第19話 女神ガラティナの世界
3ヶ月ぶりに再会した魔王は、心なしかやつれていた。
「やぁ、お久しぶりってほどでもないけど、あんまり元気そうでもないね」
「あぁん?お前やっぱ狙ってやってんだろ?煽ってんだろ?やんのかゴルァッ!?」
超美形魔王様が超至近距離でメンチ切ってきたので、肩を軽く押して遠ざけ、ようとして、ふっとんでいってしまった。たまたま遮蔽物とかなくて、100mくらい水平移動してから、何とか体勢立て直して戻ってきた。さすがだ。自分ならああはいかない。
そのまま拳かざしてすっとんでくるかと思ったけど、落ち着いた表情で戻ってきた。
「お前、前に会った時よりだいぶ、いや比べ物にならんくらい強くなってねえか?」
「まぁ、それなりに、くらいだよ。これからどんなところに行くのかわかってないしね」
「覚悟決めてるってか。上等じゃねぇか。準備は出来てるならとっとと行くぞ」
「一応、聞いておくけど、人が呼吸したり、生き延びられる環境?」
「あー。それも詳しくは言えねぇみたいだな。だが、準備はしてあるんだろ?」
「うん。してあるんだけど、どれで行こうか迷ってる感じ」
「とっとと選べよ。こちとら暇人じゃねえんだ」
「せっかく創ったんだし、リバーサルにしておくか」
という事で、作品一覧の中からリバーサルを召還。身長約15m。水色をベースに要所を白で縁取られた、再生の死神が姿を現した。
「お前がこいつを創ったってのか?」
魔王がぺたぺたと機体に触れながら尋ねてきた。
「あげないし、創ってもあげないよ」
「いいじゃねぇか。けちけちすんなよ」
「魔王ならこんなの必要無いだろ」
「いや、こういうのは趣味とか気持ちの問題だろ?」
「趣味とか言われると弱いな。今回の異世界行きが無事に済んだら考えておくよ」
「おお、楽しみにしてるぜ!?」
俺がコクピットに乗り込むと、そこに入り込んでサブシートを見つけて座ってしまった。普段はマクリーニャを同乗させる時に使ってるものだった。
「何を見ている?こいつをとっとと起動させろ。準備が出来たら、すぐに移動する」
俺は小さな溜息をついてから、起動シークエンスを行った。コクピットのハッチが閉じ、全周モニターに360度の視野が投影され、さらに計器類やレーダーやセンサーの反応なんかは視野内に仮想スクリーンの様に投影されていた。
「準備出来たぞ。どうやって移動するんだ?」
「
機体前面に、紫色の光の渦が現れていた。正直飛び込みたく色合いではない。が、あれの展開や維持に相当のSP使ってる筈なので、えいやと背中のバーニアをふかして飛び込んでみた。
アニメやSFのワープ中映像みたいのがしばし展開されるのかと思ったら、あったとしてもたぶん認識出来たのは一瞬で、灰色の世界の中空に自分は浮かんでいた。
比喩ではなく、灰色の空から降り注ぐ灰か何かのせいで、大地も灰に覆われていた。ところどころ、虫食いの様に欠けていた。穴が空いているというよりは、無くなっていると感じられた。海ももとはあったのかも知れないけれど、今はどこまでも虫食い状態に欠けた灰色の空と大地がどこまでも続いていた。
「人は、いないのか、ここ?」
「まぁ、説明は俺からはしねぇ。もっと適切な誰かがいるからな。このままほぼまっすぐ、ちょい右手下へ向けて飛んでいけ」
指示された方向へとしばらく飛行を続けると、地表に神殿らしき建物が見えてきた。あちこち崩れてはいるもの欠けた形跡は見られなかった。大きさは、元の世界の小学校の体育館くらいかな。
入り口らしき階段部分の手前にリバーサルを着陸させると、神殿の中から一人の女性が出てきた。いや、SPの反応がすごいので一般人ではあるまい。
「出ておいで」
呼びかけられたので、確認を取ろうと魔王を振り返ると、
「とっとと開けろ」
と急かされた。
「呼吸とかは大丈夫なんだろうな?」
「んなもん、あの方が何とでもしてくれる」
「信用するからな」
返事を待たずにコクピットのハッチを開けた。モニターに映る女性の様子から、何もされないだろうと推測できたから。
