第9話 ヒナの独白

<橘陽奈視点>



 創司は、やっぱり、特別だった。

 人類が絶滅した後もゾンビになっても変わらないでいたお陰で神様から見出されて、他の誰にも果たせないだろう困難な役目を任された。

 幼い頃から、絶対に創司は他のみんなとは違うと言い続けたのに、他の誰でもない本人を含めて誰も真面目には受け止めてくれなかった報いを人類全体は受けたのかも知れない。

 それは言い過ぎな誇張だったとしても、だ。創司は、小さな頃から大人びていた。他の子供達がはしゃぎ回るような時でも、周囲から浮きすぎない程度に合わせて動く事ができない訳でも無かったけど、無理な時は無理という自分が確立されていた。


 確かに、見た目は特別ではなかったかも知れない。勉強も運動に特に秀でていなかったのも確かだ。それでも、自分がまだ自分に自信を持てていなかった五歳の頃、モサい格好をしてて周囲の子供達にイジられる事が頻繁にあった。

 創司はある日、髪留めを作ってくれた。見た目はぱっとしなかったけれど、隠れてた両目を出すだけで印象はがらりと変わった。

「誰が何と言おうと、陽奈は誰よりもかわいいよ。大人になったら、誰よりも綺麗な美人さんになると思う」


 その日を境に、周囲が自分を見る目は変わった。良い思いも嫌な思いも両方増えていったけど、創司は他のみんなに囲まれるようになった私から距離をとるようになったし、私が輪の中に引き込もうとしても趣味とかを理由に固辞したし、私の側にいようとする人達みんなは言った。

「幼なじみかも知れなくても、アレは、無いよ」

「そうそう、陽奈の隣にいるのにふさわしくないって」

「陽奈は、もっとずっと上を狙っていかないと!」


 小学生の頃から創司は私より背が低いままで、身長差は開く一方だったし、趣味に没頭するようになって年々体型はぽっちゃりしていったし、彼の時間をあまり邪魔しては悪いという意識もあったけど、それでも、なぜか、彼は特別だと信じ続けていた。

 あの髪留めだけではない。誕生日に、当時流行していたロボットアニメに本当に出てきたのか怪しい一体のプラモデルをプレゼントしてきた時は本気で怒ったりもしたが、あれはあれで後からすれば貴重な贈り物となった。

 それからは、髪飾りやブローチ、ペンダントといった、子供が特別な機会に身につけてもおかしく無いような、そして市販品レベルを越えて、美術館に飾られてもおかしくないような作品を作って贈ってくれるようになった。

 私は外見だけでなく、勉強や運動や他の事でも、自分を磨き鍛えるように心がけた。私は創司の様に他の誰にも出来ない事を出来るような特別さは無かったから、せめて手が届く範囲では妥協したくなかったのだ。ただ一方で、一生懸命になればなるほど、創司は私から距離を置こうとするのがもどかしかった。

 中学に上がるタイミングで、両親は私にエスカレーター式の有名女子学園への入学を勧めてきたけど断った。創司とまだ離れたくなかったから。

 年を重ねるにつれ、私の外見に釣られる異性は増えていき、創司はますます距離を置くようになった。私には彼らと付き合うつもりは無いとはっきり言っても、悲しそうな表情を浮かべるだけだった。

 そして高校進学時にも両親に心配されてやはり女子校から女子大に上がれるところを勧められたけど断った。

 創司は工業高校に進もうとしてたのを必死に説得して、それなりの進学校に変えてもらった。彼の才能は市井の中に埋もれるべきレベルには無くて、もっと大きな仕事を出来る環境に身を置くべきで、その為には工業高校じゃなくて、それなりの高校から、就職に有利な大学に進むべきだと。

 創司は迷ってはいたけど、聞き入れてくれた。そこまでして一緒の学校にしたのに、距離は縮まってくれなかった。私は、クラスメイトが勝手に応募してしまった事がきっかけで読者モデルなんてものになってしまったし、人気も出てしまい、創司も表向き応援してくれてたので、止めるに止められなくなってしまった。


 大学以降を考えると、私と創司の進む道ははっきりと分かれてしまっていた。私は工学系とかから製造業に進む気は無かったし、創司は普通の文系学科にいっさい興味関心を持っていなかった。

 芸能界にも誘われていたけどあまり興味はわかず、かといってちやほやされ続ける内に、こんな自分に興味関心を抱かない創司はおかしいのではないか?と思うようになってしまっていた。親友達からも、片思いなら片思いで、ちゃんと区切りをつけておくべきだと背中を押されてたのもあった。

 まだ受験が本格化しない高二の夏、私は創司に告白した。ちゃんと私を見て、私と付き合ってとお願いした。断られた。信じられなかった。断られた理由はいくつも説明されたけど、受け入れられなかった。自分は陽奈にふさわしくないし、自分は自分である事を、自分の趣味とかに没頭するのを止められない。それはきっと私が耐えられない。しばらくは耐えられてもいずれ無理になる。だから最初から付き合わないでいた方がいい。今の私からすれば、創司の方が現実が見えていたと理解出来る。ただ、あの時は受け入れられなかった。

