第2話 瓶詰めエールとよく合うツマミ



 早朝。辺りがほんのりと明るくなると、自然と目が覚める。

 見慣れない天井に、疑問を持つこと数秒。あぁ、引っ越したんだと、伸びをしながら思う。


 窓を開けると、王城が朝陽に照らされて輝いている。すごく綺麗だわ。


 気分よく、鼻歌を歌い、寝室に隣接するシャワールームに向かう。

 自分のことを自分で出来るって最高ね。今までは、お風呂に入るにも、メイドが脱がせてくれて、洗ってくれていたから、とっても新鮮。

 前世の水野アヤメだった頃は、普通だったことが、普通に出来ないストレスが結構あったのよね。


 バスローブを着て、シャワールームを出る。

 喉が渇いたから、キッチンへ向かうと、慌てた様子のチャーリーと遭遇した。


「な、な、な、なんて格好をしてるんですか〜〜〜!?!?!?」


 口をパクパクとさせて、耳まで真っ赤にさせている。

 そういえば、私はバスローブ一枚で、とても豊かな谷間も見えている。髪も濡れていて、朝には刺激が強すぎたかしら……。

 念願の一人暮らしに浮かれてしまっていたみたい。バッと目を逸らすチャーリーに申し訳なく思う。


「チャーリーおはよう。朝から悪いわね。すぐに着替えてくるから、お水を用意してもらえる?」


 ブンブンと頭を上下にしているチャーリーを横目に引き返した。



 ◇◆◇


 淡いブルーのドレスに着替えると、そういえばと思い、魔法で髪の毛の余分な水分を蒸発させる。うん。これで髪が乾き切った。

 私は水属性の魔法しか使えないのだけど、温度調節ができるので、これからの生活に役立ちそうだ。今までは、メイドに髪を乾かして貰っていたから、自分で髪を乾かすということを綺麗さっぱり忘れていた。



 ◇◆◇



「先程は、大変失礼いたしました」


 直角に腰を曲げて、謝罪するチャーリー。ダイニングで水を用意して待っていてくれたようだ。そして、丁重に謝られた。

 本当に申し訳ないことをしたわね。一人暮らしといっても、ご飯時にはチャーリーがいるのだから、だらしないことはしないようにしよう。


「いいえ、私が悪かったのよ。ごめんなさい。これからは気をつけるわね」

「とんでもないです。今夜からは、水差しを寝室に用意いたします」

「ありがとう。チャーリー」


 チャーリーは、もう一度お辞儀をして、私に尋ねる。


「朝食の準備が出来ておりますが、いかがなさいますか」

「まぁ! ちょうどお腹が空いたところよ」

「ではご用意します」

「えぇ。楽しみだわ」


 ダイニングテーブルに次々と料理が運ばれる。

 朝食は、野菜たっぷりのスープに、柔らかい白パン、スクランブルエッグ、ベーコンだ。

 よだれがこぼれそう。天の恵みとシェフに感謝して、いただきます。


 まずは、スープから。ひとくち飲むと、野菜の出汁がよく出ているのが分かる。長時間煮込まないと出ない味だ。角切りにされた、玉ねぎ、ジャガイモ、セロリやニンジン。それにひよこ豆まで入っている。シンプルな塩味で飽きが来ない。


 白いパンをちぎって口に入れると、ふわふわでしっとりとして、天然酵母の香りがする。今まで暮らしていた、フェアバンクス領のカントリーハウスでは、フランスパンのようなハードなパンだった。王都では白いパンが流行っているとは聞いていたけど、早速食べれると思わなくて、驚いた。


 スクランブルエッグは、とろとろとしていて、ベーコンはカリカリ。あまりの美味しさに、王都に引っ越してきて、チャーリーがシェフでよかったと激しく思う。


「チャーリー、どれも美味しくて感動したわ。特に白いパン、食べてみたかったから。後ね、今後の食事なのだけど、コース料理は飽きてしまったから、仰々しくない、家庭的な料理が食べたいの。出来るかしら?」

