エルフ、家を手に入れる

「旦那、旦那。起きてくだせえ」


 とにかく、このままでは野宿になってしまう。

 ハナコがレイシェントを揺さぶると、「むうー……朝かね」と呑気な声が聞こえてくる。


「まだ昼にもなってねえです。家も作らにゃならんのだから、ほれ!」

「おお、おお。そうだったな」


 そう言うとレイシェントは起き上がりハナコが地面に刺した斧を見る。


「思ったより美しい斧が出来てるじゃないか」

「オリハルコンの斧を『思ったより美しい』ですましますかね?」


 ジト目で睨んでくるハナコにレイシェントは「オリハルコン?」と首を傾げると、斧に近づきペタペタと触れる。


「……ふむ」

「どうですかい?」

「オリハルコンだなコレ。え? 私がやったのかこれ」

「まさにそうですぜ」

「おお、そうか……分かってはいたが、この辺りの精霊は遠慮が無いな」

「旦那が精霊に妙な頼み方をしたせいって気がしますがね」

「いやいや、あのくらい言わないとだな。何も切れない斧が出来上がったりするんだぞ?」

「はあ」


 その辺の真偽はハナコには分からないし、結構どうでもいい話ではある。


「とにかく、木材用意してくれなきゃ家を作れねえんですがね。あと釘も欲しいですが」

「ふむ。それならコレの出番だな」


 レイシェントは懐に入れていた木の実を1つ取り出すと、スタスタと歩いていき……だいぶ離れた場所に木の実を植えて戻ってくる。


「よっし! 材木を育てるのは久々だが……やるとするか!」


 言いながら手を向けるのは、先程木の実を植えた場所。


「ハント平原のレイシャントがあらゆる精霊達に願う。理を越えたる成長を此処に。共に歩む住み家となりし木に祝福あれ。育て、育て、育て!」


 レイシェントが「育て」と唱える度に木の芽が生え、成長していく。

 スクスクと若木に、そして成木に、どんどんと成長していく。


「……うむ。まあ、こんなもんだろう」

「はー……ほんっと精霊魔法ってのは……」


 目の前に出来た立派な木を前に、ハナコは絶句する。

 森を大切にする割に木で家を作るな、と思っていたら、こんなカラクリがあったのかと感心してしまう。


「あくまで精霊魔法で作った歪な木だがね。心の宿らぬ虚ろな木だよ」

「そういうもんですか」

「そういうものだとも。あらゆるものは長い年月と共に意思を育む。それは木であろうと変わらんよ」

「たまーにそれっぽい事言いますよね旦那は」

「私はいつでも含蓄のある事を言ってるつもりなんだが……」


 何はともあれ、この木は切っても良い木らしい。

 それを判断すると、ハナコは斧を振りかぶる。

 結構立派な木だから上手く切れるかは分からないが……オリハルコンの切れ味を信じてハナコは斧を振りかぶり。


「よい……しょおお!」


 ズパン、と。実に軽快な切れ味をオリハルコンの斧は披露した。

 一撃で木を両断した。ハナコがそれに気づいた時には、木は向こう側へと倒れており……ゾッとしたような表情でハナコは斧を眺める。


「オリハルコン怖ぇ……なんですか、この切れ味」

「おお、流石だなハナコ!」

「いや、まあ……いいんですがね」


 考える事を放棄したハナコは、倒れた木を材木に分解していく。

 レイシェントとハナコが暮らせればいいのだから、そんな大きな家にする必要はない。

 それを前提に、しかし余った材木も別の何かに利用できるように加工していく。

 幸いにもオリハルコンの斧は切れ味凄まじく繊細な切り方すら出来てしまう。

 そうしてある程度の加工が終わったころ……ハナコの背後で何かをしていたレイシェントが、ミスリルらしき輝きの短剣を手に持っていた。


「……旦那。それは?」

「そろそろ私の出番かと思ってね。造ってみた」

「気軽にミスリルを……いや、まあいいんですが。出番ってのは?」

「さっき釘がどうとか訳の分からない事を言ってただろ?」


 訳が分からないはずがない。何を言ってるのかとハナコが視線を向けると、レイシェントは「ああ、そうか」と納得したように頷く。


「ハナコ。私達の村で誰かが釘1本でも持ってた所を見たことがあるか?」

「は? いや、そういえば……」


 そもそも、あらゆる木製品で釘を見た覚えがない。

 さほど気にしたこともなかったが……。


「エルフは木工品も得意なんだ。まあ、見ていたまえ」


 そう言うとレイシェントはハナコが切り出した材木にしゃがみ込み、何やら切りこみを入れていく。

 それが何かをハナコは見ているうちに察して「まさか」と口にする。


「ま、まさか旦那。家を組み木細工で作ろうとしてるんじゃ」

「うむ。細工というにはでかいがね?」

「無理だ! いくら何でも釘1本も使わずに出来るもんじゃ……!」

「出来るとも。その辺の種族に出来ずとも、エルフには出来る。我々は誰よりも木に通じた種族なのだからね」


 そう、出来る。たとえ他種族の建築士がどんな理屈を並べ立てて無理だと言ったところで、エルフには出来てしまう。

 理屈を超えた奇跡的な木材への適性がエルフにはあるのだ。


「よおし、組み立てるぞ! ハナコ、手伝ってくれたまえ!」


 かくして、レイシェントが設計加工し、力仕事をハナコが全て担当した家は……昼になるのを待たずに、組みあがってしまうのだった。

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