エルフ、目標を定める
「……うん、まあ、いい。それでハナコ。魚はどうしたのかね?」
「どうもこうも、うっかりしてやしてね」
「うっかり?」
「釣果を入れるモノがねえんですよ」
「さっき、よく釣れたと聞いた気がしたんだが」
「ええ、確かめたいことがあってキャッチ&リリースでさあ」
言いながら、ハナコは竿を指し示す。
「こいつなんですがね、何かしました?」
「何かとは」
「餌もつけてねえってのに異常に釣れるんですよ」
「ああ、そういうことか」
ハナコが何を聞きたいのか理解したレイシェントは、何度か頷いてみせる。
「エルフの作る物は高確率でマジックアイテムになるからな。どれ、貸してみたまえ」
レイシェントはハナコから竿を受け取ると、納得したように「ふむふむ」と呟く。
「魔力を感じる。よく釣れるようにと祈ったからかな? そういう効果でもついたんだろう」
「だろうって。随分適当ですな」
「仕方ないだろう。私は鑑定屋じゃあないんだ」
いわゆる鑑定魔法でそういうものを判断できるらしいが、エルフはそういうのにあまりこだわらないので、鑑定魔法を習得していないことが多い。
レイシェントもその類なのだろうとハナコは溜息をつくと、竿を立てかける。
「まあ、良いものだと分かったのでいいです。それより入れ物を作ってくだせえ」
「うむ。待っていたまえ。今最高の背負い箱を作ろう」
「そういうのでなくとも……あ、もう切ってやがる。早ぇなあ、もう」
即座に箱を組み上げていくレイシェントに感心と呆れを覚えつつも、ハナコは仕方なくその辺に座り込む。
(……しかしまあ、なんとかなりそうですなあ。最初はどうなるかと思いやしたが……)
正直この場所に流れ着いた時は、ハナコにもどうしたらいいか分からなかった。
しかし役に立たないだろうと思っていたレイシェントは思った以上に多才であり、このサバイバル生活で才能を開花させているとすら言ってもいい。
旅するエルフには大きく名を残す者もいるというが、そういうことなのだろうかとすらハナコは思う。
「旦那ァ」
「なんだね?」
「今後どうしやすかい?」
「どうとは、どういう意味だい」
「色々あるでしょう。元の大陸に帰るとか、ここで一旗あげるとか」
「ああ、そういうのか」
箱はすでに出来上がり、背負い紐を編む手を止めないままにレイシェントは「何も」と答える。
「は?」
「何もしない。此処で私とハナコが暮らせるだけの糧を得られれば、それで充分だとも」
「そりゃあ、また……小さくまとまりましたな」
「逆に聞くが、他に何が欲しいのかね?」
レイシェントに聞かれ、ハナコは思わず言葉に詰まる。
何が欲しいのか。聞かれてみると、何もない気がするのだ。
むしろ、ここで安定した生活が出来るのなら……それで充分ではないだろうか?
「そう聞かれると……欲しいものは無い気がしますな」
「だろう?」
「ですが……せっかくこんな場所で一から始めるんだ。もっと何かあってもいい気がしますな」
「ふむ……」
言われてレイシェントは思う。
確かに、ハナコの言う通りかもしれない。
目標のない人生を生きるのはエルフの得意技だ。
だが……そこに「目標」というものをプラスしたのであれば、それは人生の彩りといえるのではないだろうか?
「確かに、ハナコの言う通りではあるな。しかし、何をしたものか」
「旦那のしたいことでいいとは思いますがね」
「ハナコは何かないのかね?」
「旦那のやりてえことが、あっしのやりたいことでさあ」
「うーむ……ハナコは私をやる気にさせるのが上手いな」
レイシェント1人の人生であれば、此処を森にするまで見守るという目標でもいい。
しかし、ハナコの人生がかかっているとなるとそれは少し、となってしまう。
だが、何をしたものか……考えて、レイシェントは「ああ、そうか」と頷く。
「なら、此処をもう少し賑やかにしよう」
「賑やか、でやすか」
「ああ。この暗黒大陸だが……他にも知的生物はいると思うのだよ」
「精霊が言ってたっつーゴブリンですかい?」
「それもあるがね。他にも何かいそうだろう?」
「まあ、そうですな」
友好的とは限りませんがね、と言うハナコにレイシェントは苦笑する。
「そういう連中と交流したり、あるいは此処での生活に誘うのもよくないかね?」
「ふむ、それは……村を作ると。そういうことですかい」
「ああ、その通りだ。エルフの森程じゃないが、そうすれば楽しい日々になりそうだ」
確かにそれは楽しそうだと、ハナコもそう思う。
この地で新しく、新しい仲間と始める、のんびりとした日々。
そうしたものを過ごせるならば……それはとても、良い人生だろう。
「いいですね。あっしも賛成ですぜ」
「そうか! では、明日から色々と準備を始めようか!」
「そうですな!」
意気投合するレイシェントとハナコ。
そうして、ハナコは再び魚を釣りに行き……そして、あまりにも予想外な釣果を得て帰ってくるのだった。
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