「はい。任せてください」

「今後も期待しているわ。私、王都へ出てきたのは、色々な料理を食べ尽くすという、立派な理由もあるのよ」


 にんまりと悪戯っぽく微笑むと、チャーリーは、虚をつかれたような顔をした。


「アクアお嬢様は、親しみやすいのですね」

「あら、光栄だわ」


 おどけたように、髪を手で揺らすと、チャーリーと目が合う。二人でクスクス笑いあって、楽しい食事ができた。少しは打ち解けられたかしら。


 先ほども言った通り、私は王都に来て、高級な食事だけでなく、平民街の親しみやすいお酒や食事も食べたかったのです! だって、食べることが大好きなんだもの。


 ということで、この後、下の階の住民にご挨拶と共に、この付近で美味しいお店がないか聞いてみようと思う。



 ◇◆◇



 身だしなみを整えて、ご挨拶の品を持ち、玄関を出る。エレベーターで一階まで下がると、受付へ向かった。


「「アクアお嬢様、おはようございます」」


 今朝も執事のジュートと、メイドのレイリンがいた。何時間続けて働いてるのかしら。労働環境、大丈夫? まずは様子見ね。


「おはよう。アパートメントの住民に挨拶したいのだけれど、話を通していただいてもよろしくって?」

「かしこまりました。それでは私ジュートが承ります」


 私の持つ荷物が、いつの間にかジュートの手にあることに驚きつつも、共にエレベーターへ乗る。ジュートは、三階のボタンを押すと、口を開く。


「アクアお嬢様。恐れながら、ご自宅の部屋はご覧になられましたか?」

「いいえ。まだ寝室とダイニングしか行っていないの。部屋に階段もあったから、ご挨拶が済んだら見学しようと思っていたところよ」

「もし宜しければ、私が、一階のエントランス含めてご案内いたします」

「それは助かるわ」


 三階に着くと、玄関には、ハーブの花壇が沢山置いてあった。


「三階に住われるのは、ロックウェル子爵夫妻です。領地を運営していらっしゃいましたが、御子息夫婦に任されて、御隠居されてます」


 この国では、爵位の生前贈与が出来ないので、隠居しても、受け継がれた爵位は無くならない。


 ジュートが、ベルを押すと、シルバーヘアの女性が現れた。お年は70代後半くらいだろうか。気品があり、穏やかそうな微笑みを浮かべている。


「あら、ジュート。いらっしゃい。いかがなされたの?」

「この度、4階に引っ越された、アクア・フェアバンクス様がご挨拶に参られました」

「当家のアパートメントに住んでくださりありがとうございます。これからよろしくお願いいたします」

「エラ・ロックウェルと申します。主人は外出中でご挨拶できずごめんなさいね。このアパートメントは、エレベーターがあるから、とても住みやすいのよ」

「そう仰っていただけて非常に嬉しいですわ。ご挨拶のため、フェアバンクス島名産のハイビスカスティーをご挨拶の印にお持ちしました」


 ジュートが、荷物から、大きな箱を取り出して、エラ子爵夫人に渡してくれる。有能すぎる。有難う、ジュート。


「あの希少なハイビスカスティーですの? 実は飲んだことがなくて、頂くのが楽しみだわ。ちょっと待っててもらえるかしら」

「ええ」


 すると、エラ子爵夫人は、ご自宅に戻られる。 どうされたのだろうと思うと、すぐ戻ってきた。


「お待たせして申し訳ございません。アクア様、もし宜しければ、こちらをお持ちくださいませ」

「まぁ、ありがとうございます」


 エラ子爵夫人から、瓶詰めになった、キャベツが白く発酵したものを受け取る。

 もしかしてこれは、前世でソーセージに添えてあった……


「これは ザワークラウトでいらっしゃる?」

「そうですわ。うちで手作りをしておりますの。お口に合うか分かりませんが、お酒に合いますので、是非お召し上がりになってくださいまし」

「ありがとうございます。私お酒が大好きなんですの。ちょうどお聞きしたいことがありまして……」

「いかがなさったのかしら?」

「近所でオススメの美味しい酒場やレストランを教えていただきたいのです」


 エラ夫人は、すぐに思いついたようで答えてくれた。


「南西の島国料理になるのですが、レストランサクラが変わった料理や変わったお酒が頂けるので、一度行ってみると楽しめるかもしれませんわ」

「教えてくださって、感謝いたします。是非、近々行ってみますわね」


 島国? サクラ? もしかして、日本料理に近いものが食べられるのかしら。でも明らかに世界自体が違うから、過度に日本料理とは、期待しない方が良さそうね。もちろん美食そうなエラ子爵夫人のおすすめだから、美味しいことは間違いなしだと確信した。