 それから私は創司に当てつけるように、何人かの男性と付き合った。そういった事は何もさせなかったけど、それでも創司はもっと私から距離を置こうとしただけだったので、完全な失敗に終わった。

 そして高三の時の創司の誕生日。精神的にちょっと追いつめられておかしくなってしまってた私は、創司に強引に迫った。キスをして、その先まで強引に関係を持とうとした。そうすれば、別々の道を選んでも二人の道は完全に分かれなくても済むと信じ込んでいた。

 でも、拒絶された。陽奈がそんな人だとは思わなかった。出てってくれ。ここにはもう二度と来るなと言われ、売り言葉に買い言葉で、私はぐじゃぐじゃの心境になりながら家に戻り、自分がしてはならない事をしてしまったのだと思い知った。何度か謝罪しようとしたけど、受け入れてもらえなかった。自分の進路にも二度と関わってこないで欲しいとまで言われた。


 そこからは、自分の望まない事をするようにした。それが自分への罰になると勝手に思いこんで。

 芸能界の仕事を続けながら大学に通い、社会人にもなり、何年か働いた後に、職場の男性と結婚した。創司とは似ても似つかない、いわゆる見栄えが良い男性だった。

 彼は私に誠実に優しくあろうとしてくれた。私も外見上は合わせてみせていたので、傍目には睦まじい夫婦だったかも知れない。

 創司は結婚式に呼んだけど来てくれなかった。当たり前と言えば当たり前だと、何を期待していたんだと自分を責めた。私はまだ、彼をあきらめ切れてないんだと、その時自覚させられた。


 月日が経ち、一応する事はしてたので、妊娠した。男の子という事で、私が強くお願いして、壮士そうしという名前を付けさせてもらった。彼に創司の事は何も話していなかったから、適当な理由を言っても疑われなかった。

 だけど、子供が産まれてから三年後に、ささいなきっかけから嘘がばれた。たまたま訪れていた旧友の一人がぽつりと漏らした言葉を、夫は聞き逃さなかった。夫婦喧嘩になった。私が時折身につけていたアクセサリーが、創司の手による物という事で、本格的な浮気が疑われ、それどころか壮士が彼の子供かどうかまで疑われてしまった。

 後はもう行き着くところまで行き着いた。DNA検査や素行調査などで、私は身の潔白は証明したけれど、離婚の慰謝料はもらえず、子供の親権は引き取れたけど、元夫は養育費は払いたくないとごねた。二人の間の子供なのは確かなのだから、そこはきっちりと詰めて払わせるようにしたけど。


 離婚後は、旧姓に戻して、実家に子供と戻った。創司と再会できる機会を望んでいたけど、有名工業系大学から、世界でも名の知れた有名一流企業に彼は就職して、仕事に趣味に勤しんでいるようだった。彼の両親とは時々話す機会があったが、彼が学生時代から誰とも付き合おうとしておらず、浮いた話も無く、見合いの話もすべて断っていると聞いて、安心した自分がいた。私で良ければと自薦していたけど、創司から反応が返ってくる事は無かった。偶然から隣町に住んでいるのは知っていたけど、次に拒絶されたら自分はもう立ち直れないのではと、怖くて会いに行けなかった。彼が年末年始とかにも戻ってこないのは、私と顔を合わせるのを避ける為もあったのだろうと考えていたし。


 コロナ禍が始まり、いつしか終わるだろうと最初の一、二年は思っていた。ワクチンの接種も受けた。だけど、どんどんウィルスは変異していって、最後には、ゾンビ化ウィルスなんて代物になってしまい、噛まれなくても空気感染だったから、誰も逃れられなくて、社会も崩壊した。

 息子と、創司のご両親と、それから私の両親を襲った悲劇には、私の元夫が絡んでいた。復讐はすぐに果たしたけれど、喪われたものは返ってこなかった。

 私は、両親を弔い、頭部まで失ってしまった息子を自室のベッドに寝かせ、自分がどこで間違ってしまったのか、ずっと問いかけ続けた。息子の手を取りながら、創司と一緒になれていたら、もっと違った結末を辿れていたのではないかと、あの時の自分が犯した過ちを、ずっとずっと責め続けた。


 ゾンビになってからの記憶は、ぼんやりとした霧に包まれていて、今も不透明な部分が多い。

 ずっと暗闇の中にいたのに、唐突に部屋の中が明かりで満たされた。光を放つ大きめな人形の様な何かのへんてこな形には、どこか見覚えがあった。どこか、いつか、大切な誰かからもらった何かに、似ていた。

 あれは、誰だったっけ?誰よりも大切な人だったのに、なんで私は忘れていられた?なんで私はあの人を裏切れた?

