エルフ、魚を釣る準備をする

 組み上げた家はハナコがかなり強く押してもなんともない程度には強度があり……ハナコも、認めざるをえないものだった。

 勿論、家具の類は一切ないのだが……この調子ならレイシェントがすぐに組み上げてしまうだろう。

 何しろ、木材は余っているのだ。


「さて、と……家は何とかなりましたし。あとは飯をどうにかせにゃならんですな」

「そうだな。見たところ、この辺に生えてる草は食用に向いて無さそうだ」

「エルフ基準で考えるのやめていただけますかい?」

「しかし……ハナコだってサラダは好きだろうに」

「ええい、もう。野菜と草は違うって言ってんでしょうが」


 エルフ基準で言えば「草と野菜を分ける意味が分からない」になるので、この辺りは平行線だとハナコは早々に話を打ち切る。


「やはり、肉か魚を手に入れるべきですぜ」

「確かにな。此処の原住民と会った時の交易品にもなりそうだ」

「しかし、問題があるとすりゃあ……」

「この平原で、獣を見ていない。つまり、この辺りに獣の生息圏が存在しないと仮定できるわけだ」

「全くその通りでさあ。居ない獣を狩れるわけがねえ」

「ふむ、そうなると……魚だな」


 言いながら、レイシェントは手元で木の欠片をショリショリと器用に削っている。

 出来上がっていくその見慣れた形に、ハナコは「まさか」と叫んでしまう。


「旦那、そいつはまさか……」

「そのまさかだとも」


 そう、レイシェントは木の釣り針を作っていたのだ。


「……こいつぁ驚いた。マジで使えそうですぜ」

「使えんもんは作らんよ。私はね」

「いやはや、それにしてもこいつぁ……」

「釣り竿と糸は少し待ちたまえ。これから作る」

「釣り竿はともかく……糸をどうにかできるんですかい?」


 糸に出来るようなものなどなかったはず。

 驚くハナコだが……レイシェントの近くに何か細いものが落ちているのに気付き、近寄り摘まみ上げる。


「旦那、確かに木の繊維ってのはありますが、こう簡単にどうにか出来るもんでしたっけか」

「エルフ相手に何を言ってるのかね、君は。そんなもんはどうにでもなる」

「あっしは、エルフってのをまだ理解してねえってよく分かりますな……」


 木の繊維を見事により合わせた糸に、しっかりとした釣り竿。そして針。

 見事に出来上がってしまった釣り道具は、ハナコを唸らせるほどのものであった。


「うーむ……完璧だ。どうだい、ハナコ。中々に素晴らしいものが出来たと思うのだが」

「いやいや、正直驚きですぜ。これなら釣れるでしょうや」

「そうかそうか、それはよかった」


 言いながら、レイシェントは床にゴロリと転がってしまう。


「いやはや、仕方ないとはいえ生き急ぐのは疲れるなあ」

「まあ、確かに旦那は今日結構働いてるとは思いますが」


 のんびりとしているエルフにしては、という前提はつくがレイシェントがいなければこんなに簡単に家が出来上がらなかったのも事実だ。

 釣り竿だってそうだ。レイシェントがいなければ、今頃斧を担いで遠くへ獣を探しに行く羽目になっていただろう。

 となれば……次はハナコがどうにかする番だ。


「それじゃ旦那。あっしは海に釣りに行ってきやすぜ」

「うむ。何があるか分からないから、斧は持って行きたまえよ」

「斧ですか。しかし、そうなりやすと旦那の武器はオールか、その短剣しかありやせんが」

「私にあんな鈍器を扱う力があると思うのかね」

「そんな自慢されても……」


 寝転がっていたレイシェントは起き上がると、手元のミスリルの短剣をじっと見る。


「まあ、これでもいいんだが……私は短剣はそんなに得意じゃないからなあ」

「充分器用に使ってると思いやすが」

「器用に使えるのと上手に戦えるのは違うよ、ハナコ」

「む」

「私達の森がなす術なく焼かれたのは、私達に戦う才能があまりないからだ」

「それだけじゃないと思いやすがね……」


 やろうと思えばエルフは戦えた。

 しかし森と対話できてしまうエルフは、森の中で精霊魔法を乱発することを良しとしなかった。

 それが最大の敗因であるとハナコは考えていた。

 そしてそれは、エルフが弓を好む理由でもあったのだ。


「まあ、そうだな。弓を作っておくとしよう。あれなら私も出来る」

「弓を使う暇があるなら精霊魔法でもいいと思いやすが」

「それでもいいがね。あまり精霊を戦いに巻き込むのは気が引ける」

「旦那ァ……命のかかった問題ですからね?」

「ハハハ、分かっているとも。いざとなれば私もためらわないさ」


 言いながらも、レイシェントの手は弓を作り始めている。

 この調子なら、すぐにでもレイシェントに最適な弓が出来上がるだろう。


「はあ……旦那。ほんとに頼みますよ? 此処に来て死に別れるとか、冗談じゃねえや」

「分かっているとも。いざとなれば大声だってあげるさ」

「大丈夫かなあ……旦那。この家の鍵って」

「うむ、此処にカンヌキがある」

「……外からもかけられる鍵、作れますかい?」

「やっておこう」


 そう言えばその方がいいな、と頷くレイシェントにハナコは「大丈夫かな」と思いつつも……釣り道具を抱えて、海に行くのだった。

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