片膝をつく姿勢に移行し、片手をコクピット出口前にかざさせる。それなりな大きさの手の平に乗ると、自動で地面にまで下ろしてくれた。MS乗りとして憧れのムーヴだよね。頭上で取り残された魔王がぶつくさいいつつひょいと飛び降りてきた。まぁ自分も同じことやろうと思えば出来ちゃうんだけどね。
「ガラティア様。お久しぶりでございます」
「マウヴェスも息災そうだな。縮んだようだが生きていれば何とでもなろう」
魔王が女性の前にひざまずいていた。
ガラティアと呼ばれた女性がこちらを向いたので挨拶してみた。
「三田創司です」
「ガラティアだ。積もる話は立ち話で済ませるには長すぎる。ついてくるがいい」
そしてさっさと神殿の内部へときびすを返し、魔王も後ろに続いていってしまったので、自分もリバーサルをいったん作品一覧に戻してから、二人の背を追った。
神殿内部はがらんとした柱列の奥まったところに祭壇があり、その背後に女神像が建てられていた。その姿はほぼガラティアさんと同じに見えた。
祭壇の手前に椅子を出現させてガラティアさんは腰掛けた。自分もキャンプ用品のローチェアを取り出して座った。魔王がちょっとどうしようか考えてたのでもう一つ出してあげたら
「お前、いいやつだな」
と感謝されてしまった。俺は気にするなって感じで肩をすくめて流した。ガラティアは、そんな自分と魔王の様子をじっと見つめていたが、問いかけてきた。
「それで、そなたの元の世界の神からは、どの程度説明を受けている?」
「ほとんど何も。ただ、奪われた数十億人分の魂リソースを取り返して欲しいとしか」
「なぜ神自身が行えないのか理由の説明は無かったのか?」
「神様同士とか異世界間のしがらみがあったりして、自分自身では動けないとか、そんな感じで濁されてましたね」
「まったく。あいつはいつまで経っても変わらないな」
「それで、あなたが魂リソースを奪った主犯、ではない、んですよね?」
「なぜそう思う?」
「なんとなくですが、あなたの持つSP、魂リソースの量が、せいぜい自分の十倍くらいと思えるから、ですかね。元の世界のじいさん神様とかに比べると、その・・・」
「旧き神の一人、アルファともされる彼と比べられてはな。それに私は、崩壊しつつある旧き神の一人、オメガから切り離された欠片の様な一神格に過ぎない」
「オメガ?でも、オメガって、女神ミーリア様もそう仮称されてたような」
「ミーリアは、マウヴェスもだが、オメガが生み出した最期の神格の種だ。旧き神としてのオメガは滅び、新しい神のオメガはミーリアが継承者とされたということだ」
「つまりここは、旧オメガの世界で、自分がいたアルファの世界から奪われた魂リソースは、世界の維持とか、もしくは崩壊しつつある旧オメガの意志のつなぎとめか何かに使われたのでしょうか?」
「神とは、世界そのものだ。では、世界と神と、どちらが先に生まれたのか。それは創司の世界でももっとも有名なパラドックスであったろうが、その答えは、同時だ」
質問を謎かけとその答えで返されてしまったけど、神様の移し身なんてのが、人間の常識とかにいちいち従う訳も無いよね。
「つまり、同時に、神様より上の何らかの仕組みによって生み出された、と?」
「神が自在に魂を生み出せるのであれば、そもそも奪う必要すら無く、取り返す手間をかけるまでもなかろう?」
ガラディアが手を振ると、中空に大きな水瓶が現れた。
「あれを仮に原初の魂の器としよう。全ての宇宙、全ての世界、全ての生命と物質と、そして神と魂の還る場所であり、流れ出る場所でもある」
その水瓶の底から分裂するように現れた小さな水球達。そこには小宇宙が瞬いてる気もした。わかりやすいようにしてくれた演出なんだろうけど。
「その水球が個々の神様であり、その世界ですか?」
「そうだ。魂は生命の器に宿り動かし時間をかけて増え、やがて命の器が果てた後に魂はまた元の原初の器へと還っていく」
「あれ、でもそうだとすると」
