第16話 生命類創造と、マクリーニャの好意と

「生命類創造、だと・・・?」


 生命は創造出来なかった筈が、制限が外されたのか?言葉の不穏な響きにおののきつつ、俺はシステムメッセージを読み込んだ。


"生命あるいは生命に類する何かを創造できます"


 類って何だよ類って。不穏過ぎる。


"最初は単細胞生物以下のウィルスなどを作成できます"


 ・・・自分の中で、もう何かがつながってしまった。


"自身の記憶にある生物あるいはそれに類する何かをサンプルパターンとして製造可能です"


 そしておそらく自分が生前罹患した事があるのだろう病原菌やらウィルスの類がずらっとサンプルとして表示され、その中にはいわゆるコロナウィルスとして呼称される事の多いCOVID-19やその変異株達、その最終形とも言えるゾンビ化ウィルスまでばっちり網羅されていた。


 キャリア運び役をどんな種族生物にするか。潜伏期。発症した時の症状とその確率。変異速度。ウィルスとしての寿命、感染方法その他諸々設定できた。

 驚きだったのは、その創造コストのバカ安さ。すでに開発済みの何かを創造コピーするだけだからなのか、1億個で10SP。これは1立方メートルにウィルス100個、それを100万立方メートルに散布するイメージになるんだそうな。


 つまり、これを、撒けと?

 やられた事だから、やり返せと?

 奪った側が悪いのだから、奪い返せと?

 だから、数十億SPなんて単位でも心配する必要は無いって言ってたのか?


 ちなみに地底世界の魔物の完全な掃討をしても、1200万SPほどにしかならなかった。ぜんぜん、足りなかった。

 だからって、俺は、やるのか?


 そう考え始めたら頭がぐるぐるとフリーズしてきたので、発想を転換してみた。もしかしたら、ゾンビ化ウィルスと症状を逆転させるウィルスを創れないのかと。

 結論から言えば、あっさりと設計出来てしまった。ただし、ゾンビを単純に人間に戻そうとした場合、ゾンビ化した時に負った傷などによる出血、複数臓器を失っている為即時死亡が予想されるとも指摘されていた。


「つまり、そのまま身体だけ人間に戻してもダメって事か。人間性なんてものも復活させないと元には戻らないだろうし」


 もしそれらをどうにか出来たとして、だ。自分はあの社会をまた復活させたいと思っているのか?自分がそう思えたとして、いったんゾンビになってた人類が社会を再構築出来るのか?


 無理だろ、というのが直感的な答えだった。

 神様がその奇跡とやらで、ぱーっと一気に解決してしまうのならともかく、会社でも人付き合いなんて最低限にしかしてこなかった自分が、魂リソースを取り戻せたとしても、功績ではなく責任だけを背負わされそうな未来像が容易に想像できた。

 そんな将来しか待っていないのなら、元の世界ではなく、今のこの異世界の方がまだしもマシだと思える。自分は浮遊城に留まったまま、外界とは最低限の付き合いだけ保てば良い。


 考えれば考えるほど気分が悪くなってきたので、浮遊城の屋上とも言えるスペースへと向かった。城自体の高度も上げておく。

 陽奈人形がついてこようとしたので、一人にしておいてくれとお願いした。だけど、心配だからついていくとジェスチャーで伝えてきて、それ以上言うならステータスウィンドウの中に戻すぞと伝えても譲らなかったので、つい、言ってしまった。


「話せるんだろ?なら、ちゃんと説明してみたらどうなんだ?」


 口をぱくぱくさせて、何かを話しかけて、何か怖がるように悔しがるように口を閉ざしてしまったから、


「無理言ってごめんな。今は、一人にしておいてくれ」


 そう言って、陽奈人形を作品一覧の中に戻した。


 浮遊城は常に結界に包まれてるし、管制室にはマイキーが常駐してる。作品の内、五十体ほどが警備に就いてるし、そういった不安は無い筈。何かあったらその時はその時だと割り切って、俺は屋上に出て、そのベンチに腰掛けて、空をぼぉっと見つめた。


