第6話 しょっぱいラスク


 朝日で自然と目が覚める。あんなに沢山お酒を飲んだけど、二日酔いにならなかったようだ。欠伸あくびをしながら、シャワーを浴びて、さっぱりとする。

 シェフのチャーリーが料理を準備してくれている気配がする。


 ……昨日遅くまで食べていたのに、なんだかお腹が空いてきた。


 朝食を食べにダイニングへ向かう。



 ◇◆◇



「おはよう」

「アクアお嬢様、おはようございます。昨日はお酒を飲まれたようですが、食べれそうですか?」

「勿論。チャーリーの用意してくれた食事を無駄にすることなんて、ありえないわ」

「ははっ。それは光栄です。今日は胃も疲れているでしょうし、トマトパン粥にしました」

「ありがとう。いただくわね」


 トマトスープにパンが煮てあり、柔らかくなっている。トマトのほんのりとした甘さが、素朴で、優しい味だ。


「今日も美味しいわ!」

「ありがとうございます。そうだ、ケネス様から日の経ったパンを渡されたのですが、これはどうすれば……?」

「それはラスクを作る約束をしていたの」

「ラスク……ですか……?」

「チャーリーも知らない? 良かったら一緒に作る?」

「はい。お願いします!」



 ◇◆◇



 朝食を食べ終わったら、チャーリーとラスク作りだ。チャーリーが材料を用意してくれてる間に、自前のエプロンを着けたので、早速キッチンで作ってみよう。


「まずパンを薄く切っていくわね」

「あっ! 包丁は危ないので、私が!」

「ふふっ、大丈夫よ。見ていて」


 ケネスから預かったパンを斜めに薄く切っていく。うん、いい感じね。


「そうしたら、同じようにこっちのパンを切ってもらえるかしら」

「承知しました」


 他にも私たちの試食用に用意してもらったパンを用意してもらったので、そちらをチャーリーに担当してもらうことにした。


「切れたようね。次オリーブオイルと塩胡椒をボウルに入れましょう。パンに塗るから、チャーリーの味加減でお願いできる?」

「わかりました」


 チャーリーは、手際良くオリーブオイルと塩胡椒を混ぜていく。


「その次はニンニクをすりおろして、このボウルの中に入れて貰えるかしら」

「はい」


 器用におろし金でニンニクを擦っていくと、ガーリックの良い香りが漂ってくる。


「このくらいですかね。次はどうしますか」

「チーズを粉状にしてボウルに入れてもらえる?」

「承知しました」


 チーズ美味しそう……。でもつまみ食いは良くないわよね……。我慢我慢。


「チーズがちょうど良さそうな量になったら、スプーンで優しく混ぜて頂戴」

「これでソースは出来上がりですか?」

「えぇ。これをパンの表面に塗っていくわよ」

「はい」


 一緒にスプーンで出来たソースを塗っていく。本当にいい香り。早く食べたいわね。

 二人でやっているから、すぐに全て塗り終わった。


「それじゃあ、オーブンを使って低温でじっくり焼いてもらえる? 乾燥して焼き目がつく位が出来上がりの合図よ」

「やってみます。アクアお嬢様は、休んでいてください。焼き上がって、粗熱が取れたらお呼びしますね」

「一緒に調理してくれてありがとうね。お仕事を増やしてしまってごめんなさい」

「とんでもないです! このような料理は知らなかったので、勉強になります」

「ふふっ。なら良かったわ。あ、お昼はラスクの試食だけで大丈夫だから」

「承知しました」


 料理のプロがいると安心してお願いできるわ。フェアバンクス島にいた時も、カントリーハウスのシェフと一緒にお菓子を作ってくれたりしてくれたなぁ。

 前世の学生時代は、料理やお菓子作りが好きで、簡単なレシピを作っていた。なんだか懐かしい。


 チャーリーが呼んでくれるまで、書斎で、下働きを雇うプランを考えようかしら。



 ◇◆◇



「アクアお嬢様、ラスクが出来上がりました」


 書斎の扉越しにチャーリーの声が聞こえる。集中してたからあっという間だった。すぐに向かおう。


「今行くわ。待っていて」


 読んでいた本を閉じて、立ち上がり、ダイニングへと向かった。



 ◇◆◇



 ダイニングテーブルの椅子へと腰掛けるとチャーリーが出来上がった試食用のラスクが綺麗に盛り付けられていた。


「アクアお嬢様、何か飲み物をご用意しますか?」

「えぇ、そうね。チャーリーはコーヒー飲めるかしら」

「は、はい。飲めますが……」

「じゃあ、コーヒーを、私とチャーリーの二人分用意して貰える? 一緒に試食会をしましょう」

「ええ!? ですが……」


 やっぱり主人の私と一緒に試食をするのは気まずいかしら……。あんまり強要してしまうと、良くないわよね……。


 そんな風に考えていると、チャーリーが思い直したように、勢い良く言葉を発した。


「アクアお嬢様! ぜひ! ご一緒させてください!」

「! 良かったわ。でも無理してない?」

「はい。お湯は沸かしてあるので、今からコーヒー豆を挽きますね」

「ありがとう! よろしくお願いするわ」


 しばらくすると、コーヒー豆を挽く心地よい音と、豆の香りがふんわり漂ってくる。

 このラスクにはコーヒーが合うのよね。紅茶もいいけど、ニンニクを使っているから、香りの負けないコーヒーの方が私は好きだ。


 あ、ドリップが終わったみたい。チャーリーが温めたカップにコーヒーを注いでくれると、向かいの席に座ってくれた。


「コーヒーの準備をありがとう。食べましょうか」


 小皿にラスクを取り、手でパクッと一口齧ると、サクッとした歯応えで、ニンニクとチーズの濃厚の味が広がり、程よくしょっぱい。きちんと乾燥出来て、スナックみたいになったわね。