 ◇◆◇



 挨拶を済ませて、エレベーターに再び乗り込む。次は二階への挨拶だ。


「二階に住われるのは、ウォード侯爵家のご次男様でいらっしゃいます。第二騎士団の副団長で、王宮にお勤めになっているご立派な方です」


 ジュートがベルを鳴らして、出てきたのは、筋肉質な男性。背が190センチはあろうか。みるからに騎士だとわかるガタイの良さだ。アプリコットの髪色に、グラデーションがかった夕焼け色の瞳。短髪でタレ目。強面と思いきや、目の奥は穏やかそうだ。


「よう、ジュート。こちらの綺麗な御令嬢は?」

「ケネス様。この度、四階に引っ越ししてきました、アクア・フェアバンクス様です。アクアお嬢様、こちら、ケネス・ウォード様であらせられます」

「当家のアパートメントにお住まいくださり、ありがとうございます。これからよろしくお願いいたしますわ」

「おぉ、貴方がアクア嬢か。よろしくお願いする」


 貴族の御令息とは思えないフランクな方だが、嫌な印象を与えない、品のある印象だ。

 ちなみに、貴族階級は、男爵家、子爵家、伯爵家、侯爵家、公爵家の順で、地位が高くなる。私は伯爵家なので、家格は、侯爵家のケネス様の方が上となっている。


「もし宜しければ、こちらをお受け取りください。フェアバンクス領名産のサンゴ豚のソーセージです」

「おぉ! 海に生息するサンゴみたいなツノが生えた豚の事か?」

「はい。海洋魔物のサンゴ豚です。脂がのっていて、とても美味しいのです」

「エールに合いそうだな。有り難くいただく。おっ、それは、三階のエラ夫人からもらったのか?」

「えぇ。ザワークラウトを頂きましたわ」

「エラ夫人のザワークラウトに、アクア嬢のソーセージ……。そうだ、エールを提供するから、一緒に一階のラウンジの中庭で飲まないか? 今日は非番なんだ」

「お昼からお酒ですの?」

「昼から太陽の下で飲む酒は、格別に上手いからな」


 ケネス様は、悪巧みするように口角を上げる。負けないくらいの笑みで、参加する旨を伝えた。



 ◇◆◇



 ケネス様と一旦別れ、一階の共用部分をジュートが案内してくれることになった。

 その間に、メイドのレイリンが、ラウンジの中庭を準備してくれるらしい。


「では、一階をご案内いたしますね。建物はUの字型になっていて、ご存知の通り、入り口をはいって、左手がエレベーター、正面奥が受付になっています。このまま右に進んで行きますね」


 通路には、大きな窓が沢山で、綺麗な中庭が見える。左に曲がると、本棚がびっしりと立ち並んでいる。図書室のようだ。


「こちらの本は、一階の中での閲覧は自由です。一階から持ち出す場合は受付までお申し付けください」

「分かったわ。カントリーハウスとはまた違った品揃えみたい。窓がたくさんあるのに、古い本も劣化していないのね。きちんと管理してくれてありがとう」

「恐れ入ります」


 図書室を左に抜けると、バーカウンターや、テーブルが多数ある場所へ辿り着く。


「こちらは、ラウンジ兼パーティールームでございます。バーカウンターは普段使われていませんが、パーティーを行う際には、ご利用いただけますよ」

「小規模のパーティーなら出来そうね」

「はい。中庭もご利用いただけますよ。ラウンジや中庭はパーティーでなくても住民の方が普段からご利用くださっています」


 そして、ジュートが大きな扉を開けると、中庭へ出る。先ほどより窓から見えたが、花壇や芝が綺麗に整えられていて、貝殻モチーフの噴水が童話に出てきそう。パラソル付きのガーデンテーブルが多数あり、ホテル内にあるカフェのようだ。