「そうだな、魂リソースを横取りする事など出来そうにない筈。だが自分の経験を含めて、出来てしまっている。そうだな?」
「はい・・・。ていう事は、魂の通り道を分岐させるか、もしくは魂の書き込か何かして誘導するなり、もしくは自分がやってるみたく強引に奪って保存してしまうなり。
で、冒頭の質問に戻る訳ですが、どうして奪ったのですか?そして奪われた魂リソースは今どうなっているのですか?」
ガラティナさんは、俺をじっと見つめてしばし黙り込んだ。こちらも見つめ返した。同じ女神様から派生したせいか、ミーリア女神さんともうり二つだ。ただ、ミーリアさんの髪はとても長くて宙にふわふわ浮いてる感じなのに比べて、ガラティナさんの髪は灰色で、うなじが少し隠れる程度のショートカットなのが一番の違いだった。雰囲気も真逆で、別人格というか別神格なんだろうなと思えた。
「見てもらった方が早いだろう。マウヴェスはどうする?」
「せっかくの機会なれば、もしお邪魔でなければ同道いたしたく」
「創司次第だな。どうする?」
「自分はどちらでも」
マウヴェスも同じ神から生まれた神格なのであれば、いてもらった方がいろいろ参考に出来るかも知れないしね。
「近う寄れ」
命じられた通り、ガラティナさんの左右にマウヴェスと並ぶと、ガラティナさんを中心とした無色の玉に包まれた感じがしたと思ったら、次の瞬間には、真っ暗闇の中にいた。
「あの、ガラティナさん。ここは?」
「かつて君はマウヴェスに、神は世界そのものだと告げたな。もしそれが真だとしたら、神の終末はどうなると思う?」
「もしかして、神の魂もまた、原初の魂の器へと還る?その神の魂から構成されていた世界は消滅するでしょうけど」
「もし、その神の世界と原初の魂の器との間の
「神様が、滅べなくなる?でも、どうしてそんな事が?」
「オメガとされた旧き神は、アルファの対とされるほど旧くそして力を持った神だった。永き時の末に、やがてオメガが崩壊の兆しを見せ始めると、オメガは自然の摂理を拒もうとした。自らの延命の為に、不自然な手段を用いて原初の魂の器から魂リソースを得ようとした。だが、原初の魂の器は厳正だ。オメガも分かっていた筈の不正な手段に手を染めようとした罰として、原初の器への経路を断たれてしまった」
「でも、滅べくなったというなら、延命策にもなってるんじゃ?」
「いいや。人間なら、意識しなくても供給されている酸素が供給されなくなったら、どうにかして酸素を得ようとするだろう?水中にいるのなら、とにかく水面から顔を出して呼吸しようとするのではないか?」
まぁ、そもそも人間の呼吸と神様の・・・、と思ったけど、もう一度考え直してみた。人が呼吸するのは、血液に酸素を取り込んで全身の細胞に送り届ける為だ。神様が世界そのものだというなら、魂が取り込まれず送り込めなくなったらどうなる?そしてもう一つ大きな問題が生じていた筈だ。
「死んだ後、原初の魂の器への経路が閉ざされてると、行き場を無くしてる魂はどうなるんですか?」
「滅ぶべき神の元へと還り、擬似的な循環を行うが、劣化し、腐敗し始める。神も世界そのものもな」
「だとしたら、他の世界から魂を奪ってきたのは、劣化や滅びの速度を緩める為?でも、ものすごく力のあった世界の神様なら、きっととんでもない魂リソースの持ち主だったんだろうし、たった数十億の魂なんかで状況を覆せたとも思えないのですが」
「溺れる者は藁をも掴む、という諺が適切な例えになるのか。オメガの世界は、数多の世界とつながりを持っていた。だから、原初の魂の器への経路が断たれた後、オメガは大いなる神としてあるまじき振る舞いをして、大半の世界へとのつながりもまた断たれてしまった。
アルファは、オメガと長い付き合いのある神でしたし、つながりを最期まで断ち切れずにいた神の一人でした。だから、オメガはアルファに無心したのです。
どうせ滅ぼす予定の魂なら融通してくれと。しかしアルファは断りました。もしそうだったとしても、いったんオメガの世界に渡してしまえば、魂は原初の魂の器へと帰れなくなる。あなたの世界の言葉で言えば輪廻は出来なくなり、滅びや無よりも酷い未来しか待ち受けていないから」