 いつしか空の色は紺碧から茜、そして宵闇へと変わっていったのに、自分はただぼんやり虚空を見つめ続けていた。

 そして異世界の青と緑の双子月が眼前に登ってきた頃、背後から遠慮がちに声をかけられた。


「創司さん。お側に行ってもよろしいですか?」

「マクリーニャさん?」

「はい。浮遊城内の気温は一定に保たれてますけど、それでも風に当たり続ければ、お体にも障るかと」

「・・・すみません。ちょっと考え事をしてたら、時間がいつの間にか経ってたみたいですね」

「それで、あの・・・、お側に寄ってもよろしいでしょうか?」


 振り返ると、小さなお盆にマグカップを二つ載せていて、カップからは湯気がほのかに立っていた。


「あ、ああ。うん、どうぞ」

「ありがとうございます。それでは、失礼しますね」


 マクリーニャさんは、自分から拳二つ分くらい空けた隣に座ると、テーブルにマグカップを並べてくれた。


「創司さんが時々飲まれてるコーヒーというのを入れてみました。ちゃんと出来てるかわかりませんが」

「まぁ、何もむずかしい事は、たぶん、無い筈、です」


 こちらの世界に移ってくる前の資源や資材集めのついでで、スーパーその他で残っていたのを時々飲んでいた。別に豆からミルで引いてなんて凝った事はしてなかったので、ほとんどインスタントと同じレベルだった。

 口を付けてみた。いつも飲んでる味と大差無かった。


「大丈夫ですよ。自分が普段飲んでるのとあまり変わりありません」

「そうですか。良かったです。これまで何度かは振る舞っていただいてたので、手順は何となくですが覚えていたので」

「・・・そういえば、自分はいつもブラックって何も加えないで飲んでたからそのままだったんですが、本当は牛乳とか砂糖とかを加えて味を調節したりするんですよ」

「そうなんですか。では、それはまた次の機会の楽しみにいたしましょう」


 それから二人並んで、ただコーヒーを時折啜っていると、マクリーニャさんが何かを言う気配を感じて、身構えてしまった。何を悩んでいるのかとか、自分には話してもらえないかとか。自分の事を誰かに説明するのは、いつも億劫だった。伝えても受け入れてもらえなかったり、伝えなかったら伝えなかったらで失望されたり。

 でも、どうしようか悩んでいると、彼女は眼前の双子月を見つめたまま言った。


「創司さんの世界では、お月様は一つしかないと聞きました」


 ほっとした自分は、気安く答えた。


「ええ、そうです。自分たちが住んでた星からは、この双子月に比べれば離れてて、太陽との間に地球を挟んでるかどうかとかで、姿が見えなくなったり、細くなったり、太くなってだんだん丸くなって、また逆に細くなって最後には数日見えなくなったりとか。実際には陰になってるだけで、ずっと同じ軌道を辿ってるんですけどね」

「ふふ。何だか面白いですね」

「そうですか?」

「はい、だって、月の側からすれば、太陽と地球との位置関係は変わるかも知れなくても、月はずっと地球と同じ距離を巡っているだけなのでしょう?」

「お詳しいですね」

「私のお役目は、勇者様をこちらの世界にお招きする事でしたから。全く違う世界に突然連れて来られた勇者様方の側のご事情を、私達は完全に無視して来ました。だから、巫女となる者達は特に、勇者様達から伝えられた元の世界の事を言い伝えてきております。せめて、故郷の思い出の話し相手くらいには、それが欠片ほどの内容だったとしても、なれるようにと」