 真性のゾンビになり果てていたら、そんな思考を辿る事はたぶん無理だった筈だ。だけど、その奇妙な光人形の後ろから現れた人、いやゾンビにはなっていたけど、は、見違えようもなく、私の魂を揺り動かし、ばらばらになっていた記憶をつなげていった。


 机の上の棚のガラスケースに納めた小さな人形は、目の前の大きな人形と似てた。同じと言えた。そう、あれは、誰からもらった?創司だ。ソウちゃんだ。私だけの誰かだ。


 再会できた事が嬉しすぎたせいか、起爆剤になって、私は人間らしさを急速に取り戻していった。創司の話す言葉を理解できないなんて耐えられなかったし。私もゾンビになってたし、話す事はまだ出来なかったけど、むしろその方が良かった。話す事が出来てしまうと、話さなくてはいけない事が出来てしまうから。


 彼と行動を共にするようになり、新しい体を創ってもらった時、私は話せるようになっていた事は自覚していた。話せないままだという事にしたのは、話す為の勇気がまだ持てなかったからだ。あのデフォルメ天使のマイキーという存在は、真相に気付いている雰囲気があったけれど、創司には話さないでおいてくれたようだ。


 いくつかの戦いを経て、異世界へと渡る事になった。創司と彼に与えられたユニークスキルなら、神から与えられた任務を果たす事は可能だと思えた。

 問題は、向こうで彼には生体が与えられる事に決まった事だった。創司はゾンビのままでもかまわないと言っていたのだが、魔王と敵対する人間達と行動を共にする際に、魔物のままだと不都合があり過ぎるというのが決定打になった。


 世界を救う英雄になるのだ。女性なんて望むだけ侍らせられるだろう。彼の能力からすれば、何人だって囲う事も可能だ。むしろ、彼の能力が知れ渡るほどに、彼がどれだけ望もうと放置される事は絶対に無くなる。絶対にだ。

 そこで、私は見せつけられる事になるのだ。彼が望んだ女性達と、自分は成し得なかった関係を築き、家族を形成していく様を。発狂する自信、いや確信があった。

 創司も少しは考えてくれていたのだろう。任務を果たした後の報酬として、そういった事を匂わせてくれたりもした。

 彼が異世界に転移する詳細を詰める場で、私は仮称アルファとオメガとも呼ばれる神々にも直訴した。自分の願いを。アルファの方は、創司がそう願うかどうか次第だと答えた。オメガの方は、女神なせいか、もう少し温情のある答えだった。だけど、彼女の助けを必要とするなら、彼女の世界の女性達も創司と結ばれる事を受け入れなければならないと言われた。あなたも一時は他の男性の妻となっていたのでしょう?と言われれば反論出来なかった。裏切ったのは彼ではなく私だったのだし。


 なのに、転移した先で召還され、悪魔達を倒し、創司が皇女達の前から姿を消した後、容易に想像できた。巫女の方はまだ幼げだが、齢は15-16で、中世くらいの社会観であれば普通に大人扱いされ結婚してもおかしくないし、創司を見る目は、完全に異性として意識しているものだった。

 だが、その姉の方はもっと駄目だった。死んでいた筈の命をもっと直接的に救われ、次期皇帝としての立場から、創司を政治的にも他の意味においても最大限利用しようとする魂胆が透けて見えた。というか隠そうとする素振りすら無かった。

 こんな女が創司を組み敷くところなど想像したくもなかった。だから、口走ってしまった。

 創司に手を出したら殺す、と。あれは私のもので、誰にも譲るつもりはないと、宣言してしまった。


 険悪な雰囲気は、妹皇女のお陰で何とか誤魔化せた。二人とも、若くて、美人だ。姉の方がスタイルが良くて顔立ちも彫りが深い感じだが、妹の方はゆるほわという感じで、創司としても拒否感を抱かなそうだった。猫耳や尻尾は付け物では無さそうだし、そういった意味でも要警戒だった。


 でも、彼があれだけ模型や創作に傾倒していて、その作品に一体も女性フィギュア、いわゆるアニメ作品などのヒロイン達の物が無かったのは、おそらく私以外には創司のご両親くらいしか知らない秘密だった。現在の彼のステータスウインドウの一千以上の作品が収納されている中にも一体も含まれていないので、間違いは無い。

 彼が女性に興味が無い性質なのか疑った事もあったが、それは中学高校の頃にそうではないと確かめてあった。


 恋人同士でも、夫婦同士でも、性的関係を持たずプラトニックな関係を貫く人達がいる事は知っていた。だけど私は、彼と結ばれたいのだ。そして今度こそ、愛する人との間に子供を築き、全てをやり直したかった。


 彼が女性に忌避感を抱いているのか、私に忌避感を抱いているのかは微妙なところだったが、その分厚い壁を彼女達が取り除いてくれるのなら、それはそれで妥協可能な落としどころになるかも知れない。

 この異世界に得た体は仮宿の様なものだし、元の世界の彼はいわゆる不死の存在になっているし、私もそうなっているのだから。彼女達が老齢で死んだ後も、私だけが彼とずっと添い遂げられるのだ。


 女神ミーリアから持ちかけられた取引が魅力的過ぎる事は確かだったのだが、焦る必要は無い。今はまだ、異世界での初戦に勝利を収めたに過ぎないのだから。


 浮かれるな。落ち着け。二度と彼を裏切るな。

 私はそう自分に言い聞かせて、冷静さを取り戻すよう努めたのだった。

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