し上げにくいのですが、素直で聞き分けがよく懸命に働ける子達ではあるものの、私どもが未熟なため、きちんと一般教養が身についておりません。それでも問題はありませんか」


 子供達へ想いやる気持ちがひしひしと伝わってくる。院長の表情から、就職が決まっても、一般教養が身についていないため、孤児院に戻されるケースがあったのかもしれない。

 でも一応きちんとその点を考えて来た。今日の目的は、働く意志のある孤児がいるかどうかの確認と、私の提案に問題はないか伺おうと思ったのだ。


「はい。私に考えがあるのです。働き始めに研修期間を設けるのです。その間の給金は、下げさせて貰いますが、仕事に必要な知識を、教育係より細かくお教えします。最低限知識が着いたら、すぐにでも正規の給金で、雇わせて貰うことをお約束しますわ」

「素晴らしいお考えです! とても感心いたしました。もしそのお考えが広まったら、就職後すぐに採用取り止めをされることは減るかもしれません」

「……やはり、そのようなことがありましたのね。今日は雇用についてのお伺いでしたので、次回家令を連れて、実際に求職中の方々にお会いし、晴れてお互いの希望が合いましたら、雇用契約を結びたく存じます。そのような流れで、よろしいでしょうか」

「勿論でございます。いつ頃お越しいただけますか」

「では二日後でいかがでしょうか」

「はい。お待ちしております」


 話が纏まり、孤児院を出る。次は、家令である爺やに話を通さないとね。

 私が勝手に始めたことだから、わがままを言って振り回してしまうことになるけれど。爺やにとって嫌な気持ちをさせないよう、上手く説明が出来るといいわね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る