「まぁ、ぼくは事前にいろいろ神様達から説明されてたからまだしも、いきなり呼び立てられた人達は混乱したでしょうね」

「それは、誠に申し訳なく思っております。いつかその報いを受ける時が来ると、巫女の系譜の間では伝わっておりました」

「そうなんですか?」


 マクリーニャさんは、コーヒーをまたコクリと飲み下してからうなずいた。


「全員が、という訳ではないのですけどね。私達は創司さんに救って頂きました。創司さんの世界の人類が絶えてしまったので、あなたが最期の勇者様となるのでしょうけど、魔王との和平まで勝ち取ってきて下さいました。これがいつまで保てるのかは、私達この世界の人間達の務めとなるのでしょう。でも、ですね・・・」


 マクリーニャさんは少しもじもじした後、その長い尻尾の先を、俺がカップを持ってない方の手首に絡めてきて言った。


「創司さんが、もしも、元の世界の人の数を増やしたいと思ってらっしゃるのなら、お手伝いが出来たら、いいなぁ、なんて思ってしまうのは、ダメなのでしょうか・・・?」


 つ、と心持ちマクリーニャさんが身体を寄せてきた。距離が半分に縮まり、じっと上目遣いで見つめられてて、彼女の吐息だけでなく体温やどきどきしてるのだろう心臓の鼓動まで感じられそうだった。

 思わず少し身を引こうとすると、彼女の尻尾だけが追いすがるように手首に巻き付いてきて、その先っぽが手のひらをくすぐってきた。


「怖い、のですか?」

「あー、いや、なんていうのかな・・・」


 シリアスな場面の筈なんだけど、尻尾でくすぐってきてくれてるマクリーニャさんの配慮も伝わってきて、ほんの柔らかくその尻尾の先を手のひらで包み込みながら答えた。


「自分には、不相応っていうか。そんな事ある筈無いって、そう思って、生きてきたから」


 陽奈との事の説明を求められるのかな、と身構えかけたけど、マクリーニャさんはただ自分の肩に寄りかかってきただけだった。柔らかな耳先が頬に当たり暖かかった。


「私は、あなたに不相応でしょうか?」

「そんな訳無いです。むしろぼくが」

「いいえ。あなたが誰にとって不相応なのか、相応なのか、決めるのはその相手だけだと思いませんか?世界の他の誰があなたを不相応だと言ったとしても、私はあなたの相応の相手になりたいです。私はあなたを望みます。あなたは、私を望んで下さいますか?」


 高3の時、陽奈に迫られた時の事がフラッシュバックした。たぶん、精神的に不安定になってたせいもあるんだろうけど、あの時の陽奈は強引だった。今のマクリーニャさんと似たような事は言ってたかも知れないけれど、決定的に違ってる点があった。


「私は、あなたが誰を選ぶのか強制なんて出来ません。あなたが私を選んで下さらないのなら、とても悲しいですけど、あきらめます」


 陽奈は、似てるようで、逆だった。私があなたを選んであげてるんだから、あなたも私を選ぶべきなんだと。選択肢を与えているようで、取り上げられていた。

 そんな昔の思い出に浸っていたせいか、マクリーニャさんが身を引こうとしていた。寄りかかっていた身体が離れ、手首に巻き付いていた尻尾がほどかれて、尻尾の先が手のひらの中から逃げていこうとしたのを、あわてて強く握りしめてしまった。

 マクリーニャさんの表情が苦痛で歪んだ。

「っ!」

「ご、ごめんなさいっ!」

「いえ、大丈夫、ですけど・・・。それで、お答えは?」

「あの、自分は、本当に自分の事に没頭してただけだから、たまたま神様の目に留まって、特別な力を与えられて、それで皆さんも助けられただけなんです。誰がすごいっていうなら、自分じゃなくて、やっぱり神様になって、もし自分がした事に恩を感じて自分を望んでくれてるっていうなら」

「それは、違います。いくつも」


 マクリーニャさんは、指先を俺の唇に当てて、言葉を遮ってきた。


「確かに、あなたの力はあなたの世界の神様から授かったものなのでしょう。あの悪魔や軍勢を退けたのは、その力を最大限に活かしたから。それはその通りなのかも知れません。でも、外壁や城壁を治す事まで神様から命じられていたのでしょうか?」