「さすがチャーリーね。凄く美味しい出来だわ!」

「では、私も頂きます」


 チャーリーは、大きな一口で、半分ほど食べる。すると、どこか驚いたような表情を浮かべた。


「これは……! 低温でじっくり焼くと、こんなにサクサクして美味しくなるんですね。盲点でした。それにこれは止まらない、癖になる……!」


 夢中でパクパクとわんぱくに食べ始めるチャーリーを見て、笑みが溢れないように我慢する。でもラスクって本当に美味しいから、初めて食べるとそうなるわよね。

 うん。やっぱり、コーヒーに良く合うわ。しかもこのコーヒー豆は、深煎りされていて、苦味が良く出ているから、このラスクと相性抜群だ。きちんとチャーリーが選んでくれたんだろうな。


「コーヒーにも合いますが、赤ワインとのペアリングも良さそうですね」

「えぇ。このラスクだったら赤ワインとも良く合うと思うわ。甘いラスクだったら、シナモンウイスキーとか、ブランデーもきっと合うんじゃないかしら」

「甘いラスクですか!?」

「今日作ったオリーブオイルのソースの代わりに、バターを塗って、焼き上がったら、グラニュー糖をかけたら美味しいわよ」

「!! 今度作ってみます」


 チャーリーが尊敬の眼差しでこちらをみている。前世の知識を活用しただけだから、なんだか気まずい。


「アクアお嬢様は、貴族のご令嬢なのに、料理も詳しいだなんて本当に凄いですね」

「あ、はは……。ありがとう。ところでこのラスクのレシピって、商業ギルドで売れると思う?」

「それは勿論! 次の流行は、もしかしたらラスクになるかもしれませんね! ケネス様もお喜びになると思いますよ」


 昨日はケネスにご馳走になったから、喜んでくれるといいわね。


「チャーリーは、商業ギルドでレシピを登録したことはある?」

「はい。もし宜しければ、商業ギルドへ、レシピの代行登録をしましょうか」


 商業ギルドは、この国の商売を取りまとめる団体だ。王都に本部があり、各地に支部を置いている。その役割は、消費税を徴収する役割から、独占商売を禁止する物価の管理。また、商人の開業や廃業の各種手続き、料理の調理方法や、錬金術・魔法薬の調合方法など、あらゆるレシピの販売まで行う。


 レシピを商業ギルドへ登録すると、そのレシピを求めている人に販売してくれる。もし売れたら、その利益がレシピの発案者へ支払われる。


 ラスクのレシピ利益は、下働きの雇用費にあてたいと考えている。素直に家へ言えば予備費から捻出してくれるだろうけど、今年度の雇用費は言い出した私が用意したいのよね。

 私が王城へ就業開始するのは、6日後だ。それまでに下働きの雇用を決めてしまいたいので、レシピを代行登録してもらったら、助かるけど……。


(あ、そうだ!)


「チャーリー。利益を半分譲渡するから、ラスクの細かい分量とか決めて貰えないかしら。それでも良かったら、代行登録をお願いしたいわ」


 きちんと働きの分、お金を払わないと思って、提案してみると、目を丸くしてチャーリーが驚いた。


「ええっ!? 利益半分は多すぎますよ!! 普段仕事量が少ないので、このくらいやらせてください!!」

「利益半分貰ってくれないと、レシピの登録代行はお願いしません」

「そんな!!」


 愕然とするチャーリーに、こちらも驚いてしまう。


「ごめんなさい。そ、そんなに仕事少なかったかしら……?」

「私生活とのバランスが取れてるので、むしろ有難いですが、働いている気がしないので、こういった突発の仕事が出来る思うとホッとするんです!」

「うーん。でも働いた分はお金を受け取って欲しいわ」


 するとチャーリーは、渋々といった表情で口を開く。


「それなら、利益の2割をいただくということで、どうでしょうか」

「本当にそれで大丈夫なの?」

「はい! 十分にお給金をいただいておりますので!」


 あんまり対価だと言ってお金を押し付けても、かえってチャーリーの迷惑になるかしら……。雇用費が必要なことも事実だし、ここは決断しないとね。


「わかったわ。その条件にする。……よろしく、チャーリー」

「こちらこそよろしくお願いします。アクアお嬢様」



 パンのレシピは、人気なジャンルだし、チャーリーというシェフ監修だから、最低でも下働き分くらいは雇えるはず……!


 次の課題は、下働きの人材をどこから雇うかということ。

 まさかタウンハウスから引っ張ってくるわけにはいかないから、新規採用しなきゃならない。でも面接をするにも時間がかかるしなぁ……。一日で面接を終える方法があればいいのだけど。そう、例えば誰かからの推薦とか。


 ーーあ、いいこと思いついたわ! これなら、社会貢献にもなるし、すぐに働き手が見つかるかもしれない!

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