「えっと。だいぶ事情は分かったのでありがとうございます、なんですが、だとしたら、奪われた魂達は、もうペロリと平らげられてしまった後とかなんでしょうか?元の世界の神様は心配しなくて良いとずっと言ってたんですけど」
「あれを、ご覧なさい」
真っ暗闇な深淵の一隅に、小さな光がたくさん、瞬いていた。
ガラティナさんが玉をだんだんと近づけていくと、その光が数万とかって単位じゃ済みそうにないくらいの光の集合体が見えた。
「まさか、あれが?」
「そうです」
数十億の魂リソースの塊は、まるで惑星の輝きの様にも見えた。それが、とてつもない巨大な何か、大きさなんて概念を越えた何かのすぐ側に置かれて、臭いをかがれ、しゃぶられているようなおぞましい感覚が襲ってきた。
気が付くと、元の神殿の中に戻ってきていた。
しばらく動悸や息が落ち着くまで無言で待ってもらった後、言った。
「あれは、臭い袋というか気付薬の様に使われているんですか?というか酸欠状態が続いてるなら、とっくの昔に食べられてないのも変じゃないんですか?」
「オメガも、あれを食べてしまったら、本当の意味でお終いになってしまうのをわかっている。
あれらの魂をアルファが保護膜の様な物で覆って保護しているお陰もあるが、アルファの世界でアルファが手塩にかけて育ててきた人類の魂だ。アルファとの縁を大切にしているオメガにとって、その膜を裂いて魂を飲み干せば、今度こそアルファとの間のつながりも断たれ、その後は孤独の中で自滅していく最期しか無くなる。だから、なんとか耐えていられるのだ」
なんだか、離婚夫婦で、親権を取られた片親が子供を無理矢理連れ去った時のシチュエーションを想起させられたけど、ガラティナさんが微妙な表情を浮かべたので、口にするのは止めておいた。
「えーとですね。つまり、あれを何とか取り戻す事は、たぶん、可能なのでしょうね。でも、そうした時何が起きるのか、非常に怖くて想像したくないのですが」
「まぁ、いろいろよろしくない事が起きるのは、確かでしょうね」
「ひどい!丸投げだ!こちとらただの人間なのに!」
ふと、ガラティナさんは微笑を浮かべて言った。
「昔はそうであったかも知れませんが、今は違うでしょう?」
「そういった力を元の世界の神様から与えられてるだけの人間ですよ」
「でもね、あなたがウィルスも創れるようになったけど、そちらの方には進もうとはしなかった事を、私はだいぶ評価しているのですよ」
「それはどうも。というか、ぼくとかって、あなたに殺された側で、一言文句を言っても許される関係なんじゃないでしょうか?」
「それはそうね。どうぞ。何言でも」
「いいえ。遠慮しておきます。どうせまた語られてないろくでもない背景とかありそうですし」
「あら。人間にしてはずいぶん深慮ね。アルファに見込まれた訳だわ」
「ゾンビになった後でも趣味に没頭し続けてて見い出されただけなんですけどね」
ガラティナさんは、くすくすと楽しそうに笑った。
「あなたに、目的を果たすだけの力はもう与えられているわ。もし成し遂げるだけの
「それは最終手段ですね。あなたが消える時には、あの魂も喰われてるでしょうから」
「違う結末を迎えられるよう、期待しているわ」
「セーブとかコンティニューとか、出来ないんですよね?」
「不可能ではないかも知れないくらいだけど、オメガみたいな大いなる神相手だもの。期待しないでおいた方がいいわね」
「完全な無理って事じゃなければ、ダメ元で心の隅っこで期待しておきます。神様相手なんて、本当に死にながら、可能性を一個ずつ潰して先につながる可能性を一個ずつつなげていくしかないかも知れませんしね」
「期待してるわ」
そうしてガラティナさんに見送られて、俺と魔王はミーリア女神の世界へと戻ったのだった。
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