「いえ。でもそれは、インベントリー容量が一杯で空きを作る為のついでで」

「それはそうだったとしましょう。では、負傷者を手当し、手足を失った方達へ義手や義足などを与えるなど治療していったのは?」

「あれらも、自分としてはスキルレベル上げのついでってだけで」

「神様から命じられて、ではないですよね?」

「まぁ、それは、はい・・・」

「あなたは、その後魔王の軍勢の大半を滅ぼしたり、魔王との和平を勝ち取った後も、私達に何も要求しませんでした。私達は私達なりに差し出せる全てを差し出していたというのに」

「えっと、必要、無かったから・・・」

「そうなのでしょうね。でも、今日まであなたが為してきた全ての事柄の内、ほんの一つだけでも、人々の間で語り継がれ感謝され続けるのに値するのです。あなたはただ自分にとってそれが必要だったからそうしただけという。それは人によっては優しさとかそういうものでは無いのかも知れません。

 戦勝の宴への出席を請われた時、あなたは仰いました。放っておいてくれれば、それが褒美になると。それは本心だったのでしょう。でも、それでは寂しすぎるではありませんか。私は、あなたに関わりたいのです。無理にいつでもとは言いません。それでも、あなたには、ご迷惑に過ぎないのでしょうか?」


 両手を包み込まれるようにぎゅっと握られて、両の瞳からこぼれ落ちる涙には、双子月の緑と青の明かりが映り込んでいた。


「・・・迷惑だなんて事は、無いよ。でも、自分は、いつも自分の事で手一杯なんだ。趣味とか関心が向いた事があれば、そちらに没頭しちゃう。きっと、大切な筈の誰かの事も後回しにしてしまう。そんな人間が、誰かと一緒になるべきじゃないと思うんだ」

「人は誰でも自分が最優先で当たり前です。自分が大切だと思う近しい誰かから優先して、赤の他人は後回しでも普通です。それに、あなたがあなたの趣味などに没頭して他人に本当に無関心なら、あなたはもっと自分の趣味に没頭して見知らぬ誰かを救おうなんてしてこなかった筈です」

「いやでもだから、そういうのはほんとについでで」

「ええ。ご自身でそういう言い訳にされているのでしょう。それはそれで構いません。あなたがその時その時で何を優先し何を為すのか、決めるのはあなた自身です。そうではありませんか?」

「う、うん。そうだけど」

「私にとっても、同じ事です。私は、私の好きで、あなたに関わらせて下さいとお願いしているのです。ご迷惑ではないのなら、私に欠片ほどの好意を抱いて下さっているのなら、私を、受け入れては下さいませんか・・・?」


 そうして、顔を寄せて、瞳を閉じた。

 ここまで来て、彼女が何を望んでいるのか、わからない振りをする事も無い。陽奈と違い、選択肢を自分の手に委ねてくれた。自分が彼女を受け入れられず拒んだのは、彼女が結局のところ選択肢を自分に与えてくれなかったからだと思う。彼女の好意を受け入れる事が最善で、彼女の意志に従う事が自分にとっても望ましい事なのだという強制に抗いたかった。自分の中に彼女への好意が無かったと言えば嘘になるけれど、もし本当に付き合い始めていたら、絶対に壊れていた確信があった。自分が。


 また過去の思い出に捕らわれて動けなかった自分だけれど、彼女の手に包まれたままだった両手を解いて、彼女の両肩を掴んだ。拒まれたのかと悲しげにうっすらと瞳を開いた彼女を抱き寄せて、唇を重ねた。

 彼女は俺の両足の上に跨がり、俺の首の後ろに両腕を回し、何度も激しい口付けを交わした後に、額を合わせて囁いてきた。


 私を、受け入れて下さいますか?、と。


 俺は、逆に尋ねた。


 自分を、受け入れてもらえますか?、と。


 そしてどちらからともなく二人はまた唇を重ね、互いを受け入れ合ったのだった。

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