エルフ、畑を作る

 ハナコが釣りに行ってしまうと、レイシェントは「ふむ」と頷き木材を手に取る。

 釣りに行ったからには、ハナコは必ず何かの釣果を得て帰ってくるだろう。

 となると……それを調理する為の道具、そして盛る為の食器が必要になるのは間違いない。


「皿にコップ、フォーク、スプーンにナイフ……いや待てよ、包丁はどうするか」


 一瞬自分の手元の短剣を見るが、ハナコは嫌がりそうだ。

 やはり調理用の包丁は改めて作るべきだろう。


「よし、そうと決まればまずは包丁を作るとしようか」


 帰ってきたら食事に必要な品が全部揃っていると知ったら、きっと驚くだろう。

 そんな事を考えると、思わずレイシェントの顔には笑みが浮かび……フフッと笑い声など漏らしながらドアを開ける。


「……ああ、いい風だ」

 

 多少潮の香りは混ざっているが、とても良い風が吹いている。

 いずれ此処が森になるとして、きっと良い森が出来るだろう。

 その日が楽しみだが……それに関しては、一朝一夕でどうにかなるものでもない。

 まずは出来る事からやっていくのがいいだろう。


「よし、これで包丁も出来たな……良い出来だ」


 ミスリル製の包丁……人間が見たら発狂するような高級品を手に、レイシェントは頷く。

 エルフにとっては馴染みのある金属なだけに、その辺に遠慮はない。

 なんとなくミスリルの方が錆びないし良いだろうくらいの感覚だ。


「そういえばハナコが野菜とか言ってたな……」


 野菜……つまり食べられる草は、エルフも育ててはいた。

 しかし、アレは種が必要だ。流石にそんなものを持ち歩いてはいないし、この辺りには食べられる草はなさそうだ。


「うーむ……どの道、探しにいかねばならんということか」


 エルフの分類では、草は大体5つに分けられる。

 薬になる草。別名薬草。

 食べられる美味しい草。別名野菜。

 食べられない事もない草。

 食べてもマズイ草。

 毒になる草。別名毒草。


 この辺りに映えているのは、3つ目……「食べられない事もない草」だ。

 正直に言って、あまりサラダとしては適していないように思う。

 思うが……無いよりはマシかもしれない。


「ふーむ……畑を作って育てるか?」


 しかし、それにはクワを作って土地を耕さなければならない。

 かなりの重労働だ……後回しでも良い気がした。

 だが、もしハナコが帰ってきた時に畑が出来て草が植わっていたらどうだろう?

 ハナコは喜ぶのではないだろうか。

 そう考えると、やる価値があるような気がしていた。


「……よし、やるか!」


 精霊魔法で即座に総ミスリル製のクワを作り出すと、レイシェントはクワを振り下ろそうとして……そこにあった草を、吟味し始める。

 この辺りにあるのは全て「食べられない事もない草」だ。

 ならば、まずはそれを摘んでおくのが良いだろう。

 丁寧に、丁寧に草を摘むと、それを近くに積み上げる。

 そうしてようやく、クワを入れていく。


 正直にいって、エルフはやらない作業だ。

 なにしろ、エルフは種族的に少食だ。

 ちょっと草と木の実を食べれば、それでお腹いっぱいになるのだ。

 しかし、ゴブリンはそうではない。

 だからエルフの森にはゴブリン用の畑があったりするわけだが……その記憶を掘り起こしながら、レイシェントはクワを振るう。

 そうしていくと……なんとかかんとか、記憶にあるような畑っぽいものが出来上がる。


「うん、素晴らしいな! あとは草を植えていけば……」


 先程丁寧に掘り起こした草を植え直し、レイシェントの畑作業は完了する。

 すでに土の精霊や水の精霊が興味深そうに見ているので、放っておいても基本的に問題はない。

 むしろ、その方が精霊の影響で多少味が上がる。

 人間に人気のエルフの野菜は、そういう適当なやり方で作られているのだ。


「よし、次は食器を……」

「あっ!? 旦那、こりゃあ畑ですかい!?」

「うおう!?」


 聞こえた声にビクンと飛びあがるレイシェント。

 振り向いた先には、驚き顔のハナコが居た。


「な、なんだねハナコ! 戻ってきてたのか!」

「ええ、なんか良く釣れましてね。しかし……いやはや、まさか旦那が畑作ってるたあ……」

「君が草を食べたがってただろう? 喜ぶかと思ってね」

「あっしの為に? そりゃ嬉しいですが……え、しかしこいつぁ何ですかい?」

「食べられない事もない草だ」

「うん?」

「食べられない事もない草だ」


 ハナコはちょっと考えるような様子を見せ……レイシェントと畑を交互に見る。


「そりゃあ……美味いんですかい?」

「今は全然だがね。精霊に任せればそれなりにはなるだろうさ」

「なるほど……」


 ハナコは更に考えるような様子を見せ……パッと笑顔になる。


「いや、そういうことでしたら有難てえ! これで野菜の問題も一応解決したってわけですな!」

「うむ。出来れば食器も作っておきたかったんだがね。まだ包丁しかない」

「そこに刺さってんのは包丁でしたか。いや、しかし……」


 まさかレイシェントがこんな自主的に色々動くとは。

 その事実に、ハナコの目にキラリと涙が浮かぶ。


「あっしは旦那を……ぐすっ、信じてやしたぜ?」

「何故泣くのかね」

「旦那はもう今際の際まで切り株より動かねえんだろうなって思ってやしたから……」


 あまりといえばあまりなハナコの評価に、レイシェントの目にも涙が浮かびそうだった。

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