 木漏れ日がほどよく眩しくて、キラキラとしている。感嘆として小さく息をつく。


 レイリンが準備しているテーブルに案内されると、ジュートが椅子を軽くひき座らせてくれる。私は後ろに控えているジュートに話しかけた。


「そういえば使用人はどちらで寝泊まりしているの? 1階にはないようだったけど」

「地下に広いお部屋をいただいております。魔法の窓がありまして、中庭の景色がそのまま投影されているので、地下といっても、日の光が入って明るいですよ」」

「このアパートメントは、魔法の設備がしっかりとしているのね」

「先先代のフェアバンクス伯爵様が、御隠居される際に、作られたようです。アクアお嬢様が引っ越した、四階に住んでいらっしゃったと伺っています」


 先先代の当主は、確か魔法に長けていて、生活魔法を沢山開発されたと言われている。納得していると、ケネス様がこちらへやってきた。


「待たせたな。瓶詰めエール持ってきたぜ。悪いがレイリン、開けてもらえるか?」

「もちろんでございます。ケネス様」


 いつの間にか準備を終えていたレイリンが、瓶詰めエールを開けて、渡してくれた。


「それじゃあ、アクア嬢の引っ越しを祝って乾杯」

「乾杯」


 少しはしたないが、ケネス様はグラスに注がないようなので、直接瓶に口をつけてエールを飲み込む。

 ゴクゴクと飲み込むと、少し温くなった軽めのエールの炭酸が喉を潤し、「あぁ〜、美味しい!」と息を漏らしてしまった。 昼間に、瓶から直接エールを飲むという背徳感……ハマりそうね……。


 ケネス様はというと、からかうような表情で、「まさか直接瓶から飲む御令嬢がいるとは思わなかった」とクツクツ笑う。失礼ね、とそっぽを向くと、更に笑いをこぼした。


 レイリンが、フェアバンクス領産のサンゴ豚のソーセージグリルとハニーマスタード、エラ夫人のザワークラウトを盛り合わせたものを配膳してくれる。するとケネス様は、直ぐにザワークラウトを口に入れ、エールを注ぎ込む。

 ケネス様が、無言で、食べる飲むを夢中で繰り返すところを眺める。美味しそうに食べる方だ。騎士らしいワイルドな食べっぷりに、自然と口角が上がるのがわかった。


「ソーセージ、よく脂が乗っていて美味いな。臭みもなくて食べやすい。エールにあって最高だ」

「それは良かったですわ」


 私もザワークラウトから口に入れる。酸と塩味が濃すぎずさっぱりとしている。ほのかにローリエの味がして、爽やか。ケネス様にならって、エールで流し込むと、たまらない組み合わせだ。ソーセージをナイフで切って頬張って、エールを飲む。油をリセットするようにザワークラウトを食べて、またエールを飲む。こ、これは確かにエンドレスね……。

 つい夢中になってしまった……。恥ずかしく思っていると、ケネス様が頬をテーブルにつきながら、こちらをまっすぐ見ている。私を観察していたようだ。パチっと合った目を勢いよく逸らし、誤魔化すようにケネス様へ話しかける。


「ケネス様。近所のレストランや酒場でオススメはございまして? 私、親しみやすい敷居が低いところにも行ってみたくって」

「レストランだと、サクラが変わった酒と料理を食べれるな。酒場はいくつか行きつけはあるが、貴族令嬢が一人で行くようなところじゃないな」

「そうですか。サクラはエラ夫人からも教えていただきましたのよ。酒場も行ってみたいのですが、一人だと危険ですの?」

「アクア嬢のような綺麗すぎる位の女性が酒場に一人で行ったら、口説かれ倒されるだろうな。常連になれば一人でも大丈夫だろうが……」


 な、なんということでしょう。一人で酒場に入る前に話を聞けてよかったわ。確かにフェアバンクスの家系は美形しかいないので、私も整っている方だから危ないかもしれない。王都は治安が良いと聞いていたから、大丈夫だと思っていただけれど、ナンパはあるのね……。


「よかったら、明日仕事終わりに一緒に行くか? 女と出かけるのは苦手だが、アクア嬢は、良い飲み友達になれそうだ」


 ケネス様は、私が空けた瓶の数々を見ながら、ニヤリと笑う。釣られて私も得意げに微笑み頷く。


「光栄ですわ。私も良い飲み友達になれそうと思っていましたの」



 ◇◆◇



 こうして、今世初めてのお友達をゲットした私は、何本飲んだか数えないまま、ほろ酔いで自宅に戻り、お昼寝をして、夜ジュートに自宅の設備の案内をしてもらった。


 家自体はかなり広いが、部屋数が少ないので、割とすぐ案内が終わった。出入りしていた寝室、ダイニングの他に、リビングと書斎、キッチンがあり、階段を登ると屋上に行ける間取りになっていた。屋上にはなんと露天風呂があった。蛇口を捻ると温泉が出るらしい。これには驚いた。


 自宅の案内が終わった後は、チャーリーの作った晩御飯を軽めにとり、寝室でまったりとする。

 明日は王城へ、仕事内容の説明を受けに行く。緊張するが、ゆっくり身体を休めよう。そして夜はケネス様との酒場へ行くのだ。

 ケネス様、男らしいのにまつ毛長くて、イケメンだったなぁと、うっすらと思い浮かべ、眠りについた。



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