エルフ、来訪者と対峙する

「人間が釣れやした」

「……うん?」


 木の繊維で服を作っていたレイシェントに、釣りから帰ってきたハナコはそう告げて。

 当然のように理解できなかったレイシェントは首を傾げてみせた。

 当然だ。釣りに行って人間を釣ったとか、意味が分からない。

 レイシェントは天井を見上げ……殺風景な気もするから何か飾ろうか、などと考えてからハナコへと視線を戻す。


「で、何が釣れたって?」

「人間が釣れやした」

「人間って竿に食いつくようなアレだっけ」

「ああ、いや。正確には竿に引っかかりやした。で、釣り上げてみたら人間だったんでさあ」

「……あの竿と糸、そこまで強度上がってたのか」

「ビックリしやしたぜ」

「うん、まあ……で? その人間っていうか水死体か。ちゃんと埋めてきたのかい?」

「生きてやすぜ? まあ、埋めましたが」


 またハナコの言っている事が理解できなくて、レイシェントは作りかけの服をじっと見つめる。

 木の繊維で作るのはいいが、染色はどうしようか。

 草染めだと色が少しばかり偏る気もする。


「うん。なんで生きてるのに埋めたんだ?」

「なんか起きるなり『おのれ魔族』って襲い掛かってきやしたので。殴って首から下を埋めやした」

「あー、それは正解だな。しかし……うーん?」


 ハナコの見た目は、どちらかというと人間に近いはずだ。

 それなのに襲い掛かってきたというのは……。


「魔族、魔族か」

「なんかどっかに居るっていう種族だってのは知ってやすが」

「ああ。定期的に人間を襲ってる。奴等、魔法で遠くまで行けるからな」

「はー、なんでまた」

「さあ? 人間は野蛮だし、なんか魔族にチョッカイかけたんじゃないのか」


 で、魔族は非常にねちっこい。それでもってエルフ並に長命なものだから、100年前の恨みを昨日の恨みのように覚えている。

 レイシェントとしては、あまり関わりたくない連中ではあった。


「しかし、人間かあ……」

「どうしやす?」

「キャッチアンドリリースといきたいが、それもちょっと非道だよなあ」

「人間くらい別に構わんと思いますがねえ」

「ハナコ、実は君って私より人間嫌いだよな」


 ちょっとブラックな一面を見せるハナコに苦笑しつつも、レイシェントは悩む。

 どういう事情か知らないが、人間がいる。

 それも聞いた感じかなり好戦的だし、エルフであるレイシェントにも敵対的かもしれない。

 何しろ人間というのはどうにも信用できない種族だ。

 友好的だったかと思えば、突然森を焼きに来たりする。


「うーん……」


 本当に困ったものだ。しかし、決めなければならない。

 悩んだ末、レイシェントはハナコを伴って海岸まで来ていた。


「おのれ、来たな邪悪な魔族……ん? エルフ?」

「どうも、エルフです。それで、君はなんだい?」


 首から上だけでもかなり鍛えている事が伺える男だ、とレイシェントは思う。

 不意打ちであろうとハナコが勝てたというのは結構凄い。

 自分であれば一撃で負けそうだ。

 そんな事を考えながら聞くレイシェントだが、人間の男はレイシェントを睨みつけてくる。


「俺は王の命を受けた魔族討伐隊だ。卑怯にも船上で奇襲を受け流れ着いたところを、そこの邪悪な」

「よし、ちょっと待った。これは、うーん……」


 もしかしなくても面倒ごとだ。どこの国か知らないが、魔族と徹底的に事を構えるつもりらしいし、魔族もそれを察知して迎撃したようだ。なんかもう、今すぐ帰ってほしい。


「まず誤解を解きたいんだが、この子は魔族じゃない」

「しかし、その黒髪黒目! 間違いなく魔族の特徴だろう!」

「いつの時代の常識だ、それ。黒髪黒目は東方に結構住んでるって、ガガーリンの東方探索記にあるだろう」

「そんな異端者の本は知らん!」


 叫ぶ男にレイシェントは頭痛を感じ……しかし、ふと気づいたように「異端者?」と呟く。


「ハナコ。もしかしてこの男の鎧、銀色だったかい?」

「いや、普通の鉄色でしたが」

「そうか。なら神聖国ではなさそうだな。その傘下の何処かか」


 あのガッチガッチの国であったら、ちょっと面倒さが増えていたが……そうではなかったことにレイシェントは安堵する。


「まあ、負けたんだろう? 大人しく」

「負けていない! この身が滅びるまでは!」

「このまま埋めたままだと君は滅びるわけだが? 控えめに言ってカニの餌だ。此処にカニがいるかは知らんがね」

「ぐ、ぬ! ぬううううう!」


 男はなんとか脱出しようと身体を動かしているようだが、よほどしっかり埋めたのか抜け出せないようだった。

 そんな男に諭すように、レイシェントはその前に屈みこむ。


「なあ、君。彼女に勝てない程度の力で魔族には勝てんよ」

「何を言う! 俺達は選ばれた……!」

「うん、選ばれた精鋭かもしれんがね。魔族ってのは長い年月を『相手をぶっ殺す技』に注ぎ込む根暗の群れなんだ。1万年に1度の才能を持って1万年に1度の成長速度を見せるような、そういう人間を大量に鍛え上げて、それでようやく勝負になるってところだと思うがね?」

「貴様、まさか連中に屈服したのか!」

「私の森を焼いたのは残念ながら人間でね。魔族の配下に入ったつもりもないが」


 それでも騒いでいる人間を見てレイシェントは溜息をつくと、ハナコが此処に置きっぱなしにしていたオールを持ちあげ……そのまま、人間の頭に振り下ろす。

 ぐえっ、と声をあげて気絶した男を見てハナコが「おー、殺りましたか」と物騒な事を言う。


「殺してない。殺してないがね。ちと面倒だ。ハナコ、ちょっとそれを掘り出してくれ」

「ええ? どうするんでやすか? 流します?」

「まあ、似たような事をするがね」


 そしてレイシェントが呪文を唱えると……何処か知らない風景が、ぼんやりと円状に浮かび上がる。


「ほれ、ハナコ。それを此処に投げ込んでくれ」

「え? ええ」


 言われたとおりにハナコが男を円の中に投げ込むと、男の姿は消え……同時に円も消えてしまう。


「旦那。今のは……」

「ワープゲートだ。私が使えるのは秘密だぞ?」

「そ、そんなもん使えるなら」

「ああ、あの森のあった場所にも戻れる。しかしね、私は……」


 この生活に結構希望を見出してるんだよ、と。

 そう言って笑うのだった。

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